第60話 幕間(6)
原野碧は、微睡の中に居た。
貴族が使う豪奢な天蓋付きのベッドで、この世界では金貨数十枚の価値を持つセリスよりもたらされた絹の寝具に包まれて眠る。
碧は、素肌に触れる絹の滑らかで極上の肌触りと、昨夜の行為からくる心地よい気怠さを感じつつも徐々に意識を覚醒させると、隣で寝息をたたている男に視線を移した。
ダークブラウンの髪を短く切り揃えた、整った顔立ちの若い男が裸でシーツに包まれいる。
サーゲイル・ロード。これがこの男の名前だ。
碧が、サーゲイルとこんな関係になったのはラスナバス平原から戻って程なくだった。
平原の平定を任されたブレニムが殺害され、犯人の金本紫苑が逃亡したという情報は、碧たち転移者と平定戦に参加した部隊が王都に帰還するより前に、サーゲイルに届けられていた。
碧たち転移者は、このことをサーゲイルがどう処理したかは知らないが、漏れ聞こえてきた話では、国王との謁見は、戦勝の報告とは程遠いものになったとか。
王都に帰還した碧たち転移者の元へ、ラスナバス平原の平定が終わったことへの労いに現れたサーゲイルはかなり憔悴していた。
碧は、憔悴したサーゲイルに寄り添い、力になりたいと望んだ。
それが、本人の純粋な意思なのか、隷属の術による歪められた意識のなせる業なのか、判断は難しい。
ただ、弱り切っていたサーゲイルは、それをきっかけに異界の女に一時の癒しを求め、関係を持つようになったことは事実だ。
その後は、毎晩のようにこの関係が続いていた。
弱々しい陽射しがようやく室内に差し込んで来た。日の出の遅れが本格的な冬が訪れをか感じさせる。
日差しに照らされてサーゲイルもようやく目を覚ます。
サーゲイルは、ベッドから起き上がると一人で身支度を始める。
「碧、私は陛下に呼ばれていて、今日も王宮へ参らなければなりません。アナタも自分の部屋へ戻りなさい」
「……はい、サーゲイル様。……あの、今夜もまた、こちらへ伺っても宜しいでしょうか」
「今夜も、遅くなると思いますよ。それでよければ、この部屋で待っていなさい。……ああ、そうそう。あの私が与えた薬はキチンと飲んでますか。定期的に飲まなければ効果がありませんよ、あの薬は」
「……はい、サーゲイル様。わたしちゃんと頂いた薬は飲んでいます」
「よろしい。今は、私にとっても、アナタにとっても大事な時です。お互いの立場を守らねばね」
「……はい。」
サーゲイルは、着替え終わると、一人で部屋を出ていく。
残された碧は、贅沢の限りを尽くした豪奢なベッドのうえで、身を縮めた。
朝の冷たい空気がそうさせたのではない。
先ほどまで、極上だと感じていた絹の肌触りも、今は冷たく感じる。
サーゲイルが、口では優しい言葉を囁きながらも、心から自分を受け入れ、愛そうとしていないことは明白だった。
何度も肌を重ねる中で、碧はサーゲイルの中にある打算や嘘にとっくに気付いていた。
碧は、最初はそれでもいいと思った。この男の役に立てるのなら、例え、それが一時の欲望の捌け口であっても。
だが、碧は知っているのだ。サーゲイルが、毎晩のように遅くなる理由を。
——私と寝ていても、心はここにはない。サーゲイル様が本当に欲しいのはあの女……。
そう、サーゲイルはあの女、橘莉紗に会いに行くために王宮の別館に通っていたのだ。
碧たち転移者を道具のように扱い、わずかな兵力を付けて危険な魔物との戦いに送り出した。その間も、サーゲイルは莉紗を特別視し、王宮の別館に囲っていた。
碧を抱くようになってからも、その執着には変わりが無い……。
噂では、莉紗は近衛隊に配属され、近々出動命令が下るらしい。だが、近衛隊はその名の通り国王直属の軍で、兵の質、量ともに他の部隊を圧倒する。
その指揮官のクラリオンも、有能な将軍として王国中にその名が知れ渡っていた。碧たち転移者がその名を知っているほどに。
碧に悔しさが滲む。
自分たちとは、全く扱いが違う。
莉紗は、王国によって万全な護りを与えられているのだ。
いずれ、自分たち転移者は、邪神討伐の旅に出ることになる。
召喚されて以来、サーゲイルからそこの事は何度となく説明されてきた……。
しかし、その危険な旅に、サーゲイルは同行しないかもしれない……。
——あの女さえいなければ、サーゲイル様は、私を見てくれる。私だけの男になってくれる! きっと私のために、旅にも同行してくださるに違いない!
本来であれば、意中の女が他にいながら、一時の欲望によって身勝手な関係を求めてきたサーゲイルにこそ、その怒りをぶつけねばならないはず。
しかし、碧のやり場のない感情は、矛先を誤り、かつて親友だった莉紗に向けられるのだった……。
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次回から4章の開始となります。 4章は橘莉紗目線で話が進みます。




