第76話 克服(1)
「ど、どういうことだ、これは!」
目の前の事態に動揺するファラリス。
「お、俺の方が聞きたいぜ! 今、突然剣が現れたぞ。お前が出したんじゃないのかよ!?」
珍しく困惑の色を隠せないアステル。二人はお互いに顔を見やった。
「わ、分からない! 今、オマエに聖剣のことを聞かれて、思い出したらこうなっていたんだ!」
「それじゃ、まるで説明になってないな。……そうだ、さっきお前が気を失っている時に聖剣を見たと言ったじゃないか。その時の話をしてくれ」
ファラリスの混乱ぶりが逆のスイッチになって、幾分か、落ち着きを取り戻したアステルは、ファラリスが気を失っている間の体験を聴くことで、この状況を知ろうとした。
「そ、そうだな。うん……」
ファラリスも、右手に輝く聖剣の美しい姿を見て、徐々に落ち着きを取り戻した。そして、深呼吸しながら自らの身に起きたできごとを話すのだった。
「ファラリス、確かお前の話だと20年前に、聖剣が城の宝物庫から消えていたんじゃなかったのか」
「ああ、私もテレムセンを出るときバーラム侯爵から、確かにそう聞いた」
ファラリスは、あの日以来ベンドアを父とは呼んでいない。これまでも何度かテレムセンやベンドアのことが話題に上がったが、わざと感情を表に出さずに話しているように見えた。
だが今、テレムセンやバーラム侯爵の名前を口にした時、一瞬懐かしそうな表情を覗かせたことをアステルは見逃さなかった。
――きっと、聖剣の力で初めて両親の顔を見ることができて、少しだけわだかまりが解けたんだろう。ファラリスは、ベンドアのことをチョットは客観的に見ることができるようになったのかもな……。
アステルは、自分も元の世界に両親を置いてきてしまったことを思い出した。
——今頃、親父とお袋はどうしているだろうか……。オッといけない、今は感傷に浸っている場合じゃないぜ。
「……どうかしたのか?」
「いや、何でもないぜ。それより、お前のした体験が、もしも本当に過去に飛んで行ってのことなら、20年前に聖剣が失われたというのは、お前の体の中に聖剣が入り込んで今の時間にやってきたということなのかもな」
「私も、オマエと話しながらそんな気がしていた……」
「きっとそうだぜ。ところで、お前の話だと聖剣を手にできるものは限られた人間だったよな。それが今、お前の手にある。ということは、ファラリス、お前は聖剣に選ばれた人間だってことにならないか」
「……そ、そんな! 言われるまで考えもしなかった」
「どうなんだ、その……、聖剣の感触ってのは」
アステルは、言っておきながら自分でも変な発言だとは思ったが、聞かずにはおられなかった。
「……わからない。重いとも、軽いとも……。なんだか、自分の体の一部のような感覚だ」
「そうなのか。……まあ、ひとまずその台座の鞘に戻してみたらどうかな」
「……私も、今それを考えていた。ここで、あれこれ言っても始まらないしな。考えられる行動をとってみよう」
そう言って、ファラリスは右手の聖剣を台座に固定された鞘に挿した。途端に、スイッチが入ったように部屋全体に光が灯り、部屋を覆う石の壁の継ぎ目が青白く光り始めた。
グゥゥゥンという低い音を響かせ、何かの装置が起動し始めたのを感じる。
「しまった! さっきより一層エネルギーが強まりだした。何かが起動したみたいだ。拙いぜ、直ぐにそれをはずせ!」
「わかっている! だが、抜けないんだ。まったくビクともしない!」
「くそっ、迂闊だった! 仕方ない、俺が台座ごと切り裂く。ファラリス離れてくれ!」
「待て、アステル! もう少しだけ私に時間をくれ」
ファラリスはアステルを制して聖剣から両手を離した。そして、目を瞑り再度聖剣に両手をかざすと、心の中で聖剣に呼びかける。
——クラウ・ソラスよ、もう一度私の手に戻ってくれ!
ファラリスの呼びかけに応え、聖剣は鞘ごと台座から外れると、ファラリスの手の中に納まった。その瞬間、光は消え、起動音もピタリと止んだ。
「……止まった、……のか?」
「ああ、間違いない。起動していた装置は止まったようだぜ。……それに、流れ出ていたエネルギーも、ピタリと止まった。どうやら、その鞘にも聖剣本体には及ばないまでも、かなりの力があるようだぜ。その力が、この神殿の地下の龍脈に影響を及ぼしていたようだ」
アステルは、アスターテ女神に授かった不可視のエネルギーの流れを読み取る能力を使って、状況の変化を分析した。
「良かった……。次の召還を阻止するためにこの神殿に来たのに、私たちの手で『第二の召喚』を行う所だった」
「まったくだ。……俺としたことがホントに迂闊だった。しかし、安心してばかりもいられないぜ。どうやら、今の異変で侵入者がいることがバレたようだ。こっちに向かってかなりの人数が集結しつつある」
「……どうする、アステル。この部屋を出て、兵士どもを倒しつつ押し通るか?」
ファラリスは、鞘に収まった聖剣を背中に縛り付けながら不敵に笑う。聖剣の力を試したいと思いつつも、使い慣れた愛剣を左腰に吊るした。今、頼りになるのはやはりこちらだと判断したからだ。
そんなファラリスの姿を見て頼もしく感じながらも、アステルは、それは避けたいと考えた。
——このまま、荒事になれば、確実に兵士に犠牲者がでる。しかも、最悪ファラリス生存や聖剣の存在が露見し、以降の行動が難しくなる。出来れば、それは避けたい。
アステルは、一先ず元の部屋に戻ろうと、隠し扉に手を掛けた。だが……。
「……それ以前に、ここから元の部屋に戻ることが難しいようだぜ。入り口がロックされている。……くっ、俺の力でもまったくビクともしないぜ。どうやら、ここから出るためには何かの仕掛けを使わないと無理のようだ」
「なるほど、それですんなりとこの部屋に入ることができたわけか。無断の侵入者は、この部屋で閉じ込めることが出来る」
「おいおい、感心している場合じゃないぜ! だが、これで理由ができたわけだ。無用の殺生を避けるためにも、ここは力ずくの方法を取らせてもらう。どうやら、この部屋の真下は、空洞になっているようだし、一端、そこに移動して脱出する算段を考えようぜ」
アステルは、先ほどの輝きが嘘のように光を失いただの石となっている床をコツコツと蹴りながら不敵に笑った。
「よし、それならようやくオマエの本領発揮だな。スパッとやってくれ」
「なんだよ、本領発揮って。それだとぶっ壊すのが俺の役割みたいだろ」
「フフッ、違うのか?」
「……どうやら、それぞれの役割の認識について話し合いが必要のようだな。ま、今はそんなこと言ってる場合じゃないか。よし、やるから少しどいてろ」
ファラリスが脇に退いたのを見て、アステルは全力で床に手刀を叩き込む。
十文字に切り裂かれた床が、ズゥンと鈍い音を立てて沈み込んでいく。そして、下の空間に落下した。
ドォォォン! 轟音を響かせ神殿全体が振動し、下から濛々と粉塵が上がる。落下した床はただの石ではなく、想像した以上の大質量の物質でできていたらしく、この隠し部屋の下の階の部屋の床を突き破ってしまった。
「…………ったく、今日何回目の拙い事態なんだ。計算違いのことばかり起こるぜ」
「本当に、お前らしくないが、言っても始まらない。このまま下の階に降りるとしよう」
粉塵が弱まると、アステルはファラリスを抱きかかえ床下の空洞に飛び降りる。
隠し部屋の下に広がった空洞は、元々は聖剣の鞘を埋め込んだ台座が納められていた場所である。しかし、それだけではなく壁や床一面に魔法陣と思しき複雑な文様が刻み込まれていた。
この場所が、召喚を行う際の心臓部の役割を果たしていたことが容易に想像された。
「図らずも、我々は次の召喚が行われる危険を取り除いたようだな」
天井部と床に空いた巨大な穴が、刻まれている魔法陣を破壊していた。
「結果オーライだ。さ、ここの守備兵が怒り狂ってやってくる前に下に降りて引き上げるとしよう」
降り立った穴の下は、神殿の地下にある通路だった。そして、目の前には錆びた鉄製の扉が不気味なオーラを放っている……。
——‼ こ、ここは……。
次回は、明日更新いたします。
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