第67話 感性〈センス〉
鎧戸の隙間から差し込んだ朝日が瞼を刺激し、アステルは徐々に意識を覚醒させていく。
冬の朝の冷気が頬を刺し、思わず顔をしかめる。だが、首から下は厚手の毛布に包まれて暖かく気持ちがいい。
自分の体に誰かが密着しているのがすぐに分かる。感触から互いに素肌であることも……。心地よい暖かさは、毛布の力だけではなかったのだ。
念の為、そっと毛布を捲り中を覗く。
胸の上に、艶やかな蜂蜜色の髪と、そこから覗く安らかな寝顔があった。
いつ見ても美しく、感嘆の念を起こさせる。髪に触れると、細く柔らかで極上の手触りだ。
——良かった……。
アステルは、そこに愛する女がいてホッとした。
あの後、庭で意識を手放してから後のことは覚えていない。ここで、こうして二人して裸で毛布に包まっていることや、心地よい下半身の気怠さから、昨晩何があったか想像に難くないが……。
——いや、何が良かったのか。まったく何も、思い出せん……。
こっちの世界に来てからというもの、意識を無くした場合、碌なことがなかったので、意識を無くすという状況が恐ろしく感じる。
——いつもなら、ファラリスの方が早く目覚めるのにな。
アステルは、常ではない状況に少し戸惑い、彼女を起こそうかと迷う。幸せそうな顔で寝ているのだ。もう少しこのままに……。
どうするか逡巡してると、唐突に右の乳首をキリリと痛みが走る。
寝ていたはずのファラリスが、突然噛んだのだ。
「痛! 何するんだ!」
アステルは、堪らず毛布を剥ぐ。
「フフン。 昨日の御返しだ。これでも千分の1ほどだがな」
スッキリ爽やか眩い笑顔だ。余程、機嫌が良くなければこんな表情はしない。何よりファラリスの肌は艶やかで、朝日を浴びて輝いて見えた。
「何を!?」
アステルは訳が分からず妙な声を上げてしまった。
「よくも、私をメチャクチャにしてくれたな。この借りは、いずれ必ず返す。……私も、まだまだ不勉強だった。技を練っておくからから覚悟しろ!」
アステルの胸の上から、一糸まとわぬ姿で凛々しく再戦を申し込むと、ファラリスは毛布を引っ手繰って別室に着替えに出ていった。
——何が、なんだか、さっぱり分からん……。
ベッドの上に裸で放り出されたアステルは、肌を刺す冷気に震える。
「……さ、寒い!」
辺りに散乱する服を探し廻りながら、アステルは情けなさで更に身悶えした。
——やっぱ、意識を失うと碌な目に遭わねぇ!
■■■■■■■■
アステルは簡単な食事を済ませると、一人村長の家を出た。
あの後、一人身支度を整えているとき、突然、電流が走ったような痺れが全身を貫き、次の瞬間に新たな感覚がその身に宿ったからだ。
あの時と同じだった。
この魔神の体へと転生を遂げた時に感じた感覚。
新たな超常の力を、最初から出来て当然、何てことはない普通の事、そんなふうに感じた。だからどうしても、一人でその感覚を確認したかったのだ。
「おおっ、見える! 見えるぞ!」
アステルは興奮と感動が入り混じった感嘆の声を上げた。
目の前の光景が、昨晩までとは、まるで違って見えるのだ。
地面に青白く光るエネルギーの流れを見ることができる。その鈍い光は、村を幾つかの線で真っ直ぐ貫くように走っていて、俯瞰するなら、おそらく放射状になっているはずだ。
——この光の正体は"自然の魔力の流れ"いや、「龍脈」とか言ったか……。いずれにしても、エネルギーラインが、この村の地下を流れている。
アステルは、そうした魔力の流れを感知する感性を目覚めさせたのだ。
「そうか、そういうことだったのか!」
"万歳"と喝采を叫びたい気分だった。
ようやくにして、手掛かりを掴んだのだ。
どんなに探しても、何も見つからないはずだ。そもそも、何も物的なモノは準備されていなかったのだ。
——多分、この「龍脈」をたどれば、俺たちが召喚されたあの神殿に辿り着くはず……。だとすると、次の問題は、これが自然のものか、人為的なものか……。
エネルギーの流れがどんどん弱まっているのを感じる。
……ということは、おそらく人為的なものだろう。
あと、10日もすれば、ほとんど消えてしまうかもしれない。自然のものなら、こんなにあっさりと消えたりはしないはずだろう。
召喚の秘密に一歩近づき興奮するアステルだったが、ふと、この感性を目覚めさせてくれた女神アスターテの言葉を思い出した。
昨夜意識を手放す前、女神は、この魔神の体に眠っている力を目覚めさせることを約束してくれた。だが、そのためにワタシと深く交わるとかなんとか……。
——あっ!?
アステルは昨晩のことを思い出した……。より正確に言うなら、昨晩見た夢を思い出したのだ。
夢の中で、アステルは元の神谷惣治の体に戻り、女神アスターテと深く交わった……。
女神の白銀の艶やかな髪に包まれ、
柔らかで豊かな肢体を堪能した。
女神にリードされ、何度も何度も……。
すべてが文字通り夢見心地だった。
しかし、女神の鈍く金色に輝く褐色の肌は、徐々に白くなり、
逆に、白銀の髪は黄金の輝きを纏っていく。
そして、その美しい相貌は……。
——拙い! もしかしなくても、俺は女神と思ってファラリスを! ……それで……あれ? じゃあ、あの時の俺の体は? じゃあ、リードしてくれた女神の体は……?
「何を、一人でソワソワしているのだ」
「うわっ!」
唐突にファラリスに声を掛けられ、アステルはビクッとなった。
「お前のことだ、また何か企んでいるのだろう」
「ひ、人聞きの悪いことを。そんなんじゃねぇぜ」
お嬢様のように両肘を抱くポーズで話すファラリスに、アステルはつい見惚れてしまった。ファラリスにはそのポーズが本当によく似合っていた。
「驚くな。ついに、手がかりを発見したぜ。」
「本当か! どういうことだ、教えてくれ!」
「ああ、ちょっと信じられんと思うがな……」
そうやって語りだしながら、アステルは、ファラリスをこれまで以上に愛おしく感じていた。夜は、愛し合う男女として、昼は、同じ目的を共有する同志として傍にいてくれる。
こんなに、頼もしく心強いパートナーを得たことを、心から感謝した。
それは、アステルの話を興奮気味に聞くファラリスも、また、全く同じ気持ちでいることだった。
——————————————————————————————————————
毎日投稿が難しくなり、少し間隔を開けながら投稿しています。




