第57話 漁夫の利(2)
ザビールが放った炎によって吊り橋が焼け墜ちてから、20分ほどの時間がたった。爆発によって崩れた崖からは、いまだ岩や土砂が少量ながら崩れ落ちていたが、大規模な崩落は止まった。
奈落の底の如き深い谷を挟んで、反対側の崖は、何事もなく、切り立った姿をとどめていた。
その崖に一本の長いロープが垂れ下がっている。
そして、そのロープを手繰りながら絶壁を登る人影が見える。その人影は背中に人を負ぶっていた。
人影の正体はもちろん、アステルとファラリスの二人だ。
ファラリスを背負っており、かなり苦労するが、アステルはしっかりと握った鉄製のワイヤーロープを手繰りながら、峡谷の反対側の崖をしっかりとよじ登っていく。
いったいなぜ、こんなことができたのか。
それは、そもそも、この鉄製のワイヤーロープは、アステルが事前に準備して吊り橋の綱の上に張っておいたモノだったからだ。
アステルは、昨晩、夜陰をついてテザを抜け出し、この場所にやってくると、峡谷の向こう側の壁に鉄杭を打ち込み、太い鎖でワイヤーロープを括り付けた。さらに吊り橋の綱にこのワイヤーを重ねて隠ぺいした。
この峡谷の存在も、吊り橋のことも全て昨日の昼間、情報屋のドルトンから入手したものだった。獣騎兵たちの恐るべき機動力を封じ、一気に勝負をつけるための場所としてここが選ばれたのだ。
持参したこれらの資材は全てドルトンの情報をもとにテザで購入し、苦労して運んで来たものだった。
アステルは夜目の能力を最大限に発揮し、夜の闇の中、万が一にも吊り橋ごと落下しないように入念な準備を行った。
囮役のファラリスの安全を確保する安全地帯として、この一見危険な吊り橋は、有効に働いた。
戦いの最中、ファラリスは、いつ千切れ落ちてもおかしくない危険な吊り橋の上に居たのではなく、いざという時の安全装置が準備された意外と丈夫な吊り橋の上に居たのだった。
火炎弾に見舞われた吊り橋が焼け落ちる直前、アステルはファラリスを抱きしめ、このワイヤーロープを腕に巻きつけた。
吊り橋は奈落の底へ落ちていったが、鉄製のワイヤーロープは振り子のように峡谷の向こう側の崖の側面に向かって弧を描いて振れた。
ワイヤーを握ったアステルは壁に激突するが、落下する直前にファラリスが唱えた風障壁が衝撃を吸収して事なきを得た。
そして数十マール下から、ファラリスを背負った状態で崖を登り始めたのである。
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そもそも、今回の計画のキモはザビールの存在であった。
アステルとファラリスは、昨日、バラメーダ広場でドルトンを再び呼び出して、迫りくる獣騎兵を迎え撃つための場所として、適当な候補は無いか聞こうとした。
すると、話の中でドルトンから奇妙な情報を得た。
それは、昨日、アステルたちがこの広場を去った直ぐ後、奴隷商人の天幕で、ポーグという好色で有名な金持ちが、奴隷商の男からから殴られて叩き出されるというトラブルが起こったというのだ。
トラブルの原因は、女奴隷の競り市に相応しからぬ赤い髪の美女が現れたためだという。
赤い髪の美女。 アステルとファラリスはすぐにテレムセンで相対したザビールのことを思い浮かべた。
アステルたちの疑問に対して、ドルトンは、女の名前がザビールというと答えた。競りに参加した他の客が、奴隷商の男と赤い髪の美女の会話を聞いていたのだ。
これにはアステルもファラリスも驚いた。
——サスガは情報屋だぜ。どんな情報もしっかりと正確に把握している。
この値千金の情報をもとに、アステルは今回の計画を練っていった。
——あの女がこの街にいた。
時間的に考えて、王都に帰って出直してきたとは考えにくい。
王都に帰らずに、この街に居たということは、俺を待ち伏せする気でいたということだろう。
俺に対して相当強い復讐心を持っていると見なければならない。
そもそも、あの女の方から手を出してきておいて、恨まれるなんて全く理不尽な話だが、それも仕方ない。
あの女は、俺たちがこの街に来たと知れば必ず仕掛けてくる。
しかし、あのタイプは自分から直接向かってくる危険は冒さない。いつも誰かをけしかけて、漁夫の利を狙ってくるタイプだ。
アステルはそれならばと、さらに思考を重ねる。
——噂のレリックと獣騎兵を俺たちにぶつける算段だろう。そして、おそらくそこであの女は仕掛けてくる。
最小の危険で最大の利益ってな。
……なら、その場所をこちらで用意すればいい。
相手の思惑に乗ったように見せかけ、こちらの土俵で戦う!——
アステルは、迫る獣騎兵たちを罠にかける仕掛け人の役をザビールにやらせることにした。
いつ、獣騎兵が到着してもよいように、アステルはドルトンの力を借りて峡谷の場所を確認し、吊り橋に仕掛けるワイヤーロープを購入するなど、綿密に準備を進めたのだった。
最後は、テザの街を二人で脱出する際、近くにザビールが現れるかどうかが鍵だった。ザビールの気配を感じた時、アステルは、妙な話だが、安心した。
もし、ここでザビールが現れなければ、アステルのとんだ見込み違い。
ザビールは、恐れるに足りない相手となる。
同じ町にアステルがいても、それに気付かないような相手なら、待ち伏せなどできようはずがない。
この街に居たことだって、単にあの女が自分の失敗に懲りて逃げ隠れしているだけという可能性だって出てくる。
今後も、復讐を行おうとするような実力に見合わぬことは考えないだろう。
しかし、その場合はレリックと獣騎兵を誘導する危険な役目を、ドルトンに委ねることになる。命の危険がある仕事だ、なるべくそうなって欲しくは無かった。
そんな考えは杞憂に終わった。ザビールが現れるまで、しばらくは待つぐらいの覚悟でいたが、すぐにザビールの気配を感じたからだ。
テレムセンで二度も相対した相手である。近くにいれば、その独特な気配を間違えようが無かった。
ならば、ザビールは警戒すべき有能な相手となる。この後は、逃亡者の役を演じていれば確実に獣騎兵たちをこっちが用意した土俵に連れてきてくれるはず。
アステルとファラリスは、ザビールに気付いていないフリをして、公路を急ぎ足で西へ向かい、小さな脇道から、この峡谷を目指した。
ザビールが見えなくなると、アステルは全速力で先行し、細い回廊上のあの場所で大岩の影に隠れ、ファラリスを追ってくる獣騎兵の到着を待ったのだった。
この計画を成功と呼ぶための絶対条件は、レリックと獣騎兵を一網打尽にすることと、最後はザビールにこちらも死んだように思い込ませることだった。
これが達成されれば、しばらくの間、行動の自由が確保される。
ザビールは自分の復讐が成就されたと思い、王都に帰って、得意げに俺とファラリスの死を吹聴することだろう。
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峡谷の反対側の崖の最上部に手を掛けた時、ザビールの気配も、もう一人の男の気配もとっくに消え去っていた。この場所から去ったことは明白だった。
そのことを感じながら峡谷の反対側の崖を登りきったアステルは、万事上手くいったと安堵した。
「アステル!!」
ファラリスが負われていた背中から正面に回ると、押し倒してくる。
「お前は、やっぱりスゴイ奴だ! 私の勇者だ!」
ファラリスに安堵と興奮が入り混じった感情が爆発した。
「まあ、上手くいってホッとしたぜ。これで、俺たちは当分フリーで動けるな」
「ああ、残念だが、私たちはここで亡くなったのだな!」
「そうだぜ、悲しい話だが、俺たちはここで転落死しちまった。これからは、亡霊として生きていくことになるな」
「亡霊か、悪くない。お前となら何だって構わない!」
二人は見つめ合うと、どちらからともなく、大声で笑うのだった。
ひとしきり、笑って気持ちがスッキリしたファラリスはこれからのことを聞いた。
「アステル、これからどうする、このまま王都に向かうのか」
「………いや、このテザでやらなきゃならないことがまだある」
アステルの真剣な表情にファラリスも気持ちを引き締める。
「……召喚の秘密を探ることだな」
「ああ、その通りだ。『フェズ大神殿』にも、もう一度行かなきゃと思う。本当は行きたくはないがな……」
「…………」
アステルにとって、フェズ大神殿の地下は忌まわしい記憶が残る。できれば避けたい場所だった。
ファラリスも、前にその話を聴いていた。
だからアステルの気持ちが想像できるため言葉を返すことができなかったのだ。
「……行きたくはないが、そうも言ってられないぜ。召喚の秘密を知ることが、ファーガスやサーゲイルを倒すためにも必要だと思うからな。第一、奴らが味を占めて、また召喚なんてやらかしたら面倒だ。なんとか、その目を潰しておきたい」
「……そうか、そうだな。本当にお前はスゴイな、いつも二手三手先を考えている……。」
「ファラリスは、なんか褒め上手になったみたいだな。そんなにおだてても何にも出てこないぜ」
ファラリスは、冗談ぽく話すアステルを強く抱きしめた。
「私の本音を言ったまでだ。世辞を言ったわけではないぞ……」
「……そうか、ありがとうな」
ファラリスには言葉にできず飲み込んだ疑問があった。
『召喚の秘密を探ることにこだわるのは、アステルが元の世界へ戻りたいと思っているからではないのか』
ファラリスは、その答えを聞くことが恐ろしかった。
アステルの美しい褐色の肌から伝わる暖かさが、ファラリスの支えとなっていたからだ。
この温もりを感じられない生活には絶対に耐えられない。
しかし、アステルが、もしも元の世界に戻りたいと言い出したら自分はどうなるのか……。
最悪の未来を予想をして、震えるファラリスは、一層強くアステルを抱きしめるのだった。
この作品も17,000PVを超えてきました。本当に嬉しいと感じていますが、全くブックマーク数が伸びず、★は殆ど伸びていません。
・・・・趣味で書き始めたとはいえ、作者のモチベーションが、そろそろ限界を迎えつつあります。もし、応援するから、続きを頑張って書けよ! て、思ってくれるなら、ブックマークのボタンを押して下さい。
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