第79話 新たな仲間(2)
冬至を過ぎたとはいえ、冬の暮れは早い。肌を突きさす冷気が刻々と強まっていく。
莉紗を新たに加えた3人は、テザへと向かう街道沿の集落に今夜の宿を探した。ここも他の村と同じく、住民が召喚の生贄に供されてゴーストタウンと化している。
3人が街道から外れた丘の上の家屋を今夜の宿に定めた時、街道に馬蹄の響きが轟いた。
3人の居る場所から、遠目で10騎ほどの集団が火を灯した松明を手に走り去っていく姿が見えた。
「ピッタリ10騎、連中はこの村を探索するつもりはないらしい」
アステルは、騎馬兵の気配を察知し、こちらに向かってこないことを伝えた。
「神殿に詰めている兵士だけでは探索網を広げられないのだろう。おそらく、王都に急使を立てて異変を伝え、テザにも人を遣って増援を要請するつもりだろう」
ファラリスの予想に、アステルと莉紗は頷く。ファラリスは神殿の方角を遠く見やりながら続ける。
「無論、他の兵員を総動員して、できる限り近隣の村を探索している頃だろう。この村まで今夜のうちに追っ手が迫る可能性もゼロではない」
国王から大神殿の警備を任された連中が、神殿を損壊させた卑劣な侵入者を許すわけはない。必死の探索が続けられていることだろう。
「だが、この場所なら見通しが効く。俺の気配察知もあるし、今夜はおたおたせず、この家で休ませてもらおうぜ」
「賛成です。私も歩き通しで……」
莉紗は足をさする仕草をした。ファラリスに異存はなく、このままここで一泊することになった。
ファラリスは、調理場を見に行き、莉紗は寝室にする部屋の確認をする。一方、アステルは荷物を下ろしながら大部屋の暖炉を前にして迷う。
——街道から離れているとはいえ、暗闇の中で煙突から出る火の粉や煙は遠目にも目立つかもしれない。火の粉は見えなくとも、焚火の煙は遠くからでも臭いで分かるものだ。探索者に格好の目印を与える可能性がある……。
——だが寒い!
火に当たらずに、体の冷えをとる手段が他に思い浮かばないのだ。
「何を悩んでいるんですか」
「ああ、莉紗か。えっとな……」 アステルは自分の迷いを話した。
「たしかに、見つかったら厄介ですね。えっと、それならこうしませんか」
莉紗は、アステルにギュッと体を密着させてきた。
「な、なにを!?」 情けない声をあげる。
「こうやって密着して休めば、少しは温まるのではないですか」
「そりゃそうだけどアンタ、い、いや莉紗は嫌じゃないのかよ」
「……また、アンタって言いましたね。ま、言い直したから良しとしますが。私は、全く問題ありません。これから一緒に旅をするんですから、これくらい何ということもありません」
やけにキッパリ言い放つ莉紗に、アステルは少々気遅れした。
「そ、そうか、ならいいんだけど。それより、やっぱり……」
「やっぱり、なんですか? キャラが変わったって言いたいんですか!?」
「い、いや、その……なんだ、ハハッ」
言いかけて飲み込んだ言葉を当てられて、アステルは笑ってごまかす。
「……さっきも話しましたが、私は私です。何も変わってなんかいません……。周りの人が勝手に私の事をあれこれと決めつけてくるだけで……」
莉紗は少しだけ俯き、悲しそうな笑顔を見せた。
「……そうだよな。うん、俺が間違ってた。ほんのチョットしか莉紗と一緒に居なかったのに、勝手に莉紗の性格やキャラを決めつけてさ、嫌な気持ちにさせたよなぁ。ホント、ゴメン」
アステルは、莉紗に頭を下げる。美しい白銀の髪がふわっと揺れた。莉紗はドキッとなったが慌ててそんなつもりじゃないと否定する。
「い、いえ、良いんです。そんなアステルに謝られたら逆に困ります。ホントは私が先にアステルに謝りたいんです。私たちが召喚されたあの時、一人、サーゲイルに抵抗してくれていたのに……。そんなアナタを一人だけ大神殿に残してしまって。あの時、私がもっと強くサーゲイルに訴えていたら……本当にごめんな——」
アステルは、深々と頭を下げようとする莉紗を手で制す。
「——別に莉紗が謝らなくていい。あれは、俺が自分の意思で奴らに逆らった結果だ。後悔なんかしちゃいないぜ」
「で、ですが——」
「何度も言わせるなよ。その件で莉紗が俺に詫びることなんか何もない。それより、
莉紗は『サーゲイルも国王も私の敵』と言ったよな。その理由を教えてくれないか」
「ええ、分かりました。それじゃ——」
「……随分と親しくなったようだな」
「おわっ!!」「ひゃっ」 アステルと莉紗の裏返った声が響く。
ファラリスは引きつった笑顔をアステルに向ける。
くっ付いていた二人は、咄嗟に距離を取った。
「ち、違うんだ。これは寒いから、くっ付いて温めようとしていただけで!」
「そ、そうです誤解です。私からくっ付いたんです!」
——俺の気配察知を掻い潜るなんて、お前は隠密の特殊スキルでも持ってるのかよ!
アステルは、またも背後から音もなく接近したファラリスに瞠目した。
「……ほう、私が食事の用意をしている間に二人で温め合っていたという訳か……」
ファラリスからは笑顔とは裏腹に冷気が漂ってくる。
「ち、違う! 言い方を間違えた! ゴメン、ファラリス。今からキチンと説明する。決してオマエが考えているような状況じゃないから!」
「……何を謝っているのだ。別に私はお前が誰と何をしようと関係ない。食事の準備ができたら呼ぶから、それまで温め合っておけ……」
ファラリスは、クルリと背を向けて調理場へ去っていく。
——ちょ、もう、そんなに怒るなよ! あ、いや怒るか……。ファラリスがこんなことしてたら俺はもっと嫉妬で怒るだろうな……。
直ぐにアステルはファラリスを追いかけた。調理場で、食事の準備を続けようとするファラリスをアステルは後ろから抱きしめる。
「ゴメン、謝る。だから話を聞いてくれよ」
「なんの話だ! ……私の目前でお前は!」
ファラリスの瞳には涙が浮かんでいる。アステルの胸がズキンと痛んだ。
「違うから、ホントに話を聞いてくれよ」
「…………」
ファラリスを後ろから抱きしめたまま、アステルはさっきあったことをゆっくりと言葉を尽くして説明した。
「……本当か。なら、どうして最初からそう話してくれなかったのだ……」
「だっ、だってオマエが全然話を聞いてくれなかっただろ!」
アステルは逆に少しイラっとした。だが、振り向いて正面を向いたファラリスが安堵の表情を浮かべていたことで、すぐに気持ちも治まった。
「これから、莉紗とは一緒に旅をするんだ。仲間になるんだぜ。だからそんなにすぐに感情的にならないでくれよ……」
「……分かっている。私だって分かっているのだ! だが、こんな気持ちになったことが無くて……。あの娘は、女の私から見ても魅力がある……。だから——」
「——俺が取られると思ったのか」
「…………」
ファラリスの表情が堪らなく愛おしく感じて、アステルはファラリスにキスをした。
「約束して欲しい……」
「な、なにを?」
長いキスの後、真剣な眼差しで懇願するファラリスにアステルは気圧された。
「……私を、私を一人にしないで欲しい。私を置いていかないで……」
ファラリスはそれ以上言葉を続けなかった。だがアステルは、ハッとなった。
——ファラリスは、それを心配していたのか! 俺が、莉紗と一緒に元の世界に帰っちまうことを恐れている。だから……。
「約束する! 絶対にお前を置いて元の世界に勝手に帰ったりしないぜ! 確かに、俺は自分のいた世界に帰りたいし、元の体を取り戻したい。でも、お前を置いてなんて考えていない。もし、帰れるとしてもお前を俺の世界に連れていく!」
「ほ、本当か!」
「俺が、今までお前との約束を守らなかったことがあったかよ」
「…………ああ、アステル!」
ファラリスはアステルを強く抱き寄せた。
「……だから、俺からも頼むよ。俺たちの目的を成し遂げるには莉紗の力が必要なんだ。仲良くしてやってくれよ」アステルは耳元で囁く。
「もちろんだ、何を言っている! 莉紗は私たちの仲間だ。これからは一緒にお前を支えるぞ!」
ファラリスは少し晴れ晴れとしていて、決意表明のような口調だった。
アステルは、説得が功を奏したことに安堵するが、
——ファラリス……。チョロすぎるのも心配だぞ。
ファラリスの心変わりの速さに、少しだけ呆れた。一方、そんな二人のやり取りを、隣室で聞いていた莉紗は、ホッと胸を撫で下ろしていた。
■■■■■■■■
食事の後、就寝の支度をし、アステルは寝袋を準備する。驚いたことに、莉紗は薄手の毛布を一枚もっていただけで、野営の装備を持っていなかった。
ファラリスは自分の寝袋を莉紗に貸し与え、代わりにアステルの寝袋に入った。アステルはというと……。
「この体勢じゃなきゃダメなのか……」
「無論だ」「もちろんです」 女子二人の声が重なる。
アステルは寝台の上で寝袋に入った二人に両方から挟まれ、その上から毛布を掛けられている。二人の体温で確かに暖かいが……。
美女二人の温もりと甘い香りで、心中穏やかではない。
——色即是空、色即是空、色即是空……こんなの寝られるかよ!
「な、なあ莉紗……」
アステルは般若心経を唱えるのを止め、気分を変えるために莉紗に話しかけた。
「はい、なんですか」
「さっきの話の続きだけど、王都でのことやここへ来るまでのこと、話してくれないか」
「少し長くなりますけど……、えっと、ファラリスさんは良いですか」
「ああ、構わない。今、王都がどうなっているか、私も是非聞きたい。転移者たちのことも気になるしな」
「分かりました……」
莉紗は、大神殿で惣治と別れてからのことを順を追いながら説明した。時折感情的になることもあったが、出来るだけ冷静に、そして細部まで分析を加えながら語った。所々で二人から投げかけられる質問にも丁寧に答えながら。
アステルは莉紗の頭脳の明晰さに舌を巻く。だが、ファラリスは別の感想を抱いた。
「そうか、そんなことがな……。しかし、驚いた。大方はアステルが予想した通りだ。やっぱり、お前は凄いな……」
ファラリスは、寝袋に包まったまま、アステルの胸の上に顔を埋めウットリする。
「そうなんですか!? アステルは遠く離れていて、王都での私たちの動きを予測できてたんですか」
莉紗も驚いて、同じように寝袋に包まったまま、アステルの胸の上に顎をのせ、アステルを下から覗き込む。
「ち、近い、近いから……」
ファラリスとはまた一味違った莉紗の美貌がすぐそばに迫り、アステルはどぎまぎする。
——これは、サーゲイルの野郎が狂ったのも頷ける……。
「むぅ」 ファラリスは、すぐ横に迫った莉紗の顔を見て頬を膨らませる。だが、一転して、誇らしそうな表情を浮かべた。
「……莉紗よ。私のアステルはな、とにかく凄いのだ。まさに盤上遊戯の名人のごとく相手の何手先も読んで行動する。私は、アステルの機転によって何度も救われたのだぞ」
「ええ、どんなことがあったんですか。私も是非知りたいです。私たちのアステルの活躍を」
二人の美女はアステルの胸の上で互いに見つめ合いながら、フフフと不敵に笑う。
「チョットもう、さっき仲良くするって言ったよなぁ!!」
アステルは突っ込みを入れながらも、この二人は案外いいコンビになるのではないかという予感を感じていた。
■■■■■■■■
莉紗は、目が覚めるとハッとなった。既に辺りは少しずつ白んできている。時計がないので、正確な時間を知ることはできないが、朝の6時を過ぎた頃だろうか。
——こんなに熟睡できたのはいつぶりだろう。
莉紗は、この世界に転移して以来、眠りが浅く、朝まで熟睡できたことはなかった。更に、王都を抜け出してきてからは、追っ手の追跡を恐れ、2,3時間おきに目を覚まし、周囲を伺う生活を続けてきた。
それが、昨夜はぐっすりと熟睡することができた。その理由に直ぐに思い至る。隣から感じる柔らかな温もり。きっとこの安心感が安らかな眠りを与えてくれたのだ。
莉紗は自分に安らぎを与えてくれた存在に目を移す。
すぐそばに静かに寝息を立てているアステルの横顔があった。莉紗はそれを見てウットリとなった。長いまつ毛、整った鼻梁、細くそれでいて優美な顎のライン……。すべてが美しく、そして神々しい。
——ズルいよ。女の私が、こんな気持ちになるんだから……。
莉紗はこれまで恋愛や男女関係に対してかなり冷淡だった。
それも無理はない。
男たちからは一方的な好意を寄せられ、女たちからは妬みや僻みの感情を向けられる。この世界に転移してからも、それは何も変わらなかった。
——いったい何の罰ゲームだろう……。
莉紗にとっては、男女の恋愛に対する感想はこれだった。
そんな莉紗が、短い時間でアステルにこれだけ心を揺さぶられるのだ。
莉紗は、アステルの寝顔を眺めながら昨晩のことを思い出していた。
あの後、莉紗は体は疲れているのに、神経が高ぶって寝付けないでいた。
それはそうだ。
あれだけ、興奮して自分のこれまでの体験を語ったのだ。どうやら聞いた側のアステルもファラリスも同じだったようだ。
ファラリスが寝付けずに何度も寝返りを打つ。その度に寝袋が擦れる音がするのだ。暗がりにも目が慣れ、莉紗がいよいよ寝れそうにないと考え始めた頃、アステルがファラリスの髪を優しく撫で始めた。
暫しの間、ゆっくりと髪を撫でる優しく穏やかな音が奏でられた。やがてファラリスの静かな寝息が聞こえてきた。
——私もして欲しい……。ハッ! な、な、何を考えているのよ!?
莉紗は、これまで感じたことのない欲求にびっくりした。それが原因で眠気が完全に覚め、気恥ずかしさで身悶えした。
だが、どうしてもその気持ちを抑えることができず、
「わ、私も撫でて下さい……」と、ついに小声で懇願してしまった。
一挙に体温が上がっていくのが自分でも良く分かった。アステルは外見こそ美の女神そのものだが、中身はれっきとした男、神谷惣治なのだ。今更ながら、それを思い出し、自分の大胆さに余計に身悶えする。
今まで自分の中に難く封じていた女の部分が堰を切ったように溢れ出してくるようで、怖さすら感じた。
少しの間の後、アステルの腕が伸びてきたとき、莉紗は一瞬ビクッとなってしまった。暗がりでアステルの表情が良く見えないのだ。もし、アステルがそれ以上のことを求めてきたらどうしようと瞬間によぎったからだ。
しかし、アステルは、ただ黙って優しく莉紗の髪を撫でてくれた。
心地いい感触が自分の心の中の澱を掃きだしてくれるような、そんな不思議な感じがした。
自分で頼んでおきながら一瞬でも、アステルを疑った自分をすごく恥じた。やがて、そんな軽い懺悔の気持ちすら薄れていき、温かな気持ちに包まれる。
覚えているのはそこまでだった。
「目が覚めたようだな。どうだ、良く休めたか」
莉紗が目覚めたことに気付いたファラリスが小さな声で囁きかけてきた。莉紗が「おはようございます」と朝の挨拶を返そうとすると、口の前で人差し指をたて、それを制す。そして、視線をアステルに向ける。
「もう少しだけ寝かせてやろう。私たちのアステルを……」
ファラリスは、もう一度小さな声で囁きかけてきた。
莉紗は、眩い笑顔で頷いた。
次回の更新も少し先になります。しばらくお待ちください。
最近、★の数もブックマーク数も伸びずに、やや執筆意欲が低下気味です。応援してくれる方は、よろしくお願いします。




