第37話 決別
「・・・・それは、どういう意味でしょうか、父上。」
「そのままの意味だ、ファラリス。お前とカーバインが演じた芝居には、良くできていると評価することはできても、提案に裁可など与えられん」
この険悪な雰囲気に参加者は、これまでになく困惑する。ベンドアは、ファラリスが騎士団長に就任して以来、これまで形式的にも実際的も、一度としてファラリスが提案する事案に拒否などしたことがない。良くも悪くも、兵馬の権については一切をファラリスに任せきっていた。それが、今日、突然拒否権を発動したのだ。
「・・・・理由をお聞きしてもよろしいでしょうか」
「簡単なことだ。お前たちの話が、全てでっち上げだからだ」
「でっち上げと言われますか。では、でっち上げと言われる根拠をお示しください」
ファラリスはジッとベンドアを見つめ、一歩も引かない姿勢を示した。このような二人の刺々しいやり取りも、今まで皆無のことだった。だがこれに、すぐにヴァレッタが反応する。
「お控えなさい、ファラリス! 父上に何という不遜な態度。早く謝罪して撤回なさい!」
ファラリスは、そのヴァレッタの言葉を無視して、ベンドアに言葉を続ける。
「私は、兵権を預かる者として発言しております。もう一度言います。でっち上げと言われるなら、その根拠をお示しください」
「なっ、何を偉そうに!!――」
「控えよ! ヴァレッタ。これ以上なんの権限もないお前が差し出口を挟むなら、この場から退出させる」
ヴァレッタは、無視されて逆上しそうになったが、それを、庇ったはずの当のベンドアが窘めた。ベンドアに鋭く睨まれて、ヴァレッタも沈黙した。このような態度もこれまでに見られなかったことだった。
ベンドアは側近の一人を呼び寄せ、耳打ちする。頷いた側近が退出すると、
「根拠といったな。では、根拠を示そうではないか」
程なく、大広間の扉が開き、先ほど退出した側近が、一人の女を連れて再度入室してきた。女は、濃い紫を基調にしたドレスを着た、燃えるような赤い髪と、ルビーの如き赤い瞳が印象的な美女だった。そう、入室してきたのはザビールだった。
「こちらは、名高き宮廷魔術師、サーゲイル・ロード卿の配下で、監察官のザビール殿だ。今朝早くに儂を訪ねてこられた。卑劣な誘拐犯から、侍女のナタリアを保護してくだされたことを伝えにな」
「・・・・それで、どうだと言うのです」
ファラリスは、ベンドアの右隣に立ったザビールに怯むことなく敢然と立ち向かった。
「ザビール殿は、昨晩、お前たちの言う城壁外での戦闘で、誘拐犯と戦われ、惜しくも誘拐犯めには逃げられたが、ナタリアを取り戻してくだされたのだ。魔力爆発はザビール殿が戦いの中で魔法を使用されたときのものよ。つまり、お前たちの言ったことは、まるでデタラメのでっち上げだと申したのだ。これが根拠である」
ベンドアは、淡々と語り、冷たい視線はファラリスを刺すように鋭さを増すのだった。
「・・・・父上、そちらの女性が申されたことが、なぜ全て正しいと言われますか。我ら、騎馬隊が調査した報告より、そちらの女性が正しいと言われる、その根拠は」
「まだ言うか!」
あくまでも引かず、そして、紹介を受けたにも関わらず、ザビールを名前で呼ばないファラリスに流石にベンドアも語気を強めた。しかし、すぐ隣に立つザビールが、余裕綽々といった態度で語り始めた。
「まあ、まあ、侯爵様。私は、怒ってなどいませんわ。ファラリス様、それに皆さん、|私はザビール。サーゲイル・ロード様より特命を受けて、このテレムセンに参った者です。すると、私の同僚が昨晩、偶然にもナタリアというこちらの侍女が連れ去られているのを見つけ、私も一緒に追跡しました。あの場所で戦闘になり、私の同僚は卑劣な誘拐犯の魔の手に・・・・」
「お話の途中で恐縮だが、あなたがされる話にはなんの根拠もない。言われている内容にもおかしな点が多い。よって時間の無駄だ。そして、これが大事な点だが、ナタリアが謀反人だとこちらが主張するのにはハッキリと理由があるのだ」
「ファラリス! 黙って聞いておれば客人に対しても無礼な態度。そこまで頑なに言い張るからには後へは引けんぞ。申してみよ! その理由とやらを!」
「・・・・先ほど言った通り、昨晩ナタリアと私は、私の部屋で話し合いを持ちました。その時のやり取りで、私は皆にまだ言っておらぬことがありました。私に問い詰められ、追い詰められたナタリアは、私にこう言ったのです。『あんたは、本当はこの侯爵家の人間でも何でもない。侯爵家と血のつながりのない娘がお姫様だなんて笑わせる。 わたしこそが、侯爵の娘だ。私は『お父様』に頼まれてあんたのことを伝えていただけだ』と」
――!? 会議に参加した一堂に衝撃が走った。
「なんだと!?」「なんですって!」これまで、ベンドアとファラリスの二人の激しい応酬を息を飲んで見守っていた参加者からも驚愕の声が上がる。
「いかがですか、父上。私は、ナタリアの言葉に気圧され、我を失い茫然となってしまいました・・・・。そのため、不覚にも、逃亡の恐れのあったナタリアの退出を止めることができませんでした。
自らの過誤を隠すつもりはありませんでしたが、この侯爵家すら揺るがしかねない発言故、先ほどは黙っていました。ですが、父上は、なぜかそちらの女性の発言を支持され、ナタリアを庇いたいご様子。ですから、事の軽重をハッキリさせるためにも敢えて申し上げました」
「姉上、それは真ですか!? おのれナタリアめ、姉上だけではなく父上まで貶めるとは! 絶対に首を刎ねてくれる! そうして、城外に首を晒し、体を犬に喰わせてやる!」
「そうですわ! ファラリスが申すことが本当なら、我が侯爵家を愚弄するにも程があります。かの者の一族にもそれ相応の報いを与えねば!」
ゼダンや、発言を封じられたはずのヴァレッタまでがファラリスの言葉に逆上する。貴族にとって、その出自に疑いをもたれること、血統を騙られることは、絶対に許してはならないことである。それは貴族の根幹にかかわることであるからだ。
ファラリスの発言は、これまでファラリスが積み上げてきた実績、人柄、言動によって保障され、だれも疑いを向けない。それ程の重みがあった。
勝負はあったようだった。会議の参加者は、最初ベンドアの思わぬ反論にたじろいだが、今のファラリスの発言で、堰を切ったように口々にナタリア憎し、謀反人を逮捕し断固処罰せよと息巻いていた。
「・・・・・・」ベンドアは、目を瞑り流れ出る汗を拭う。そして、かすれる声で言った。
「・・・・ならん、ナタリアを処罰することは許さん。・・・・あの者は・・・・・・。侯爵として命じる。ナタリアを処罰することは断じて認めん!」
それで十分だった。ファラリスはベンドアがこの大広間にやってきた時以来、ずっと感じてきたことで、既に答えは出していた。ここに来る前に決意もしてきたはずだった。
だが、いざ実際にその言葉を聞かされると、改めて、血の気が引くのだった。ふらふらと足場が定まらない。
そこへ、素早く一人の侍女が手を差し伸べファラリスを支える。その侍女は、先ほど一時休憩をしたときに、ファラリスに水を差しだした者だった。皆は部屋から退出したものとばかり思っていたが、どうやら一人、部屋の片隅で控えていたようだった。
ボンネットハットを目深に被ったスラリとした侍女がファラリスを支えると、ファラリスは再び、力強く立ち上がった。そして、
「父上! そこまでしてナタリアを庇われる。つまりナタリアが私に申したことは事実なのですね・・・・」
「そんな!」「そ、そんな姉上・・・・う、嘘ですよね父上!嘘に決まっていますよね!」
ヴァレッタやゼダンの呻き声にも似た声が部屋に響き渡る。
ナタリアの発言を侯爵として不問に処すこと、それは、ナタリアの言葉を事実だと認めることに他ならない。そして、そのことは、ベンドアがファラリス暗殺の首謀者であることを認めることでもあった。
「・・・・ナタリアが申したことが事実なら、私は騎士団長として尚更その命令に従うことはできません!」
ファラリスは、真っ直ぐにベンドアを見つめた。
「わ、儂は・・・・儂は」
ベンドアは一気に老け込んだように見えた。表情に力を失い、先ほどからずっと体を震わせていた。
「あーあ、バレちゃった。まあ、でもいいじゃない。ものは考えようよ。これで、この偽者のお姫様、いや、ただの田舎娘を堂々と葬れるじゃない。侯爵様、最後ぐらい威厳を示してちょうだいな」
静まり返った大広間の中で、ザビールは、これまでの全てが茶番であったかのように、揶揄った調子で話す。
「さあ、早く! デタラメばかり並べたてる、その血の繋がらない田舎娘を逮捕させるのよ。公然と侯爵の決定に逆らった罪でね!」
そして、一転して強い口調でベンドアに命令した。
「・・・・仕方あるまい。歩兵隊長、ファラリスを逮–––」
「いい加減にしろよな!」ベンドアの言葉は最後まで発されることなく、別の声で打ち消された。
「まったく!! なんで、お前の言うことを聞かなきゃなんねんだ!」
先ほどの侍女が、ザビールに向かって大声で非難した。
「「「「――!?」」」」
もう、何度この大広間を襲ったか分からない戦慄がまたしても参加者を駆け巡った。正確には二人を除いて。そのうちの一人、ファラリスは、微笑みをたたえながら叫んだ。
「さあ、アステル、お前の出番だ!!」
週末は出張の為、次回の投稿は連休明けを予定しています。
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初めての投稿作品で、緊張しながらも、ポイントが増えていくのが嬉しくて、毎晩仕事が終わってから遅くまで書いています。こういう表現は良くないかもしれませんが、今は「脱なろう底辺作家」を目指すことが、モチベーションとなっています。どうか、ブックマーク と ★★★★★ をよろしくお願いします。




