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第71話 逃亡者(1)



 橘莉紗は、テザの街にいた。王都を脱出して5日が経過していた。


 王都とテザの間は、巡回馬車で移動すれば2日。女の足でも4日もあれば十分にたどり着ける距離だが、莉紗は5日目の昼にようやくテザの西門をくぐった。


 乗合馬車を避けてテザに辿り着くまでの全行程を徒歩で通したのは、道中を誰にも見咎められたくなかったからだ。この間、冬の晴天に助けられ、昼は光魔法澄明クラールハイトの効果で狙い通りスムーズに移動できた。


 これまでの旅程を振り返ると、彼女がいかに慎重に行動したかが分かる。



 

 王都を脱出した初日、一路公路を東へ進み、まだ日が高いうちに公路沿いの宿場町に入ると、広場に居た移動行商人を見つけて持ち出してきた宝飾品の中から、指輪を売却した。


 もし、この指輪の売却が切っ掛けで、自分の居場所がたどられるとしても移動行商人なら、その可能性が低くなると考えたからだ。


 この世界に、元の世界の日本ような高度な捜査力をもった警察機構があるとは思えないが、逆に元の世界にはない魔法など超常の力がある。念には念を入れておくにこしたことはない。


 莉紗はこれまでの経験から、自分によこしまな感情を向けてくる男たちの執念を甘く見ることはなかった。


 指輪は銀貨30枚で買い取られた。


 買い取った行商人の様子を観察すると、この価格はおそらく相当値切られたものだろう。商売には素人の莉紗であっても、男の嘘を見抜く目は人後に落ちない。この指輪の価値は買取価格の2,3倍の金貨3,4枚はするのだろう。


 だが、これで良かった。旅費の支払いに金貨は使い勝手が悪い。それに、大もうけした行商人も、この品を()()()()()()で売却できる大きなたなに持ち込むにはそれなりに時間が掛かるはず。旅を続けるのに十分時間を稼ぐことができる。


 受け取った銀貨で、食料を購入し旅装を整える。移動中以外は目立つ純白のローブは着用せず、宿場町に入れば地味な暗灰色のローブに着替えるのだ。そして、巡礼者を装って、巡礼者相手の宿に泊まる。


 この世界では若い女の一人旅は、危険を通り越して無謀である。巡礼者の一団の振りでもしなければ、悪目立ちすること甚だしい。


 厳冬期に入り、装備不足で野宿など不可能である以上、宿場町をたどりながら、ゆっくりとテザを目指す他は無かったのである。




 検問の兵士に気づかれることなくテザの西門をくぐった後、路地裏に入り光魔法澄明クラールハイトを解除して素早くローブを取り換える。


 この服装なら、巡礼者の多いこの街にすんなりと溶け込むことができる……。


 莉紗は、日が高いうちから今日の宿を探して回る。これは、この旅で身に付けたルーティーンになっていた。今回も巡礼者相手の宿を狙う。巡礼者相手の宿は、幾分か粗末なことに目を瞑れば、安価でありながら防犯の点などで利点がある。サービスの質は店主の信仰心の度合いにもよるが。


 ただ、もう5日も風呂に入っていない。こんな大きな街に着いたのだ、多少値が上がっても風呂付きの宿が良かった。


 その条件に合う宿として、西門付近にある『自由な白馬亭』が有力候補だった。道中に巡礼者が噂しているのを何度か耳にしたからだ。


 『自由な白馬亭』にはもう一つ有名な噂があった。

 あるじのサルタンは、巡礼者には優しく良心的な価格で応じるが、巡礼者を騙る者には厳しい男で、本物の巡礼者か、巡礼者を騙る偽物かを判定するため、宿泊希望者には必ず、光神ミスラ教の経典の一節から問答をしてくるというものだ。


 この噂は莉紗を随分と身構えさせた。何せ、光神ミスラ教の教義について特訓を受けたとしても、僅か2か月足らずのことである。ボロが出てしまう可能性は十分にあった。


 意を決して『自由な白馬亭』に入った莉紗は、サルタンとの問答に及ぶ。

 そして、その結果は、


「お見事です。いや~、若い女性の巡礼者がこうも見事なお答えを頂けると、信徒の一人として誠に嬉しく思えますな」


 莉紗の答えはサルタンを非情に満足させるものだった。


「恐縮です……」莉紗は割合と記憶に残っていた部分が主題にされてホッとした。


「実は貴方のような、お若い女性巡礼者で、見事な返答をされた方が10日ほど前にもお泊り頂きましてね。それはそれは大層お美しい方々でして、当店としても大変光栄なことだと思っておりました。そうしたら、本日、また貴方のような非常にお美しいが、大変立派なお答えを下さり、私は嬉しくて嬉しくて」

「美しいなんて、ホント恐縮です……。でも、方々と言われるからには、その10日前に泊まられた女性は複数だったのですか」


 莉紗は、店主の話でふと気になったことを口にした。

 旅の途中、必要以外は極力誰とも話をせずにここまで来た。しかし、一応の目的地に着いた以上、ここからは何でも良いから神谷惣治に繋がる手掛かりになる情報を集めなければならない。

 例え、他愛無い世間話であてっも切っ掛けをつくらないと何も始まらないのだ。


「はい。お二人でいらっしゃいました。お二人とも背の高い女性で、あるじの方は大変美しい金髪ブロンド御髪おぐしで、物腰も凛としていらしてさぞや高い身分の方と拝察しました。そして、もう一人。従者の方ですが、この方がまた本当に美しい方で、私あのような神々しいお姿の方についぞお目にかかったことがありませんでした」

「そんなに、お美しい方でしたか」

「ええ、それはもう! マスクをしておられたので口元は見ることは叶いませんでしたが、艶やかな白銀の御髪、輝かんばかりの褐色の肌……。いや、お恥ずかしい。巡礼者の女性を相手にこのような、いや、まったく」


 最後は愛想笑いで誤魔化していたが、サルタンはその従者の女に特別な感情を抱いたことが伺えた。


 ただ、評判の良い宿屋のあるじですら、他人へ宿泊客のことを、こうもペラペラ話すなんて、プライバシーの権利の概念はこの世界には無いことを莉紗は思い知らされる。


——ここへ追っ手がやってくれば、私の情報も直ぐにもれてしまう。


 莉紗は、自分の情報を秘匿しつつ必要な情報を入手することの難しさを感じるのだった。



 案内された奥の大きな部屋で、鍵を受け取ると、莉紗はサルタンから説明された風呂の使い方に従って湯船に湯を張る。


 5日ぶりに浸かる湯は、冷え切った体を芯から温めた。


——明日は、バラメーダ広場に行ってみよう。


 旅の疲れを癒しながら、莉紗はこれからのことを思案していた。



もう1話 橘莉紗の視点での話を投稿します。


ネット小説で群像劇のような展開は、時系列的にも読者が混乱し易いのは、読んでいる側としては十分理解していたつもりです。ですが、こうして書く側に立ってみると、事件の前後関係を説明せずに、主人公の視点だけを追っていくと、どうしても唐突感が強く、ご都合主義展開に感じてしまいます。難しいところです。


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