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第32話 白か黒か(2)



 アステルはファラリスに導かれて、テレムセンの南側の城壁に登った。この場所には秘密の縄梯子なわばしごがあり、それを下におろせば、夜でも城外に出ることができた。


 そして、二人で向かったのは、城壁からさらに1セルマール(1キロほど)南の林の中だった。月明かりがあるとはいえ、暗い夜道を苦も無く進めたのは、アステルの夜目の力のおかげだった。


「・・・・ここに何があるというんだ」

「侯爵家以外の者でここの存在を知るのはお前が初めてかもしれんな」


 そういって、ファラリスは巧妙に隠されていた地下道への入り口を開ける。ビュアッと中から生暖かい風が吹きあがった。


「さあ、探検に出発だ。ついてこい」


 ファラリスは、冗談めかして言ったが、真剣な表情だった。地下道に入ると持ってきた松明に火を灯し、通路を奥へ進む。


 アステルは、すぐに通路がテレムセンの方向へと進んでいることに気付く。


「・・・・ここは、もしかしなくても秘密の逃げ口ってやつか。お偉いさんが落城の時に使うっていう」

「その言い方は、少し悪意を感じるが、まあ、そうだ。・・・・侯爵家の者と、傍に仕える者のうち限られたものしかここの存在は知らない」

「まあ、そうだろうな。こうやって、逆に辿れば、簡単に城の中に入れるなんて、敵方に知られたら終わりだからな」




 二人は、そのまま地下通路を進み、通路の奥の上り階段を登り切り、石の扉の前につく。そこでファラリスは松明を消し、ジッと扉の向こうの音や気配を伺う。誰もいないことが分かると、扉を開けて向こう側に進む。そこは城内の物置部屋で、振り返ると、扉の表面は棚に偽装されていた。


 物置部屋を出ると、二人は、慎重に人目を避けながら城を進み、ようやくファラリスの部屋に辿り着く。普段なら、部屋の近くに側仕えの侍女がいるが、今日は()()()()()()()()()()()()()()()()()部屋の前に人はいなかった。素早く鍵を開け、二人は室内に入る。


「何とか無事にこの部屋までくることができたな。ファラリス、後は打ち合わせ通りだ」

「・・・・ああ、大丈夫だ。上手くやってみせる・・・・」


 ファラリスの表情に、また、迷いの色が滲んだ。


「ファラリス、言わせてもらうが、これはこれで戦いだぜ。戦いを前に悩みや恐れは禁物だろ。答えが白か黒か、それはまだ分からない。ただ、結果を恐れて戦うのを止めたら、誰かの言いなりになるだけだ」


 アステルは、途中から自分に言い聞かせるかのように話した。元の体に戻れるか戻れないか、何の手掛かりもない今、分かるわけがない。でも、答えを探すのを止めたら、俺をこんな目に合わせた奴らの言いなりになったのと同じだ・・・・。


「・・・・分かった。お前の言う通りだアステル・・・・。ふふ、この私に戦いについて説教するなぞ——」

「十年早いか? それはそうだな」

「いや、百年だ。百年早い! それから、アステル。私の部屋では机の下以外に隠れることは許さんからな」


 そう言うと、ファラリスは部屋から一人出ていった。アステルは、ファラリスのアイスブルーの瞳に力が宿ったことに安堵した。







 15分ほど経って、再び部屋の扉が開いた。ファラリスに続いて侍女が一人入ってくる。


「ファラリス様、このような遅くにお部屋にお招きくださって、わたくしめにいったい何の御用でしょうか」

「・・・・遅くにすまなかったが、どうしても今日、聞いてもらいたい話があったのだ。お前はいつか、『悩み事があれば、何なりと言って下さい』と言っていただろう」

「・・・・はい、確かに。・・・・では、ファラリス様のそのお悩み、是非お聞かせ下さいませ」

「そうか、では単刀直入に言う。私はどうやら、命を狙われているらしいのだ。それも、どうも近しい者からな。それが悩みなのだ」


 そこまで言って、ファラリスは侍女の顔を真っ直ぐに見る。侍女にははっきりと動揺の色が浮かぶ。それは命を狙われた主を気遣ってのものではなく、どうこの場をやり過ごすのかという焦りの表情だった。



「・・・・それで、どうして私の命を狙うのだ、ナタリア」

「——!?・・・・ど、どうしてその様な、とんでもございません! 私がなぜ、ファラリス様のお命を狙わねばならないのです!?」

「・・・・実は、今日、私は複数の悪漢どもに待ち伏せを受けて襲われてな。もちろん、独り残らず全員倒した。うち一人を、捕縛して今まで尋問していたのだ。随分と手こずったが、カーバインは尋問の名手。ようやく先ほど誰に頼まれたかを白状したというわけだ」

「そ、そんなはずは! 何かの間違いです。決して私はそのようなことをしていません。光神ミスラに誓って私は、私は——」

「私は、無実だと言いたいのか・・・・。では、なぜ、あの場所で待ち伏せできたのか。昨日、私はお前に、今日の私の予定を話したと思う。お前以外には不可能だと思うが」

「確かに、お聞きしました。ですが、ですがどうやってこの城にいる私が暗殺者アサシンどもに今日のファラリス様の遠乗り場所を連絡できるというのでしょうか、それこそ不可能です」

「・・・・・そうか、ナタリア。なぜ、お前は私が待ち伏せされたのが遠乗りの時だと分かったのだ? それに、なぜ襲ったのが暗殺者アサシンだと分かったのだ?」

「——!!・・・・そんなの、そんなの、そう思うに決まっているでしょう! ・・・・なによっ、さっきから持って回った言い方ばっかり! 何なのよ! 誰だってそう思うに決まってるでしょう!」


 ナタリアは、すっかり人が変わってしまったように言葉遣いが荒々しくなった。目つきも鋭く、ファラリスを刺すように威嚇する。


「それが、ナタリア、お前の本当の姿なのか・・・・。これまで、私を騙していたのか。」

「五月蠅いわね! 偉そうに、お高くとまって。本当のことを何にも知らないクセに。あんたはね、本当はこの侯爵家の人間でも何でもないのよ!」

「!?、何だと! どういうことだ、それはどういう!? ナタリア・・・・」

「はっ、どういうことでしょうね、自分で調べなさいな。私は、頼まれてあんたのことをお父様に伝えていただけよ。あんたが、襲われようが、殺されようが知ったことじゃないわ!」

「・・・・・」


 ファラリスは、ナタリアの言葉に完全に吞まれてしまった。金縛りにあったような、全身の自由が失われ、呼吸も荒く、苦しくなっていく。


「いい気味だわ! 侯爵家と血のつながりのない娘がお姫様だなんて、笑っちゃうわ! わたしこそが——」

「そこまでだ。もういい、十分だ」


 アステルは机の下から飛び出すと、素早く扉の前に移動し、ナタリアの退路を断つ。

「——!? な、何者!? だっ誰か——」


 声は出されることは無かった。ナタリアは驚いて大声を出そうとするが、アステルは予め持っていた布で素早くナタリアの口を塞ぎ、猿ぐつわにする。「——うぅぅ・・・・」という声にならない呻きを漏らすナタリアを、素早く紐で拘束し、床にに転がす。


 今回のアステルの役割は、ナタリアが白状すれば、こうして拘束すること。もし、うまく言い逃れられたり、沈黙された場合、ナタリアの背後関係を探っているカーバインと城の内外で連携するというものだった。最悪のケースとしてナタリアが逆上して襲い掛かってきた場合の護衛もあったが、まさか、こんなことになるとは予想外でしかなかった。


 ファラリスは力なくふらふらと歩き、ベッドにへたり込んでしまった。

「そんな女の言葉に惑わされるな。この女が、苦し紛れにデタラメを吐いただけだ。きっと、そうだぜ。気にすることなんてない」


 口に出してみて、アステルは自分自身がその言葉を信じていないことがわかって動揺した。それくらい、ナタリアの言葉には聞くものを信じさせる圧倒的な力があったのだ。


「アステル・・・・わ、私はいったい・・・・」

「しっかりしろ、ファラリス。とにかく、この女がファラリスを監視していて情報を他へ漏らしていたことはハッキリしたわけだ。その情報を受け取っていた『お父様』とやらに、心当たりはないのか」

「・・・・・・」


 ファラリスは、黙って首を横に振る。急に小さくなってしまったような弱々しさだった。アイスブルーの瞳にも、先ほどまであった力がすっかり失われている。


——くそっ、拙いな・・・・。これは、相当参っているようだ。


 アステルは、計画どおり続けるべきか悩む。本来の予定では、ナタリアを拘束した後は、ファラリスが城にカーバインを呼んでナタリアを引き渡し、明日以降、騎馬隊主導で尋問を進める予定だった。


 当然、城兵ではなく管轄外の騎馬隊にそれを委ねるのは、異論が出る可能性がある。それを、強行突破するのがファラリスの役目なのだ。だが、今のファラリスには、それは荷が重い。


——どうする・・・・。考えろ、この予想外の事態を切り抜ける方法を・・・・。



 

 第20話くらいから、だいぶPVが増えてきて、本当に嬉しいと感じていますが、全くブックマーク数が伸びず、★は殆ど伸びていません。


・・・・趣味で書き始めたとはいえ、作者のモチベーションが、そろそろ限界を迎えつつあります。もし、応援するから、続きを頑張って書けよ! て、思ってくれるなら、ブックマークのボタンを押して下さい。

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