第72話 逃亡者(2)
翌日、莉紗は情報を集めるためにバラメーダ広場へ向かった。
バラメーダ広場は、テザの中央に円形に広がり、そこを起点に五本の道が放射状に延びている。
広場へと続く中央通りはアーケードになっており、バザールが作られている。そこでは、もうすぐ訪れる光神の『生誕祭』の飾りつけが始まっていた。
冬至の翌日が光神生誕の日であり、光神教の中で最重要の祝祭日とされている。今年もその日が10日足らずに迫っていた。
慌ただしく準備を進める人々の中を、莉紗は物珍しがりながら進んだ。
「そこの巡礼者の方、良ければ旅のお土産に何か買っていかないかい」
店番を任されているらしい少年から声を掛けられた。当然だが、祭りの準備だけをしているのではなく、並行して商売に勤しんでいる。キョロキョロと如何にも物見遊山なようすの莉紗は、声を掛けてくれと言わんばかりだった。
「えっ、わ、私?」
「そうだよ、アンタだよ。ねぇ、良かったら見て行ってよ!」
莉紗は唐突に声を掛けられて一瞬挙動不審に陥るが、何のためここへ来たのかを直ぐに思い至り、受け答えすることに決める。
「そうね、見せてもらおうかしら。」
店には、短剣と松明を持った光神の彫像や、光神のシンボルである光を模ったペンダント、燭台など、生誕祭を祝うための祭具から、木彫りの民芸品などの土産まで様々なものが並べてあった。
「今年はお客が少なくって困ってるんだ。敬虔な信徒のオイラを助けるって気持ちで、何か買っておくれよ」
「……例年は、もっとお客さんが多いの?」
「何言ってるんだ、そりゃあそうだよ! 例年であれば、光神様の生誕祭を前にしたこの時期は、各地から巡礼の方がこの街に集まってきて、今頃は人で溢れかえってるころさ」
「……ごめんなさい。私、遠くから初めてこの街に来たものだから、よく分かってなくて」
「へぇ、巡礼者のお姉ちゃん、生誕祭前のテザのことを知らないなんて、かなりの田舎から出てきたんだね」
「……そうなの。この街のことをホント良く分かっていなくて……。そうだ、せっかくの機会だし、この店でお土産を買っていくから、この街のことを話してくれない?」
莉紗は我ながら、いい思い付きだと思った。こうやって買い物を通しての会話なら、不自然なく情報を聞き出せる。しかも、この店番の少年は、かなりのお喋りだ。
「いいぜ! そう来なくっちゃ。でも、後でやっぱ買うのは無しなんてことは言わないでおくれよ」
「もう、分かっているわよ!」
莉紗は、少年の抜け目なさにやや呆れた。一番荷物にならないペンダントを手に取ると値札通り銀貨1枚を払う。
「まいどあり~! さあ、何でも聞いておくれよ」
「さっき、今年はお客さんが少ないって言ってたけど、それはなぜなの?」
「そりゃ、簡単な話さ。今年は生誕祭の大典礼が開かれないんだ。それなのにわざわざ、この街に来る必要なんかないだろ」
「そうなのね。……それじゃ、なんで開かれないのかしら」
「えっ!? じゃ、まさか『フェズ大神殿』への道中が通行禁止になってることも知らずに出てきたってのかい!」
「神殿への道が通行禁止!? どうして、詳しく教えて!」
「お姉ちゃんは、何も知らずに田舎から出てきたんだね。……よし、ここでオイラに声を掛けられたのも光神様のお導きだ。詳しく教えてあげるよ」
少年の話によると、『フェズ大神殿』へ続く街道沿いの村々で、数か月前から疫病が発生し住民が殆ど死亡した。感染の広がりを抑えるため、王様の命令で大神殿へ向かう道が通行禁止にされたため、今年は大神殿での生誕祭の大典礼は開かれないことになった。だから、巡礼者がめっきり減った。
それだけでもお客が減ってかなわないのに、先日、レリック王子が率いる獣騎兵隊のならず者の集団が街に押し寄せてきて、随分と乱暴を働いた。この少年もその悪逆非道ぶりを目撃した一人だ。それで、悪い噂が広がってこの街を訪れる客が更に減ったとのことだった。
「その王子様と獣騎兵達は、街から出て言ったんでしょ。それの何が悪い噂なの?」
莉紗は、少年の話の中で浮かんだ疑問を口にした。
「お姉ちゃん、話は最後まで聞くもんさ。そのレリック王子と獣騎兵どもは、街から出ていった後、行方不明になったんだよ」
王子や獣騎兵の名前を出した時、少年の顔に一瞬忌々しさが宿り、行方不明と言った時に、ざまあみろという顔になった。少年が彼らにどんな感情を持っているか良く分かる。
「それでその後なんだけど、直ぐに連中は崖崩れに巻き込まれて全員死んだって噂が広まりだしたんだ。ホントにこの街の近くの、公路からそれた細道の先の山肌が崖崩れを起こしていて、谷底が瓦礫に埋まっていたらしいんだよ。」
「偶然、脇道に進んで崖崩れに遭ったというのね……」
——サーゲイルが言っていた話と同じ。でも、何だろう、何か違う。
少年のこの話は、王宮の別館でサーゲイルに聞いた話と重なる。だが、現場の近くで噂話の登場人物を実際に見た者から聞くことで、奇妙な興奮を莉紗に巻き起こした。何か言い知れぬ予感のようなものを感じるのだ。
「そう。そこだよ! 偶然にしちゃ、出来すぎているだろ! で、ここからが、おもしれぇんだよ。レリック王子と獣騎兵どもは、どっかの家出した別嬪のお姫様を探し廻っていたんだって。国中探し廻って、2回目にこの街に来たと思ったら、着いて直ぐに出ていったのさ。きっと、そのお姫様がこの街に隠れていて、連中がこの街に来たんで急いで逃げ出したんだよ。それに気が付いた連中がお姫様を追いかけて出ていったのさ」
「それで、どうなったの?」
「逃げるお姫様が必死で助かろうと、谷底に架かる吊り橋を渡ろうとしたとき、連中が追い付いた。そこで、お姫様とその従者が連中と大立ち回りして、そのせいで崖崩れが起こり、みんな崖下へ真っ逆さま。死んじまったって話さ」
「お姫様には、強い従者がいたのね。でも、その噂誰が広めたかしら、全員死んだのなら、目撃者はいないはずでしょ。それに、肝心な話が抜けてる。その話がどうしてこの街にとって悪い噂なのかがね」
「さあ、噂を誰が広めたかなんてオイラに分かるわけないよ。オイラは、この店の旦那様が話しているのを聞いただけさ。でも、この話がこの街に良くない噂だってのは、分かるよ」
「それは、なぜかし——」
「こら! ペチャクチャ話ばかりしないで、仕事をしろ!」
莉紗の言葉を遮って、店の中から男の大きな声がした。
「だ、旦那様! スイマセン!」
どうやら、店の奥からした声の主は、この店の主人のものだったらしい。だが、今の莉紗は、簡単に引き下がることはしない。この話の端に薄っすらと線が繋がっているように感じるのだ。
「もう少しだけ、聞きたい話なのです。お店に迷惑を掛けたくないので、これだけ聞いたら直ぐに去りますから、どうかお願いします」
「ああ、なんだ巡礼者の方ですか。今年は大典礼はないんですよ。アナタも物好きですな」
店の奥から出てきた中年の店主は、莉紗を見てヤレヤレといった感じだ。
「本当に田舎者で、良く知らずに出てきてしまいました。ですが、やはり田舎者はダメですね。噂話も何にもほとんど知らないから……。それでせっかく都会に出てきたのですから、せめて、都会での最新のお話を聞いて帰りたくて……」
莉紗は自分でも驚いた。こんなにスラスラと言葉が口を突いて出てくるとは。
「そうですね。商品もお買い上げいただいたようだし、良いでしょう。私が、お話させていただきましょう」
「旦那様、このお姉ちゃんはオイラと話したがっているんですよ」
「うるさい! お前はあっちに行って飾りつけの手伝いでもしてなさい!」
少年は、口をとがらせて店の奥へ消えた。どうやら、店主は莉紗の容姿に強い関心を示したようだった。
「それで、何の話でしたか?」
「はい、さっきの子がレリック王子の行方不明の噂について、ご主人が話しているのを聞いたと言っていまして。それと、その噂がこの街にとって悪い噂になっていると。それがなぜなのか興味が湧きました」
「はぁ、その話ですか。今、この街はその噂で持ちきりですからね。私は、その先の広場に数日前までいた奴隷商人からこの話を聞きましてね。なんでも、公路から細道へ走っていく二人の美女をレリック王子と獣騎兵隊が追跡していくのを、偶然目撃した者がいたらしく、しばらくして、轟音が響き渡ったので、気になって後を追ってみたら、崖崩れが起きていた。その細道の先は、崖崩れで消えていてしかも行き止まり。向う側へ渡るための吊り橋も落ちていたとか。その後、王子たちを見た者は誰も居ない。つまり、そういうことです」
「なるほど、では、それが悪い噂になるというのは」
「それはね、この街に誰か王国に叛意を持った者が潜んでいて、近々国王陛下の命令で、その捜査が大々的に行われるかもしれないからですよ。
だって、そうでしょ。王子が追っていたのは、テレムセン侯爵令嬢のファラリスって方で、巷では“我が国一の美女”って噂されるほどの別嬪のお姫様ですよ。
この街は、王子の命を受けて侯爵のハンブルト・ヴォーター様が、厳重に監視していたのですよ。それが、なぜかそのお姫様が街に入り込むのを許し、しかも簡単に出ていった。これは、この街に誰かお姫様の手引きをした者がいるとね……。その捜査に巻き込まれちゃかなわないっていう話ですよ」
随分と飛躍した話だ。そのファラリスという姫が街に出入りできたのは、検問を潜り抜ける手段や技を自分で持っていたからかもしれない。もしくは、ハンブルト・ヴォーター侯爵の兵士が思いのほか無能だったか、あるいはその両方か……。
いずれにしても、ファラリスという姫が街に簡単に出入りできたという理由だけで、この街に潜む謀反人の大捜査となるのだろうか。かなり論理が飛躍しているように感じる。噂とはそういうものかもしれないが……。
「さ、私の話はしましたよ。では、今度はあなたの番だ」
「えっ?」
「私からもアナタに聞きたいことがあります。お名前は何というのです? どこの田舎から出てきたのですか?」
そう言って、店主は莉紗の体を舐めまわすように見た。
「…………」
まただ。男たちが不躾に向けてくるある種の粘り気を感じる視線。何度向けられても慣れることはできはい。
莉紗は、小さくお礼を言ってから、直ぐにそこから立ち去ろうとした。
「私は、アナタを謀反人の一味だと言って兵士に突き出すことだってできるのですよ! さあ、分かったら、こっちへ来なさい! 巡礼者の方へのもてなしは、テザの住民の責務ですからね」
店主の表情は、完全に卑猥な雄の顔をしていた。莉紗のことを何も知らない田舎娘と本気で思ったのだろう。
莉紗が、怒りを感じ何か言い返そうとしたそのとき、
「そこの巡礼者の方、お連れさまの若い男性が、そこでお待ちです! 買い物なら早くしろとお怒りのご様子。急いだほうがよろしいですよ!」
唐突に背後から、中年の男に声を掛けられた。男はあっちだと広場の方角を指さす。
若い男性の連れがいると聞いて、店主は莉紗に伸ばしかけていた手を素早くひっこめた。ギラついていたその表情も目に見えて急に萎んだ。
「あ、ありがとう! すぐに行きます」
莉紗は、お辞儀をすると、広場の方角へ駆ける。そして、少し進んでから、振り返った。
「助けていただいて、ありがとうございました」
「いえ、転移者の方を助けるのはこれで二人目ですから」
「——!?」
男の何気ない感じの言葉に、莉紗は戦慄する。
——もう、追手が現れたの!? どうやってここが!?
混乱し、必死に逃げだそうとする莉紗の背中に、更に男が戦慄の言葉を投げつける。
「神谷惣治という名前に聞き覚えはありませんか」
ピタリと莉紗の足が止まる。
もう一度振り返り、恐る恐る男へ近づく。
——何なの、この男は。私の追っ手ではないようだけど……。
追っ手なら、いきなり手の内を明かすような真似はしないはず。第一、直ぐに襲うか捕まえれば良いはずだ。
「やはり、そうでしたか。私、人を見る目には自信がありまして」
男は、満足げな様子だ。男は、この街のどこにでもいる毛織物の外套の下に粗末な上下を着ており、これといって特徴のない人相と相まって、周囲に溶け込んでいる。そんな風体の持ち主だった。
「あなた、何者なのです? 神谷という名前をどこで聞いたの?」
「まあまあ、そう怖い顔をしないでください。私の名前はドルトン。私は、貴方のことを神谷さんご本人から聞いています。まさか、こんなに早くお会いできるとは、想定外でしたがね……」
莉紗はさっき、店の少年との会話で、何か言い知れぬ予感のようなものを感じたが、まさか、このような展開へ至るとは、それこそ想定外だった……。
これにて橘莉紗視点の進行は終わりです。
次回は、「再会」というタイトルです。
タイトルで殆ど、どういう展開かも分かりそうなものですが、こうやって、ストーリーを積み上げていかなければ、唐突感が強く、話が突拍子も無くなっていくように思います。今回のように多少、ご都合主義展開があっても許せるレベルにまで脈絡を付けるのが話を考えるうえで、難しいけれど楽しいと感じる部分ですね。
最近、★の数もブックマーク数も伸びずに、やや執筆意欲が低下気味です。応援してくれる方は、よろしくお願いします。
エターナルにはしたくないので……。




