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第59話 幕間(5)




 王都ヴォルビリス。人口30万を擁すイドリース王国最大の都市で、二重の城壁に守られた難攻不落の城塞都市である。


 その中央部の小高い丘の上に白亜の王宮が建ち王都全体を睥睨へいげいしている。また、王宮に設けられた尖塔の威容は、王都を数セルマール離れた先からも仰ぎ見ることができる。


 王宮は政庁機関でもあるから、4層構造の一階部分の広間では官吏たちが忙しく政務に励んでいる。


 中央階段を登った3階の奥に、国王が政務に使う『謁見の間』がある。


 謁見の間の扉は、希少な黒檀の巨木から切り出された分厚い板で出来ており、それに細密な彫刻が施された重厚なものだった。


 彫刻のモチーフは王国建国の物語で、初代イドリース1世の数々の武勲が浮き彫りにされている。


 そして、今、その謁見の間を閉ざす黒檀製の分厚い扉が開かれ、ダークブラウンの髪を短く切り揃えた神経質そうな顔をした男が、俯きながら退出してきた。

 

 男の名前はサーゲイル・ロード。イドリース王国の宮廷魔術師として王国の魔術師を束ねる一人である。また、それに飽き足らず、密かに権勢を極めんと野望を抱く人物でもあった。


 しかし、今のその表情は、権力を欲する者のプライドに満ちたものでは無く、苦虫を噛み潰したようなものであった。


 サーゲイルは謁見の間を退出すると、人目を気にして元の何食わぬ顔に戻り、王宮の廊下を鷹揚に歩いたが、内心は屈辱に震えていた。


 ——おのれっ、どいつもこいつも無能なゴミの分際で! この私を甘く見た報いを見せてやる! 

 

 サーゲイルが、ここまで感情を搔き乱されたのは、無論、先ほど行われた、国王ファーガスとの謁見が原因である。

 



 ラスナバス平原の平定を任されたブレニムが殺害され、犯人の金本紫苑かねもとしおんが逃亡するという異常事態が発生した。


 平原の平定が無事に終わったとしても、全く釣り合わぬ結果であった。

 いっそ金本が戦死してくれていたら、その方がまだマシだった。


 だが、金本は生きて逃亡した。おそらく、隷属の術は解けているだろう。しかも、逃げた金本と思われる男が、野盗の集団を率いて王国の南部で略奪暴行を繰り返しているという知らせがあった。


 ほんの僅かな期間でかなりの数を有す野盗集団を築くとは、イドリース王国にとって金本の存在は二重の意味で脅威であった。


 さすがに、これを隠し通すことはできない。サーゲイルはせめて他の者から讒言を交えた報告を上げられる前に、国王ファーガスに、顛末を説明に上がったのだった。


 “まだ、自分がコントロールできる状況下にある”という苦しい説明だ。


 これに対して、国王ファーガスは、静かに言い放った。


「……この件は、余と近衛軍とで処理する。それから、3日以内に女教皇ハイプリエステスの娘を近衛隊のクラリオンの下へ出向かせよ。協力させて、異界人の裏切者を討伐させる」

「は、で、ですが、しかし!」


「余計な差し出口は挟まぬことだ。……貴様は、他の異界人への隷属の術を再度徹底させよ。それから、ブレニムの代わりを決めねばな。人選が決まり次第、おって沙汰さたする」


 国王ファーガスの口調には、有無を言わさぬものがあった。これ以上、異論を差し挟めば、勘気をこうむって失脚する恐れがあった。


 サーゲイルは恐懼して謁見の間より退出する外なかった……。



 

 王宮の2階にある自室へと戻ったサーゲイルは、豪奢なつくりのソファに腰を下ろすと天を仰いだ。


——この私から、橘莉紗たちばなりさを奪い、他の転移者たちの指揮権まで取り上げる魂胆ですね……。


 このままでは、全てを失いかねない。


 一時の怒りが収まると、サーゲイルは、今度は一転して将来への懸念が大きくなり焦りが強まっていった。


——とにかく、このままでは拙い……。何としても橘莉紗わたしのたからだけは護らねば……。


 かといって、サーゲイルは何ら具体的な展望が描けず、眩暈がするような感覚に陥っていった。今、この男の野望は、足元から大きく揺らいでいた……。




 

 一方、サーゲイルが辞去した謁見の間では、入れ違いに宰相のオーヴィルが入室を許可され、ファーガスに拝謁した。


 緊急の用件であり、予定にはないことであった。



 宰相を拝命するオーヴィルは、本名をオーヴィル・スクォートといい、王都の北方一帯を領有するアジーラ侯爵の爵位を有する。ファーガスとは、貴族学校以来の仲である。


 スクォート家は、オーヴィルを含め歴代で4人の家長が宰相職を任された『四世宰相』の家柄であり、王国の中で比類なき名門であった。


 オーヴィルはアッシュグレーの髪をオールバックにした細身の美丈夫で、ぱっと見の印象は学者を彷彿とさせる。しかし、この男の最大の特徴は、喜怒哀楽を殆ど表に出さない能面の如き無表情さにあった。


 オーヴィルはこの特徴から、その内面を他者に測られることなく、ファーガスの潜在的な敵と、自らを脅かす者を粛々と葬ってきた。


 スクォート家が『四世宰相』とよばれ、宰相の職を占めてきたのは、()()()()()()()()()()()()()()()()による情報収集力と歴代の家長が身に付けた、この能面の如き無表情さにあった。


 そのオーヴィルが、()()()()()()()()()()ファーガスに急遽、拝謁を求めたのは、配下の諜報員より、重大な報告が寄せられたからであった。


 「……陛下、今しがた重大な報告が上がりました。レリック殿下と獣騎兵隊の件でございます……」


 オーヴィルは、低く冷たい響きのする声で語り始めるのだった。

 


 ————————————————————————————————


 明日、もう一話短い幕間を投稿します。その後に4章を開始いたします。


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