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第38話 取引



 大広間に集ったすべての者の視線が侍女に注がれる。侍女は目深に被ったボンネットハットに手を掛けると、パッと高く放り投げた。すると、眩いばかりに艶やかな白銀の髪がこぼれ落ちる。髪から覗く容貌は女神の模った彫刻のごとく優美で繊細な造形をしていた。


 一同からから、その美貌に驚きの声が上がる。しかし、ザビールだけは違った。


「お、お前は! 悪魔め、姿を現したわね! こそこそとどこまでも卑怯な奴! 侯爵様、あの銀髪の悪魔が、ナタリアを連れ去ろうとしていた張本人よ。本当に油断のならぬ奴です。早く兵に命じて、討たせなさい!」


 ベンドアは、突然の闖入者ちんにゅうしゃに狼狽し、有効な指示を出せないでいた。一方、ザビールは、右手に魔力を集め始める。


 素早く反応したのは歩兵隊長だった。腰の剣に手を当てると、アステルに向かおうとする。これに気付いたファラリスは、落ち着いた声で指示する。


「騎士団長として命じる。全員、この部屋から退避せよ。歩兵隊長、貴官は避難誘導を指揮してもらいたい。」

「しかし、侯爵閣下をお守りせねば!」

閣下・・は、私とカーバインで責任をもってお守りする! 安心するがいい、あの者は味方だ。・・・・頼む」


ファラリスは、真っ直ぐに歩兵隊長を見つめた。


「・・・・承知しました。姫様・・、どうかご無事で」


 歩兵隊長の指揮のもと、会議の参加者は堰を切ったように大広間から飛び出していった。ゼダンは最後まで残って見届けるつもりでいたが、身の危険を感じたヴァレッタが手を取って強引に引き摺って出ていくのだった。


「私はもう姫ではないがな・・・・」皆が出ていくの見ながら、ファラリスは独白するのだった。


 


 大広間には、アステルと睨み合うザビール、ファラリスとカーバイン、後はザビールに捕まり、逃げ遅れたベンドアが残るだけとなった。


「まったくどうなっているのかしら!? 侯爵様、あんたは本当に人望がないわね。みんなあの田舎娘の言うことに従っているわ!」


 ザビールは完全に形勢が不利になったことで、退却を決意するが、アステルが退路を塞いでそれができないでいた。一方、アステルも、左手でベンドアの服を掴み、右手に魔力を集中させたザビールに手出しできない。


 集められた魔力の強さから、強力な魔法が練られていることが予想できた。万が一にも、ベンドアを巻き添えにはできないのだ。


 両者は睨み合いの状況になる。膠着状態の中、ザビールが何かをひらめき言葉を発した。


「侯爵様。約束通り、お預かりしているナタリアをお返しするので、この者たちに私が出ていくまで手出ししないよう命じなさいな!」

「黙れ、魔女め! 大人しく侯爵閣下を解放しろ!」


 カーバインが剣を構えてザビールを威嚇する。すると、


「止めよ、カーバイン。この者に手出しはならん」


 ベンドアがようやく自らの意思を示した。


「他の者にも命じる。この者、いやザビール殿に手出しはならん。ザビール殿、これでいいな・・・・」

「侯爵様、あの二人はあんたの命令に従うとして、あの銀髪の悪魔は言うことを聞く気はないみたいよ」

「・・・・お前が何者か知らんが、今は、引くのだ!」


 アステルはベンドアの命令に従うつもりはなかった。従ってしまえば、何のために、ここまでの大芝居を打ったのか分からなくなる。それに——


――今、この女を倒さないと、後々厄介なことになる。


 そう強く感じるからだ。だが、それはザビールにしても同じだった。ザビールはベンドアを促してカーバインに命令させた。


「カーバインに命じる、そ奴を取り押さえろ!」

「し、しかし閣下!」


 カーバインは、侯爵の指示に苦渋の表情を浮かべる。騎士にとって、主君からの名指しでの命令はやはり重い。ここで判断を間違えば、アステルは、カーバインと戦わなければならなくなる。アステルは、カーバインの表情を見て素早く判断を切り替える。


「取引だ! ザビール。俺と取引をしろ!」

「取引ですって?」


「そうだ、簡単な取引だ。俺は、お前を追わない、もちろん手出しもしない。だから、ナタリアの居場所を教えろ。そしてもう一つ。帰って、サーゲイル・ロードに伝言しろ、首を洗って待っていろとな!」


「くっ、悪魔が偉そうに! ・・・・いいわ。その取引に乗ってあげる。ただし、口約束なんか私は一切信用しないわ。カーバインとやら、あんたはこの悪魔を鎖で縛りなさい!早く、行って鎖を取ってくるのよ!」


「アステル!」


「心配すんなファラリス。いいぜ、こちらもその条件を飲む。早く城の中から鎖でもなんでも持って来いよ」



 大広間から出ていったカーバインは、程なく食堂から、シャンデリアを吊るすための鎖を持ち帰ってきた。そして、その鎖で柱にアステルを縛り付けるのだった。


 この様子を注意深く見届けた後、ザビールはカーバインとファラリスを下がらせ、アステルから遠ざける。そしてベンドアを引き摺ってアステルに近づくと、ベンドアの耳元で何か囁いた。


「さあ、私も約束は守ったわ。ホント、こんな田舎に来たのが間違いだったわ。・・・・それじゃ、さようなら」


 ザビールはベンドアの腰の剣を引き抜き、アステルの喉を突く。刹那、鎖は一瞬でバラバラに断ち切られ、剣先は喉ギリギリの所で白刃取りされた。


「——!! 悪魔め!死ね!」


 ザビールは至近距離から高めていた魔力を解き放つ


爆裂魔法フラゴマーレ!」


 大広間に轟音と共に大爆発が起こる。爆発を受けて大広間の一切は爆散する。



 爆煙や室内が破壊された埃で一面が濛々と煙ったが、やがて大穴が空いた壁から外気が吹き込み、煙が収まり始める。



 ようやく視界が確保されると、そこには血だらけになった二人と、その下に覆いかぶさられた二人が居た・・・・。



 アステルは、至近距離から爆裂魔法フラゴマーレを受け、常人なら炭化するほどの激しい熱線を浴びた。しかし、魔神の体は、軽いやけどを負っただけで、この短時間の間にそれも癒えていた。一方で、無残に傷ついた血だらけの背中は、爆散した室内の破片からベンドアを守って負ったものだった。


 そして、よろめきながら立ち上がると、ふらつきながらも、もう一人の血だらけの男に近づいた。この男はカーバインだった。カーバインは全身でファラリスを庇い、瀕死の重傷を負っていた。


「カーバイン、お前、男だぜ。よくファラリスを守ってくれた・・・・」


 アステルは、ファラリスが意識を失ってはいるものの、軽症で済んだことを心から感謝した。そして、祈るような気持ちで、カーバインの焼け焦げ、一部骨の露出した背中に両手を当てるのだった。



 奇跡が起きた。柔らかなエメラルドグリーンの発光が傷口を徐々に癒し、失われた筋肉や皮膚が再生されていく。それは、細い糸が折り重なり繊維が紡がれていくさまに見えた。そして、傷口は、塞がれた。


 これまでにない、強烈な疲労感がアステルを襲った。必死に気を張りファラリスに手を差し伸べるとファラリスの体もまた、美しい姿を取り戻していった。そこまでだった。アステルはファラリスに覆いかぶさるように気を失うのだった。



 そして、この時になりやっとのことで城の城兵や救護隊が爆散した大広間に突入してきた。もう一人の怪我人である侯爵ベンドアは耳から血を流していたが、それ以外は目立った外傷は無かった。




 ザビールは、姿をくらましていた。

 

 ここ数話で、PVも大幅に上昇し、総合評価もだいぶ増えてきました。本当にありがとうございます。押して下さった方、感謝しています。


 初めての投稿作品で、緊張しながらも、ポイントが増えていくのが嬉しくて、毎晩仕事が終わってから遅くまで書いています。こういう表現は良くないかもしれませんが、今は「脱なろう底辺作家」を目指すことが、モチベーションとなっています。どうか、ブックマーク と ★★★★★ をよろしくお願いします

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