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第81話 敗残者


 王都から80セルマール(地球距離で約80キロメートル)ほど南にあるサルスエラ村。この村の近郊に数百の男たちの死体が晒されている。


 晒された死体の多くが、大きな傷や火傷を負い、恐ろしい形相で息絶えている。逆に体の部分に大きな傷跡のない残りの遺体は、全て首を刎ねられ、その首は塚のように集められて小さな山を築いていた。


 これら数百の死体は、全て金本紫苑に従った盗賊たちであり、無論、見せしめのために死して後もこのような報いを受けているのだ。



 二日前、このサルスエラ村をめぐり、フロリゼル・クラリオン将軍率いる近衛隊二千と、金本紫苑を首領とする盗賊集団、約四百名とが激突した。


 盗賊集団は、女、子どもを捕虜として連行しており、移動速度が遅かった。しかも、途中で暴行死させた女や子供の遺体が近衛隊に簡単に捕捉される原因となった。


 フロリゼルは、盗賊集団の次の目的地を予測し、隊を二つに分けると騎馬隊で大きく迂回先行してサルスエラ村の前面に陣を敷き、後に続く歩兵隊と村の近郊で盗賊集団を包囲した。


 激闘数時間、包囲された盗賊集団は壊滅し、紫苑は僅かな仲間と囲みを突破して逃亡。だが、近衛隊も三百名を越す死者と、二百名近くの重傷者を出すという大損害を被った。


 その損害の殆どが、金本紫苑とデイレル・ミハスの二人によって被ったものであった。しかも、盗賊集団によって連行されてきた女・子どもの捕虜数十名は、紫苑の命令で戦闘中、『人の盾』に使われ、全員犠牲になっていた。




■■■■■■■■■


 

 二日前。


 サルスエラ村の近郊に陣を敷いたフロリゼルは、金本紫苑の『魔剣士ヘクスブレード』のスキルを警戒し、戦闘前から近衛兵に繰り返し、紫苑への迂闊な接近を禁じてきた。

 

 しかし、盗賊集団を率いてきた紫苑は、盗賊たちへ命じて連行してきた女・子どもを兵たちの前に引きずり出し、目の前で次々に刺し殺して見せた。


 女・子どもの悲鳴と助けを求める叫びが戦闘開始の引き金を引く。


 激高した近衛兵たちが雄たけびを上げ、制止を聞かず雪崩を打って突撃を開始したのだ。紫苑は、間合いに入った瞬間、獄裂斬ヘルスラッシュを用いて横一文字に一刀両断し、一挙に数百を屠った。


 この時、辛うじて生き残った女・子どもも巻き添えで切り裂かれた。


 戦場は一挙に大混乱に陥る。紫苑の下卑た高笑いだけが異様に響き渡った。しかし、たった今起きた惨状を前に、近衛兵は恐慌状態に陥る。


 もはやこの状況で紫苑に対抗できるのは、フロリゼル以外には居なかった。フロリゼルは、馬から降りると副長の制止を振り切って、()()()()え単身紫苑に突撃をかける。


 高笑いを響かせながら紫苑の獄裂斬ヘルスラッシュがフロリゼルを襲うが、クラリオン家自慢の『大地の盾(ガイアスピーダ)』がそれを弾いた。


 『大地の盾(ガイアスピーダ)』はクラリオン家初代のリュティエが武勲によって当時の王より下賜され、二代サンシリアンへと受け継がれた王国にある最強格の盾の一つである。


 『大地の盾(ガイアスピーダ)』の能力は、魔力反射。


 金本紫苑の技が、到底物理現象とは思われない以上、『大地の盾(ガイアスピーダ)』の能力はそれを弾くと信じての行動だった。


 フロリゼルにとって、これは一種の賭けであった。

 もし、紫苑の技が強力な物理現象によるものであれば、フロリゼルは『大地の盾(ガイアスピーダ)』ごと、真っ二つにされていただろう。


「ふざけんな! なんだ、そのチートな盾はよ!」


 高笑いから一転、紫苑は怒りの叫びをあげる。


「みなの者、金本紫苑は私が仕留める! 直ちに賊徒を殲滅せよ!」


 フロリゼルの総攻撃命令が戦場に轟き、「うぉぉぉ!!」という近衛兵の地鳴りのような怒声が後に続いた。


 逆に恐怖に呑まれた盗賊たちは戦意を失い後方へ向かって逃走を始めた。


「ふざけんな! 何勝手に逃げてんだ!」


 紫苑は逃亡する配下の盗賊を引き留めようとするが、所詮盗賊は盗賊でしかない。


 フロリゼルは『大地の盾(ガイアスピーダ)』を構えつつ更に接近し、紫苑に斬撃を浴びせる。


 紫苑も必死に防戦するが、フロリゼルの『司令官レガトゥス』の天職に裏打ちされ、弛まぬ鍛錬を重ねた正統派騎士団剣術に、『魔剣士ヘクスブレード』の天職によってブーストされただけのにわか剣術が及ぶはずがない。


 紫苑は直ぐに防戦一方になり、とても他へ獄裂斬ヘルスラッシュを放つ隙が無い。


 遂にフロリゼルの鋭い斬撃が紫苑の右目を切り裂き、二人の攻防は決着が着いた。

……その時である。


 近衛兵と切り結んでいたデイレルが、紫苑の窮状を救うべく、捨て身の居合切りを行う。一度、剣を鞘へ戻したため、デイレル自身は近衛兵から腿を斬りつけられたが、それに構わず渾身の一撃が放たれた。


 強力な居合切りの衝撃波が、眼前の近衛兵を真っ二つにし、更にフロリゼルの左腕を切り裂いた。


「うぐっ!」


 近衛兵を斬殺したことで威力が弱まり、腕を切り飛ばすには至らなかったものの、フロリゼルの左手は、最早盾を構えることすら容易ではない状態になった。フロリゼルは痛みに耐えかね、剣を地面に突き、膝を落とす。


 ようやく訪れた一瞬のスキに、切り裂かれた右目を手で押さえつつ、紫苑は狂気じみた声をあげた。


「うぎゃぁぁぁ! くそぉぉ! 痛ぇぇぇー!! このクソアマ! オモチャにして死ぬまで犯してやる!!」


 そして、血で汚れた手で懐から鎖を取り出す。握りしめられた鎖には血で赤く染まった円形の宝飾が不気味に輝いていた。


「クソアマぁぁ、お前はこれでメス豚だぁぁ!」


 紫苑のどす黒い叫びに続いて、血で汚れた黄金の飾りから幾つもの黒い光が放射された。

 

 黒い光はフロリゼルにの瞳に吸い込まれていく。


「ぎゃはは、やったぜぇ、クソアマ! さあ、兵士どもを引かせ——」


 ——ザシュ 


 紫苑の左手は握りしめた鎖ごと、フロリゼルに斬り飛ばされた。

 

 紫苑が放った卑劣な『隷属の術』はクラリオン家自慢の『大地の盾(ガイアスピーダ)』が打ち砕いたのだった。


「うがぁぁぁ!!!!」 これまで以上の紫苑の獣じみた悲鳴が辺りに響いた。


「死ね、凶悪な異界人め!」


 フロリゼルは紫苑に止めを刺そうとするが、そこにまたしてもデイレルの居合切りが待ったをかけた。


 フロリゼルは、辛うじてその一撃を避けることができたが、その隙をついて紫苑は、残った右腕で、獄裂斬ヘルスラッシュを放つ。


 今度は、水平方向ではなく、地面に向かって放ったのだ。獄裂斬ヘルスラッシュによって切り裂かれた地面から凄まじい勢いで小さな瓦礫が辺りへ爆散する。


 この衝撃によって『大地の盾(ガイアスピーダ)』の陰に隠れたフロリゼルは盾ごと吹き飛ばされた。『大地の盾(ガイアスピーダ)』は物理現象に対しては単なる盾でしかない。


 吹き飛ばされて、転がった際、切れかかっていたフロリゼルの左手はついに切断されてしまった。


 もはや出血の多さで立っているのも苦しい紫苑は、フロリゼルを一顧だにせず、斬り飛ばされた自分の左手を拾うと、必死で馬に跨り、逃走に移った。


 これに付き従うのは、洗脳で従わせている十名足らずの盗賊たちと、それに守らせたお気に入りの女、マリーフェス。そしてその兄デイレル。


 こうして金本紫苑は逃走し、包囲を破れず残された盗賊たちは皆殺しにされた。彼らの命乞いなど一切通用しない……。




■■■■■■■■■




 盗賊集団を皆殺しにした後、フロリゼルは、近衛隊の副長に事後処理と、王都へ早馬をたてることを命じつつ、自身は逃亡した金本紫苑追撃の指揮を執ることを決めた。だが……。


「……閣下、そのお体では追撃の指揮は無理です! 私がその任を引き受けますので、閣下は、この場に——」

「——黙れ! 畏れ多くも陛下の近衛隊をここまで失い、金本紫苑の首を持ち帰らず、何の面目が立とうか! 第一、あの野獣とやり合えるのは私しかおらん!」

「し、しかし!?」

 

 副長が懸念するのももっともであった。


 フロリゼルは紫苑との戦いで、左腕を失っている

 配下の白魔導士によって治癒ヒールがかけられ、傷口は塞がれているが、痛みまでは消えることはない。しかも、失われた血液が多く、フロリゼルの意識は今もって朦朧としていた。


「おのれっ、凶悪な異界人め!」 フロリゼルの怒りの声が辺りに響いた。


 



■■■■■■■■■ 

 



 ——ふざけんな! ふざけんな! ふざけんな!


「クソがっ、ざけんなぁぁぁ!!」


 金本紫苑は、馬を駆りながら怒りの咆哮をあげる。

 彼の右目は切り裂かれ、傷口は右耳におよび、耳の上半分は無残に切り取られていた。更に、左手は手首から先が失われている。


 囲みを突破して一息ついた後、マリーフェスの白魔法によって、紫苑は九死に一生を得た。

 しかし、治癒ヒールによって傷口は塞がれているが、低位階の治癒ヒールの治癒効果では、欠損部位を回復させることはできず、顔の右半分に大きな傷跡が残り、右目の視力は失われ左手も取り戻すことができなかった。

 体が元に戻らないことを逆恨みした紫苑は、その後何度も治療したマリーフェスを殴打した。

 

 紫苑は不遇となわが身に怒りを爆発させ、再度咆哮する。

 思うまま絶叫したことで僅かに理性を取り戻す。

 何としても、この窮地を脱し退勢を挽回しなければならない。紫苑は馬に襲歩ギャロップをかけながら、後ろを振り返る。


 残された左目に映るのは、付き従う数騎の配下。その先頭にミハス村で従えたデイレル・ミハスがいる。デイレルが後ろから抱きしめるようにして同じ馬上に居るのがデイレルの最愛の妹マリーフェスだ。


 その後ろに3騎の男が必死に追随している。包囲を破る際、配下は更に討ち減らされていた。


 たったの5人。


 それが、紫苑に残された手駒だった。喪失感、屈辱と絶望がごちゃ混ぜになって、ただでさえ癇癪持ちの紫苑を何度目かの激情が襲う。


「クソがぁぁぁぁー!!!」



 紫苑を先頭に、一敗地に塗れた一団が王都を迂回するように北東方向へと落ち延びていった。





さて、報告が遅れましたが、今回から第5章を開始いたしました。


 毎日投稿が難しくなり、少し間隔を開けながら投稿しています。

 今は★が一つでも増えることを心待ちにして執筆しています。

 

 ブックマークボタンと★★★★★を押して下さった方、本当にありがとうございます。続きを書くように背中を押して下さる方は、どうかブックマークボタン と ★★★★★ をよろしくお願いします。 

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