第78話 新たな仲間(1)
『フェズ大神殿』を飛び出したアステルとファラリスは、一先ずテザを目指し、来た道を急ぎ足で引き返した。
ファラリスは、進みながらも時折背後を振り返るが、アステルは特に気にした様子が無い。
「追っ手を気にしているみたいだが、追いかけてくる気配はないぜ。おそらく、何が起こったのか分からないんだろう」
「……確かに。何があったかも分からんのなら、どこへ向けて追っ手を掛けていいのかも判断できないだろう」
「そういうことだ。今頃はおそらく大混乱だろうな。しばらく追っ手は気にしなくていい。それより……」
「……それよりなんだ?」
ファラリスは、前方を見つめて表情を曇らせたアステルを訝しむ。
「……分からん。誰か一人こっちに近づいてくる。相当な魔力を秘めてるようだ」
「お前よりもかアステル」
「…………」
先ほどの超魔法を放ったアステルがそう言うからには、余程の実力者が近づいてきているに違いない。ファラリスにはすぐに一人の女の姿が思い浮かんだ。
燃えるような赤い髪と、ルビーの如き赤い瞳が印象的な美女……。
「もしかして、ザビールか!?」
ファラリスは、二人にとってはもはや因縁の相手となった女の名を口にした。
「違うぜ。あの女の気配なら、俺は間違えようがない。第一、あの女は単独でこっちに仕掛けてくるような真似はしないはずだ」
「なら、誰だ……。ファーガスの配下に、我々の行動を読んだ上で、単独で挑んでくる手練れがまだいるのか……」
「一先ず、その辺りに隠れてようすを探ろう。今はまだ、まともにやり合う訳にはいかないぜ」
二人は、街道沿いの茂みに身を潜め、接近中の強力な魔力の持ち主を観察することにした。
——おかしい……。とっくに見えていて良いはずだ。これだけ強力な気配を漂わせているのに、姿がみえない。
アステルは、なまじ相手の気配や魔力を感じることができるので、既にすぐ近くに居るはずの相手の姿が視界に無いことに不安を抱いた。
『……どうした、誰の姿も見えないぞ。本当に誰か近づいているのか?』
同じく街道をじっと睨み続けたファラリスも、小声で疑問を口にした。
その時だった。
一瞬だけ雲が太陽光線を遮り、街道に僅かな影が差した。
——!? あ、あの娘は!
アステルの隠れた茂みの数マール先に、全身を純白のローブに身を包んだ黒髪の美貌の少女が立っていた。
だが、一瞬の後その姿は太陽の光の中に消えた。
「た、橘莉紗……」
アステルは、思わず隠れていることも忘れ、つい声を出した。
これには、誰よりファラリスが驚いた。驚きの余り、ガサガサと茂みに音を立ててしまった。
「……私のことを知っている。そこにいるのは神谷惣治さんではないですか? 私も色々あって王都から逃げて来たんです。信じてください、私はアナタと敵対するつもりはないんです。サーゲイルはアナタが死んだと言ってましたが、私は絶対に生きてるって、そう思って……」
その声には、真剣さと共にどこか安堵の色が混じっていた。
『ファラリス、ここでもう少し隠れていてくれ』
『し、しかし……。大丈夫なのか?』
『分からん。だが、あの娘は間違いなく、俺と一緒に召喚された転移者だ。少し話してみたい』
アステルは、ファラリスに小声で指示すると隠れたまま声を張り上げる。
「分かった! 俺にもアンタを攻撃する意思はないぜ、橘莉紗さん。」
「ああ、やっぱり、やっぱりそうだ! その声、神谷さんですね!?」
——声? 俺の声を覚えているのか……。だが、まだ用心にこしたことはないぜ。
「今から、そっちに出ていく。だけど、約束してくれ、俺は色々あって見た目がかなり変わってしまっている。驚いていきなり攻撃しないでくれよ!」
「心配しないでください。少しだけ、話を聞いています。神谷さんが悪魔と契約したとかで、姿が変わったって……」
——悪魔と契約? 王都ではそういうことになっているのか。
アステルは、茂みから出ると橘莉紗のいる方向をしっかりと見つめた。姿は見えないが、居場所はしっかりと感知していると分からせるためだ。もしもこれがおびき出すための罠だとしても、こちらだけが一方的に攻撃を受けるわけではないことを相手に知らせる意味もあった。
「えっ!? そ、その姿は……神谷さんは女神様になった? えぇぇ!!」
今度は、莉紗が素っ頓狂な声をあげて驚く番だった。
「……当たらずしも遠からずだ。女神様には悪いが確かにこの体、元は女神様のものだ。だが、今はこれが俺の体だ」
「えぇぇ!! そんな、美人の顔で男の声なんて……」
「余計なお世話だ! それより姿を見せたらどうだ。俺は姿をさらしたぜ。なら、次はアンタの番じゃないのか」
「た、確かに。……分かりました」
莉紗は、光魔法澄明を解除した。黒髪をポニーテールにした長身の美貌の少女が太陽の元に姿を現す。その顔は、心なしか上気して赤く染まっていた。
「久しぶりだな、橘さん」
「こちらこそ、お久しぶりです、神谷さん……」
「……今はこの姿になってアステルと名乗っている。この体の元の持ち主の女神様から名前をもじってな……」
「アステル……。確かに、その美人さんの名前が神谷惣治じゃ違和感が凄いですものね。」
「いちいち傷つくな! ゴホン、さて俺もかなり変わったが、アンタも随分と変わったな。相当強くなったみたいだ。魔力の漲りが良く分かる」
アステルの言葉に莉紗の顔は益々上気する。その美貌にキラキラと麗しい笑顔が咲いた。
「アンタではありません。これからは、莉紗と呼んでください。これから一緒に行動するんですから、ちゃんと名前で呼んでください。ね、アステル」
「ちょ、ちょっと待て、なんで一緒に行動することになってるんだ。たった今、再会したばかりなのに!?」
アステルは、莉紗の言葉の意味を測れずに戸惑う。一方で、莉紗は手を後ろで組んでハツラツとした様子でアステルの周りを歩きながら、自分の思いを語った。
「私、この世界に来てこれまでずっと誰かに振り回されてきました。自分を押し殺して、ただ言われるままに……。だから私、王都を逃げ出すとき決めたんです。もう誰にも気兼ねせずに、自分の心のまま、この世界を生きようって。そしてなぜか分かったんです。アステル、アナタが生きてるって。だから、必ずアナタを見つけて、一緒に行動しようってね。だから、そういうことで」
「どういうことだよ! イマイチ説明になってないぜ。それとアンタには相棒がいたよな。あの子はどうなった?」
この言葉には、少しだけ莉紗は俯き、悲しそうな表情を浮かべた。
「けんか別れしちゃいました……。今はもう、別々の道を進んでいます。でも、彼女を元に戻すためにも、アステル、アナタの力が必要です。どうか、私に力を貸してください。それとも、私じゃ不満ですか?」
莉紗の瞳には強い決意がこもっている。その目で頼まれれば、殆どの男は、否とは言えないような、そんな不思議な魅力がある。
「こ、こっちの意思はどうなる!? それよりアンタ、キャラ変わってるぜ! 確かアンタ、ヒロイン然とした清楚系キャラだったんじゃ?」
「アンタじゃありません。莉紗と呼んでください! これからは莉紗と呼ばないと返事しませんから」
「だーかーらー、こっちの意思ってもんがあるだろうが! アンタ、それを考えないのかよ」
「…………」
「な、なんだ、なんで急に黙ってるんだ」
「…………」莉紗は、黙ってアステルを見つめる。その真っ直ぐな瞳は、生来の美貌と相まって破壊力抜群だ。
「わ、分かったよ。り、莉紗……。これでいいんだろ!」
アステルは、莉紗の美貌に吸い込まれてしまうような気がして顔を背けた。
「そんな、雑な呼び方はないんじゃないかな。もっと優しく呼んで欲しいな」
「俺は、今そんなラブコメみたいなことやってる場合じゃないんだ! それより、勝手に一緒に行動するって決められてもな……」
「ひどいです! アナタを信じてここまでやってきた私を、ここで捨てるんですか?アステル、それはひどくないですか!?」
「うっ……、それは……」
「……何を、そんなに楽しそうに話しているのだ!」
「おわっ!!」
莉紗とのやり取りに気を取られすぎて、ファラリスが近づいてきたことに気が付かなかったのだ。
ファラリスは、引きつった笑顔で、眉間をピクピクさせている。これにはアステルも仰天した。
「ファ、ファラリス、隠れていろって言っただろ」
「その娘に特に危険がないと判断した。それより、別の危険を感じたのでな」
ファラリスは、冷たい視線をアステルと莉紗に交互に向ける。
「す、凄い美人……。アナタがファラリスさんですね」
「……娘、お前はなぜ私の名前を知っているのだ」
ファラリスは引きつった表情のまま、斜め上から莉紗を見下ろす。
「テザの街でドルトンさんから二人のことを聞きました。二人が大神殿に向かったのも彼から。だから、私は街道を真っ直ぐにこちらへ向かったのです。二人に必ず会えるという自信がありました」
先ほどのアステルとの会話とは打って変わって丁寧で礼儀正しい話し方だった。
「そ、そうか。ドルトンの奴からな……。あの者なら、人を見る目も確かだ。しかし、テザはそれなりに大きな街だ。良くドルトンと接触できたな」
「それは、本当に偶然です。でも私、何度も同じことを言うようですが、不思議と神谷さん、いえアステルと再会できるっていうことだけは心配していませんでした。必ず会えると思っていました」
アステルは、莉紗が自分の名前を口にしたとき、ファラリスのこめかみがピクッと反応したのを見逃さなかった……。
「それで、無事再会を果たしたようだが、これからどうするのだ?」
どこか突き放したような言い方だった。いつものファラリスらしくない言い方だ。
だが、莉紗はそしらぬ風で
「はい。ご一緒させてもらうつもりです。この世界で生きていくのにはアステルの傍が良い、そう感じています」
「勝手に決められても困る。私とアステルは、共通の目的を持って旅をしている。娘、お前が付いていける場所ではない」
またしても、眉間をピクピクと引きつらせながらファラリスは無表情で言った。
「ご心配なく。私も、その共通の目的を有しています。王都に居るサーゲイル・ロードや国王は私の敵です。そして、私はそれなりに戦えます。決して足手まといにはなりません。それから、私のことは莉紗と呼んで下さい。」
ファラリスは、キッパリと言い放つ莉紗に少しだけ気圧され、アステルを見た。
「ファラリス、莉紗の言ってることは本当だ。莉紗は相当強い力を秘めている。何より彼女の天職は『女教皇』だぜ」
「な、な、何だと!? 本当か!」
「ああ」「はい」 アステルと莉紗の声が重なった。
ファラリスはすぐさま貴族としての正式な礼を取る。
「これは猊下、知らぬこととは言えとんだご無礼を致しました。私めの愚かさを悔いるばかりです……」
しかし、態度とは裏腹にその声は若干裏返っていた。心中穏やかではない。
「そ、そんなに畏まらなくても、分かって下さればよいのです。では、ご一緒させてもらっても良いですね」
莉紗は、二人を交互に見ながら確認を取る。アステルはファラリスの顔を見る。
「私に依存はございません。猊下」
「決まりですね。認めて下さってありがとうございます。でも、猊下は止めてください。私は、光神教の聖職者ではありませんので。それに、これから一緒に旅をするのですから敬語もなしでお願いします。それでは、改めて宜しくお願いします、ファラリスさん、アステル」
アステルは、莉紗が自分の名前を口にしたとき、ファラリスのこめかみがまたしてもピクッと反応したのを見逃さなかった……。
——いや、違うから。ファラリス、そんなに嫉妬しなくても大丈夫だから……。
一方、莉紗は ——アステル……神谷さんがこんなに美人さんになってるなんて!ファラリスとはただならぬ関係のようだけど、でも私も負けないから——
などと思っていた。
次回の更新も少し先になります。しばらくお待ちください。
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