第46話 ラスナバス平原の戦い(2)
ブレニムに率いられた東側部隊は、平原のやや南を流れるアルカビル川の線に到達した。このアルカビル川は、東の山脈から湧出し、ラスナバス平原の南部を南西方向に横切って、最後は南海に注ぐ。
作戦計画では、ブレニムの部隊はこの川の線まで魔物を討伐しながら南進し、川に沿って魔物を南部へ圧迫しながら追い立て、最後は西周りの部隊と魔物を包囲することになっていた。
「計画は順調に推移しているが、油断はするなよ」
ブレニムが発したこの言葉が、引き金だった。
バシャバシャッ! という水を跳ねる音がして、川の中からニュルニュルと蠢きながら巨大な蛇のような怪物が2匹姿を現した。怪物は草むらに這い上がると頭上で拝むように合わせていた二本の太い腕をほどいて構えをつくる。
蛇に見えた怪物は上半身は人型で、顔は蛇にそっくりだが、口は人に似ていた。背中は黒い鱗に覆われ、腹の部分から上は不気味なピンク色をしている。
ナーガと呼ばれる怪物だ。
ブレニムは、素早く輪形陣を組む兵士に防御態勢を取らせるが、ナーガの1体が構えた腕から魔力を高めた。
「▽*◇#■×◎$※」
「——!? いかん!? 伏せろ!!」
ブレニムの指示が届く前に、強烈な衝撃波がドゴォ! という爆音とともに複数の兵士を凪払った。吹き飛ばされた兵士たちは、口から血を吐いて転がる。
「衝撃波だ! 奴は中位階の魔法を使うぞ!」
ブレニムの叫びに反応し、兵士たちは距離を取る。しかし、すかさずもう1体のナーガがスルスルと兵士に近づくと、再び衝撃魔法を放った。
またも爆音とともに強烈な衝撃波が兵士を襲い、兵士たちが吹っ飛ばされる。
「もっと、距離を取れ! 金本、お前の出番だ!お前が奴を討て!」
「・・・・ちっ、しかたねぇ・・・・」
ブレニムの指示で、兵士の輪形陣が解かれ、一斉に兵士が後退する。ナーガとの間にできたスペースに金本が飛び込もうとした時、
「待って! 僕に任せてよ!」
真崎葵が急速に高めた魔力を頭上に向けて放った。ブレニムは驚いて制止しようとした。
「馬鹿者、止め——」
「雷撃!!」
カッ! と眩い閃光が走った。瞬間、ドォォン!!という轟音がとどろく。閃光が去った後、バリバリッというスパーク音と、酸っぱさと焦げ臭さが混じった異臭が漂った。
「——そんな!!」
葵は、自分の目を疑った。2匹のナーガは無傷の体をウネウネと嘲笑うかのようにくねらせているのだ。
一方、ナーガからやや離れた周囲には、草むらに倒れた兵士たちが藻掻き苦しんでいた。雷撃の余波で感電したのだ。
感電し、重傷を負った兵士の中には黄金の鎧に身を包んだブレニムも含まれていた。ブレニムは意識を失って痙攣している。
「ガキがイキるからこうなるんだぜ」
葵は後頭部に強い衝撃を受けて転倒する。
葵が薄れゆく意識の中で最後に目にしたのは、ブレニムに近づいた金本紫苑が、手にした剣でブレニムの喉を突き刺す姿だった・・・・。
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平原の西側で野営準備に入っていたアダムたちにも、雷撃の閃光と轟音は観測できた。
「アオイのやつ、アレをやったのか。だが、そんな強力なバケモノがいたのか」
「チョッと! 大丈夫なの? 今の葵の雷の魔法でしょ」
「知るか! ただ、あの魔法は巻き添えを出しかねないから、めったなことでは使うなと言われたはずだ」
ファンの言葉でアダムの中に、妙な胸騒ぎがした。
「仕方ない。信号弾を使って確認させろ!」
この作戦を行うにあたって東西両方の部隊が意思疎通するために信号弾を持ち込んでいた。ただ、魔物に位置を知られることにも繋がるため、状況の確認が特に必要な場合に限って発射することになっていた。
緑の信号弾は、状況を知らせろ
青色の信号弾は、問題なし作戦通り進行中
黄色の信号弾は、アクシデント発生、作戦計画に遅れが生じる
そして、赤色の信号弾は計画中止、撤退を行う
「アダム様! 赤色の信号弾が複数発射されています!」
——!? アダムの指示のもと、信号弾が準備されている最中に、5セルマール(地球の距離で約5キロメートル)ほど東方から複数の信号弾が発射されたのが観測された。
「アダム! どうすんのよ!?」
「ジーザス! ボスの命令だ。作戦は一旦中止だ。俺たちもミドリたちの所まで戻るぞ!」
アダムの判断は早かった。西側の部隊だけが突出しても包囲作戦は継続できない。孤立する前に急いで撤退を決めたのだ。
アダムたちが、何とか出発点となった平原北の公路付近に辿り着いたのは、地平線に夕日が沈みきり、闇が辺りを支配し始めた時だった。
アダムたちに遅れて、ようやく赤い信号弾を上げた東側の部隊からの撤退者たちが、続々と集まりだしていた。アダムは兵士に命じて松明や篝火を焚かせて撤退の援護を進める。
すると、荷車に乗せられた多数の負傷兵と共に真崎葵が運ばれてきた。葵は、悔しそうに俯いて肩を震わせている。
「何があった! アオイ、 何があったか教えろ!」
「アダムさん、今は傷ついた兵隊さんの救護が先です!」
葵の肩を掴んで話を聞こうとしたアダムに、原野碧が声を上げる。
碧は、怪我人を次々に選別すると、重度の火傷や内臓を損傷していると思われる兵士たちを上級回復魔法で癒していく。他の白魔術師たちも比較的軽傷な兵士を回復魔法で癒していった。
夜遅くなって、一先ずの救護活動が終わる。アダムたちは転移者だけで天幕の中に集まると、被害状況を確認しあった。
無傷の西側の部隊に対して、東側の部隊は20名を越す犠牲者を出していた。
そして、その犠牲者の中にブレナムも含まれていた。ただし、ブレナムは——
「何だと! カネモトが裏切っただと!?」
「どういうことよ!? 葵、分かるように説明しなさいよ!」
葵は、俯いたまま、アダムとファンの二人に顔を向けることなく
「だから、金本の奴が、僕を襲って、その後ブレナムさんを刺したんだよ!」
と叫んだあと、急に声を落としてしゃくり上げながら
「・・・・ぼ、僕が、ブレナムさんやみんなを傷つけたんだ・・・・イキッて雷撃でナーガを・・・・だ、だって水場のモンスターは雷が弱点だと思ったんだ・・・・」
「ナーガ・・・・ナーガというバケモノが出たのか。それはどんな奴だ」
アダムの問に、葵はナーガとの戦闘をめそめそと泣きながら話した。
「ガッデム! アオイ、お前のミスでボスは殺されたのだ!」
「止めなさいよアダム! 今は内輪もめしてる場合じゃないのよ!」
「だがな、ファン、これはチームへの裏切りだ。スタンドプレーはチームプレーでは許されない!」
「分かってるわよ、そんなこと! ただね、本当の裏切り者がいるでしょうが!」
「・・・・カネモトか、あいつだけは許さん! 作戦を不意にされた!」
アダムとファンの言葉をすすり泣きながら聞く葵に碧が話しかける。
「その、ナーガってバケモノを倒したのも金本さんなんでしょ・・・・」
「・・・・う、うん。兵士たちが話してたのを聞いた。ブレナムさんを刺し殺した後、金本はあっという間に2匹のナーガを斬り殺したんだって・・・・」
「くそったれ! カネモトにそれだけの力があったのなら、作戦成功できた。・・・・しかし、なぜだ。それだけの力があるのなら、いくらでも逃げるチャンスがあっただろう。こんな地の果てまでノコノコ付いて来て・・・・」
「・・・・そう言えば、そうね・・・・。アタシもなんで、今まで逃げなかったのか不思議よ。こんな場所とっとと離れたいわ!」
この言葉を遮るように碧は
「ファンさん、何を言っているの! サーゲイル様を困らせたいの!?」
碧は首から下げられたのネックレスを強く握りしめながら叫ぶ。ネックレスの先には円の中心から6本の光が放たれる意匠がこらされた黄金製の宝飾が吊り下げられていた。
「・・・・そうだな。裏切者のことをあれこれ考えるは時間の無駄だ」
「・・・・そうね。アタシも次はアダムにだけ頼らずに戦うわ・・・・」
二人は、残された戦力で明日からどう戦うのかへと話を変えるのだった。
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暗闇の中を、北へ向かって独り走る影がある。夜空に輝く二つの月明かりが照らし、特徴的な容姿を浮かび上がらせる。
金髪に染めた髪、ピアスに覆われた両耳、そして鋭い眼光。しかし、その表情はしたり顔で歪んでいた。金本紫苑である。
——俺は、俺はようやく自由を手に入れた! 俺を操った異世界人ども、お前らを殺して、奪いつくしてやる! まずは女だ! 異世界人の女を犯しまくってやる!
金本の右手には細い鎖が握られている。鎖に繋がれた金色に輝く円の中心から6本の光が放たれるデザインの宝飾が激しく揺れていた。
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