第49話 テザ(1)
アステルとファラリスは、広大な大森林地帯をラースに案内され、ついに西側の平原地帯へと抜け出ることができた。
「このまま西へ向かえばテザの街がある。私が案内できるのはここまでだ・・・・」
ラースの言葉や表情に寂しさが漂う。
「ラース、やはり一緒には行けないのか」
アステルも思いは同じだった。
「掟は守らねば。我々ドリュアスは森に生きる民。森の外の人間と係わりを持ったことで、イェルダの悲劇が起きた。私が同じ間違いを犯すことはできない」
「でも、俺だって外から来た人間だぜ。ファラリスだって・・・・」
「言うな。そもそも、お前の話によれば、お前は外と言ってもこの世界の外の者ではないか。掟の対象にはならぬ。ファラリスも半分は森の民だ」
「なるほど、そりゃそうだな・・・・」
「ラース殿。本当に世話になった。短い間だったが、貴方や、ヤーナ殿のおかげで、私は失った家族を取り戻したような気持ちになれた」
「ファラリスよ、イェルダの分も生きるのだ。そして、幸せを掴むのだ」
ラースは、ファラリスを見つめた後アステルへと視線を移した。その眼差しはどこまでも優しかった。
「・・・・寂しくなるな」
「何を言う、アステル。お前らしくないぞ。お前たちの旅の目的、それを果たすためには、下手な感傷が入り込む隙間などは無いはず」
「そうだな、ラース。アンタの言う通りだ。俺らしくなかったぜ、なら、ここでサヨナラだ。ぜんぜん名残惜しくなんかないからな」
「・・・・ふっ、忘れたか、私は人の嘘を見抜けるのだ。最後に嘘をついたな」
アステルとラースは最後に力強く抱き合って別れるのだった。
■■■■■■■■
ラースと別れた後、二人は平原を西へ進み、それなりの規模の集落に出た。
「この村がワリーリだ。この村のすぐ南を公路が通っていて、それをたどれば目標のテザに着く」
「公路を更に西へ、だいたい1日ほどの距離だったな」
ファラリスは、道すがらこの辺りの地理をアステルに説明していた。それを基にアステルは、テザを当面の目的地に選んだ。この辺りで一番大きな町であるテザで、国王や転移者たちの情報を仕入れるつもりでいたのだ。
「キャァァァ!」
二人の話を遮るように若い女の悲鳴が辺りに響いた。
——!! 二人はすぐに悲鳴の聞こえた方向へと急いだ。
すると、公路に面した村の停車場に、二頭引きの幌のついた馬車が見え、その馬車の傍に女がうずくまっているのが見えた。更に近づくと、男が鞭を手にして女を打ち据えたことが分かった。
女はうずくまりながら何度も男に許しを請うている。
男はそれを無視して鞭を振るい、うずくまる女に次の一撃を加えた。バチッという鞭の音がして、またしても、女の悲痛な叫びが辺りに響き渡った。
アステルが、駆け付けようとすると、ファラリスがそれを制した。
「待て、アステル。あれは、奴隷商人だ。」
「——!? 奴隷商人だと、なんで、そう言い切れる!」
「あの馬車の幌の紋章は、ゴドル商会のものだ。ゴドル商会は、手広く奴隷の売買を行っている。あの女は服装から見て奴隷だ。そしておそらく、男は奴隷商だろう」
「だったら、なんで大事な商品を傷つけるんだ!?」
「私に分かる訳がないだろう!」
アステルは、ファラリスの顔を見てハッとなる。何をそんなにムキになっているんだという表情だったからだ。
——ちっ、そうだった。ここは現代日本じゃないんだ。奴隷商人がいるってことは、奴隷制度が認められてるんだ。女は人格を認められてない奴隷・・・・。ひでぇ扱いを受けてるって俺が腹を立てても、お門違いなのか・・・・。
「アステル、お前があの女を助けたいという気持ちは、分からんではない。だが、事情も知らずに真正面からあの奴隷商の男の行動を非難すれば、こちらが悪者にされるぞ」
「・・・・分かったぜ、ファラリス。真正面からじゃなきゃ問題ないんだろ」
——真正面からは手出ししないぜ。真正面からはな。
「何をしようというのか、だいたい見当はつくが、やりすぎるなよ」
「もちろんだ。悪目立ちして苦労を不意にするほど馬鹿じゃない」
アステルは、小石を拾うとファラリスと共に家の陰に隠れた。そして、二頭の馬車馬の一頭に狙いを定め、手加減して投石する。
小石は馬車馬の後ろ脚の腿に命中し、刺激された馬は激しく動揺し、もう一頭の馬も釣られて暴れだした。
次の投石が車輪の輪留めを飛ばし、馬車は歯止めを失って進み始める。御者の男は必死でなだめるが二頭の馬は速力を上げていった。
女を鞭で折檻していた男は、慌てて幌馬車を追いかける。その隙をついて、アステルはぐったりしている女に素早く近づき、鞭を何度も打たれ、血だらけになった背中に上級回復魔法をかける。
背中の痛みが急速に消えていくので、驚いた女は、アステルの姿を凝視した。
「め、女神様! 女神様! ありが——」
女はアステルの美貌に感激し、大声で感謝の声をあげようとした。
アステルは、シーと口に人差し指を当て、声を制す。
傷が癒えていることが分かれば、騒ぎになるので、血で汚れた背中を拭いたりはせずに、そのまま立ち去った。残念だが、アステルにできることはここまでしかなかった。
女は去っていくアステルを「女神様、女神様」と何度も祈るよな仕草で見送った。
ファラリスは、悔しそうな表情を浮かべるアステルの胸中を察して、何も言わずに後に続いた。
アステルはしばらく無言だった。
——くそっ、あれが、リアルな奴隷の姿か。前からの傷跡が無数にあったぜ。ずっとあんな感じで鞭打たれてたんだろうな・・・・。ラノベの、金で買った性奴隷ハーレムで毎晩楽しむという展開、あれを俺たち転移者がマジにやったら、二度と現代世界へは帰れねぇな。現代人としての倫理観が完全に崩れちまう。
そんなことを考えていた。
そのまま、二人は急ぎ足でワリーリの村を離れ、テザの街を目指した。そして次の日の昼前に目的地のテザに到着するのだった。
『テザ』 この街を含むこの地域一帯は、フェズ侯爵ハンブルト・ヴォーターが治める侯爵領である。テザの街は人口13万を数え、王都ヴァルビリスに次いで二番目に人口が多く、この国ではかなりの都会である。
そもそも、テザが発展したのは二つの理由がある。東のテレムセンと西の王都をつなぐ公路の中央に位置することで、物流の拠点になったこと。
そして、街の北西に『フェズ大神殿』があることで、古くは、神殿への巡礼者の宿場町として機能していたことが挙げられる。
街の東西を公路が貫いているのはテレムセンと同じで、そのため、城門も東西に設けられている。
街に近づく前、二人は極力目立たないように黒の外套を羽織り、さらにフードを目深に被った。しかし、街に入るための西門には、警備兵が複数配置され、厳重に街への往来を監視していた。そのため、西門付近には街へ入る者たちの列が作られていた。
このまま列に並んだとしても、間違いなく不審者として顔を確認されることになる。
「ここまで厳重に警備を行っているからには、やはり、お前のいうように我々のことを探しているのだろうな」
「・・・・おそらくはな。ただ、街に入ること自体はあまり難しいことじゃない」
「お前のことだ、抜け目なくその辺りのことは考えていると思った。それで、どうするのだ」
「あれを見てみろ」
ファラリスが視線を移すと、列の最後尾に二頭引きの大きな幌馬車が並ぼうとしていた。幌には紋章が刻まれている。見覚えがある紋章だ。間違いなく昨日のゴドル商会の奴隷商人の馬車だろう。
幌馬車の荷台には檻が乗せられており、昨日の女を含め、十名近くの女がその檻の中入れられているが見えた。昨日の鞭の男も、荷台の後ろに立って見張り役をしている。
「あれは、昨日の奴隷商人ではないか。どうやら野営をしている間に、先を越されたようだな。このテザや王都の規模の街では奴隷の市が立つことがある。おそらく、その市で売るための奴隷を運んできたのだろう」
「まあ、そういうところだろうな」
「あの奴隷商人がどうしたというのだ。まさかまた何かするのか」
「ああ、そのまさかだ。街に入るのにあの連中に強力してもらう。たった今思いついた手で、用意周到でなくて悪いがな。」
「アステル、こんな人込みで馬を暴走させたら、怪我人が出るぞ」
「心配すんな。同じ手を何度も使わない。ただちょっとばかり、お前の力を借りたい」
アステルは、ファラリスに耳打ちした。
アステルとファラリスな二人は、そっとゴドル商会の幌馬車の後ろに並ぶ。ファラリスは、詠唱を終えた風魔法で高密度の空気によってつくられた透明の膜を作る。
この膜は昨日鞭を振るっていた奴隷商人の男の口を塞ぎ、あっという間にを酸欠状態にして気を失わせた。
この魔法には名前はない。ファラリスが風障壁を操る訓練中に、アステルがアイデアを出して練習させたものだった。
アステルは、気を失った男を抱きとめ、体を探り鍵の束を見つけ出した。
改めてフードをまぶかに被ると、二人のリュックをそっと荷台部分に乗せ、手にした鍵で、檻に掛けられた錠前を外すと、気絶した男を背負って扉を開けて中に入る。
中には、両手足を鎖でつながれた奴隷の女が居て、一斉にアステルの方を見る。
「俺は、この街の商会のものだ。痛い目にあいたくなければ、そのまま黙って座ってろ。いいな。」
アステルが手にした鞭を見せると、奴隷女たちは下を向く。
気絶した男を空いた席に座らせると、扉を閉めて外に出る。そして幌の幕をしっかりと閉じて外から見えないようにする。
そしらぬ顔で幌馬車の後ろを歩き、これ見よがしに鞭を手にすることで、立派に馬車の護衛のふりをした。
徐々に馬車が西門の監視兵から確認を受ける順番が近づいてきた。
「次!!」 兵士が、幌馬車の御者に声を掛ける。
馬車が兵士の前で停止し、御者が許可証を兵士に見せる。兵士二人が後ろの荷台に近づいてくる。
「中を見せろ!」
「はい、どうぞご確認を」
幌の幕が開けられ、中が確認される。
「あの男は、さっき俺に逆らったので、キツク仕置きをしました」
「男はいい、女を見せろ」兵士は気絶した男には目もくれず、女の顔をジロジロとみる。
「いないな」「ああ、確認した」といって、前の兵士へ確認が終わったことを告げる。
御者が馬に気合を入れる声がして、ガラガラと音をたてて幌馬車が進み始める。幌馬車は何事もなく西門をくぐることができた。
そのまま流れに乗って進む中で、アステルは荷台からリュックをそっと下ろすと馬車から遠ざかるのだった。いつの間にかその隣にはファラリスの姿があった。
「上手くいったな、アステル!」
「ああ、注目するものが大きすぎると、人は意外と足元を見てないものだからな」
アステルは、兵士が近づいてくる前にファラリスを幌馬車の下へ潜り込ませた。兵士は奴隷女の顔に注目するあまり、馬車の下には注意がいかなかったのだ。
アステルに対しても、男の声で、従順に対応したため、ゴドル商会の者だと勝手に思い込んでくれた。御者が降りてくれば危なかったが、昨日の原因不明の暴走があれば、馬の手綱を離すなんてことは考えられなかった。
「そのようだな。ハラハラしたが、やはりお前は中々の策士だ」
「いや、まだ、油断はできない。あいつら、『男はいい、女を見せろ』って言ってただろ。それで、奴隷女の顔を凝視していた。何か人相書きみたいなものが出回っているのかもしれない」
「その可能性は高いな。だが、お前の顔は並みの絵描きでは人相書きできないだろうな」
ファラリスは冗談めかしで言ったが、アステルは真剣な顔をした。
「俺じゃない。ファラリス、お前を探している可能性が高いぜ。あの檻に入れられた奴隷女の中には、褐色の肌の女や、グレーの髪の色をした女もいた。ただ、色白の金髪女はいなかった。あの短時間でいないと断定できるのは、そういう分かりやすい特徴で確認しているとしか思えない」
「私を・・・・お前と二人ではなく、私をか、なぜだ・・・・」
「さあな、それこそこれから情報を集めるしかないな」
——それにしても、誰かに話しを聞くにして、俺もファラリスも容姿が目立ちすぎるのは問題だぜ。
アステルは、このテザの街で活動するために、新たな工夫が必要なことを知り、気が重くなるのだった。
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次回は、区切りの50回です。お楽しみに。
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