第45話 ラスナバス平原の戦い(1)
ラスナバス平原は、南方の強い日差しと湿潤な気候によって、草丈の長い植物に一面覆われ、ジトっとした湿気とともにムワッとする草木の強い匂いに包まれていた。
見渡せばあちらこちらに古い朽ち果てた遺跡らしき建造物が点在していることがわかる。ただし、どの建造物も苔むし、植物に浸食されてかつての面影を残していない。
平原の中央には、かつて煉瓦と石で舗装された公路が通っていたが、今は草に覆われて、所々にその姿を残すのみになっていた。その原因ともなった魔物の咆哮と思われる奇怪な叫び声も時おり聞こえる。
イドリース王国の兵士たちに混じって5名の転移者たちが、この地に足を踏み入れたのは、王都を出発して3日目の、まだ日も登りきらない早朝だった。一行は、王都を出発して一路公路を南下し、昨晩は平原の直近に築かれたトロサ城砦にて宿営した。
食料など集積した物資はおよそ5日間分。この限られた期間で、ラスナバス平原の魔物を殲滅しなければならない。
総兵力は、転移者5名を含み300人。これを指揮するのは、『フェズ大神殿』にて、召喚の儀式に立ち会った黒い肌に短く切り揃えた口髭が印象的な隊長、名前はブレニムといった。
「お〜嫌だ嫌だ。アタシは、こういう虫がウジャウジャ湧き出て来そうなところは無理よ!」
「ファンさん、そんなこと言っても、僕らの役目はこの平原の魔物退治だよ」
転移者の一人、黄若汐は、嫌悪感たっぷりに自分の体を両腕で抱きしめるようにして震える。それを見て、同じく転移者の真崎葵がたしなめた。
「そうだ! 葵、あんたの魔法でこの辺りを焼き払ってしまいなさいよ。そうすれば、このもっさりした草原もスッキリするわ!」
「ならん! そんなことをしても、魔物を一時的に追い散らすだけで、結局、討伐したことにはならん」
ファンの思い切った提案を、ブレニムはあっさりと却下する。このやり取りに転移者のリーダー格のアダム・バートランドが加わる。
「昨日も確認したが、俺たち転移者を中心に、二つのグループを作る。そして、このラスナバス平原を東西から刈り込みつつ、南方で魔物どもを包囲殲滅する。いいな」
この作戦は、出発前から計画が練られたもので、アダムの提案を多く取り入れて決定されていた。アダムは、アメフト仕込みの現代的な戦術の知識が深く、ブレニムを大いに感心させていた。この作戦もアダムが基本線を筋書きしたものだった。
草原の東側をブレニムをリーダーに、真崎葵『大魔道』、金本紫苑『魔剣士』の2名の転移者、そして100名の歩兵を中心にした部隊が後方連絡線の確保と補給を担当する。
草原の西側、こちらは『聖騎士』のアダムをリーダーに、ファン『魔弓士』の2名の転移者、同じく100名の兵士が後方連絡線の確保と補給を担当する。
二手に分かれた兵力が草原の南で魔物を包囲するのは、明日の昼を予定していた。
残りの100名の兵士は出発地点に待機し、補給物資の防衛など、策源地の役割を果たし、不測の事態が生じた時の予備兵となる。
また、原野碧『白魔導士』を中心に、数名の『白魔術師』もこの部隊に含まれ、運ばれてくる負傷者の救護に当たることになっていた。
魔物の数も種類も不明の中、ただでさえ少ない兵力を3分割することになるが、アダムは、こうでもしなければ、平原に潜む魔物を追い散らすだけで、討伐することは難しいと考えた。
一種の賭けだが、自分たち転移者の戦力が機能すれば、作戦は成功するとの判断だった。アダムは、それだけ自らを含む転移者の能力に自信を持っていた。
朝露に濡れる草原を、二手に分かれた兵士たちが、転移者を先頭にして進む。ラスナバス平原の平定作戦が開始されたのだった。
シルバーのプレートメイルに身を包んだアダムを先頭に、同じく楯と鎧を装備した20名の『剣士』や『戦士』の天職を有する兵士が草原を分け入っていく。190センチのアダムの腰丈ほどもある、湿り気を多く含んだ草が行く手を阻む。
先頭を行く者たちが踏み均した場所を、後に続く兵士たちが物資を積んだ5台の荷車を引き、均された場所を更に広げながら進んでいく。ファンは、ジュクジュクと湿り気の多い草地に心底嫌気をさしながら、新調した狩人服やブーツが汚れないように慎重に後に続くのだった。
程なく先頭を行くアダムの前で「シャァァァァ!」という低い異音が響き、腰をかがめたような姿勢で二足歩行する怪人が数体、草むらから身を起こすようにして姿を現した。
その体は灰色がかった濃緑色の鱗に全身が覆われ、ヌメヌメと濡れていて、光を不気味に反射している。尻尾を引きずって歩き、額に2本の角を生やした顔はトカゲそのものである。
それはリザードマンなどと呼ばれるトカゲの怪物だった。リーザードマンは、錆びた剣や槍など、殺した人間から奪った物とみられる、不揃いな装備をそれぞれが手にしていた。
「現れたなバケモノ。兵士たちよ怯むな! 全員俺に続け!」
アダムは、後に続く兵士に檄を飛ばすと一人リザードマンに切り込みを掛ける。アダムは両手持ちの鋼鉄製の長剣を軽々と振り回し、リザードマンを横凪にする。
先頭に居た槍を手にしたリザードマンがなすすべなく一瞬で胴を切断され、真っ二つにされる。
更に、アダムがもう一体に攻撃を仕掛けようと踏みこむと、切断されたリザードマンが、背後から手に持った槍をアダムめがけて投擲した。
アダムは、振り返ることなく長剣で槍を打ち払うと、ニヤリと笑い、上半身だけになりながら、なお藻掻くリザードマンに近づき、その顔面に剣先を突き入れた。
「なるほど、バケモノだけあって生命力だけはあるようだ。ならっ!」
アダムは、錆びた剣を振り回しながら近づいてくる2体目のリザードマンを、剣の間合いの外から長剣で切り裂いた。リザードマンのトカゲの首が、血をまき散らしながら宙を舞う。
アダムの剣技の冴えを見て、周囲の兵士たちから「おおっ!」と歓声が上がった。勢いを得た兵士たちは、訓練された通り、複数人でリザードマンに襲い掛かり、残りのリザードマンを次々に仕留めていった。
この後、リザードマンやナマズの顔をした暗灰色の半魚人などが次々に襲い掛かってきたが、アダムの中心にした兵士たちの戦陣は、難なくそれらを打ち倒していった。
そうして、アダムたちは、大きく西へ迂回しながら進軍し、魔物の群れを南西方向へと圧迫していくのだった。
アダムは手で庇を作り、太陽の位置を確認する。日は中天から西へ傾き、夕暮れまで、あと数時間となっていた。今は秋が深まっていて昼は短いのだ。早朝からの進軍は順調に推移し、早くも草原の半ばに差し掛かっていた。
——脆い、こんなものか。 いや、俺の『聖騎士』のスキルが強すぎるのだ。
アダムは、戦いながら己の力に自信を深めていった。
——この分なら、今日にでも決戦で良かったな。まあ、あちらにも『大魔道』のアオイがいる。めったなことでは遅れは取らんだろう。
アダムは周囲を警戒しつつ兵士たちに野営を行うための陣地を作るよう指示を出した。まだ、日暮れまでは時間があったが、作戦行程は順調だった。無理をして突出する必要などなかったからだ。
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東側を進むブレニムたちの一行も順調だった。こちらは、盾役の兵士たちが輪形陣を組み、魔物が接近するやブレニムの指示のもと、葵が魔法で敵を始末する戦術が確立されていった。
黒のローブに身を包んだ葵は、覚えたての高位階魔法の雷撃を使いたがったが、兵士が巻き添えを食うのでブレニムに固く禁止されていた。その代わり、中位階の氷刃を多用した。その名の通り氷の刃が散弾銃のように撒き散らされ、敵を切り裂くのだ。
葵の有り余る魔力で、連発される氷刃はラスナバス平原を文字通り血に染めていった。
「楽勝、楽勝! ホント、この世界にレベルが無いのが残念だよ。あったら、ここはかなりの優良狩場だよ」
「ガキが、あまり調子にのんじゃねぇよ。お前らオタクが良く言うフラグってやつが立つぜ」
「葵よ、金本の申す通りだ。我らが盾役を引き受けているから、お前は魔法を安全な位置から放つことができている。それを忘れんことだ」
——なんだよ! 僕の力が無ければ、何にもできない下等な異界人のくせに! 僕の雷撃があれば——
葵のこの思考はすぐに真っ白に染められ、
——この人の言うことを聞かなくちゃ・・・・だめだ。
「分かってるよブレニムさん。ただ言っただけ、言ってみただけだよ。気を付けるから」
と発言を訂正させられるのだった。
「・・・・・・」そんな葵を、無言のまま見つめる金本紫苑の冷めた視線があった・・・・。
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本当に久しぶりに登場した他の転移者たち、いかがだったでしょうか。次回は、彼らに更なる戦いが待っています。はたしてどうなるか。
さて、ここ数話は、PVも安定していて、大きく跳ねることが無くなりました。読者が付いて来ているか不安でしょうがありません。
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