第53話 激突(1)
アステルとファラリスが宿へ戻った後、入れ違うようにザビールは、バラメーダ広場にやってきていた。
ゴドル商会が奴隷市を開くという話を聞きつけてきたのだ。
ザビールは、ゴドル商会のケードという男と、以前一緒に仕事をしたことがあっ
た。
ケードは元々は王都のゴロツキだったが、その度胸と商才を買われて軍にスカウトされ、補給部隊に所属して活躍していた。
ここでゴドル商会との取り引きを通じて、商会の幹部に認められ、今は、軍を辞めてゴドル商会で奴隷集めや輸送の責任者となっていた。
ザビールがバラメーダ広場に来たのは、そのケードと接触して情報を得るためだった。
広場には、巨大な天幕が張られ、その中では、鎖に繋がれた女奴隷たちの競りが行われていた。
競りにかけられる前に、見本として並べられる女奴隷の中で、見た目の良い若い娘には、男たちが血走った視線を注いでいた。
——ホント、小金持ちの男って、下種な奴ばかりね。
ザビールは、それを侮蔑の目で見る。
この会場に不釣り合いな、赤い髪の美女の登場に男たちは、呆気にとられる。
ザビールは、ここに並べられた女奴隷たちとは比べ物にならない上玉だ。
程なく、中年の禿げて恰幅の良い男が「ゲヘヘヘ」という心の声が聞こえてきそうな顔で、ザビールに近づいてきた。
「これはこれは、貴女のような美女がこんなところに何の用ですかな。まさか、女奴隷をお買い求めですか。それとも、あなた自身を売りにこられたかな。それなら、私は有り金全部お支払いしますよ~」
「変ね、ここは豚の競市だったのかしら。私は豚には用はないの、消えなさい」
「おお、怖い、怖い。でもその顔も美しいですな! ますます貴方が気に入った。本当にどうです。今夜一晩だけでも。お望みの額をお支払いしますよ~」
ザビールが無言で魔力を高めようとしたとき、中年男は、奴隷商人に雇われた屈強な男たちにとり押さえられ、テントから連れ出される。
中年男は連れ出される際、色々と喚き散らしたが、最後は棒で強かに殴られ、逃げるように去っていった。
その後、棒で中年男を殴った男が、ザビールに近づいてきた。
「ザビール、随分と久しぶりだな。まずは、ウチの客が迷惑を掛けたな。謝るぜ」
「ケード、客の層が悪いみたいよ。もう少し、品のある客を相手にしたら」
「はっはっは、ちげーねぇ。ところで、アイヴァーはどこにいる。アイツも一緒なんだろ」
「……そのことで、話があるのよ。できれば、ケード、アンタの力も借りたいの」
ケードは、ザビールの表情を見て、ただ事ではないと判断する。
「ヤベエ話のようだな。……俺は、お前さんやアイヴァーの世話にもなった。いいぜ、話を聞いてやる。あっちで話そうぜ」
ケードは、奥のテントにザビールを案内した。
「なんだって! あのアイヴァーが殺れちまったてのか! ……信じらんねぇ、あいつは用心深くって頭のキレる野郎だった。そう簡単にくたばることは無いって思ってたぜ」
「…………。」ザビールは無言でケードを睨む。
「す、すまねぇ、お前たちの仲を知らねえわけじゃなかった。許してくれ、気に障る言い方だったな。
……でもよ、その『銀髪の悪魔』って奴は、見かけは女神様も真っ青ていうとんでもねぇ上玉なんだろ。俺が一目でも見かけりゃ絶対に見逃すはずはねえぜ」
「あんたは、四六時中、女ばかり見ているんだもの、それはそうでしょうね。でも、ここに来るまでの旅の途中で変な噂や何か、何でもいいのよ、気になることがあったのなら、教えて頂戴」
「——!? そういや、ここへ来るちょっと前、うちの女奴隷が、便所行きてーだとか言って隙をついて逃げようとしてよ。そいつは、前の街での売れ残りの癖に、舐めてるんで、コイツでお仕置きをしたのよ」
ケードは、手にした鞭をビシッとしならせた。
「それで?」 ザビールは顔色一つ変えず、先を促す。
「でよ、何発か喰らわして、背中を血まみれにしてやったのに、チョッと目を離して戻れば、前の傷口も何もかもキレイに元通りになっててよ——」
ザビールは顔色を変える。
「——何ですって!? まさか、アンタの奴隷の中に、白魔法の上級回復魔法を使える奴がいるなんて——」
「いるかよ、そんな上等な奴隷が! だから、ビックリしたのよ。しかも、その女はよ、『女神様が助けてくれた』なんて怪しげなことを言いやがるから、もう一発喰らわしてやったのよ」
「ケード、その女にすぐ会わせて」ザビールの中に確信めいた予感が生まれる。
そして、結果は予想通りだった。
女奴隷から、その時のようすを聞き出したザビールは確信を得た。
——銀髪の悪魔は、おそらく、もうこの街に来ている。
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2日後、テザの街はまたしても恐慌状態となった。
第3王子レリックと獣騎兵が再び、この街に姿を現したからだ。
——思ったより早いな。東部方面にファラリスはいないと踏んで、すぐに戻ってきたんだろう。そうなると、王都ではなく、このテザの周辺が潜伏先として可能性が高いと睨んだか……。何にせよ、その鋭い嗅覚は侮れないぜ。
アステルは、ドルトンから伝えられた事態が早くも訪れたことで気合を入れ直した。
「ファラリス、お前の熱烈なファンが追っかけてきたようだぜ」
言葉は軽口だが、アステルの表情は硬い。
「まったく迷惑な話だ。私のファンクラブは、馬を愛する者限定だ。獣に乗る者は募集していないので、悪いがお断りだ」
「フッ、なるほど。それじゃ、会員規約に合わない連中には、ご退場願うとしよう!」
アステルは、ファラリスの珍しい冗談の返しに気を良くし、くすりと笑った。
二人は、準備を整えるとテザの西門へと急いだ。
西門には、獣騎兵が引き起こす混乱を避けようと、街の外へ脱出する人々で早くも混雑していた。
元々、街へ入ろうとする者は厳重にチェックするが、出ていこうとする者までを厳しく調べたりはしていない。
まして、今は一種の非常事態だ。門兵が出ていこうとする者を押しとどめるのは至難の業だった。
西門に集まった人々は、大した調べも受けずに我先にと門外へ脱出していく。アステル、ファラリスの二人も、この人の流れに乗って、難なく街の外へと出ていくのだった。
そして、この二人の動きを予想していた者がいた。
燃えるような赤い髪の美女は、その美しいルビー色の瞳で、巡礼者に扮した二人を見つけ出していた。
「見つけた! フフッ、思った通り、やっぱりこの西門から出ていこうとしたわね」
ザビールは、自分の予想の正しさが証明され、思わず冷笑した。
「驚いたぜ、本当に現れやがったな」
ザビールは、二人がこの街に潜んでいることを確信していた。そして、王都を目指して街を脱出するのなら、獣騎兵が現れるタイミングだと予想していたのだ。
獣騎兵が東門から街へ侵入したとの報を聞きつけると、ケードと二人で西門へと馬を走らせたのだった。
「しかし、あれが、『銀髪の悪魔』かよ。とんでもねぇ上玉だな! 口元が見えねーのが残念だぜ。隣の姫様も、むしゃぶりつきたくなるほどいい女だぜ! なるほどレリックの野郎が追いかけまわすだけのことはある。二人とも、売れば、とんでもねぇ値段がつくぜ!」
「悪いけど、あの悪魔は私が殺る。隣の田舎娘は、もし生きていたらアンタにくれてやるわ。その時は好きなだけ犯して奴隷にでもなんでもすればいいわ」
「ほ、本当か! レリックの野郎と獣騎兵どもには悪いが、俺たちの役に立ってもらうとするか」
ザビールはケードと別れると、馬を引いて自らも西門から出ると、二人を追った。
——アイヴァー、今日こそアンタの仇を討ってあげるわ。見ていてちょうだい。
ケードがバラメーダ広場に戻ると、広場は二足歩行の走竜で埋め尽くされ、方々で悲鳴が上がっていた。
獣騎兵たちが各々好き勝手に女奴隷を物色し、連れ去ろうとしていたからだ。
この中には、既に競り落とされて売買契約が終わった女たちも多数含まれていた。
これには、ケードも怒りに震える。
「兵隊さん方、これはどういうことですか!? 我々を、ゴドル商会と知ってのことですかい!」
「ゴドル商会だと、知らねーな! どっかで聞いたことぐらいはあったかもな、ぎゃはは。だとしたら何だって言うんだ!」
三獣士の一人ヴェンチアは、若くて美しい女奴隷を二人、鎖で引きずっていた。
この二人も、既に買い手がついていた女奴隷だった。
「女たちを放してもらいてぇ! そいつらはみな既に買い手がついてるんでさぁ!」
ここで、引き下がれば契約を交わしたケードはもちろん、商会の信用も地に落ちる。ケードは、怯むことなく精いっぱい虚勢を張った。
「てめえ、商人風情が死にてえようだな!——」
「待て、ヴェンチア」
ヴェンチアは、剣を抜こうとしたがレリックの声に遮られた。
レリックはケードの前に出ると、勝ち誇ったような顔をする。
「下郎、ゴドル商会と言ったな。その名前、知らないわけではない。良かろう、この私が買い取ろうではないか。ここの女奴隷、全てな、それならば文句はなかろう!」
「ヒャッホー‼ 豪気だぜ、さすが王子!」
ヴェンチアは、レリックを囃し立てた。
「これに好きな金額を書いて、後日王宮へもって来い!そうすれば金を払ってやる」
レリックは王家の家紋が刺繍された絹のハンカチを取り出すと、ペンで名前をサインし、ケードに投げて寄こした。
——くそっ、こんなもん、何の保証にもならねぇ、持って行ってもどうせ金を払う気なんかないんだろうぜ。しらばっくれるに決まってる……。
「レリック殿下、しがねー奴隷商ごときに過分な御心遣い、感謝いたします……。それでお礼ついでに、是非お伝えしたきことがありますんで。
殿下は、テレムセンの名高き『姫将軍』様をお探しの途中とお聞きしました。実は、さっきそのお方を偶然、西門でお見掛けいたしましたんで」
「——!? なんだと! もっと詳しく教えろ!」
レリックは掴みかからんばかりの勢いだ。
「はい、申し上げにくいんですが、どうも兵隊さん方がこの街に現れたんで、西門から逃げ出したんじゃねーかと、そう思うんでさぁ。今さっきの事です。今から追いかけりゃ、まず間違いなく追いつけると思うんでさぁ」
「下郎、きさま嘘ではあるまいな」
「ははぁ! と、とんでもないことで、決して嘘なんかじゃありません。俺は、『姫将軍』様を商売柄、見たことがあるんで。あのお美しさ、見間違うわけありませんでさ」
レリックは、人目をはばからず、いやらしい顔を浮かべた。
「どうやら、ついに得物を見つけたようだな。おい、獣騎兵たちよ、女と遊ぶのは後回しだ! 今すぐファラリスを追うぞ!」
「はぁ!? ふざんけんな! 俺は今からこの女どもと思いっきりヤルんだぜ~! 王子様よ~、他の奴らを引き連れて行って来いよ!」
これまで、黙って成り行きを見ていたシルバーシャークが、ヴェンチアに海賊刀を向ける。あまりの剣速で、いつ抜いたのか全く気が付かなかった。
「……ヴェンチアよ、それ以上、殿下に無礼を働くなら、我がお前を斬る」
「——!? じょ。冗談だよ、冗談! 隊長ぉ、そんなにムキにならないでくださいよー」
ヴェンチアは、手に持っていた鎖を引っ張ると、ケードに二人の女奴隷を突き出す。
「俺たちが戻るまで、その女たちを風呂にでも入れて磨いてまってろ! ぎゃはは」
レリックの赤い走竜を先頭に、シルバーシャーク、ヴェンチア、ミンシオの三獣士が続き、その後ろに獣騎兵が続いていく。
野獣の集団は、西門めがけて猛スピードでバラメーダ広場より遠ざかっていった。
——なんて奴らだ、まるで盗賊の集団だぜ。あれで正規軍とはな!
「役立たずのヘタレ野郎ども、さっさと女どもを檻に入れねぇか!」
ケードは、この騒ぎの間中、獣騎兵どもに大人しく従っていたゴドル商会の男衆を怒鳴りつけた。
——ザビール、約束を果たしたぜ! これでお前さんの狙い通りになったな。
ケードは、男衆が泣き叫ぶ女奴隷たちを天幕の中の檻に放り込むのを見届けると、ザビールを助けるために、獣騎兵の後を追うのだった。
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次回も、少し時間をかけて投稿したいと思います。
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