第51話 テザ(3)
第50話の宿屋の主人の名前 アスキス ⇨ サルタン に変更しました。アステルと似ていて分かりづらいので。
「巡礼者さま、奴隷市が珍しいようですね」
––––!? アステルは背後から声をかけられギョッとした。
背後には、ボロを纏った、乞食のような風体の中年の男が立っていた。
いくら、目の前で大勢の女が鎖で繋がれて奴隷として売られるという、ショッキングな状況があったにせよ、アステルは周囲の気配には、十分気を付けていた。
簡単に背後から近づかれることなど、あってはならないことだった。
––––この男も、以前、テレムセンで戦ったハビタットという奴と同じ能力を持っているのか。なら、仲間が周囲にいるはず。
アステルは、ファラリスを自分の後方に下げ、男と間合いをとる。
「これは、驚かせてしまったようですね。しかし、その身のこなし、やはりただの巡礼者さまではないようだ」
「……だったら、どうだっていうんだ」
アステルは距離をとりつつ、いつでも攻撃できる体勢をとる。ここで騒ぎになれば今までの苦労が不意になるが、そんな事は言ってられなかった。
「まあまあ、そう怖い顔をしないでください。私は、貴方ではなく、後ろの方に用があるのです」
「「………」」アステルとファラリスは、警戒しつつ男の出方を伺った。
「私の名前はドルトン。後ろのお方に、以前お仕えしていたものです」
ドルトンと名乗った乞食姿の男は、懐から、メダルを取り出して見せた。
メダルにはテレムセン侯爵家の家紋が刻まれている。
ファラリスは、メダルを見て確認した。
「テレムセン軍の身分証だ。間違いないな。……ならお前は——」
ドルトンは言葉を遮るように自分の口に指を当てた。
「ここでは目立ちますので、話ができません。どうぞ、こちらに」
そう言って、手招きして広場から路地へ案内する。
二人は、これが罠であることを警戒して周囲に最大限の注意をしつつ、ドルトンについて行った。
人目のつかない路地裏に案内すると、ドルトンは片膝をついた。
「やはり情報は確かでしたな。姫様、ご無礼をお許しください。私はテレムセン侯爵軍にて諜報などを手掛ける仕事についております。
表向きは、退役してこの街で乞食をしていることになっておりますが、今でもテレムセン軍の配下として、動いております」
「……では、カーバインから」
「はい。新騎士団長より、内密に指示を与えらえております。この街に来ることがあれば、接触して支援をするようにと」
「……そうか。ご苦労であったな。だが、どうして我々がバラメーダ広場にいると分かったのだ」
「申し上げにくいのですが、昨日、ワリーリ村でそちらのお方に助けられた女が、『私は女神様によって救われた』などと話し、奴隷仲間にも『女神様がきっと私たちをお助け下さる』などと言いふらしております。
私は、たまたま、その話を広場にて聞き、もしかしたら、その女神様というお方が、カーバイン様よりご指示を受けた姫様と行動を共にしておられる『この世の者とも思えぬ美しい方』かもしれぬと考え、ならば奴隷市に現れるかもと、見張っていたのであります」
「なるほどな。色々と偶然が重なったか。よくわかったが、一つだけ訂正しておく。私はもはや姫ではない」
「……同じ事でございます。我々テレムセン軍にとって、貴女様は『姫将軍』に変わりありませぬ。私だけでなく、みな、そう思っていると理解して頂きたい。いつか、必ずお戻りになり、再び我らの旗印になっていただくことが、みなの望みにございます」
ファラリスは、無言で答えるしかない。嬉しい言葉ではあるが、今は、アステルと共に両親の仇、国王ファーガスを倒すことしか考えられないのだった。
「それで、姫様、お伝えせねばならない、大切な御話がございます」
ドルトンの深刻な表情に、アステルもファラリスも緊張感を高めた。二人にとって良くない情報であることは、明らかだった。
「第3王子レリックが、国王配下の獣騎兵どもを率いて、姫様を捕らえようと国中を探し廻っております」
「——!? なに!? 獣騎兵どもが!」
「はい。すでに奴らは一度、このテザに来ており、フェズ侯爵ハンブルト・ヴォーター閣下に、姫様を捕らえる協力をするよう命令しております。その後、姫様を求めてテレムセンに向かった模様です。奴らのこと、おそらく今一度こちらに戻ってまいりましょう」
「ファラリス、獣騎兵とはいったいどんな奴らだ」
アステルは、二人のやり取りから、きっとろくでもない連中だろうと予想はついたが、聞かないわけにはいかなかった。
しかし、ファラリスは渋い表情で口に出すのも憚られるといったようすだった。
「姫様の口から言わせるのは酷なほどの外道どもです。私からご説明いたします」
そう言ってドルトンは語るのだった。
獣騎兵はイドリースの最凶部隊であると。
そもそも獣騎兵は、隊員が獣脚類と分類される、二足歩行の走竜の背に跨り、戦場を縦横に駆け巡ることからその名が付いた。
しかし、現在の獣騎兵は、操る走竜によってではなく、隊員の圧倒的な武力と略奪暴行を平然とやってのける残虐性から、文字通り獣の如き存在として恐れられていた。
獣騎兵の隊長はカルマーンといい、狙った獲物は手段を選ばず執拗に追い詰め逃さない陰湿さと、目的の邪魔となれば老人、女、子ども構わず平然と殺す惨忍性の持ち主だった。
さらに、戦場で怯える兵士がいれば、情け容赦なく斬り捨てることで、王国軍中からも恐れられていた。
戦場で失った右目を眼帯で覆っており、残された左目の灰色の瞳は、顔を合わせる者を震え上がらせる不気味な力があった。
カルマーンは、長い銀髪と、その海賊の船長を連想させる外見から『シルバーシャーク』と綽名されている。
シルバーシャークの配下に、ヴェンチアとミンシオという、二人の手練れがおり、この二人も、それぞれが残忍かつ貪欲な男だった。
ヴェンチアは、『重装騎兵』の天職を持ち、元々は将来を期待された近衛隊の騎士だった。
だが、無類の女好きで美女と見るや見境なく、他人の妻や娘などを次々に奪い、決闘と称して夫や父親を殺した。
本来なら、犯罪者として処刑されるべきだが、その武力をシルバーシャークに見込まれ、配下の獣騎兵になることで、処分を免れた。
ミンシオは、希少な『黒魔導師』の天職を有し、若くして宮廷魔術師の地位を占めたエリートだった。
しかし、その才能を禁呪の研究に費やし、危険な人体実験を繰り返してその地位を追われ、シルバーシャークに拾われることになった。
この三人を称して『三獣士』と呼び、心ある軍人たちは蛇蝎のごとく嫌ったのだった。
アステルは、聞いているうちに、国王の配下には腐った外道が多すぎると思った。
そんな外道をわざわざ率いてファラリスを捕まえようとする第3王子レリックも、同類だろうと想像する。
「レリックが、その『三獣士』たちを使ってお前を探しているのか」
「……レリックには、一度だけ会ったことがある。あの男からは正直に言って、特にこれといって何かの才能を感じなかった。ただ、しつこく私に言い募るので、距離を取ったがな」
「何を、言ってきたんだ。教えてくれないか」
「……美しいだのなんだのと歯の浮く話だった。私は相手にしなかったが」
——それだな……。ファラリスにぞっこんになって求婚し、振られても諦めきれないんだろう。ま、分からなくはない。ファラリスのような美人は、この世界にそうはいないだろうし。それで、王国中がら嫌われ、恐れられる『三獣士』たちを引き連れて探し廻っているのか……。面倒なことだぜ。
アステルは、次なる強敵が現れたことを知り、戦いが近いことを感じた。
——おそらく、レリックは個人的な能力では平凡の域を出ないのだろう。だが、プライドだけは人一倍高い。だが、えてしてこういう輩は、色々と、やらかすからな。目的のためには手段を選ばんとかなんとかで、周りに被害を与えても平気という。
——それに無関係な住民を巻き込むことは絶対に避けたい。
そんなふうにアステルは独り思考を進める。
「レリックは、私が欲しいのだろうが、それは、私の事を想ってではなく、単に体が目当てなのだろう。あの男の下種な父親と中身は同じだということだ」
ファラリスは苦々しい表情だ。やはり、強く憤っているのだろう。
「美人は時に損をする……か」
「なんだそれは。それなら、お前が一番損をするではないか。私は、損などしていないぞ。お前を手に入れたからな」
ファラリスは、一転して得意げな顔になる。
「フフッ、言うじゃないか。なら、俺も損はしてない。お前に惚れられたからな」
「なっ! お前はまた調子に乗って!」
この間、二人のやり取りをじっと聞いていたドルトンは楽し気だった。
「私にも、お二人のご関係が良く分かりました。カーバイン様にはお気の毒ですが、お二人の間にはお入りになれないようですな」
「「…………」」これには、二人とも気恥ずかしくなり、黙るしかなかった。
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ドドドドドドドドド
大地を叩きつける地鳴りが響き渡る。
まるで、怒り狂ったドラムの連打の如き音だ。
二十騎の二足歩行の走竜が、地平線の向こうから、土ぼこりを巻上げて疾走してくる。
焦げ茶色のトカゲの皮膚をした走竜の背には、同じく獣を連想させる異様な風体の男たちがそれぞれの得物を手に跨っている。
通り過ぎていくその姿は、獣騎兵と恐れられるに相応しい、まさに異相の集団だった。
「隊長! もうなん日も女を抱いてねー。ムラムラして狂っちまいそうだ。近くの村でも襲いましょうや! 兵どもも、ここらで女を与えてやらねーと」
「また、貴様の悪い病気がはじまったな。ヴェンチア、隊長は貴様の病気のために時間を取られるわけにはいかんのだ」
「偉そうによー、ミンシオ、テメェだって、女は欲しいだろー! あぁ、そうだったぜ、そういやテメェはガキみてーな女が好みだったな!」
「貴様のようにどんな女も見境なく襲うようなケダモノと同じにされたくないものだ。私は純潔の乙女を好むだけだ」
「おぇ、気持ち悪ぃー奴だぜ。処女にこだわるとはよー」
「うるさいぞ、お前たち。隊長、こいつらを黙らせろ。女が欲しければ、テザで娼館にでも行けばよかろう。女のためにこんなところで休憩などしておられん」
目立つ真っ赤な亜種の走竜に跨っているのは、明るいブラウンの髪をミディアムウルフカットにした小狡そうな顔をした若者だった。
この若者が、第3王子レリックその人だ。
全体のバランスが整っているので綺麗な顔立ちと言えなくはないが、いかにも
狡賢そうな印象を受けてしまうそんな顔立ちの持ち主だ。
「けっ、自分も女のために血眼になってるくせしてよぉー」
「何っ! 貴様、王子である私に向かって!」
「止めろ、ヴェンチア! 殿下にそれ以上失礼を言うな!」
それまで無言でいたシルバーシャークが一喝した。この恐ろしい響きを持った声に、レリックもヴェンチアも口を閉じる。
「しかし殿下、ヴェンチアが申す通り、兵どもに適当に褒美を与えませんと、この強行軍、兵どもの不満も大きい。最初にテザを通った時、近々女奴隷を売る市が立つと聞き及びました。どうでしょう、若くて器量のいい女をまとめて買い与えては」
「隊長! それがいいぜー。さすが、隊長、分かってるよなー! 娼館なんて行っても俺たちの相手なんてできる女はいねーぜ。みんな壊しちまうからよ!」
「……ちっ、仕方ない。テザに着いたらお前たちの要求を受け入れてやろう。ただし、ファラリスを絶対に見つけ出すのだ!」
「ヒャッホー! やったぜー! ミンシオ、てめえの性癖にあった生娘が売れ残っているといいなー」
テレムセンから公路を無視して最短距離で北上した獣騎兵の集団は、テザまで2日足らずの所に迫っていた。
そしてここにもう一人、王都に逃げ帰る途中、レリックと獣騎兵がファラリスを捜索していることを知り、これを利用して復讐は果たそうと、テザに潜伏している女がいた。
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