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第26話 二人の午後


 アステルは、この世界には大まかな時計しかないことを失念していた。一日の長さは元の世界と大体同じだと感じていたが、今の季節は秋に当たるらしく、夜明けが遅い。つまり日中は短いのだ。気づけば、太陽は既に中天に差し掛かっている。買い物で購入した物品を部屋に入れて鍵を掛けると、大急ぎで、東門の方角へ進んだ。


 東門は、昨日通った西門とは正反対で、人通りは少なく、商人が荷馬車で荷を運ぶ姿が時折見られる。その馬車が通り過ぎるときのガラガラという音が響き渡っていた。兵士も通行する人をしっかりと監視し、商人も出入りする際は通行証を見せることになっている。やはり、他国へと向かう街道に出るからだろう。


 アステルも声を掛けられ、日暮れに門が閉じられると、明日の朝までは開かないから用心しなさいと言われた。軽装で門外へ出ていくので不審に思われたのかもしれない。


 東門の外に出た。真っすぐに東に延びる石畳の街道がある。これが、噂に聞いた大陸交易路(公路)だろう。すると、


「アステル殿!」


 つばの大きな帽子を被ったしなやかな身体の持ち主が駆け寄ってくる。ファラリスだった。


「待たせて申し訳ありません。約束の時間より遅くなりました」

「そんなことはないぞ、私も今来たところだ、お互い様だな」


 それが本当でないことは、アステルにも分かった。ファラリスの服からは、お日様に照らされた、いい匂いがしていた。随分と長い時間この場所で待っていたのだろう。アステルの中に嬉しく思う心が湧き出た。とても不思議な気分だった。


「私は、アステル殿にもう一度あの時の礼をキチンと言いたかったのだ」

「その話なら、もう大丈夫です。お気持ちは確かに受け取りました。それに俺は、お嬢様に、アステル《《殿》》なんて呼ばれるような身分じゃありませんよ」

「そうか・・・・、なら・・・・アステルと呼んでも構わないだろうか」

「構いませんよ。もちろん」

「本当か! で、では私も・・・・ファラリスと呼んで・・・・呼んで欲しい」


 顔を赤らめて中学生みたいなやり取りをするファラリスに、アステルもなんだか気恥ずかしくなった。こんな気持ちになったのは久しぶりだった。


「では、ファラリス。この後、どうしましょうか?」

「ア、アステル! アステルは何か予定でもあるのか」

「何も、ファラリスの良いようにして頂いて構いませんよ」

「そうか、では、・・・・こうして二人で街の外を歩いて話をするというのはどうだ・・・・」


——なんだか、本当に中学生のデートになってきたな。今時の中学生が散歩デートなんてするのか知らんが。


 とアステルは思ったが、嬉しさが強まっていた。不安そうにしたり、喜んだり、コロコロと目まぐるしく変わるファラリスの表情は、生来の美しさにさらに魅力を与えていた。


 暫くとりとめのない話が続いた後、気持ちの解れたファラリスは、聞きたかったことを切り出した。


「聞きたかったのだ。その、アステルの強さだが、あのオーガを倒した戦い方。あれは、どのような武術なのだ」

「武術なんて大層なものじゃありませんよ。あれは——」


 アステルは、一瞬この娘にすべてのことを話してしまいたくなる衝動に駆られたが、なんとか踏みとどまった。だが、この娘に嘘は吐きたくなかった。だから、


「あれは、我流の拳法、そう、『我流拳ガリュウケン』です。神に授かった俺のスキルってとこですかね」


 自分の戦い方を、こんなふうに表現した。言いながら、昔の漫画に同じ名前があったかもなとも思った。


「ガリュウケンというのか。あれは、本当に綺麗だった・・・・」

「綺麗だった!?」

「何か、変なことを言ったか? ガリュウケンを操り、オーガの群れを舞うように倒す。あの時のアステルは・・・・本当に綺麗だった」

 

 ファラリスは話しながらうっとりし、アステルの顔を見ては顔を赤らめるのだった。


「戦ってる姿を綺麗って表現されるとは思わなかったから、少し驚いたけど、騎士にそう言われるなら、悪い気はしない」

「そうか・・・・そうだな。私は、戦ばかりの日々を送ってきたから、他の者と感覚が違うのかも」


 赤くなったかとおもうと今度は、一転して自分の感覚が変なのではないかと不安な表情をする。


「感じ方なんて人それぞれだろ、俺は褒められて、嬉しいけど」

「そうか、アステルが喜んでくれるなら・・・・」 


 アステルの言葉に反応し、ファラリスがアステルの顔を見た。瞬間、二人の視線が交わる・・・・。

 

 


「俺からも、いいかな。ファラリスは侯爵家の姫なのに、どうして騎士となって戦場に出ているんだ」

「・・・・それは」


 拙いことを聴いたかもしれない。急にファラリスの表情は暗く沈んでいった。


「ごめん。悪いことを聴いたみたいだな。答えなくていいから」

「いや、違うのだ。アステルに、アステルには聴いてほしい」


 ファラリスは、この言葉を口にしてハッとなった。誰にも、それこそ、侍女として懸命に支えてくれるナタルマにさえ、打ち明けようとしなかった自分の中に沈めてきた気持ち。それを今、私は会って間がないこの男に打ち明けたい強い衝動に駆られるのだ。

 ファラリスは、アステルの顔をもう一度よく見た。アステルの気遣うような優し気な目が見つめていた。



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