第39話 忌まわしき真相
アステルは目を覚ました。
気が付けば、見慣れたいつもの天井・・・ではなく、豪奢なベッドの天蓋だった。意識が覚醒し始めると、すぐに自分の右手が白く美しい指でしっかりと握られていることに気付く。指から腕をなぞるように視線を向けると、そこには日に照らされて輝く金髪に飾られた端正な顔立ち、そして自分に向けられるアイスブルーの優し気な眼差しがあった。
「・・・・目が覚めたか。まったく、心配させてくれる・・・・」
アイスブルーの瞳から涙があふれ、頬を伝う。ファラリスはアステルの胸に顔を埋めた。
「・・・・丸二日もピクリともせず眠ったままだったのだ。お前が、このまま眠ったままなのではないのかと思った」
「二日、か。・・・・で、この部屋はファラリスの部屋じゃないか」
アステルは、周囲を見渡して、この部屋が、あの晩ナタリアとやり合ったファラリスの部屋だと気付く。
——ナタリア!?
「ファラリス! ナタリアは、どうなった。他の人たちは無事か!?」
「・・・・もう少しだけ、私をこのままにさせてくれてもいいのに。お前というやつは・・・・」
そう言うとファラリスはアステルの胸から顔を上げた。少し拗ねた顔をしていた。アステルは、その表情にこみ上げてくるものがあって、すぐにファラリスの体を抱き寄せた。そして艶やかな髪をなでながら、このままの姿勢で話してほしいと頼んだ。
「ば、ばか者。からかうな! ・・・・だ、だが、お前がそうして欲しいなら、今日は、このままでもいい・・・・」
そうして、ファラリスは、アステルにこの二日間ことを話すのだった。
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大広間が爆散した後、歩兵隊長に率いられた城兵によって破壊された大広間に残っていた侯爵以下全員が救出された。室内をズタズタに破壊した爆発が起きたにも拘らず、4名全員が無事だったことに、救出に携わった城兵はみな驚きを隠せなかった。
ファラリス、カーバインの2名は衣類の損傷があったが体は無傷の状態。侯爵のベンドアは、爆発の衝撃によって鼓膜が破れてはいたが、それ以外目立った外傷は無かった。
最後の一人、アステルは、ベンドアを庇って爆散した室内の破片を背中に受け、傷口の出血具合から、一見して最も重症だと思われた。だが、侯爵家に仕える『白魔術師』によって治療を受けると、短時間で傷口が塞がり、元の美しい体を取り戻すのだった。
これは、低位の治癒魔術しか操ることができない白魔術師にとって、わが目を疑うほどの驚嘆すべき回復力だった。
アステル以外の3人は、その日のうちに意識を取り戻し、ベンドアもお抱えの白魔術師ヒーラーによって治療を受け、会話が行える程度には回復した。しかし、耳が完全に治るまでには、継続的に治癒魔術をうけても、なお1か月ほどはかかるという。
肝心のナタリアは、ベンドアがザビールより聞いた宿の一室で無事に発見された。ザビールの行方は目下捜索中だが掴めていない。ナタリアが発見された部屋をくまなく捜査したが、ザビールの行方に繋がるものは何もなかった。
騎馬隊によって連行されたナタリアは、侯爵の命で城外に部屋が用意され、そこで手当てを受けて滞在しているが、今のところ今回の件については一切沈黙しているという。
そして、ベンドアだが、こちらもその後は自室に閉じこもって沈黙を貫き、妻のヴァレッタ、息子のゼダンも遠ざけたままだという。ただ、ファラリスに対しては、アステルが目を覚ました後、二人で部屋を訪ねるようにと伝言が寄せられていた。
「侯爵に会うつもりか、ファラリス。もし、気が乗らないなら、無理をする必要はないぜ。ハッキリ言って、ろくでもない話を聞かされることになると思う・・・・」
「・・・・分かっている。だが、聞かないわけにはいかない。もうこれは、私だけの問題ではないからな・・・・。それに・・・・」
ファラリスは、ここまで言うとアステルの胸から顔を起こし、アステルを見つめた。
「お前が一緒なら、どんなろくでもない話でもなんとか最後まで聞けそうだ」
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アステルは用意された貴族服に着替えを済ますと、ファラリスに連れられて、侯爵の部屋を訪れた。そこには、ベンドアの側近が扉の前に待機しており、本来であれば城兵が行う警備の役を行っていた。
この側近のように会議の参加者以外では、救助に参加した城兵や白魔術師といったごく僅かの者を除いて、今のところ情報は固く秘匿されていた。城の内外で、今回の爆発騒ぎについて誰も事情を知らされていないのだった。
「・・・・ファラリス様、ご無事で何よりでございました。 私どもこの城の者は、ファラリス様のご無事を光神に感謝致しております」
「・・・・心配をかけた・・・・。それで、侯爵閣下は」
「ファラリス様とお連れの方のみお通しするよう、固く申し付かっております」
側近は、扉を開け室内に二人を案内すると、軽く会釈をして、再び部屋から退出していった。
ベンドアは、自室に据えられた豪奢なソファーに座って待っていた。促されて正面のソファーにアステル、ファラリスは座る。
ベンドアのことをずっと見てきたファラリスからしても、あの日以来、一気に歳を取ったような、そんな覇気のない表情だった。ベンドアは、アステルの方を見ることなく、真っ直ぐファラリスを見つめて話始めた。
「・・・・ファラリス。お前とは、姑息な真似なぞせずに、もっと早く、このような場を設けるべきだった・・・・。儂に、その勇気が無かったために、結局は、そなたの命を狙わねばならないことになった・・・・。だが、これはこのテレムセンを、バーラム家を守るためであったのだ」
「その理由を教えてください。閣下・・・・」
ベンドアからは命を狙ったことに対する謝罪の言葉は無かった。しかし、ファラリスにはそもそも、謝罪を求める気など初めからなかった。それよりも、長い間、父と呼んだ男を、今はもう、全くの他人と感じて接していることに奇妙な感覚を覚えていた。
ファラリスに促され、ベンドアはゆっくりと切り出した。
それは20年前に遡ると・・・・。
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20年前、テレムセン侯爵家を継ぐ前の、若き日のベンドア・バーラムは、王都ヴォルビリスの貴族学校で、他の王侯貴族の子息たちと、このイドリース王国の将来の柱石たらんとして学ぶ学生の一人だった。
その学友の中に、第一王子ファーガスが居た。ファーガスは、王国の将来を担う若い貴族たちと積極的に交わり、自派閥の形成に余念がなかった。それは、一歳年下のベニング王子との後継者争いに打ち勝つためである。
ファーガスはやがて、4人の青年貴族を将来の側近候補として側に置いた。アジーラ侯爵の息子オーヴィル、フェズ侯爵の息子ハンブルト、ジョベル伯爵の息子ポリメラ、そして、テレムセン侯爵の息子ベンドアの4名がそれだった。
3人の侯爵家の子息は、近い将来、侯爵位の継承が予定されており、王国の四方の守護としても重要な役割を期待されていた。よって、第一王子ファーガスが最優先で取り込んだのも無理はない。一人、伯爵の子息として、このメンバーに入ったポリメラは、当時の貴族学校一の逸材として将来を期待された若者だった。何より、その卓越した容姿で、貴族学校はもちろんのこと、貴族社会の女性たちを魅了する存在だった。
それは、夏のことだった。大森林地帯より魔物が溢れ出て、テレムセン侯領の北西に位置するジョベル伯領に大挙襲来した。スタンピードが起きたのである。
たまたま、夏休みで帰郷していたポリメラは、父ジョベル伯キュレネと妹の婚約者クレイロン子爵と共に魔物討伐を指揮した。遅れて隣のテレムセン侯領より、先代の騎士団長と共にベンドアも騎兵を率いて援軍に参加した。
迎え撃ったジョベル伯軍にかなりの犠牲者がでて、領地の荒廃も進んだが、何とか魔物を大森林に追い返すことができた。ポリメラは、この際大森林に分け入り、魔物に追撃を加えるべきだと主張した。二度とスタンピードの被害を出さぬためという思いからの言葉だった。
父キュレネ、クレイロン子爵はもちろんのこと、援軍のテレムセン騎士団長も反対した。動員できる兵力で大森林に分け入るのは危険すぎると。
ポリメラは反対論を押し切ってジョベル伯軍を率いて大森林へ兵を進めた。学友を見捨てられないベンドアも、テレムセン軍の自部隊を率いてこれに賛同した。
結果は、恐れたとおりの結末となった。動員した兵力の半数近くを失い、大森林から無残に叩き出されたのである。ベンドアは辛くも魔物の手から逃げ延びたが、この時の恐怖がトラウマとなり、二度と軍事に積極的な姿勢を示さなくなった。そして、ポリメラは戻ってはこなかった。
一ケ月近くが過ぎ、父キュレネが、一人息子の生存を諦めかけた時、ポリメラは戻ってきた。やや緑がかった金髪が特徴的な麗しい娘を伴って・・・・。
ポリメラは、大森林地帯で魔物に敗れ、森をさまよい歩き、死にかけていたところを、偶然にもドリュアス族の娘に助けられたのだった。そして、その娘と種族を越えた禁断の恋をした。
ドリュアスの娘を連れ、ジョベル伯領に戻ったポリメラは、父キュレネに、この娘と結婚すると宣言し、周囲を唖然とさせた。夏休みが終わり、王都に帰る時が来たが、離れがたいポリメラは、周囲の反対を押し切って、王都へとこの娘を連れていくことにした。
結果としては、この決断がポリメラを奈落に突き落とすことになった。
王都に戻ったポリメラが伴った美女の噂は、すぐに第一王子ファーガスの耳にも入る。ジョベル伯領での魔物との戦い、ポリメラの行方不明など、派手な噂話が広まっていたところに、当のポリメラが美女を伴って上京したとなれば、誰もがその美女の尊顔を見たいと思うのが人の心である。ファーガスは、配下の者を使ってポリメラの目を盗み、噂の美女を見物に行った。
そして、ファーガスはこの美女に横恋慕した。
最初は、理由を付けてポリメラの王都での館に頻繁に通い、美女に贈り物をするなどして気を引こうとした。それが意味をなさないと分かると、公然とポリメラに美女を自分に譲るように要求した。
無論、ポリメラは一切要求に従わないどころか、ファーガスと距離を取るようになった。そして、自分と愛するドリュアスの娘を守るため、第二王子ベニングを後ろ盾に頼む。こちらも公然と第一王子に逆らったのである。
ポリメラの破滅は意外と早く訪れた。冬のある日、ポリメラはジョベル伯領へ愛するドリュアスの娘を伴って帰還する途中、公路で盗賊の集団に出くわす。十数名いた護衛は、盗賊の前に全滅し、ポリメラも殺された。そして、獲物だったドリュアスの娘は連れ去られるのだった。
数日後、ポリメラの死が王都に伝わると、ファーガスは、友人の弔い合戦を叫び、近衛軍を率いて盗賊のアジトを急襲。これを打ち破って、無事、ドリュアスの美女を救い出した。
だが、このドリュアスの美女は既に妊娠していた。ポリメラの子を宿していたのである。ファーガスは、それでも嫌がるドリュアスの美女を散々凌辱し、弄んだ。
そして、女の腹が目立つようになった頃、女は友情の証と称して、ベンドアに下げ渡された。ファーガスは、ベンドアもまたこの美女を愛していたことを知っていたからである・・・・。
ベンドアは、ドリュアスの女と、生まれてくる子供を守りたい一心から、女の出自をでっち上げると、新たな名前シグリーズを与え、城の奥に匿った。
そして、娘が生まれた。 ・・・・それがファラリスだった。
ベンドアはシグリーズを愛した。この男なりに懸命に。しかし、シグリーズの心は既に死んでいた。シグリーズは、ファラリスを生んで一年ほどたった時、自死を選んだ。自分の体を、これ以上ポリメラ以外の男に汚されるのは耐えられなかったのだろう。
ベンドアもまた、これを切っ掛けにファラリスに対して心を閉ざしてしまった。
一方、王太子になり、王国継承が決まったファーガスは、より派手に乱行を重ねる
ことになり、多くの美女と浮名を流した。
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ここまで、聞いてファラリスはおう吐しそうになった。自分は、母親の顔を覚えていない。母親を恋しいと思ったことも正直に言えば無かった。しかし、今、その母親の陰惨な秘密を知り、不快感に震えるのだった。
何より、震えさせているのが、この話の行きつくところ、本当の父親であるポリメラの父、つまり、自分にとっての実の祖父であるジョベル伯キュレネが、国王に反乱を起こした時、これを鎮圧するために軍を率いて活躍したのがファラリスであったからだ。祖父と、その娘婿クレイロン子爵を敗死に追いやったのが自分だという事実、これに震えるのだった。
アステルはファラリスを抱きしめ、
「ファラリス、もういいだろ。これで終わりにしよう」
と話を終わらせようとした。しかし、ファラリスは
「まだだ、アステル。まだ半分しか聞いていない。侯爵閣下、では、なぜ私の命を狙ったのです。ナタリアのことも伺わねばなりません」
と続きを促すのだった。ベンドアは、ふぅーと大きくため息を吐くと、話を再開した。
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シグリーズの死から、十年が経過したとき、ベンドアは、国王ファーガスより、内々で娘を一人、侍女として面倒を見るように頼まれた。その娘は、ファーガスが王都で名高い女優との間に産ませた娘だったが、母親は、死ぬまで本当の父親のことを話さなかった。母親の死を聞きつけたファーガスは、最後まで約束を守った母親を哀れみ、娘をベンドアに頼んだのだった。
それだけであるなら、大したことではなかった・・・・。問題は、ファーガスが、この娘を一旦引き取った際、「お前の父親は、テレムセン侯爵だ」と嘘の因果を含めたことだった。
しかも、ファーガスは、王宮でベンドアに娘のことを頼む際、この話をベンドアにして聞かせたのである。ナタリアの存在は、ファーガスがベンドアの忠誠心を試すための逆の人質だった。
つまり、ベンドアがナタリアに真実を話したり、粗末に扱うようなことがあれば、それはベンドアのファーガスに対する明解な回答になるのだ。『国王には以後従えない』という。
ナタリアは、この時からベンドアの血の繋がらぬもう一人の娘となった。
だが、やってきたナタリア本人は、至って真面目な娘だった。母親に厳しく躾けられており、侍女としても有能だった。ベンドアは侯爵家の女官長より、ナタリアを同年代のファラリス付としたいと進言されても、特に異論はなかった。
それが、2週間ほど前から、突如として態度が変わったのである。理由は、ファラリスの第三王子からの求婚だった。国王ファーガスが送った内々の使者が、ベンドアやヴァレッタにこの縁談を伝達しに訪れた際、接待役をした侍女の一人がナタリアで、偶然この話を聞いてしまったのだ。
ナタリアにしてみれば、ファラリスが、『姫将軍』と呼ばれて軍事に身を捧げていたのなら、こんな気持ちになることは無かった。自分も同じ侯爵の娘のはず、なのになぜ片や王子様と晴れのご婚約、片やその侍女と人生が別れるのか・・・・。
封じ込めてきた思いが蘇ってきたのだ。密かに侯爵のもとを訪ねると、その思いを言い募るのだった。曰く、私のことを公に認知しろ、曰く私にも侯爵家の姫として、相応しい待遇をと。
ベンドアは、これまでの全てを疎ましく思った。ファラリスといいナタリアといい、そもそも、これらは国王ファーガスが押し付けてきた厄介ごとである。しかし、自分には、それらを跳ね返す力も胆力も無かった。
ファラリスの結婚話にしても、あの国王は、ファラリスがバーラム家の血を引いていないことを承知で要求してきたのだ。もちろん、第三王子はそのことを知らないだろう。狙いは何か。ファラリスの美貌に目が眩んだ第三王子、テレムセンの武力を弱めたい国王、大方こんなところだろう。馬鹿にするにもいい加減にして欲しい!
ベンドアは、これ以上王家の言いなりになるのは御免だった。そこで、一計を案じたのである。ナタリアにファラリスが自分の子供ではないことを打ち明け、一方で監視をするように命じた。上手く行けば、お前の要求を考えると言って。
そして、密かに暗殺者ギルドに連絡を入れた。暗殺者ギルドは、隣国のミドラールにて発展した組織である。自らを守るためにも、歴代の侯爵は、密かに暗殺者ギルドと関係を持っていた。今回は、それを使ったに過ぎない。
もし、ファラリス暗殺が成功すればどうしたか。これは、ジョベル伯やクレイロン子爵の旧臣がファラリスを逆恨みしての犯行だという流れに持っていくはずだった。そうすれば、縁談は流れ、忌まわしい過去とも決別できる。
そして、ナタリアには程なく病死してもらうはずだった。
噂では、北のテザ近郊で、村が複数消滅するほどの流行り病が出たとか。丁度良いタイミングだった。
「それが、お前という訳の分からぬ輩とあのザビールという女のせいで台無しになった!」
ベンドアは、苦々しく吐き出して、長い話を終えるのだった。
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