第36話 真実を暴くための嘘
アステルがナタリアを連れて部屋を出て行ったあと、ファラリスは、軍服のままベッドに横たわり、ナタリアの言葉をぐるぐると繰り返し思い出していた。
言葉が繰り返される度に体から気力が抜けていき、起き上がることができない。自分が失われていくような、強い不安感に襲われ、思考が鈍くなり、しまいには何をしようとしていたのか分からなくなった。
「・・・・アステル・・・・私はいったい・・・・」
1時間ほどして、ファラリスの部屋がノックされる。ファラリスには、ノックの音は聞こえるがそれに答える気力がない。
ノックをしたのは中年の侍女で、部屋から応答がないので外から声を掛けた。
「夜分遅くに、まことに申し訳ありません。ファラリス様、ナタリアのことでお話ししたいことがございます」
ファラリスは、侍女の声で薄れかけた意識が引き戻された。そして、アステルとの約束を思い出した。部屋を出ていく前、アステルはファラリスに約束してくれたのだ。
『ファラリス、俺は言っただろ。ファラリスが俺を信じてくれるなら、俺は、全力でファラリスを助けるって。俺を信じろファラリス! 俺は必ずお前を助けるために戻る。それまでは、独りで戦うんだ』
――アステル。お前は私の顔を真っ直ぐ見つめて約束してくれたな。お前は、私の心に火を残してくれたようだ・・・・。お前はまた、私を助けてくれた・・・・。
部屋の扉の鍵が開き、中からファラリスが姿を現す。侍女は、ファラリスが未だ軍服姿のままだったことに少し驚いたが、これで役目を果たせると安堵し表情で部屋の中に入った。
「夜分遅くに、まことに申し訳ありません。ファラリス様、ナタリアがこちらに参ったとのことですが、この時間になってもまだ自室に戻ってきておりません。何か、お知りであればと思い、失礼を承知でお尋ねにまかりこしました」
「・・・・ナタリアはかなり前にこの部屋から出ていった。その後のことは分からないな」
「そうでしたか、申し訳ありません。今、皆で探しているのですが、何かナタリアに変わったところはありませんでしたか」
「・・・・分からない。悪いが、特に変わったところは無かったが」
「そうでしたか。遅くに申し訳ございませんでした。お休みなさいませ・・・・」
侍女が出ていくと、ファラリスは深いため息を吐く。そして、再びあのナタリアの言葉が頭を過ったが、その瞬間、それを打ち消そうとアステルの顔を強くイメージする。アステルの顔を思い出すと、心の火が強くなるのを感じた。
ファラリスは、眠れぬ夜を過ごしたが、もう、ベッドに倒れこんだりはしなかった。
翌朝、日が昇り2時間ほどが経過した頃、ファラリスの部屋がノックされる。ファラリスが入室を許可すると、昨夜部屋を訪ねてきた中年の侍女が入ってきた。
「ファラリス様、騎馬隊のカーバイン様が、緊急の用件があるとのことで、城に参っております。いかがいたしましょう。僭越ながらファラリス様はご朝食も召し上がりにならず、お加減が優れぬようす。よろしければ城兵に言って、出直すようにお伝えいたしますが、いかがでしょう」
本来であれば、こうした取次はナタリアの役割であったが、ナタリアの代わりにこの侍女が担当したのだろう。
「・・・・いや、それには及ばん。副官が緊急の要件と言えば、会って報告を受けるのが私の役目だ」
そう言って、ファラリスは、部屋を出る。戦いが始まったのだ。しかし、ファラリスは決して独りではないと感じていた。
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テレムセン侯爵の居城の大広間に、ファラリスの要請で城の主だった者が集められた。歩兵隊の隊長、侯爵の側近たち、侯爵の妻ヴァレッタ、侯爵の息子ゼダン、そして侯爵のベンドア。
ファラリスは、ヴァレッタやゼダンを呼んではいなかったが、ヴァレッタが話を聞きつけ、ゼダンを伴って強引に参加した。
最後にベンドアが側近たちと入室してくる際、ファラリスはこれまでにないほど強く父ベンドアを見つめた。しかし、ベンドアは、ファラリスと視線を合わすことは無かった。
全員が着席したのを確認して、ファラリスは話始めた。
「緊急に集まって頂いたのは他ではない。昨夜、テレムセン南城壁の外で、大規模な魔力爆発が複数回起こった。この件で、騎馬隊副官のカーバインから先ほど緊急の報告を受けたが、報告内容に忌々《ゆゆ》しき内容があった。皆にも知っておいてもらいたいと考え、集合してもらった。詳細は、カーバインから直接させる」
そう言って、ファラリスはカーバインを入室させる。カーバインは侯爵に敬礼した後、静かに語りだした。
「昨晩の、壁外での魔力爆発ですが、これは、炎熱魔法が複数回、戦闘行為中に使われたことによるものであります」
カーバインがここまで話した時、城兵の責任者でもある歩兵隊の隊長から、疑問の声が上がる。
「またれよ。昨晩の爆発の件、既に侯爵閣下にお伝えしてはいるが、城兵が未だ調査中である。なぜ、戦闘行為が行われ、それも炎熱魔法だと言い切れる。」
「ほう、既に父上に報告済みとな。私は、カーバインから報告を受けるまで、そのことを知らなかった。全軍を預かる騎士団長である私に、昨晩のうちに報告がないのはどういうことかな」
「そ、それは・・・・」
ファラリスが間髪入れずに歩兵隊隊長に釘を刺す。想定済みの発言だったからだ。ファラリスは、カーバインから提案されたアステルの策をベースに、会議を目指すべき方向に導くためのアレンジを加えた。
「続きを話しても宜しいでしょうか」
「・・・・・・」
歩兵隊隊長は押し黙る。こうして、本来は管轄外であるはずの騎馬隊が、この件の主導権を取ることが決まった。
「実はこの情報、昨日の昼間、テレムセン北の丘陵地帯においてファラリス様が何者かの集団に襲われ、命を狙われた事から判明いたしたのです」
「何! それは真ですか!?」参加者から口々に驚きの声が上がる。
「本当だ。私は昨日、丘陵地帯を遠乗りしていた際、待ち伏せを受け、暗殺されかかった。だが、光神のご加護をもって、私は暗殺者どもを残らず打ち倒すことができた。そしてその中の一名を捕縛し、このカーバインに命じて取り調べをさせた」
「・・・・そのような大事、それこそ、歩兵隊長が申すように、なぜ報告いたさぬのです!」
ヴァレッタが、ファラリスをたしなめるように言った。
「しなかったのではなく、できなかったのです。義母上」
「どういうことかしら、皆に分かるように話しなさい」
「それにつきましては、小官からご説明させていただきます」
カーバインが参加者を見回した後、ヴァレッタを向きながら話す。
「ファラリス様が捕縛した暗殺者を取り調べたところ、この者たちは、暗殺者ギルドの手の者であることが分かりました。そして、もっと恐ろしいことに、この暗殺者ギルドを手引きし、ファラリス様の動向を伝えていた者が、この城内にいることが分かったのです」
「何だと! どういうことだ!!」参加者は皆、驚愕の表情を浮かべ、困惑が広がる。ただ一人を除いて・・・・。
「それは、誰なのです。カーバインとやら、早くおっしゃい!」
「その者は、ナタリア。ファラリス様の傍付の侍女です。ですがファラリス様は、暗殺者の話を俄かには信じられず、ご自身でナタリアから直接話を聞くと言われ、昨晩他の者に気付かれぬよう帰城なされました。それは、ナタリア以外にも暗殺者の仲間がいた場合を睨んでのことです。そして、ファラリス様は、ナタリアと話し合われた」
カーバインは、そこまで言ってからファラリスの顔を見た。それに誘導されるように、参加者もファラリスを見る。
「私は、ナタリアに言った。『暗殺者どもは、なぜあの場所で待ち伏せできたのか。私はお前だけに、今日の私の予定を話した。お前以外には不可能だと思うが』と。ナタリアは、もちろん否定した。何も知らないとな。ナタリアは動揺して言葉遣いもおかしくなった。だが、私は、長年私に仕えてくれたあの者を信じたかった。だから、そのまま、部屋から退出させた」
ファラリスは、そこまで言うと、苦しそうにした。実際、自分のついている嘘や、話している途中、ナタリアのあの時の言葉が蘇ると胸が苦しく、恐ろしく感じるのだ。
ファラリスは、これまで嘘とは無縁の生き方をしてきた。その苦しい、葛藤の姿が、却って参加者にファラリスの言葉に強い真実味を与えていた。
「ナタリアが昨晩から、姿が見えないのは私も聞いております。つまりは、ナタリアは、自分に疑いが向けられたので、慌てて逃げ出したということでしょう。恩知らずの恥知らずとは、あの者のことを言うのね」
「姉上のお気持ちを、これまで頂いた情けを裏切るとは、生かしておけぬ。即刻見つけ出して、首を刎ねるべきだ!」
ヴァレッタとゼダンが、怒りを露わにする。参加者は口々に賛同し、結論が急がれようとしたが、ファラリスは、それを手で制すと
「申し訳ないが、少しだけ休憩させてほしい」
と休息を要求した。ファラリスの様子を見ていた参加者に異論はなく、すぐに侍女が呼ばれた。数名の侍女が急いで入室し、うち一名の侍女がファラリスに水の入ったコップを渡す。ファラリスは、水を飲み干すと、参加者を見回し、
「それで、肝心の昨晩の魔力爆発だが――」
「ファラリス様、続きは小官が。・・・・昨晩の魔力爆発騒動ですが、逃亡したナタリアと、逃亡を手引きした何者かが、口封じのためにナタリアを亡き者にしようとした暗殺者ギルドの手練れに襲われて、戦闘になったことによるものと思われます。
これは、ファラリス様が捕縛した者の取り調べを続けたところ、今朝方、ようやく自白したものであります。ところが、これを自白した者は、直後に自死いたしました。情報を全て漏らした自分も、やがて惨たらしい報復に遭う。これを予期してのことだと推察されます」
「なんと・・・・」「そのようなことが!」参加者は思い思いの感想を口にする。
「以上が、今回、緊急に集まって頂いた内容であります。その上で小官より以下の提案をさせて頂きます。一つ、ファラリス様の護衛の強化。一つ、城内に潜む暗殺者ギルドとの内通者の捜査。一つ、逃亡したナタリアの追跡。これらのご裁可を頂きたい」
「カーバインより提案された件だが、私は既に同意した。ことは城内に捜査が及ぶ事ゆえ皆に出席してもらい理解を求めたのだ。・・・・よろしいですか父上」
カーバインの提案に続いて、ファラリスは席から立ち上がると、これまで終始無言だったベンドアを向き、提案の了承を求める。否、事情を知らない参加者には、了承を求めたように見えるが、実際は、挑戦しているのだった。
「ふっ、・・・・よくも、そこまで話を作ってきたものよ。お前に、女優の素質があったとは知らなかったな」
ベンドアは、無表情のまま、冷たく言い放った。ファラリスは、これからが本当の戦いだと気持ちを入れ直すのだった。
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初めての投稿作品で、緊張しながらも、ポイントが増えていくのが嬉しくて、毎晩仕事が終わってから遅くまで書いています。こういう表現は良くないかもしれませんが、今は「脱なろう底辺作家」を目指すことが、モチベーションとなっています。どうか、ブックマーク と ★★★★★ をよろしくお願いします。




