第70話 ミハス村(3)
最初は、遠景から黒い煙が猛烈な勢いで昇っているのが見えた。
近づけば、天を焦がす炎が数多くの家から吹き上がっている。
建物が焼ける強烈な焦げた臭いに混じり、時折、何かの肉が焦げる独特の臭気も辺りに漂っている。
そして、更に近づけば、それらの強い臭いを上書きする血生臭さが鼻を襲う。
さすがに近衛隊に属する精鋭だけあって、臭気にあてられて吐き気を催す者はいなかったが、代わりに、彼らの表情は複雑だった。灰燼に帰した村を前にして、賊徒への怒りはもちろんだが、救援に間に合わなかったことへの自責の念にも駆られるからだ。
「せめてあと1日早く出発してれば、間に合った……」
「…………」
「あの女が裏切らなければ、予定通り出発できていた! あの女のせいで、2日も無駄にしなければ、この村は助けられた。自分はそう考えます!」
「……それを、言ってもどうにもならん」
「ですが、我らは賊徒の討伐に来ました。それを、賊徒どもに無辜の民を襲われ、挙句まんまと取り逃がすなど、近衛隊の名折れでは! 陛下も、たかが女一人のためになぜああも大々的な捜索をしたのでしょうか。あの時間の無駄さえなければ」
「それ以上言うな!」
「し、しかし!」
「……賊徒には、必ず報いを受けさせる。必ずな!」
近衛隊司令官のフロリゼル・クラリオンは、副長にそう言って、議論を終わらせた。副長は憤懣やるかたないという表情だが、彼の言い分はもっともなものだ。
4日前、転移者の少女、橘莉紗が王都から忽然と姿を消した。彼女の失踪が発覚した後、素早く王都の城門は全て閉じられ、王命によって全力で捜索が行われた。出発を目前に控えた近衛隊も、出発を延期して捜索に駆り出された。
2日後、南部のミハス村より再度の救援要請が来訪し、南部の危機が伝えられた。王宮より近衛隊に再度の出発が命令され、王都の南門が開かれた。それから近衛隊は、休息時間を短縮して、急ぎ公路を南下した。
しかし、2日後の昼過ぎ、ようやくミハス村を指呼の間にしたとき、天を衝く黒煙が時すでに遅いことを一行に告げてきたのだった。
「……閣下、村の生存者は皆無であります。……ですが……」
「ですが、どうした。副長、報告は正確にハッキリと行え」
「……はっ。犯されて殺された女や子どもの遺体が散乱しております。数からいって、残りの若い女、子どもは連行された模様。年寄りや中年の女は、家屋に押し込められ……い、生きた、まま焼かれたようです」
「……そうか、消火を優先して行いつつ、並行して死者を埋葬する準備を急げ」
「はっ!」
副長はフロリゼルの指示をテキパキと部下に伝達し、更に各人が卒なく指示を実行していく。近衛隊の規律と練度の高さが伺える。
フロリゼルは、部下に命令を出すと、騎馬で燃える家屋を避けつつ、村を自分自身で視察した。
やがて、作業が軌道に乗ると、副長はフロリゼルを騎馬で追ってきた。彼は上官の表情に何かを感じ、疑問を口にする。
「閣下、他に何か見つかりましたか」
「貴様は、村の男たちの死体に異変を感じないか」
「……この辺りの死体は特に凄惨なものであります。横一文字に真っ二つにされたものばかり、相当な手練れが賊徒の中にいる模様ですな」
「それだけか……」
「……はっ、自分にはそれ以外は……」
「同時だ」
「は?」
「この辺りの死体は、同時に斬られている。一振り、一撃、私にもどう表現してよいか分からんが、横一文字に同時に斬られていることが分かる」
「……なぜ、それが分かりますので?」
「死体の向きを見てみろ、みな同じ方向を向いて倒れている。しかもこの辺りの死体は全員がうつ伏せで真っ二つにされている。おそらく、何者かに立ち向かおうと突撃中に一瞬でやられたのだろう」
「……た、確かに。しかし、いくら何でもこの距離です。全員を一振りで切り裂くなどできるはずがありません。第一、そんな武器が存在するのでしょうか」
副長は、もっともな意見を口にする。実直な男だけあって、常識から逸脱するような思考はしない。それが、組織のNo2にはちょうど良かった。
「武器では、おそらく無理だろうな。だが、何か特殊なスキルでなら可能なのかもしれん……」
「スキルでありますか」
「ああ。我々が相手にする賊徒の首領も、異界からの転移者だ。特異な天職の持ち主の可能性が高い。それならば、特殊なスキルを持っていても不思議ではあるまい。ただ、これはまだ秘密事項だから、貴様の胸の内にしまっておけ」
「……はっ。し、しかし、異界からの転移者とは……本当でありますか?」
副長は、敬愛する上官が冗談など言わない性格であることはよく理解している。しかし、『異界からの転移者』などという話を俄かには信用できなかったのだ。
「嘘や冗談をいう状況か?」
「い、いえ、申し訳ありません。……ですが、ならば余計に賊徒の追跡を急がねばなりませんな。恐ろしい力を持った者であれば、自分の力に酔っていることでしょう。であれば、次の村や町を襲うのも時間の問題かと」
「だろうな。だが、仮に賊徒に遭遇しても安易な攻撃開始は厳に戒めよ。このスキルの秘密や対策が分からぬまま、突撃すれば、この村人たちと同じ破目になるぞ」
「はっ、転移者の件は秘密にしつつ、閣下の指示を全員に徹底させます」
そう言って副長は馬首を返し、作業中の部下の方へ走り去っていった。
「……貴様にも、言えない秘密がまだある。あの莉紗という少女もまた異界からの転移者だ。しかも、女教皇という、特級の天職を持つな。陛下が王都を閉鎖したのも無理からぬことだ」
フロリゼルは、副長の背中を見ながら独り言ちた。そして、そこから先は独り言でも言えないことだった。
——カネモト・シオンという賊徒に莉紗という失踪者。今のところ、転移者は全く役に立っていないどころか、イドリース王国に仇を成している。陛下はなぜ、そのような輩を態々呼び出したのか?
ただ、フロリゼルの目から見ても莉紗は誠実で好感が持てる少女だった。信用できると感じていた。だからこそ失踪したと聞いた時、脱走では無くて行方不明になった、つまり、事件に巻き込まれたのではないかと考えたのである。それ故、王宮の守衛を務める将校が彼女に騙されたことを報告に来たときは、フロリゼルもさすがにカッとなった。
しかし、時間が経てば、やはり理由があっての事だろうと思わずにはいられなかった。あのサーゲイル・ロードの周章狼狽ぶりと、その傍らに付き添う同じく転移者のハラノとかいう少女のどこか嬉しそうな表情を見れば、何かがあったのだろうと想像したくもなる。
おそらくこのままならサーゲイル・ロードは王の勘気を被って失脚することになるだろう。もっとも、フロリゼルから見てもいけ好かぬあの男がどうなろうと知ったことではなかったが。
ただ、人の不幸を笑ってばかりはいられない。この、いわばカネモト討伐が失敗に終わるか、或いはカネモトを討ったとしても、近衛隊に多大な犠牲が出た場合、フロリゼルもまた処分を受けることを覚悟せねばならない。
それでも、既に自分ではどうすることもできないであろうサーゲイル・ロードよりは、自分で活路を切り開くことができる今のフロリゼルの方が何倍もマシな立場であった。
あけましておめでとうございます。新春の初投稿です。
最近、★の数もブックマーク数も伸びずに、やや執筆意欲が低下気味です。応援してくれる方は、よろしくお願いします。
エターナルにはしたくないので……。




