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第20話 テレムセン防衛戦


 イドリース王国を東西に貫く街道は、大陸交易路(通称:公路)と呼ばれ、遥か東方のセリス国まで繋がっている。王都ヴォルビリスはイドリース王国の西方に位置し、王都を起点にして南海へ向けて別の街道が伸びる。


 さて、この公路を王都から東に3日ほど進むとテザという大きな町があり、さらに2日、東に進むと、そこに大森林地帯が広がる。公路はこれを避けるように南へ大きく迂回し大森林地帯の南端を越えてから再び東に向かう。そこからは王国の四大貴族の一つ、テレムセン侯領となる。隣国のミドラールと国境を接するこの地に、王国の東部最大の都市テレムセンがある。そして、今、このテレムセンは大きな危機に見舞われようとしていた。



■■■■■■



魔物大氾濫(スタンピード)だと!」

「はっ! 2日前、北の大森林地帯から魔物の大群が溢れ出し、このテレムセンへ向け続々と向かいつつあり。その数は、三千は下らないだろうとのこと、こちらへの襲来は明日の昼頃が予想されます」

「付近の住人はどうした」

「幸いにして、いち早く森の異変に気付き、避難したと」

「そうか、それは何より。すぐに軍議を開き策を決める故、兵に急ぎこのテレムセンへ終結するよう伝えよ」

「はっ、直ちに」


 テレムセン侯爵の居城の大広間にて緊急報告を受けたのは、現在のテレムセン侯爵ベンドア、その娘ファラリスと息子のゼダン、及び公爵の側近たち。侯爵は報告を受ける間、無言を貫いている。伝令と応対したファラリスが、父ベンドアに至急、軍議を開くため麾下の者どもを召集するよう要請する。



 テレムセン侯爵の居城に、侯爵の麾下の重臣、騎士たちが知らせを受け、兵士を伴って続々と登城してくる。そして直ちに軍議が開催された。


「知らせによれば、魔物の大群が襲来するのは明日の昼頃、少なくとも、明日の朝までには準備を整える必要がある。ことは一刻を争う。よって、軍議にて決めるのは応戦の方法だ」


ファラリスが慣れた様子で会議の主導権をとる。


「城門より打って出るのか、城壁を頼りに戦うのか、ですな」

「そうだ。全軍場外にて決戦するには、テレムセンの城兵の数だけでは、心もとない。予想外の事態が起きれば、危険だ。また、既に情報は各地の諸侯に早馬で伝達したが、籠城して来援を待つといっても、1週間近くかかるだろう。その間、城壁が保つか」

「相手が魔物ですからな。人間の軍勢相手なら、このテレムセンは金城鉄壁なれど」


軍議に参加した面々は、捨て身となった魔物の突進が如何に恐ろしいかを経験済みである。無策で籠城では、すぐに城壁が破壊される可能性が高い。


「姉上、私にアイデアがあります。私が別動隊を指揮し、魔物を城壁に引き付けたところで背後から攻撃しましょう」


弟のゼダンが顔を紅潮させて発言する。15歳になったゼダンは今回の戦が初陣だ。


「若君、若君はこのテレムセン侯爵家を継承される大切な御身、そのような危険な役目は我らにお任せくだされ」


軍議に参加した侯爵家配下の騎士たちも、ゼダンの発言を好ましく思いつつも、型通りに諫める。


「そうだな。ゼダン、お前は父上の傍でこのテレムセンを守る役目を果たしてほしい。ただ、お前の考えには、私も賛成だ。今は、それしかないだろう。よって、その別動隊の指揮は私が執る」

「おお、テレムセンの『姫将軍』が出陣なされば、兵たちも喜びましょう!」


 騎士たちは、ファラリスの提案に喝采を送る。反対の声は皆無だ。その様子をゼダンは複雑な表情で見ていた。


「父上、いかがでしょうか」

「・・・・うむ。よかろう。今回も指揮はそなたに任せる」


 軍議の最中、終始無言を貫いたベンドアは、無表情のまま、ファラリスに軍権の全てを委ねた。侯爵の側近たちからも、異論はでない。それが当然のことといった雰囲気だ。


 軍議が終わると、騎士たちは足早に散っていった。明日の朝まで、準備に残された時間は少ない。




■■■■■■




 周辺の村落からの避難者を収容し、各地から兵士を集結させたテレムセンの町は、密集した人間が作り出す熱気に満ちていた。城壁の監視塔に立ったファラリスは、遠目が効く兵士を傍らに置いて遠く北方を眺める。


 太陽が中天に差し掛かる頃、遥か遠方に土煙が上がるのが見えた。

「姫様、現れました」

「私にも見えている。数は凡そでもよい、群れの種族は分かるか?」


「・・・・前方は魔猪(ダークボア)約1千、さらに、魔狼(ダークリュコス)約1千、中ほどにゴブリンが約1千、・・・・姫様! 後方にオーガの群れ凡そ五百!」

「全部で三千五百か。報告通りだが、後方にオーガとはな。よし、手筈通り行く。お前は、ここで引き続き監視せよ。わずかでも異変があれば、手旗にて信号を送れ」


 そう言い残すと、ファラリスは颯爽と監視塔の階段を下りていく。風になびく美しい黄金の髪を揺らして。塔に残された兵士は、恍惚とした表情でそれを見送った。





 城壁の上から、怒涛の勢いで接近してくる魔物を見る兵士たちの表情に、恐怖の色が滲む。そこへ、全身白銀の鎧に身を包んだファラリスが、両側に翼の意匠を施した美麗な兜を抱えて現れた。ファラリスの姿を見て、兵士たちから次々と歓声が上がる。


「おお、姫様! 我らがテレムセンの守護女神よ」

「姫様、我らに勝利をお与えください!」


 ファラリスは歓声を左手で制すと良く通る美しい声で兵士に呼びかけた。


「我がテレムセン侯爵家に仕えし、勇敢なる兵士よ!このテレムセンを脅かす、魔物どもを打ち払い、領民を守るのだ!さあ、今こそその武勇を示すときだ、私は、勝利のため場外に打って出る!我らに光神ミスラの加護やあらんことを」

「「うぉぉぉぉぉ!!!」」



 兵士たちは雄たけびを上げ奮い立つ。程なくして弓兵隊長の号令の下、弓兵が照準を合わせ、一斉射撃が開始される。先頭を往く数十頭の魔猪(ダークボア)がもんどりを打って倒れ、勢いのまま前方へ転がる。


一斉射撃を搔い潜った残りの魔猪が城壁に猛進する。城壁の前には樫の木の乱杭が打ち込んであり、多くの魔猪が串刺しとなって脳漿をまき散らす。それでも、まだ数が多い。後に続く数百の魔猪が遂に城壁へ体当たりを敢行する。「ズゥン」と重い城壁を揺らす振動がテレムセンの町に響く。


 町の住民が悲鳴を上げる声が、城壁の上からでも聞こえる。城壁の上からは弓兵の一斉射撃が間断なく行われ、魔猪に続く魔狼(ダークリュコス)やゴブリンを射止めていく。しかし、数を減らすことができない。


 そんな中、ゴブリンの集団に、突如として何本もの火柱があがる。比較的速度の遅いゴブリンを狙って、黒魔術師たちによる火炎魔法が放たれたのだ。低位の火炎魔法なので、射程が短く、素早い魔物には命中させることが難しい。ゴブリンの一団が接近したことにより、ようやく魔法による攻撃が加えられたのだ。


 しかし、これが呼び水となる。


 別のゴブリンの集団から、城兵に向けて槍の投擲が始まる。人間の力なら勢いを失う距離と高さだが、魔物の膂力を用いた槍は大きく弧を描いて次々に城兵に降り注ぐ。更に、ゴブリンの集団の中に点在していたホブゴブリンが、強弓を放つ。魔物が放つ遠距離からの攻撃で城兵に多数の死傷者がでる。


 ここまで城壁に、魔物の集団を近づけておいて、円形の城壁の両側に控えていたテレムセン侯爵軍主力の四千が二手に分かれ、今こそ頃合いと、魔物を挟み撃ちにするように突進した。


 両側から、挟撃を受ける魔物の群れだが、数で劣勢とはいえ、膂力、素早さとも人間を上回り、簡単に崩れはしない。さらに厄介なのは、後方にいる約五百のオーガが、城壁に突っ込んでこず、後詰の形をとっていることだった。これでは完全包囲を行うことはできない。侯爵軍は大楯を用いて包囲を狭め、犠牲を減らしながら戦う。暫し互角の戦いが繰り広げられた。


 この間隙を縫うように、最初の突撃の後、散開した魔猪は包囲の外で再度集結しつつあった。二度目の突撃が行われる可能性が高まったのだ。次の突撃に城壁が持ちこたえる保証はない。もはや城壁を守るため、一刻の猶予もないのだった。城壁の監視塔から危険を知らせる信号旗が激しく振られる。


 まさに、このタイミングだった。公路に面した西門から飛び出していた千騎の騎兵隊が、青鹿毛の駿馬に跨った白銀の騎士を先頭に襲歩ギャロップで、集結した魔猪の集団の横腹を突くように突撃した。騎士は皆、槍の穂先を水平に揃え、次々に魔猪を粉砕していゆく。


 戦意を喪失した魔猪は、我先にと北を目指して逃走を開始する。


 隊列の向きを変えた騎兵隊は、襲歩ギャロップを維持したまま、今度はオーガの群れに突入する。しかし、オーガは大森林の中でも上位の力を持つ魔物だった。騎兵の突撃を受けても壊走せず、逆に十数騎の騎士を、こん棒で馬ごと転倒させると、一気に撲殺した。


 一旦、強襲する速度を失うと騎兵はオーガの膂力と固い外皮に対して相性が悪い。騎馬隊を率いるファラリスは、素早く指示を出し、攻撃を中止する。


 一転して、今度はオーガの注意を騎馬隊へ引き付け、オーガを魔物の主力を包囲中の侯爵軍から遠ざけようと、しきりに牽制する。オーガはこの動きにまんまと釣られ、騎馬隊を追って北へと動き始めるのだった。


「おお、流石は姫様!これで我らの勝利だ!」

「者ども、今こそ全軍で魔物を包囲せよ!」


 程なく、城壁と三方からの包囲が完成する。身動きが取れなくなった魔物に容赦なく黒魔術師たちの放つ火炎魔法の火柱が襲う。こうして、魔物大氾濫(スタンピード)を起こした魔物の主力は全滅へと向かう。


 ところが、北方へ向かったオーガの群れと、ファラリスが率いる騎馬隊の戦いは意外な様相を見せるのだった。




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