第69話 ミハス村(2)
両手で振り下ろした渾身の一撃を、片手で軽く弾かれたことで、彼我の実力差は良く分かった。それでも、デイレルは引くわけにはいかない。
ここで自分が退けば、破られた裏門から賊徒が大挙侵入してくる。そうなれば、この村はお終いだ。愛する妹も……。
「そうは、させるか! ハァァァ!」
裂帛の気合を込めて、デイレルは金髪の男に斜めから袈裟斬りで長剣を振り下ろす。金髪の男は、下げた刀の切っ先をわずかに返すようにして振り上げる。
ジャキンと、金属が擦れる音と火花が散り、またしてもデイレルの打ち込みは軽々と逸らされてしまった。
「無駄なんだよ。てめぇの剣じゃ、そこそこの奴には届いても、俺には全く届かねぇ」
「黙れ!! 盗賊ふぜいが!」
怒りに任せた、猛烈な横薙ぎが繰り出されるが、今度は切り結ぶことすら叶わず、空を切った。
「無駄だと言ったろうが!」
金髪の男は長剣の横薙ぎを躱すと、大振りで隙ができたデイレルの間合いに踏み込み、刀を突き入れた。
刀の切っ先が、甲冑の継ぎ目からデイレルの右肩を刺し貫く。素早く刀を引き抜くと、手首を守るガントレットの継ぎ目をも切り裂く。
「ぐっ……」
痛みと衝撃で長剣を手放さなかったことだけは、立派だったが、これで継戦能力は潰えた。デイレルは、痛みと屈辱で茫然となる。もはや斬られなかった左手で剣を杖にして立っているのが精一杯だった。
「遊びはここまでのようだな。そこそこの腕だが、所詮は凡人の剣だぜ。大天才の俺の敵じゃねぇ。さあ、さっさと女の所へ案内しろ」
「だ、誰がお前らみたいな下種どもを、マリーに近づけさせるものか!」
決着がついたのを見計らって、裏門から10頭を超える賊徒の騎馬が村に雪崩れ込んできた。
「シオン様、俺たちゃ昨日犯ってねぇ! 表の連中ばっかりイイ思いしてよ、早く女とお宝を分捕らせてくれ!」
スキンヘッドの盗賊が馬上から金髪の男、金本紫苑に略奪開始の許可を求めた。
「くそっ、薄汚い下種どもめ……。出ていけ、村に手を出すな!」
デイレルは、痛みに耐えながら、なお動かせる左手で長剣を持つと、馬上の盗賊に剣先を向けた。
その姿を嘲笑うように、紫苑は長い金髪をかき上げ、ペッと唾を吐く。
「おい、俺は情けで言ってるんだぜ。こいつらは、野獣と同じだ。俺が許可を出せば、こいつらは若い女はもちろん、ガキにだって牙を向ける。マリーフェスっていう噂の美女を、こいつらが見つければ、どうなるか想像つくだろ。その点、俺に任せれば大事に可愛がってやるぜ。くくっ、俺は優しいからな。分かったか」
「マ、マリーに手出しはさせん……。死んでも妹は護る!」
「……妹?」
デイレルは、長剣を右腰に構えると、左手で居合切りのような一撃を放つ。無意識でとった行動で、こんな型は一度も練習などしたことがない。力が抜けて無我夢中で放った技は、これまでにない威力と鋭さで、紫苑に迫った。
「ちっ!」
紫苑は始めて全力で刀を振るい、デイレルの剣撃を打ち返した。
逸らされた剣の衝撃波が方向を変え、さっきのスキンヘッドの盗賊を切り裂く!
スキンヘッドの盗賊は馬上で真っ二つにされ、声もなく、馬からずり落ちた。
「……今の剣、中々見どころが有りそうな奴だ。しかも、お前が噂の女の兄貴だとはな。なら話が早え。おめぇ、俺の手下になれ。兄貴が手下に入るなら、女も言うことを素直に聞くはずだ」
「なっ!? 誰が、盗賊の仲間になるか! 直ぐに殺してやるから、それ以上御託を並べるな!」
「おーお、何かを閃いて急に強気になってよ、だが、おめぇの意思なんて関係ないんだな、これが!」
紫苑は懐に手を入れ、鎖を取り出した。握りしめられた鎖の先には金色に輝く円の中心から6本の光が放たれるデザインの宝飾が繋がれている。
デイレルは、思わずその宝飾品を見つめた。唐突にそのような物を取り出されれば、人間心理として見てしまうのは仕方ない……。
「これを、良ーく見るんだぜ!」
紫苑がそういうと、黄金の飾りから幾つもの光が放射された。黒く禍々しい光だ。
黒い光が、デイレルの瞳に吸い込まれていく。
「なっ、何を……」
デイレルの意識は鈍重になり視界が急速にぼやけていく。強い耳鳴りがして、次いで眩暈が襲う。 デイレルは、平衡感覚を失い堪らず地面に倒れ込む。
ぼーっとなる意識の中、うつ伏せに倒れた頭上から耳鳴り音に交じって声が聞こえる。紫苑の声だ。声は、デイレルの心の中に浸み込んでいくような、そんな奇妙な感覚を伴っていた……。
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「ラモル様、大変です! 裏門が破られました。賊どもが村に侵入してきます!」
「何! 息子は、デイレルはどうした! 無事なのか!?」
「分かりません。とにかく、女たちが危険です。助けに行かないと!」
女たちという言葉を聞いて、ラモルはマリーフェスの顔が浮かんだ。この者の言う通りだ。今は、表門から人を割いてでも娘の救出に向かわねばならない。
「儂が行く。ここの指揮はお前に任せたぞ!」
ラモルは、表門の防戦に懸命な自警団の中から、精鋭の30名ほどを引き連れて行った。これは、全兵力の四分の一を占める数でもあった。
「たっ、大変だ! 裏門が破られて、盗賊どもが村にどんどん入ってきているぞ!」
村の中央部の何軒かの家に分散して隠れている女、子ども、年寄りにも、この最悪の情報を伝える叫びが聞こえてきた。
恐怖で精神のバランスを崩し、女や子どもがあちこちで泣き叫び始めた。
この恐怖は一気に伝染し、何人かの若い女が隠れ家から飛び出していく。それに煽られるように、何人かの母親も我が子の手を引いて家から出ていこうとした。
「待って! 今出ていっては余計に危ないわ。ここで、隠れていた方が安全です。」
マリーフェスは、入り口の前に立ちはだかり、恐怖でパニックを起こした集団を食い止めようとする。
しゃがみ込んで、泣き叫ぶ子どもたちを見つめながら、彼女は出来る限り優しい声で語り掛けた。
「信じましょう……。兄のデイレルが、必ず護ってくれるわ。だから、ここで静かに隠れていましょう」
マリーフェスの声は、子どもたちの心を鎮めた。不思議と泣き止んだ子どもを見て、母親は冷静さを取り戻し、再び我が子を抱くと、家の奥に隠れることを選んだ。
外では、出ていった若い女たちの悲鳴が聞こえた。それを追い回す、野獣のような賊徒たちの叫び声と共に。
しばらくして、マリーフェスの隠れている家のドアを、強く叩く音が聞こえた。
家の奥で息を潜めている女、子どもに強い緊張が走る。母親は、必死で子どもの口を塞ぎ、声を立てないようにした。
「……僕だ、マリー、ここを開けてくれ……」
確かに兄の声だ。聞き間違えるはずはない。
マリーフェスは、一人、ドアに近づくと外の気配を探った。
「……僕だ、マリー、ここを開けてくれ……」
今度こそ、確信した。この声は間違いなく兄の声だ。声に元気がない。もしかしたら怪我を負っているのかもしれない!
マリーフェスは、扉の鍵を開け、兄を導き入れようとした……。
ぐっ、と強い力で、マリーフェスの腕が掴まれ、彼女は外へ引っ張り出された。
「ひゅぅー♪ ようやく逢えたな。おめぇが噂の女か」
「なっ!?」
マリーの腕を掴んだのは、長い金髪の男だった。兄のデイレルは、金髪の男の隣に腕から血を流しながら茫然自失で立っていた。更にその後ろには何人もの馬に乗った賊徒たちが控えていた。
マリーの表情は困惑と恐怖に歪む。
「に、兄さん! 何で——」
「噂に違わぬ美しさってやつじゃねぇか! くくっ、これは、楽しめそうだぜ」
マリーフェスの全身が恐怖と絶望に染められていく。
「おめぇの兄貴は、俺の手下になったのさ。それで、忠誠の証におめぇをくれるってよ。俺は、貰えるものはありがたく貰っと質なんでな。心配すんなよ。優しく可愛がってやるから——」
「マリー! マリーは無事か!」
最後の言葉を遮るように、ラモルが率いる自警団の精鋭が隠れ家にしている家の前に辿り着いた。
「お、お父様! 助けて下さい!」
マリーフェスに希望の色が灯る。
「マリー!! ……デ、デイレル……」
ラモルは、最悪の状況のマリーを見て、娘の名を叫んだが、直後に尋常ではない息子の姿を見て混乱する。
「デイレル! な、なぜ、賊徒の傍にいて妹を助けんのか!?」
「…………」
デイレルは虚ろな瞳で父親を見つめ、無言を保った。
「お父様、兄さまはこの男に——」
「黙れ! 勝手に喚くんじゃねぇ」
紫苑は、マリーフェスの口をこじ開けると、持っていた布を突っ込み猿ぐつわにして、話せなくした。
「マリー!! おのれ、下種な盗賊どもめ!」
「オーオー、興奮しちゃって。感動の、親子の再会ってやつか! おもしれぇ、妹の前で、マジモノの親子対決を見せてもらおうか。やれ、デイレル! あの男を殺せ!」
「なっ!?」
「ぎゃはは、マジでウケるぜ! さすが親子。3人とも、ビビった時の反応が同じジャンよ。なら、戦いの方も互角か~。さ、早く始めろよ!」
「ぐっ……」
デイレルは先ほどまでの茫然自失の表情から、苦しそうな苦悶の表情に変わる。そして、いっこうに剣をラモルに向けようとはしなかった。
この場を支配する紫苑の顔に初めて動揺の色が浮かんだ。
——ちっ、例え洗脳されても、良心が咎めることはできねぇようだな。これは、女とヤル時は離しておかねぇとまずいかもな……。
「なんだよ、萎えるぜ! 怖気づきやがってよ!」
「デイレル! 待っていろ。この男に何かされたんだろうが、必ず元に戻してやる!さあ、みなの者、あの男を倒すのだ」
異変を感じ取ったラモルは、率いてきた自警団の男たちに、攻撃を命じた。
「……おい、おい。娘がどうなってもいいってのか」
「黙れ、下種な盗賊風情が。娘に手を出してみろ、お前も含めて盗賊どもは全員皆殺しにしてくれる!」
「ちっ、親子そろって、言うことはホント同じだな。最初の一回ならウケるが、何回もやられると、ムカつくぜ、マジでよ!」
紫苑は、マリーフェスを掴むと、後方の盗賊たちに向かって放った。
「お前ら、その女を捕まえておけよ。ただし、妙な真似するんじゃねぇぞ。そいつはもう俺の女だからな」
ゲラゲラと盗賊たちが歓声を上げる。そんな命令は聞けないとばかりに、マリーフェスに殺到しようとするが、紫苑が、刀を構えると、盗賊たちは大人しくなった。
「愚かな、盗賊めが! これでお前は心置きなく殺せる。みなの者、かかれ!」
ラモルの命令で、自警団の男たちは、怒号を上げて一斉に紫苑に立ち向かった。ある者は槍で、あるものは剣を振るって。
次の瞬間、シュンと紫色の光線が一直線に辺りを横切り、遅れてブゥゥンという低い重低音が響いた。
「はっ?」
一瞬の静寂が辺りを支配する。時が止まったような、そんな感覚が辺りを包んだ。
そして、止まった時がまた進み始めた時、自警団の男たちは、上下に真っ二つにされて、地面に雪崩のように倒れ込んでいった。
自警団の男たちの背後にあった家屋が何棟か、やや時間差があって、崩れ始めた。
ドオォンという破壊音と土煙が同時に上がる。
死にゆく男たちの阿鼻叫喚の声が響き渡る。
そして、辺りに強烈な臭気が漂ってきた。血と内臓をぶちまけた匂いだ。
着こんだ甲冑ごと腰から下半分を切断され、虫の息のラモルが必死に腕を動かして鮮血に染まった地を這い、少しでも息子と娘に近づこうとする。
薄れゆく視界の中でラモルが最後に見たのは、愛する娘を連れ去る金髪の男の後姿だった。
鬱展開で終わってしましましたが、年内の更新はそれが最後になります。
最近、評価の★の数もブックマーク数も伸びずに、やや執筆意欲が低下気味です。応援してくれる方は、よろしくお願いします。
エターナルにはしたくないので……。




