第28話 追跡者たち
戦勝祝賀会が終わり2日が経った。テレムセンの救援に駆け付けた配下の騎士たちも、各々の働きに応じて恩賞を受け取り、率いてきた兵と共に領内のそれぞれの館へ帰っていった。テレムセン城もようやく元の日常を取り戻そうとしていた。
その日の午前、戦の残務のため書記官らと執務室に籠る侯爵ベンドアのもとに、夫と話すために、妻ヴァレッタがやってきた。ヴァレッタが人払を願い出たので、ベンドアは書記官を退出させるのだった。
「あなた、ファラリスの縁組のことですが、あの子は、王子の妃になるに相応しい教育を受けておりません。それで・・・・」
「それで、どうだというのだ。先方のレリック殿下も、そのようなことは分かった上での求婚だ」
「ですから、私が申し上げたいのは、今からでも遅くはございませんから、すぐに軍務より手を引かせ、花嫁修行をさせたらいかがかというのです」
ベンドアは、ヴァレッタの急な来室で、何のことかと訝しんだが、切り出された話で、大方の予想はついた。
「・・・・軍務から手を引かせるとして、今すぐというわけにはいかん。あれは、軍の騎士団長。騎士はもちろん、兵どもも懐いておる」
「ですから、早い方が良いのです。遅れれば、遅れるだけ騎士どもが煩く騒ぎ立てましょう。王家との良縁に、もしも障りがあってはいけません。まずは騎士団長を変更なさって、その上でファラリスには、花嫁となる準備に専念させなくてはなりません」
「・・・・言いたいことは分かった。それで、ファラリスに変えて騎士団長を誰にしたいのだ」
「そんなのは決まってます。もちろん、ゼダン以外おりませんわ」
「・・・・」
ベンドアは、やはりなという顔をした。最初から結論の見えた話だったからだ。しかし、
「それは、儂も考えた。しかし、なんの実績もないゼダンが騎士団長など、軍が従うまい。それに、本来、騎士団長は騎士の最年長者か実力抜きん出たものを当ててきた。今、ファラリスがその任に就いておるのも、先代の団長がその実力ありとして是非にと頭を下げたからだ」
「では、あなたはゼダンに実力が足りないと仰るのですか!?」
「誰も、そんなことは申しておらん! 」
ベンドアは、軍務に関心がない。だが、軍が侯爵家の実力装置であり、歴代のバーラム家当主が軍を良く統率して国境を安定させてきたから、あの王家に改易されずいることはよく理解している。
「ゼダンは、侯爵位とこのテレムセン領を受け継ぐのだ。軍務など、武辺者に任せれば良い」
「良くはありませんわ! ゼダンが可哀想ではありませんか。『姫将軍』などと煽てられ、いつも脚光を浴びるファラリスの陰に隠れ・・・・。挙句、今度は王家から婚姻の誘いを受けるなど。ゼダンは侯爵家の嫡男。王家より姫を賜っても良いはずです。それを・・・・」
本音が出たな。ベンドアはそう思った。ゼダンも今年15になる。しかし、王家はおろか同格の侯爵家の姫からの縁談はない。こちらら、それとなく申し込むが、色良い返事はない。縁談の申し出はあるが、それは全て格下の家柄の娘たちだった。
ヴァレッタは、それが気に食わないのだ。その理由を、ヴァレッタは目立ちすぎるファラリスのせいだと考えた。
国境を守護するテレムセン騎士団の団長に、次期侯爵家当主が就く。何の不都合があろう。これによってゼダンに箔がつけば良縁にも恵まれるというもの。ヴァレッタなりに考えてのことだ。但し、この話、最初はゼダンがどうしてもと願ったからだったが・・・・。
■■■■■■■■
時は4日ほど遡る。
王都から遥か東の方角に位置する大森林地帯、その森の端にほど近い場所で、三人の男女が野営していた。
「まったく、思い出しただけでも吐き気がするわ」
「ナスルって野郎は本物のイカれた加虐性変態だったな」
「・・・・」
焚火を囲みながら男と女が吐き捨てるように語る。一人は沈黙を保つ。三人は失踪したナスルと神谷惣治を追って『フェズ大神殿』に調査に向かった後、神殿よりさらに東方に位置する大森林地帯へとやってきたのだった。
三人は、サーゲイル・ロードより派遣された追跡者だった。三人が神殿の地下で見た光景は凄惨なものだった。整然と並べられた使用済みの拷問器具の数々、床や壁に残る血の跡・・・・。そのどれもがどす黒く汚れ、悍ましい雰囲気に包まれていた。守備隊の兵や使用人の女たちは、拷問中の叫び声を思い出し、震えながら証言をした。
そして、そこから疑問が沸く。常人ならば即死してもおかしくない残虐な行為が繰り返されたにも関わらず、神谷という転移者は1週間近くその拷問に耐えているのだ。そして、神谷を連れたナスルが、東の大森林地帯に向かう様子を目撃した使用人の女によれば、神谷の見た目は無傷だったという・・・・。なぜ、そんなことが可能だったのか。
更に、残されたナスルの私物の中から、拷問器具と並び、悍ましい召喚実験の資料が多数出てきた。その実験の内容は悪魔召喚の材料に人体を使うというものだった。
資料は語る。その実験は、悪魔の魂を召喚によって呼び出し、依り代とした人間と合体させて受肉させ、強力な使い魔を作り出すことを目指していた。
多数の人体実験が繰り返されたが、結局実験は失敗し、気味の悪い外道や、材料に用いた人間以下の能力しかない、悍ましい怪人を生み出して終わった。ナスルは、この実験の失敗原因を、悪魔の力に人間の肉体が耐えられない故と結論付けていた。そして、最後に、強力な天職を有した人間であれば、成功の可能性は高いとメモを残している。
これらの残された証拠が物語るのは、ナスルは悪魔召喚を行うため、その材料に神谷を連れて大森林地帯に向かった。神谷は、悪魔召喚の材料として申し分ない力を有していた可能性がある!?
水晶玉の魔道具を用い、サーゲイルに調査の途中経過を報告した後、三人はその指示で、ナスルの痕跡を追って大森林地帯に向かったのだ。しかし、昼でも薄暗い広大な大森林は、当てもなく入り込むには危険すぎる場所だった。迷って出られなくなるだけではなく、奥地には強大な魔物も潜むと言われている。
本来なら、野営する場所にしても、このように大森林地帯の傍は避けられる。森から迷い出た魔物が人を襲う事案が後を絶たないからだ。しかし三人は、構わずに野営地を定めた。自分たちの実力に対する自信のなせる業であった。
「それで、これからどうすのかしら」
「森に入るのはナシだ。サーゲイルの旦那の命令でもな。あてもなく森を探すのは自殺行為だ」
「わかっているわ、そんなこと。そうじゃなくて、それ以外の方法よ」
「まさか、大森林を抜けてミドラールまで行ったてことはないだろう。それなら、俺たちにこれ以上どうすることもできん。ま、この線は薄いがな。誰もこの森を向こう側に抜けたって奴はいないんだ。神谷って転移者を引きずってそれは不可能だろう」
そう語る男は名をアイヴァーといい、ブラウンの髪を73に分けやや冷笑的な表情の30前後の男だった。女はザビールといい赤い髪と、同じく赤い瞳が印象的な男好きのする美人だった。ずっと沈黙を保っている小柄で黒ずくめの男はハビタットといった。
「つまり、俺たちの選択肢は二つだ、この辺りでうろついて、イカれた加虐性変態が姿を現すのを待ち続けるか、それとも、大森林を南下して探索網を広げるかだ・・・・」
「こんなところで、待ち続けるなんてごめんだわ」
「わかっている。だがな、南へ行くって言っても、広すぎる。あてもなくさまようわけにはいかないぜ」
「ハビタット、あんたはどうなのよ、何か考えがあるの、黙ってないで言いなさいよ」
「・・・・」
「よせよ、こいつはいつもこういう調子だろ、聞くだけ無駄さ」
「そうだったわ。全く、アンタも何考えているのか分からない点では、ナスルと同じね」
ザビールは揶揄うように笑った。
「・・・・南へ」
「——!?」
アイヴァーとザビールは突然のハビタットの意思表示にビクッとした。
「何よ、いきなり! びっくりするじゃない」
「・・・・聞かれたから答えた。・・・・南へ向かうべきだ」
「何か、理由でもあるのか、あるなら聞かせろよ」
「・・・・大月と小月が南に変事ありと告げている・・・・」
ハビタットは夜空に輝く二つの月を見ながら呟いた。
「・・・・あんたに月読の心得があったとは知らなかったわ」
「とにかく、今はそれしかないようだな。じゃ、決まりだ」
こうして、追跡者三人は、大森林を迂回すべく南へ向かうことに決めた。大森林を迂回した先には、テレムセン領が広がっているのだ。
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