第56話 漁夫の利
時間は少しだけ戻る。
ザビールは、アステルとファラリスを追って西門からテザを出た後、距離を取りながら馬を引いて二人を追跡した。
——ケードが上手くやってくれれば、背後から獣騎兵の野蛮人共が田舎娘を追ってくるはず。獣が確実に獲物に噛みつけるように、アタシが上手く誘導してあげる。
二人が2セルマール(地球の距離で約2キロメートル)ほど進んだあたりで公路から逸れて細い脇道を進み始めた時は、何の真似かと思ったが、ザビールが振り返ると、テザの方角へ1セルマールほど離れたところで土煙が立っているのが見えた。
つまり、二人は獣騎兵どもを撒くために、公路から北へ外れたのだ。
ならば、確実に二人の方へ誘導するために、ここに目印をつけなくてはならない。
それは簡単なことだった。
——田舎娘もあの悪魔も足跡を残さぬよう、慎重に歩いて行ったみたいだけど、甘いわね。丁度アタシとあの田舎娘の背格好は同じくらい。なら、アタシの足跡を脇道へ向かって残せば、おそらく、歩幅などから想像して、田舎娘があっちへ進んだと判断するはず。
果たして、ザビールの思惑通りに事は進んだ。獣騎兵は、足跡に気付いて公路から外れ一斉に脇道を北上していったのだ。
ザビールは見つからぬよう距離を取って隠れていた。
ようやく獣騎兵が見えなくなるのと、入れ違いに馬を走らせケードが後を追いかけてきた。
こうして、合流したザビールとケードは、アステルとファラリスの二人の後を追いかける獣騎兵たちを、距離をとりつつ背後から追跡するのだった。
ザビールたちが峡谷を見下ろせる崖の上に登った時には、すでに戦いが始まっており、アステルがヴェンチアと一騎打ちを演じている最中だった。
驚くべきことに、20騎近くいた獣騎兵は、何頭かの走竜を残してすべて消えていた。
そして、よく見れば奈落が口を開けているかのような深い谷に架かる頼りない古びた吊り橋の上に、一人ファラリスがいる……。
——あの悪魔がやったのね。あれだけの数をこんな短時間で。……なんて恐ろしい奴。でも、相手はあの野蛮人どもを率いる三獣士の一人。さすがに、タダではすまないでしょ。
ザビールとケードは、文字通りの高みの見物を始めたわけだが、一時、期待を抱かせつつも、結局はヴェンチアが倒される光景を見せられて終わった。
「……なんて恐ろしく強ぇ女だ。しかも、とんでもねぇ美人だぜ。あんな上玉見たことねえー!」
「静かにして。見つかったらどうするつもりよ。言っておくけど、あの銀髪の悪魔はあれでも男よ。」
「——!? なんだって、あれでかよ。……けど悪魔か、確かに言い得て妙だぜ。あんな人間離れした奴はいねぇぜ」
声を落としながらも、ケードは心底驚いていた。
その後の展開も、ザビールが期待した両者相打ちとはならず、アステルの強さだけが際立つ結果に終わる。
しかし、ザビールは落ち着いていた。
初めから仕掛けるタイミングは勝者が決まった直後と決めていたからだ。
勝利直後にこそ一瞬の油断が生じるはず。
あの深い谷底に呑まれれば、どんなバケモノも命を失うだろう!
ザビールは予め練っていた魔力を一気に開放し、渾身の一発を放った。
「爆裂魔法!!」
轟音と共に大爆発が起こり、絶壁が雪崩をうって崩落する。
ザビールは手を緩めることなく、次々に爆裂魔法を放っていく。
崖下の細い回廊に押し寄せた土石流は一気にすべてを飲み込み、深い奈落の底へと落ちていった。
言葉に表せない疲労感、倦怠感が、ザビールを襲うが、歯を食いしばって意識を失わぬよう耐える。
そして、最後の気力を振り絞って、アステルに止めを刺すため火炎弾を吊り橋へと叩き込んだ。
火炎弾に見舞われた吊り橋は、燃えながら谷底へと消えていく。
時を置かずしてザビールの哄笑が峡谷に木霊した。
復讐を成し遂げた高揚感が、疲労の影が濃いザビールの表情に凄みを増させ、その狂ったような笑いを一層凄絶にしていた。
——やったわ! 何もかも上手くいった! あの悪魔も、田舎娘にも思い知らせてやった。ねぇ、アイヴァー、見ていてくれた! アタシはあなたの仇を討ったわ……。
高笑いから一転、糸が切れたようにザビールは倒れ込む。
「あぶねー!」
ザビールはケードに支えられ、その場に寝かされる。もし、この男が傍にいなければ、ザビール自身がが崩落させた谷底へ転落しかねなかった。
ケードは、危険な崖の上から、ザビールを背負って馬を繋ぎとめたところまで下りた。
10分ほどして、ザビールはようやく意識を取り戻すと、ふらつきながらも立ち上がった。
「……心配かけたようね。ケード、助かったわ」
「ああ、それは良いってことよ。ただなぁ、もったいねぇー!! もったいねーぜ、ザビールよぉ。せめて金髪の姫様はどうにかできなかったのかよ。もったいなさすぎるぜ!」
「田舎娘のことは諦めなさいな。まあ、これも成り行きよ。……でも、アンタにはホント感謝してるわ。あの野蛮人どもを見事に誘い出してくれたし」
「高くつくぜ、この借りはよー。あんな上玉を手にし損ねたんだ。お礼は弾んでもらうからな」
まだ疲労感の強いザビールは、未練たらたらのケードに辟易とした顔をむける。
「……うるさいわね、分かっているわ。王都に帰ったら、サーゲイルから報酬を貰うわ。もちろん、アイヴァーやハビタットの分までね。それで、アンタにも十分なお礼をするわ」
「別に、俺はお前さんの体で払って貰ってもいいんだぜ」
「………ケード、アタシは今、気分がいいの。だから、今のは冗談として許してあげる。だけど、次にまた言ったら、アンタだって許さないわ」
ザビールの冷たい視線にケードは縮み上がった。
「じょ、冗談だぜ、もちろんな。……ところで、今後どうするんだ。馬鹿王子とは言え、かりにも王子を殺っちまったんだ。今まで、通りってわけにはいかねーだろ」
「ふふっ、何を言っているのよ、これは悲しい事故よ。田舎娘にのぼせあがった馬鹿王子とそのお仲間の野蛮人どもが、この場所で田舎娘を追い詰めたはいいけど、偶然起きた崖崩れに遭ってしまったのよ」
「おお怖! それでその話、続きはどうなるんだ」
「ここへは誰も来てないの。だからアタシもあんたも、何にも知らないのよ。後で王子が死んだことを噂で聞いてビックリすることになるわ。
……ところで、アタシはこのまま王都へ戻るわ。サーゲイルに、悪魔を倒したことを伝えにね。それ以外のことは……、さあ何の事かしらね、まったくアタシの知らないことだわ」
「………そうかよ。分かったぜ、じゃ、ここでお別れだ。奴隷どもを捌いちまったら、商会の旦那に売り上げを上納しに一度王都に戻るぜ。その時にキッチリ今日の礼をしてもらうことにする」
「いいわ。じゃ、その時に……」
馬上で辛そうに俯きながら、遠ざかっていくザビールの後姿を見つめながら、
——ザビール、お前さんは変わっちまったな。アイヴァーの奴と一緒の時は、チョッといい加減な所のある愛嬌のいい美人だったのによ……。とてもこんな恐ろしい絵を描いて実行に移しちまうような女じゃなかった……。まあ、俺も馬鹿王子や獣騎兵たちのことは許せねーと思ってたクチだけどな。
ケードはしみじみと思うのだった。
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明日の朝、もう一話投稿します。この話のバックストーリーになります。
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