第80話 幕間(7)
王都ヴォルビリス。人口30万を擁すイドリース王国最大の都市で、二重の城壁に守られた難攻不落の城塞都市。
10日前、この都市より外へ通じる城門は全て閉ざされ、市内で大規模な捜索が行われた。若い女一人を決して除外へ逃さないための緊急の措置である。
特に徹底的な捜索が行われたのは、市内に4つある光教の聖堂及び、その関連施設だった。
その理由は、捜索中の若い女が、商人街の大聖堂付近で目撃された後、行方がつかめなくなったからである。
しかも、最後に目撃された時、その女が身に纏っていたのが光教の高位聖職者の法衣であったのだから、捜査の目がそこへ集中したのも無理はない。
誘拐、或いは逃亡の幇助、いずれにしても疑いを掛けられた光教の聖職者たちの多くが拘束され、尋問を受けることになった。
緊急の勅令とはいえ、城門を閉ざし続けるのにも限界がある。商人たちの突き上げや、食料や物資といった市民生活を支える流通も滞る。
加えて、南部で盗賊どもが俄かに集団化し、村々を襲っているという。その討伐軍が足止めされているとなれば、誰しもがこの封鎖を疑問視し、不穏な気配が漂いだしていた。
封鎖5日目を迎えた日の夕刻、王宮より捜索対象の女が確保されたとの御触れが出回り、明日朝よりより全城門を開くことが通達された。
ここまでが、王都の市民の間にも伝わった今回の騒動の顛末だった。
無論、これは『表向きのストーリー』である。
王都中央部の小高い丘の上に王都全体を睥睨する白亜の宮殿。この建造物の3階の奥にある、『謁見の間』。ここが、イドリース国内に下される全ての勅令が発せられる王国の中枢である。
今、この場所で二人の壮年の男が、『裏のストーリー』への対応を協議していた。
「……陛下、聖職者どもへの尋問は一通り行いましたが、橘莉紗へ繋がる有力な情報は出ていません。現在、逃亡の引き金となったサーゲイルめを厳しく尋問いたしておりますが、これもまた、今のところ有力な情報を得ておりません。
……今後についてでありますが、まず、聖職者どもにつきましては、順次解放いたしても良いかと存じます。どうも橘莉紗は、捜索のかく乱を狙って殊更に神殿近くを目立つように歩いたように察せられます。一方、サーゲイルにつきましては、この際徹底的に取り調べ、転移者どもとの繋がりを断ち切るが宜しいと存じます」
極めて事務的な口調で報告したのは、宰相でアジーラ侯爵を兼ねるオーヴィル・スクォートであった。オーヴィルは、アッシュグレーの髪をオールバックにした細身の美丈夫で、ぱっと見の印象は学者を彷彿とさせる。周囲からは喜怒哀楽を殆ど表に出さない冷酷な男として恐れられていた。
一方、報告を上げられた国王ファーガスは、特徴的なアンカースタイルの髭を指でなぞりながら、鋭い眼光を報告者に向ける。
「……あの男は用済みというわけか」
「……御意。サーゲイルめは、大魔導士エクリプスの研究の成果を継承したにすぎません。あの者でなくとも、例の計画を維持することは可能です。何より、陛下の厚遇を良いことに王宮の別館に自らの配下を住まわせ、あまつさえ橘莉紗をそこに囲い込みました。その結果が、今回の大失態です。転移者どもをあの者が独占して使役していることにも不穏な点が見受けられます」
「……よかろう。オーヴィル、あの男の始末は貴様に任せる」
「……承りました。さらに捜索も継続して行います。それから、レリック殿下についてですが……」
オーヴィルは、ここで言葉を切り、ファーガスの表情を伺う。ファーガスはさっきよりも一層鋭い眼光を向けた。しかし、ファーガスは眉一つ動かさずに淡々と提案を続ける。
「先日もご報告いたしましたように、テザ近郊の地元の者が『悪魔の口』と呼ぶ峡谷での大規模な崖崩れに巻き込まれたようで、谷底から数名の獣騎兵の遺体を回収いたしております。まことに畏れ多いことですが、殿下をはじめ獣騎兵のことごとく瓦礫の下敷きになった可能性が高いとのことであります。何分、場所が場所だけに人を遣って掘り出すのに手間取っておりますが……」
「……それで」
ファーガスは、実に不愉快そうにオーヴィルに結論を要求した。
「………はっ、では申し上げます。畏れながらレリック殿下の行方不明をこれ以上秘匿しておきますと良からぬ噂が広がりかねません。……不幸な事故死ということで、早々に発表することをお許しください」
「良からぬ噂とは、何だ、申してみよ!」
ファーガスの怒気を孕んだ追及にもオーヴィルは身じろぎもしない。
「……広まりつつある噂の内容は以下の通りです。レリック王子を弑逆し、三獣士を倒した者がいる。その者の名は、ファラリス。元テレムセン騎士団長にして『姫将軍』の綽名を有す者……。王権に対し真っ向から反逆せし——」
「もうよい!」ファーガスは荒々しい語気で続きを遮った。
「…………」
勘所をわきまえているオーヴィルはそれ以上は続けず、黙ってファーガスの言葉を待った。
「……よかろう。レリックの件も貴様に任せる。上手くかたをつけろ」
ファーガスは吐き捨てるように言った。この男が、これほど感情的になることは最近なかったことだ。
さして能力を買っていなかった息子だったとはいえ、頓死したあげくに、王家への悪口の材料にされるとは、さすがに不憫に感じたのだろうか、それとも、あの時、二つ返事で獣騎兵を付けて送り出したことへの後悔だったのか……。
「……承りました。それから、今一つ……」
「まだ何かあるのか!?」
ファーガスの怒りは沸点に達しようとしていた。だが、
「……南方へ送り出した近衛隊司令官のフロリゼル・クラリオンより戦勝の報告が上がっております」
「——!? 今、戦勝と申したか!?」
「……はい。確かに申しました」
この辺りが、『四世宰相』とよばれ、宰相の職を占めてきたスクォート家の巧みさであった。普通の者なら、良い報告を先に行って、主人の気分を害す報告は後に回す。
それを敢えて逆にするのだ。その目的は……。
「なぜ、それを最初に報告せぬ。ふんっ、まあよい……。それで、クラリオンは何と申して来た。金本とかいう異界人をどこで討伐したのだ」
「……クラリオン将軍によれば、二日前、サルスエラという南部の村付近で、賊徒どもと大規模な戦闘になり、賊徒どもをあらかた討伐したとのこと。賊徒の遺体は、見せしめに街道沿いに晒したとのことであります。更に首領の金本紫苑については深手を負わせ、現在、北東方向へと逃亡中であり追跡をかけているとか……」
「なんだと!! それでは、クラリオンは裏切者の異界人を取り逃がしたと申すか!」
「……どうやら、その様でございます。あのクラリオン将軍率いる近衛隊であっても取り逃がしたとなれば、他の何人であっても金本討伐は困難であったのでありましょうな……」
「黙れ! おのれ、クラリオンめ! 女の身でありながら取り立ててやったと申すに、余の期待を裏切りおって!」
「…………」
オーヴィルの目的は達成されたようだ。
フロリゼル・クラリオンは戦勝を早馬を使って素早く伝えてきたというのに、結果としては王の怒りを買った。
オーヴィルにとって、軍司令官が王に気に入られ寵臣面することは絶対に避けなければならない。そして狡猾なのは、嘘や虚飾に塗れた報告を上げるのではなく、王への報告は、事実に即した客観的な情報を上げている点だ。
これなら、ファーガスが宰相のオーヴィル以外の者から話を聞いたとしても、情報の正確性は何ら揺るがない。だが、巧妙に感情を揺さぶられ、怒りが沸点近くに達した時、本来なら許されるはずの不手際も、許されざる失態へと変わる。
オーヴィルは、万事このようにして自らの権力を勝ち得てきたのだった。
必要な報告をすべて上げると、オーヴィルは黙礼して『謁見の間』から退出する。
あとに残されたファーガスは、玉座で足を組みなおすと、「フンッ」と荒い息を吐いた。
宰相オーヴィルの退出を待って、入れ替わるように二人の男女が入室してきた。
「父上と伯父上の話は、なぜいつもこうも長いかなぁー」
金糸を大胆に用いた白のコートに身を包んだ長身の若者が、大げさに両手を広げながらうんざりした様子を表す。性格の軽薄さが透けて見えるような話し方だった。
肩にまでかかる長い金髪はややくすんだ色で、動くたびにサラサラと揺れる。整った目鼻立ちと相まって麗しい容貌を形作っている。
リファール。それがこの青年の名前であるが、その前にイドリース王国第一王子、王位継承順位第一位という肩書がつく。
「まったくですわ。お父様とお話しするのに、私たち兄妹がいつまでも待たされるなんて」
もう一人のローズピンクの豪奢なドレスに身を包んだ少女も、手にした扇子をパチンパチンと閉じたり開いたりしながら実に忌々し気だ。
縦ロールにしたプラチナブロンドに飾られた美貌の少女で、何よりパッチリと大きなヘーゼルの瞳が特徴的であった。だが、その折角の美麗な容貌も、時折見せる表情から性格のキツさが垣間見られ、減点されてしまう。
この少女の名前はクリスティアナ。やはり、名前の前にイドリース王国第一王女、王位継承順位第二位という肩書がつく。
「……何の用だ……」
ファーガスは、怒りが収まっておらず、怒気を含んだ声を発した。
「まあ、怖い。お父様は伯父様と話した後はいつもご機嫌斜めですわね」
「そうですよ父上。僕たち兄妹にかける言葉とも思われませんよ」
この二人は、同じ母親を持つ実の兄妹であるのだが、二人が伯父と呼ぶオーヴィルとは実のところ何の血縁関係もない。
二人の母親は、とある男爵家の娘であったが、別の貴族に嫁ぐことが決まり、その前の行儀見習いとして寄親のアジーラ侯スクォート家にやってきていた。
若き日のファーガスがオーヴィルに会いにスクォート家の邸宅に訪れた際、その類稀な美貌が目に留まり、強引に奪われることになった。
ファーガスは、その女の具合の良さと従順さを気に入り、夫人の一人に迎えることに決めた。その際、出自の低さを誤魔化すためにアジーラ侯スクォート家の一門の女ということになった。
それ以来、その女は『スクォート婦人』となり、第一王子リファールを出産するに及び、正妻の地位を得ることになった。
二人目のクリスティアナを身籠った頃から、ファーガスは一切寄り付かなくなったが、それでも政治に興味のないスクォート婦人は、王宮の中で倹しく暮らしている。
もっとも、リファールとクリスティアナは、この母親の出自について知らされておらず、二人にとってはオーヴィルは伯父ということになっていた。
「父上、今日僕たちが来たのは、召喚で呼び寄せた転移者たちの事さ」
「そうです、お父様。アダムという『聖騎士』の天職を授かった転移者のことですわ」
「…………」
無言で返したファーガスだったが、2か月以上前に開催した国王主催の歓迎式典を思い出していた。
確かに、あの時、王家の主だった者が式典に参加し、サーゲイル・ロードより転移者たちの紹介を受けた。その中で、転移者たちが授かった天職についても、サーゲイルが我が事のように自慢げに話していた。
リファールとクリスティアナもそれを聞いていたので多少の事情は心得ているはず。それが、ファーガスの認識だった。
「そのアダムがさ、銃という強力な武器の製造方法を提供するってさ。なんでも、魔法が使えない兵士でも、遠距離から弓兵とは比較にならない強力な攻撃ができるらしいよ」
「それに真崎という『大魔道』の天職を授かった少年が、その武器に必要な材料を『科学』という異界の知識を用いて作ることがでとのことですわ」
二人の話は、全くファーガスの予想外のものであった。
「お前たち、その話は誰から上がってきたものだ。オーヴィルからはそのような話、何も出てこなかったぞ」
ファーガスは当然の疑問を口にした。
「いや、これはまだ伯父上はおろか、誰も知らない話だよ。だってさ、僕たちが直接転移者たちから聞いて来たんだから」
「ま、お兄様ズルいですわ! 転移者たちに会いに行こうと提案したのは私ですのよ」
これもファーガスには驚きであった。
「……クリスティアナ、なぜ勝手に異界人どもに会いに行こうなどと思ったのだ。金本という賊徒と化した異界人の話を知っておるだろう。リファール、お前もそれを聞いてなぜ止めようとしなかった」
「いやだなぁ、父上。クリスが僕の言うことを聞くはずがないでしょ。それに……」
ここまで、軽薄さを前面に出していたリファールが、急に真剣な表情へと変わった。
「あの、サーゲイル・ロードは、天職みたいな転移者たちの分かりやすい能力にばかり気を取られて、その異界の知識や思考に目を向けていませんでした。そもそも、都合よく操って使い倒そうなんて考えがあさましいんです。だから、掌中の玉のように可愛がってきた少女にすら逃げられる羽目になったのですよ」
「お兄様の申す通りですわ。私も、転移者の本当の使い道は、単純な戦力としてではなく、我が国の技術や戦術面の大幅な向上にあると思いますの。私、あのアダムに会って、それを確信いたしました。かの者は、騎士として有能であるだけではなく、異界の有用な知識を多く有しております」
「スゴイ惚れ込みようだね。そうか、クリスは一度気に入った人形は、ずっと手放さないからなぁ」
「何を、言ってますのお兄様。私はアダムの優秀さをお父様に分かっていただきたいだけですわ」
「ゴメン、ゴメン。ただ、優秀って話なら、真崎も黄も負けていないと思うよ。真崎は、前の世界の『科学』の知識が豊富だし、黄は、大きな商会の『秘書』をしていたんだって。人懐っこい性格でさ、僕気に言ったよ」
真剣な表情から一転してヘラヘラとした元の口調に戻る。この得体のしれないところが、リファールの持ち味であった。
「……話は分かった。それで、お前たちは異界人どもをどうしたいというのだ」
「彼らを、僕たち兄妹の直属ということにして欲しいんだ。その上で、優秀な魔術師や錬金術師、鍛冶屋などを集めて、秘密の研究工房をつくる。できあがった新兵器は、順次父上が実戦でテストしていけばいいよ」
「お父様、これが軌道に乗れば、わがイドリースは大きな力を得ますわ。お兄様がお父様の後を継承するころには、大陸を制覇しているかもしれません」
クリスティアナはウットリするような表情で思い描いた未来を語った。
「……分かった。検討した上で返事をする。それだけか」
二人は、優雅に一礼して退出する。又も一人玉座に残ったファーガスだったが、先ほどまでの怒りはすっかり静まっていた。
ファーガスは先ほどの二人からの提案を思い返す。
弟の死に一言も触れない所が、二人とレリックの関係性を良く表していた。腹違いの兄弟で、リファールへの対抗心をむき出しにしていたレリックは、良く言えば真っ直ぐな性格。悪く言えば、思考の浅い直情径行。
リファールとクリスティアナの二人には遠く及ばない。今はもう、死んでしまっては何の使い道もないという感想を抱いているだけであった。
それより、異界人に対して別の興味が湧いて来た。
リファールの話を確かめるためにも、もう一度会ってやっても良い。それだけの知識を有しているのならば、リファールの提案に許可を与えてやろう。
ふと、ファーガスは思い出した。そういえば、もう一人転移者がいたことを。
サーゲイルが「ハズレ」と呼んで遠ざけた転移者が……。




