第75話 再開(3)
ファラリスは、余りの眩しさに瞼を閉じるが、それでも圧倒的な光によって目の前が白く染まる。何も見えないが、体感で自分の体がどこかへ流されていることを感じる。
事実、ファラリスは光の奔流の中を流されるように漂っていた。
ふと、瞼の向こうで光の強さがやわらぎ始める。恐る恐る瞼を開くと、石造りの神殿の隠し部屋に居たはずが、一面をゴツゴツとした大小の岩が被うの荒涼とした場所に立っていた。
しかも、視界がほんの少しだけぼやけている。まるで上から澄んだ水の中を覗いたような、そんな完全にクリアとはいえない視界。実際、時おり水面がそうなるように景色自体も揺らめくのだ。
はじめは、光を強く浴びたせいで、目の感覚が狂っているせいだと思ったが、いつまでたってもそれが収まらない。
——どこだ、ここは……。
ファラリスは、独り得体のしれぬ場所に迷い込み、徐々に不安が強まっていった。
「アステル、どこだ! 返事をしてくれ!」
近くにアステルの姿が見えないことが、不安感を一層強くし、大声でその名を呼んだ。
声は、辺りの景色に空しく吸い込まれ、返事は無い。
ファラリスは、高山の頂上付近のような傾斜のついた大地を、アステルを探して彷徨うが、その姿を見つけることはできなかった。
ふと、向うに美しい光を発する何かを見つける。
——さっきの光だ!
自分をこの場所へ飛ばした先ほどの光を見つけ、ファラリスは、その場所へ急いだ。
「そんな! こ、これは……」
ファラリスが見つけた光、それは人の腰の高さほどの岩から放たれていた。否、正確には、岩に突き刺さったモノから放たれていた。
間違いない。大神殿の隠し部屋の台座にあったモノが放つ光と同じ輝き。
近づいてよく見なくても、それが同一のモノだとなぜか分かった。
だが、一つだけハッキリ違っているところがある。
この鞘には、納まるべき主が存在しているのだ。
聖剣クラウ・ソラスが。
——なぜ、聖剣クラウ・ソラスがここにあるのだ!? いや、第一、なぜ私は、これが聖剣クラウ・ソラスだと分かるのだ?
この自問は無理なかった。一度も実物を見たことが無い筈であるのに、ファラリスには、これがこの国の王権の象徴たる『伝国の宝剣』であることが何故か分かったからだ。
——!?
向うから幾人かの集団が此方へ向かってくる。ファラリスは、素早く岩陰に隠れた。
「おおっ! ついに見つけたぞ! これが名にし負う聖剣クラウ・ソラス! これを手にしたものは、邪を払い、その武勇は宇内に冠絶するという」
5名の男たちが現れ、その中心にいる一際大きな体躯の、豊かな顎髭を蓄えた偉丈夫が感嘆の声をあげた。
「やりましたなイドリース様。……これが探し求めたる聖剣。なんと麗しい姿……。ここでお待ち下さい、私めが、引き抜てまいります」
男たちの主と思しき偉丈夫に付き従った4人の男のうち、一人小柄の男の目が一瞬、邪に輝き、主の許可を得ることなく、素早く聖剣に走り寄った。
男は聖剣を鞘から引き抜こうと柄に手を掛ける。
バシッ‼ と激しい音と共にスパークが走り、男の手は弾かれる。
「ぎゃあっ! て、手が!」
男の手は、赤く腫れあがり、ひどい火傷を負っている。
「フフッ、愚か者が。キサマのような小物に聖剣を手にすることが出来ようはずもない。大方、この儂を出し抜いて聖剣を奪う腹積もりで付いて来たのだろう」
偉丈夫は悠然と聖剣に近づくと、恐れることなく柄を握る。鞘から青白い光が漏れ出し、音もなく刀身が顕現する。聖剣クラウ・ソラスが抜き放たれたのだ。
青白い輝きを放つ澄み切った両刃の刀身は、聖剣の名に相応しく優美で神々しい姿をしている。
「おおっ!!」 付き従った残りの3名の従者からも何とも言えぬ興奮した声があがった。対して、先ほど聖剣を引き抜こうとして弾かれた小男は、尻もちをつき怯えた表情だ。
「……美しい。この儂が手にするに相応しい剣だ。我が至宝として、子々孫々まで伝えることとしよう。……さて、その前にどれ程の斬れ味か試してみるか」
偉丈夫は、聖剣の切っ先を小男に向けた。
「ひっ! た、助けて下さい!」
「…………」
単なる脅しであったようだ。偉丈夫は、切っ先を下げ、構えを解く。
その瞬間、小男は素早く立ち上がると、隠し持っていた袋を地面に叩きつけた。紫の煙が辺りを覆う。小男は布で自分の口元を塞ぐと、その場から走って逃げ去ろうとした。どうやら、この煙は毒物だったようだ。
偉丈夫はその煙を意に介さず、やや離れた距離から聖剣を一閃する。
一瞬聖剣が輝き、次の瞬間、毒の煙は霧散し、小男の体は十文字に切り裂かれ四分された。
聖剣の力の一端に触れ、笑みを浮かべた偉丈夫は、聖剣を高く掲げながら従者を見渡す。
「儂は、ここに誓おう! この聖剣の力をもってこの地を平定し、我が王国とするとな!」
付き従った残りの3名の従者は膝をつき、頭を垂れる。
「「「我らが、偉大なる国王イドリース陛下万歳。我らは、国王陛下に子々孫々まで変わらぬ忠誠をお誓い致します」」」
——わ、私は、いったい何を見たのだ……。あの男は、国王イドリース1世なのか……。
今、目撃した光景を理解できず、ファラリスは混乱する。周囲の景色が大きく揺らぎ溶け始める。直後、ファラリスを再び光の奔流が呑み込んでいった……。
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次に瞼を開くと、どこかの一室にいた。
窓がない大きな部屋で、寸分の狂いもなく組み合わされた石造りの壁。壁には名匠が命を削って描き出したと思われる美しい絵画や、いくつもの宝石で装飾され、繊細な彫金が施された儀式用の剣や盾が飾られている。
床に目をやると、蓋のない巨大な箱が二つ置かれ、中にはそれぞれ、地金のままの金と銀と思われる金属の板が並べられていた。他にも、厳重に封印を施された大小のいくつかの箱も置いてある。
ここが、何の部屋であるか説明されるまでもない。それより、光が差さぬ部屋で不思議と視界が得られていることを説明してもらいたかった。
ガチャガチャと鋼鉄製の扉の向こうで音がした。やがて、ガチャリと何かが噛み合う音に変わる。
ギギッと重い音がして、扉が外側へ開いていく。
この部屋では隠れる場所もないが、もはやファラリスも慌てて隠れたりはしない。自分が何を見せられているのか、それを見極めようとする気持ちになっていた。
「殿下、やはりお止めになった方が……」
「うるさい、何度も話した通りだ。やがて俺のものになる物を、今手にして何の咎があろうか」
「し、しかし……」
「黙れ、ハンブルト! 貴様までベンドアのように国法がどうのと下らぬことをほざく気か!」
「い、いえ、決してそのような……」
「なら、黙って俺に従っていればよい。貴様は、オーヴィルと二人、外で見張りをしていろ。いいか、誰も近づけるな。ここは許された王族のみが入ることが許された宝物庫だ。例え侯爵家の者だとて、入ることは決して許されぬ。オーヴィルも良いな」
「はっ、承けたまわりました」「……はっ」
二人の青年を見張りに残し、ブラウンの髪と、同じ色に強い野心を宿した瞳を持った尊大な態度の男が一人、宝物庫に入ってくる。
壁際に立ち、ファラリスは入室してきた男の顔を睨みつけた。会話の中身から、おそらく、殿下とは若き日の国王ファーガスに違い無いと考えたからだ。
——あの男がファーガス、父と母の仇! 今なら、何の障害もなく仇を討つことができる!
ファラリスは、腰の剣に手をやるが、すぐに柄から手を放した。それが不可能なことは分かりきっているからだ。自分が、現実にはこの場所に存在しないことは感覚で分かるのだ……。
「うん、誰かいるのか? ……まさかな」
ファーガスは、ファラリスの立っている壁を見て、独り言を言った。
「この俺が、恐れなど抱くものか。何が、国法だ、見つかれば処罰されるだ。そもそも、耄碌爺がベニングを選ぼうなどという間違いを起こすからいけないのだ。第一王子は俺、誰にも継承の邪魔はさせん」
ファーガスは、自分を鼓舞するかのように独り言を続け、宝石や彫金で美しく装飾された儀式用の盾に手を掛けた。
盾が壁から外されると、裏の壁に、ほんの小さな丸い窪みが露わになった。ファーガスは、懐から円形の金属が付いた指輪を取り出し、窪みに合わせる。ピタリと一致した指輪を捻ると、中の仕掛けが発動し、壁の一部がズリズリと音を立ててせり出して来た。
せり出して来たテーブル上の石は、内側がくり抜かれ、中に細長い金属の箱が納められていた。ファーガスはその箱を取り出すと、床に置いて蓋を開く。
深紅のビロードに丁寧に包まれた剣の形をした物が箱の中に収められていた。
ゴクリとファーガスは生唾を飲み込む。
「これを、俺が手にすれば、誰にも文句は言われん。例え耄碌爺がベニングを指さそうと、イドリース1世の意思が俺を選んだのだ。これを上回る正当性は、この国には存在しない」
ファーガスは、ビロードに包まれた剣を恭しく箱から取り出した。布越しにも感じる圧倒的な霊力に興奮し、顔が自然と上気する。
「イドリース1世は、この聖剣を手にしたとき、はじめて自らの天命を悟ったというが、どうやら本当だったらしいな」
ふと、ハラリとビロードが解け、聖剣の柄が露出した。青白い霊気をたたえ、装飾が施されていなくとも美しいと心が感じる剣の柄だった。
ファーガスは、取り憑かれた表情になった。予定では、このまま聖剣を持ち出すつもりでいたが、どうしてもこの場で抜いてみたくなったのだ。
逆らえない欲求となり、ファーガスは、包んでいたビロードをはぎ取っていく。すべてが露わになった時、ファーガスは、裸の美女を前にしたとき以上に興奮していた。
「フハハ! あのイェルダを手に入れた時以上に興奮する。愚かなポリメラを処分した時のスカッとした気持ちを思い出すぞ! やはり、俺は何かを奪い取った時に充実感を味わう質のようだ」
ファーガスは、欲望にぎらついた表情で右手を聖剣の柄にかけた。
バシッ‼ と激しい音と共にスパークが走り、その手は弾かれる。
「ぐぉっ」
火傷を負った右手を左手で押さえながら、ファーガスは片膝をついた。痛みに歪むその顔を、更に歪ませることが目の前で起きた。
空中に浮遊した聖剣の鞘から青白い光が漏れ出し、音もなく冴え冴えと澄み切った両刃の刀身が現れる。聖剣クラウ・ソラスが独りでに抜き放たれたのだ。
その、刀身の圧倒的な美しさにファーガスが息を飲む間もなく、聖剣は反対側の壁に向かって飛んでいく。
その場所には、ファラリスが立っていた。
——何!?
ただ、傍観していたファラリスが驚く間もなく、聖剣はファラリスの体を貫くと、その体の中に消えた。
次の瞬間、カーンと渇いた音を立てて、空中に浮かんでいた鞘が床に落ちた。
「き、消えただと!? 聖剣はどこに消えた! おのれ、俺を拒んだのか!」
聖剣に貫かれたファラリスだが、痛みを感じることはなく、体の奥底から暖かいものが溢れ出てくるのを感じた。そしてまたも周囲の景色が大きく揺らぎ溶け始める。何度目かの光の奔流がファラリスを呑み込んでいった……。
光の奔流の中を流されるように漂う中、ファラリスは若い女と男の声を聞いた。
「……ねぇ聞いて、ポリメラ、大事な話があるの……」
「なんだいイェルダ、改まってさ」
「よく聞いてね……。私、赤ちゃんができたみたい……。アナタの赤ちゃんが」
「…………」
「ど、どうしたの、嫌だった……」
「…………」
「ちょっ、ちょっと何でアナタが泣いているのよ!」
「……ゴ、ゴメン、嬉しすぎてさ……。君に出会ってから、僕の人生は嬉しいことだらけで、……ホント、カッコ悪いよな」
「……ポリメラ、愛してるわ」
瞼の裏は相変わらず真っ白だが、抱き合って涙を流す男女の姿だけはハッキリと見ることができた。
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ファラリスが静かに目を開けると、目の前には、愛する男が自分を心配そうに見つめている目があった。
「気が付いてよかった。大丈夫か、ファラリス。どこか苦しい所は無いか」
優しく問いかけるアステルの声に、ファラリスは堪らず抱き着いた。
「悪いがしばらく、このままでいさせてくれ」
「……どうした、やっぱりどこか苦しいのか」
「バカ……。察しろ」
アステルは、ファラリスを抱きしめると優しく髪を撫でた。
「……どれくらい気を失っていた」
「ほんの数分だ。何回か回復魔法をかけたが、体にはどこも異常がなくてな。ホント心配したぜ」
「本当に心配してくれたか?」
「何を言ってるんだ、当たり前だろ。大事なお前が倒れて意識を無くしちまったんだ。ビビったぜ」
「……私が大事か、そう思ってくれるのか」
「お前、さっきから変だぜ。……俺にとって、お前が一番大事な存在だ。当たり前だろ」
「フフッ、そうか」
ファラリスは、アステルの顎をつまむとキスをした。
「ホント、変だ。あの光を浴びてからな」
台座に突き刺さった鞘を見ながらアステルは訝しむ。一方でファラリスは、微笑みながらそれを見た。
「父と母に会えた。そして、聖剣にもな」
「——!? どういうことだ」
「聖剣の力のおかげで、私の中に父と母の記憶が流れ込んできた……。そうとしか言えん」
要領を得ず、アステルは更に表情を曇らせる。
「聖剣を見たといったな。お前は、この聖剣の鞘に触れて意識をなくした。鞘が持つ聖剣の記憶みたいなものを見せられたのかもな……。ところで、どんな姿をしていたんだ、聖剣は」
「……本当に美しかった。最後はこの私を貫いたがな」
笑いながらファラリスは、聖剣の澄み渡った青空を連想させる姿を思い浮かべた。
突然、ファラリスの体内が青白い光を発し、光は輝きを増しながら右手に集まる。そして、徐々に光は意味のある形を作っていく……。
光が急速に収まると、ファラリスの右手には、両刃の剣が握られていた。
まごうことなき聖剣クラウ・ソラスがそこにあった……。
ということで、再会は、ファラリスにとっての再会でした。
次回の更新も少し先になります。しばらくお待ちください。
最近、★の数もブックマーク数も伸びずに、やや執筆意欲が低下気味です。応援してくれる方は、よろしくお願いします。




