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第62話 発覚



 近衛隊を中心とする賊徒討伐軍の編成が完了したのは、それから5日後だった。

 

 この間、莉紗も毎日近衛隊の訓練施設に通い、忙しく準備に追われた。

 莉紗は、誰からも特別扱いを受けず、朝から任務に没頭することに、この世界に来て初めての充実感を感じ始めていた。


——余計なことに煩わされないで済むのが助かる。


 これが本音だった。


 腹立たしいのは、任務が終わって王宮の別館に戻ると、なぜかサーゲイルが待っていることだった。それがどんなに遅い時間でも。


 どういう訳か、あれだけ落ち込んで見る影もなかった傲慢さが見事に息を吹き返しており、


「私の女神よ、必ず、貴方を救い出して見せるから、それまでは耐えて欲しい」


 などと、気持ちの悪いセリフを毎回のように吐いてくる。

 毎晩、1時間ほど、ハイテンションで一方的に好意の押し売りをした後で、悲しそうに別館を出ていく。


 この男のジェットコースターのような精神状態の急変に、莉紗は戸惑うしかない。何か悪いクスリにでも手を出したのかもしれないと、本気で思うのだった。


 疲れて戻る身としては、正直、二度と現れて欲しくはなかったが、何度丁重に断っても、次の日にはまた別館にて待機している。

 


 出発を明日に控えた前日の夜、この日も別館で待ち構えていたサーゲイルは、これまで以上に喜色満面であった。


 莉紗は、この男の無神経さを苛立たしいと思う一方、さすがに不気味に感じ始めていた。


——明日はやっと王都を出発できる。これで、この男にしばらく会わないで済む。

  よし、あと一時間くらいの我慢。


 莉紗は、そう思って心を忍耐モードにスイッチさせる。

 一方、全くお構いなしのサーゲイルは、得意満面でいきなり爆弾を落としてきた。


「そうそう、貴方が気にしていた神谷というハズレ能力者ですが、その後の動きが分かりましたよ」


「——!? えっ、どういうことですか!?」


 莉紗の閉ざそうとしていた心のシャッターが爆風でこじ開けられる。

 これまで、何度聞いても誤魔化されてきた神谷惣治のその後の行方を、この男が、自ら切り出してきたのだ。


「やはり、気になりますか。私も、貴方から何度か尋ねられて、()()()()()()()のですが……」


——白々しい……。心配なんて、全くしたことなんてないはず。


 莉紗は、サーゲイルに対して不信感しかないが、それを必死に抑える。


「はい、以前から言っていましたが、やはり私たち転移者の仲間です。彼が、どうなったか知りたいと思ってます」


「……貴方は、やはりお優しい方だ。あんなハズレ能力者のために、そんな表情をされる……」


——さっきから、ハズレ、ハズレって、何なのその言い方! アナタたちが勝手に私たちをこの世界に召喚したんじゃない!

 

 自分から、話を切り出しておいてもったい付ける態度、その上、神谷をハズレ呼ばわりする酷い言い方、莉紗は内心激しく怒りが湧いた。だが、サーゲイルの次の言葉にすぐに冷水を浴びせられる。


「では、お話しましょう。あのハズレ能力者の最後について」


——最後!? ……最後って言ったの?


「……どういうことですか、最後って!?」


「言葉の通りですよ。実は今日、あのハズレを捜索中だった私の部下が戻ってきましてね。色々と、興味深い報告をしてくれたのです。どうです、聞きたいでしょう」


 莉紗に雷に打たれたような衝撃が走る。


 ——言葉通り? ……そんな……つまり彼は死んだ? どうして?


「……言葉どおりということは、彼は亡くなったということですか。()()()()、どういうことか教えてください。」


 必死で内心の動揺を隠して、できるだけ表情を殺して聞く。

 前のめりな態度を見せれば、この男のことだ、神谷のことを話すことを条件に、何かを要求してくるかもしれない。


 そうなることは避けたかった。


「……そうですね、貴方は私の大切な方だ。本来なら、この種の重要な情報は教えられないのですが、特別に、()()()()()()教えて差し上げましょう」


 莉紗の用心深さが功を奏したのか、特に何も要求されなかった。

 ただ、話したい、というサーゲイルの欲求の方が勝ったのかもしれないが。


 「実はですね」とサーゲイルは得意げに、しかるべき地位にある者としてあるまじき情報漏洩を始める。



 


 

 話の要点をまとめると、あの後、神谷は転移者が召喚された神殿から、()()()()行方不明になった。

 

 次に姿を現した時、神谷は東部のテレムセン侯爵家から追放された謀反人の女と行動を共にしており、しかも、神谷は悪魔と契約してその姿をおぞましい悪魔の姿に変えていた。


 レリック王子と獣騎兵という精鋭部隊が謀反人の女を捕縛するために出動したが、テザという街の近郊で、偶然起きた崖崩れに全員が巻き込まれた。


 この時に、王子たちと共に神谷も謀反人の女も断崖から落ちて亡くなった。



 なぜかこの男の自慢話のような響きが随所にみられ、それでなくても強かったこの男への嫌悪感が増幅した。


——嘘だ。 


 莉紗は直感で、この話は嘘だと思った。まず、悪魔と契約したという話がにわかには信じられない。


 そもそも彼がどうやってそれを行ったのか、普通の日本人が、悪魔と契約することなどできるはずがない。彼の天職にそんな能力があったのか? 無能だ、ハズレだと酷い呼び方をしておいて矛盾している。


 百歩譲って、それが本当だとして、どうして姿が変わった者を彼だと断定できたのか。本人が、そう名乗ったのか? 逃亡した人が姿を変えたとして、私がそうですと名乗るだろうか、それならなぜ逃亡したのか? 


 話の本筋の部分で、納得できない部分が多い。おそらく、かなり嘘や誇張がかなり含まれている。


 だがこの男は、それを大真面目に、しかも自慢げに語ってくる。

 いっそ、これまで通り誤魔化していた方が良かったぐらいの話だ。


 それなら、なんでわざわざ自分からこんな話をしたのか……。

 おそらく、この程度の雑な話でも私が信じるという自信があるのだろう。


 莉紗の中に一つの確信が芽生えた。


 これまで、ずっと疑問に感じてきたことへの答えと言ってもいい。


——この男は、私たち転移者を操っている気でいる! 


 そう考えれば、召喚されてからこれまで、ずっと納得いかなかったことへ説明が付くのだ。


——神谷惣治、彼は最初からそのことに気付いていた!? ということは、彼は操ることが出来なかった……。だから、彼の言動が危険視されて、私たちと別行動させられた……。なら、私は……?


 莉紗は、自分の取ったこれまでの言動を振り返る。

 莉紗は、何だかんだ言っても最後は目の前のサーゲイルに従ってきた。

 この男の、舐めまわすような視線やセクハラ行為にも必死で耐えてきた。


 昔から同性の嫉妬の怖さを身に染みて知っている莉紗は、女官たちの監視の目も欺くように細心の注意を払ってきた。


 サーゲイルへの不満など漏らしたことはなかったはず。

 自分が我慢することによってトラブルを未然に避けようとする。

 良し悪しは抜きにして、これが橘莉紗の性格だった。


——だから、この男は勘違いしているんだ。私が、最初からずっと自分の支配下にあると思ってる。……でも、これだけの()()()()()()()を話したのだ、きっと用心のために何かしてくるかも……。


 莉紗は、サーゲイルの表面的な傲慢さは、小心の裏返しだと思っていた。ならば、自分の関心を買うために大胆な発言をした後、保険を掛けてくるぐらいするだろう。


 果たして、話し終えたサーゲイルは、懐から取り出したネックレスを左手に強く握りしめながら、右手で莉紗の腕を掴んでグイッと引き寄せた。


 そして、ジャラリと音をたて、ネックレスを莉紗の顔の前に差し出す。

 

 ネックレスの先には円の中心から6本の光が放たれる意匠がこらされた黄金製の宝飾が吊り下げられている。


 宝飾品がボワっとした妖しい光を放つ。


 莉紗は、一瞬だけ眩暈のような気分の悪さを味わうが、すぐに思考は晴れ、元に戻る。これが何かの暗示を強めようとしての行為だということは分かる。自分の予想通りの展開で正直恐ろしい。


「私は、貴方を信じています。今の話は絶対に秘密ですよ。誰にも話してはいけません。いいですね」


「……はい」

 

 莉紗は、必死で自分を押し殺し、動揺を隠して絞り出すように返事をした。

 

「よろしい。では、明日は早くに出発でしょうから私はこれで帰ります。私は、貴方を必ずこの手に取り戻して見せます。それまで、クラリオンの下で働きなさい。ただ、くれぐれも気を付けるのですよ、けっしてその体を誰にも汚されてはなりません」


 そう言って、今度は髪を撫でてくる。


「……」

 とても「はい」と返事ができることではなかった。だが、必死で拒絶する態度も我慢した。

 

 拒絶されなかったことで、隷属に術が効いたと判断したサーゲイルは、つい口が軽くなって思わず本音を付け足す。


「貴方は、私の下でこそ、気高くそして美しく咲くことができるのです。フフッ、いずれ仲良しの碧ともども一緒に可愛がってあげますよ」


 今日最大の落雷が莉紗を襲う。


——今、何を言ったの! 碧、……この男は碧に何をしたの!?

 

 莉紗は俯いたまま、しばらく動けずにいた。

 洗脳、そして抵抗できない碧への……。

 次々に悍ましい想像が過る……。

 

 一方で、サーゲイルは満足しきって悠然と別館から去っていった。

 

 やっと帰ってくれたなどという安堵はない。

 昼間感じた充実感など吹き飛んでしまった。莉紗は、この世界に来た運命を初めて呪いたくなった。


 サーゲイルに対して嫌悪感を通り越して、憎しみが沸いた瞬間だった。


——逃げなきゃ! 


 本能が、叫ぶ。

 このまま、ここへいてはいつか必ずあの男にいいようにされてしまう。


——でも、どうやって!? どこへ逃げるの!? 


 今まで、ここから逃げることを考えてこなかった自分に腹が立った。その気が少しでもあれば、この5日間、周囲の状況を探ったり、何か情報を得ることぐらいはできたはず。


 でも、今、それを悔やんでもしょうがない。とにかく今は碧を救うこと。碧と一緒にこの王宮、いや王都から逃げることだ。


——その後のことは、それからでもいい!


 莉紗は、明日の出発を利用して、この王都から逃げ出すことができないか必死で考えを進めるのだった。




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