第68話 ミハス村(1)
王都ヴォルビリスより南方に伸びる大陸貿易路(公路)を2日ほど進んだ距離に、人口約500人のミハス村がある。この村を含む辺り一帯は、王家の蔵入地であり、住民は様々な特権と引きかえに、高い税率を負わされている。
村を納める村長も、元は騎士の家柄の者が土着化したもので、武芸の心得があり、気位も高い。
ミハス村の村長は、ラモル・ミハスと言い、先祖が都市国家アンダルスとの戦で手柄を挙げ、騎士の爵位とこの地位を得た。ラモルは3代目の村長である。爵位は一代限りのもので世襲は許されなかったが、ミハスの姓と共に、武人の誇りを受け継いできた。
ラモルには、二人の子がいた。兄デイレルは真面目で正義感が強く、10歳の判定の儀で「剣士」を得てからは、いずれ王国の騎士団に入ることを夢み、日々鍛錬に励んでいる。
一つ違いの妹のマリーフェスは、亡くなった妻ドナテラの美貌を受け継ぎ、ミハス村の宝と呼ばれている。
マリーフェスの令名は近隣にも届き、今年15歳を迎え、方々より縁談が引きも切らない。だが、父ラモルはどんな良縁も全く相手にしない。それは、息子デイレルが騎士団に入りるために必要な伝手を持った家柄の者とマリーフェスを娶わせるという目的のためであった。
ラモルは、自慢の息子と娘に、ミハス家を正真正銘の貴族にするという夢を託していたのだ。デイレルも、マリーフェスも父の考えをよく理解しており、若いながら、我が家の家格を高めんとする気持ちを旺盛に持っていた。
だが、今、ラモルの野心を脅かす事態が起きていた。
「父さん、隣のサルセがやられた! 賊徒どもは次はこのミハスを狙ってくるよ!」
息子のデイレルが、父の部屋に飛び込むなり、大声で危機を伝えた。
「いつになったら王都からの討伐軍は来るのか!? 王は我ら南部の民の王家への貢献を何と思っておられる!?」
ラモルは、最初の村が襲撃され壊滅したとの情報を得てから、急使を王都に送り、一方で村では自警団を強化して、防備を固めるように指示を出していた。
しかし、王都からの討伐軍が出動したとの情報が無いまま時がたち、ついに隣村まで襲撃されてしまった。
この辺りの村々は、王領として自治を認められる代わりに、高い租税を納めてきた。今のような緊急事態に自力救済をせねばならないのであれば、何のための王家の庇護なのかと不満を叫びたくもなる。
「デイレル、今夜からは夜も交代で見張りを強化するぞ。それから、今一度王都へ使いを送ろうと思う」
「父さん、それなら僕が行——」
「馬鹿を言うな! お前はミハス家の大事な跡取りだ。道中で何かあったらどうする! 使いには別の者を送る」
「でも、王都の方々に一刻も早く緊急事態を知ってもらうには、ミハスの姓を持った者が行った方が……」
「デイレル、お前がマリーを守ってやらんで、誰が守るのだ。儂は、村の指揮を執らねばならん。その間、我が家を守るのがお前の役目だ」
「マリー……」
デイレルにハニーブラウンの髪をサイドに纏めた美しい妹の姿が過った。妹の名前を出されては、デイレルも引き下がるしかない。
——賊徒どもがマリーを狙ってくるかもしれない。
デイレルにとっても、美しいマリーフェスは気がかりな存在だった。その姿を一目見た者からの噂は、近隣に尾ひれをつけて広がってしまっている。美しすぎるという妹の評判は、賊徒に知られている可能性があった。
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あの後、ラモルの指示で女、子ども、年寄りなど非戦闘員は水や食料と共に村の中央部の家に分散して集められ、男たちは総出で村を囲む柵の補修も行った。夜間は篝火を焚き、交代で見張りを立てて警戒を厳にしてきた。
村長としてラモルに今出来る手は全て打ったつもりだ。
そして、隣村のサルセが襲撃されてから三日目の昨夜、ついに賊徒の馬蹄が村に轟いた。
武装した自警団を中心に、村の男たちは、ついに訪れた賊徒との戦いの幕が切られるのを今か今かと待った。
しかし、数百はゆうに数える賊徒たちは、時折恐ろしい歓声をあげるだけでいっこうに襲っては来なかった。
恐ろしい歓声に交じり、女の悲鳴が聞こえる。助けを求める悲痛な叫びだ。
「くそっ! 外道どもは、襲った村の女を連れてきていやがる!」
「下種どもめ、戦いの前に、女を犯しているんだ! この村の女も同じ目に合わせる気だ!」
村の外から女の悲鳴が響く度に、村の中央部に集められた女や子供はビクッと震えた。そんな中にあって、一人、凛と気を張っている少女がいる。
「みんな、心配しないで。お父様やデイレル兄さんが必ず、賊どもを打ち払ってくれます。私たちは、それまで足手まといにならぬようにしましょう」
ハニーブラウンの髪をサイドテールにしたこの少女こそ、村の宝と呼ばれるマリーフェスだった。
「マリー様……」
マリーフェスの声を聞くと、女たちは不思議と落ち着きを取り戻していく。マリーフェスの言葉には不思議な力があった。それは、「白魔術師」の天職のなせる業でもあった。
「奴らは、いつ仕掛けてくるのだ! 王都からはまだ何も音沙汰がないのか!」
「父さん、落ち着いて」
ラモルに疲労と焦りの色が濃くなっていた。父と同じく甲冑姿のデイレルも、言葉とは裏腹に、目は血走り到底落ち着いている者の表情ではない。
結局、昨夜は戦闘が始まらなかった。徹夜で臨戦態勢が敷かれたが、時より起きた賊徒の下卑た歓声もしばらくは聞こえてこない。
ヒュン、ヒュンと空気を切り裂く音が聞こえた。その直後、空気を切り裂く音は数を増す。
「火事だ! 奴ら火矢を放ったぞ!」
「早く火を消せ!」
早朝の静寂を破って方々で怒声が起きる。
「みなの者、慌てるな! 落ち着いて消火に努めよ!」
ラモルは、予め対処を決められていた村人に指示を出す。放火されることなど想定済みだ。程なく、桶に溜めてあった水が次々に延焼中の屋根に浴びせかけられ、順調に消火されていく。
だが……。
「裏門が襲われた! 早く救援を送ってくれ!」
「くそっ、奴ら俺たちが疲れるのを待ってから攻めてきやがった!」
ミハス村に二つある出入り口のうち、裏門の付近は水はけの悪い場所だった。そこで収穫を終えた畑に思い切って小川の水を引き込み、態と泥地にした。そうして、馬での侵入を難しくしたのだ。そうした分、裏門の守備は手薄にしてあった。
自警団を中心に大勢を街道に沿った表門付近に配置した。村を守る男の数には限りがあるからだ。
はじめ火矢で表門付近、すなわち正面の家屋が狙われ、それに対処している間に、背後を襲われたのだ。分かりやすい陽動作戦だったが、徹夜で疲労した戦に不慣れな村の男たちには効果的な戦術だった。
「父さん、僕が手助けに行くよ!」
「デイレル! し、しかし……」
「父さん! 何を躊躇っているんだ! 村の危機なんだよ!」
迷っている時間は無かった。村で一番の使い手は、間違いなく息子のデイレルだ。デイレルを遊軍にしておくことはできない。ラモルは、村長として苦渋の決断をした。
「……行け! くれぐれも気を付けるんだぞ!」
「分かってる! 裏門は僕に任せてよ」
デイレルは、ガチャガチャと甲冑を振るわせて走っていく。
ラモルは、遠ざかっていく息子を不安そうに見送った。
程なくして、表門にも賊徒の襲撃が始まった。ラモルは自警団を指揮することに集中しなければならない。
デイレルが裏門に辿り着くと、門にはいくつもの火矢が突き刺さっている。しかし、裏門は、事前に燃えにくいイチョウの木の板を張り付け、放火対策を施していた。今のところ、延焼して破られる恐れは低い。
ところが、直後馬に乗った賊の男が一人、長い鎖を引きずって近づいて来る。そして、馬から降りると、先に何かついた鎖を門めがけて投げた。
鎖の先には鍵爪がつけてあり、それは門板に引っかかる。
賊の男の合図で、更にもう一人の賊が馬で近寄ると、二頭の馬で鎖を引き、門を引き剝がしにかかる。馬は泥土に足を取られ、思うように引けないでいる。
「拙い! あの鎖を斬るんだ!」
裏門を守る村人にそう命じながらも、デイレルは自分で鎖を断ち切るために門に駆け寄った。
ビュン、ビュンと音をたて、上空から矢が降り注ぐ。賊徒は鎖を断たれぬように牽制のための矢を放ってきたのだ。
「くそっ、どういうことだ!? 奴らは単なる盗賊の群れじゃない!」
デイレルの叫びは無理からぬことだった。デイレルの知っている盗賊の集団は、こんな連携や集団戦を行うことなど無い。もっと、粗暴で無秩序な戦い方をする。
第一、そもそも盗賊の集団は、警備を厳重に張り巡らした村を襲ったりはしない。自分の犠牲を何より恐れるのが盗賊の習性のはずだった。
ドガッと重い音がして、鎖で門が引き剥がされる。
「イヤッホー!! 一番乗りだぜぇー! この村の女ももらった!」
「ぎゃはは、さあ、これからがお楽しみの時間だぁぁ!」
門を破った賊の男が我先にと馬に拍車を掛ける。泥土から舗装路に変わり、今度は襲歩で村に突入してくる二頭の馬の前に、デイレルが立ち塞がった。
「馬鹿が、踏み殺してやる!」「死ねぇぇ!」
競り合うように馬体を合わせた二頭がデイレルを踏みつぶそうとした。刹那、デイレルは素早く左へ躱すと右手に握った長剣で二頭の馬の首を真っ二つに切断した。鮮血をまき散らしながら、首を失った二頭の馬は、正面の家屋の壁に轟音を立てて激突し、倒れて痙攣する。
同じく壁に衝突した賊徒は、こちらも瀕死の重傷だ。村の男たちが素早く近づいて、槍で止めをさす。
「デイレル様!さすがです!」「お見事!」
村の男たちは、歓声を上げる。賊徒との最初の交戦で、村長の息子が鮮やかな勝利を収めたのだ。士気も上がるというものだ。
「油断するな! 戦いは始まったばかりだぞ!」
デイレルの激に村人は「オウ!」と応えて気合を入れる。
程なくして、また2頭の馬と賊が侵入してくる。やはり、外の畑を泥土に変えていたことが功を奏し、大勢で侵入してくることができないようだった。
これならば、対抗することはできる。村人は、太いロープを引っ張り、馬の顔の高さに張る。馬は、飛び越えられない障害物を恐れ、急停止を掛ける。乗っている賊徒は振り落とされそうになってバランスを崩す。そこへ、村人が左右から殺到し、集団で槍を突き入れたのだ。
デイレルは、乗り手を失った馬の手綱を引くと、素早く馬に跨り、右手を空へ突き上げた。
「や、やった! やったぞ!」「おおっ! やれる、俺たちでも戦える!」
村の男たちに徹夜明けのハイテンションな状態が訪れていた。自信が漲り、疲労感などどこ吹く風だ。
しかし……。
シュンと紫色の光線が一直線に辺りを横切り、遅れてブゥゥンという低い重低音が響いた。
何か、レーザー光線のようなものが横薙ぎにされたようだった……。
十数人ほどいた村の男たちが次々に倒れた。地面に倒れ伏す直前、男たちは、ある者は胴で、あるものは胸で真っ二つにされ、臓器が露わになる。
「うげぇ!」「ごほぉ」「ぎゃあぁぁ!」
倒れた男たちは血を吐きながら断末魔の叫びを上げる。
馬上に居たことで、間一髪で、紫の光線を躱したデイレルだが、足を失った馬が横倒しになった衝撃で強かに地面に打ち付けられた。
「な、何が起こった!」
一瞬にして裏門の守備を任された男たちが全滅したのだ。 訳が分からない。
地面に強打した痛みよりも、不安と恐れで混乱を起こしていた。
額からは脂汗が滴る。呼吸が荒くなり、自分を保っていられない。
金髪の長い髪を垂らした男が一人、ヘラヘラと笑いながらこちらへ歩いてくる。
「ほう、あの一撃を躱した者がいたのか。うん? その恰好、それなりの奴と見たぜ。おい、てめぇ、この村にいるマリーフェスていう女はどこにいる。教えろ」
金髪の男は、刀を肩に担ぎニヤついた顔で見下ろす。よく見れば髪の根元が黒く、染髪した髪の色だと分かる。目つきが鋭く、刃物のような印象を受けるが、何より両耳に幾つも通したピアスが、邪悪さを醸し出している。
「マ、マリーだと!」
デイレルに怒りの炎が宿り、恐怖を払拭する。この男は、マリーを狙っている。愛する妹を守るのだ!
「その顔、良く知ってるようだな。なら、その女の所へ案内しろ。褒美に、殺すのを待ってやる」
「お前らを、マリーの所へなど近づけさせない! ここで殺してやる!」
最後の言葉と同時に、デイレルは長剣で金髪の男に斬りかかった。渾身の力を込めた一撃だった。
ガキンという激しい金属音がして、デイレルの長剣は軽々弾かれる。金髪の男は、担いでいた刀を軽くしなやかに振るっただけだった。
「中々鋭い剣筋だったぜ。面白い、少しだけ遊んでやる。女と遊ぶのはその後のお楽しみだ」
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近日中にあと一話更新します。 年内の更新はそれが最後になります。




