21-2-6『勇者でしかなかった女は、孤独な魔王と結ばれない』本文感想
皆様こんにちはこんばんは、遊月奈喩多と申すものでございます! さぁて、今回のお話は!?(海産物一家のように軽やかに!)
孤独な魂がお互いに救いを見て、惹かれ合っていくのは必然だったのかも知れません。しかし恐らく、ふたりが互いを滅ぼす運命を背負っていなければ出会うことも惹かれ合うこともなかったであろうことが、双方の視点から語られる空虚な半生からありありと窺えてしまうのが何とも辛い……!!
いわゆる「人の心とかないんか?」というやつでしょうか、いいぞ、もっとやれ!!!
この後、魔王と勇者は幾度となく戦い、幾度となく離ればなれになっていくことはあらすじからも窺えるのですが、はてさてどのような結末を迎えることになるのか……。
数々の交わりから得た思い出を胸に生きていくことになるのか、それとも密かに次代へ望みを託すことになるのか、いろいろなパターンを考えたくなってしまいますが、それは筆者ではなく作者様の領分なのです。
ということで、こちらも続きが楽しみというか、終わりが楽しみな書き出しでございました!!
前書きに引き続き、遊月です。いやぁ……切ない展開の続きそうなお話でしたね。あらすじの「手を取っても取らなくても……」に気付く瞬間が待ち受けていると思うと、オラ、わくわくすっぞ!
さてさて、筆者はこの後書きを書く1~2日前に、魔王の血と肉を受け継いで生まれたバイオリン弾きの主人公と、そんな主人公のなかに眠る魔王の脅威から世界を救いうる素質を持って生まれたヒロインが登場するアニメを観たのですが、いやぁ……凄かったです。
筆者は一応そのアニメの原作漫画も全巻読了済みで、そちらはそちらで大団円のハッピーエンドを迎えているのですが、アニメが放送された当時はまだ原作も連載中とあって終わり方はもちろん原作と違ったわけですが(筆者の少年時代はわりとそういうアニメが多かったように思います)、何より話の雰囲気がガラリと変わっているんですよね。
原作漫画もだいぶシリアスな話ながらもナンセンスぎりぎりの(?)ギャグが話の流れすら一旦切りかねない勢いで入ってくるためいい塩梅を保っていた節があるのですが、テレビ放送のアニメ版はドレッドノート級と前に付けてもいいレベルでシリアスな作風になっているんですね。まぁそもそも主人公とヒロインの設定も、原作では主人公が旅の途中で助けた村から報奨金代わりにヒロインを連れ出すという流れで合流した(っていう流れだったような記憶がある)のですが、アニメでは幼馴染みだったりしますからね。まぁストーリーの雰囲気が違うくらいなんだという話になりかねません。むしろ軽いギャグ調のシーンが序盤に申し訳程度に入っていただけでも「ある、ギャグあるよ!」と思うレベルです。
そんな調子なので初めて観たとき(筆者が中学生くらいの頃、CS局で一挙放送みたいのをしていました)には原作とあまりに異なる雰囲気に戸惑い、録画用のVHSを切らしていたこともあってろくに観ないままだったのですが、それでも1クール目のエンディングテーマと2クール目のオープニングテーマがやけに耳に残っており、本編をろくに観ていないながらも好きなアニメソングとして大体どちらかの名前を挙げる少年時代を過ごしていました。
そして先日、約20年越しにアニメをちゃんと観たのですが、『これはこれで好きだなぁ』と思えましたね。原作だと(特に中盤以降から)「聖女」としての資質に後押しされるようにギャグもシリアスもこなしつつ、それでいて腹の据わった感じの出てきた原作版に比べると徹頭徹尾「普通の女の子」な守られ系ヒロイン(というか惑い系に近いかな)していたヒロインも、あれはあれで人間臭くていいよねと思えましたし、原作よりも「自分は人間なのか、魔族なのか」というアイデンティティの揺らぎに翻弄されて情緒不安定気味に描写されてはいるものの原作では『よく見ると』程度だった優しさの部分がそれなりに押し出されている主人公も、何だか新鮮でした。
いや本当に、語ろうと思えばいくらでも語れるのですが、あまり語るとどちらが本編かわからなくなりそうなので、今回はここまで。
よくよく原作クラッシャーと呼ばれ、確かにその呼び名に間違いなどないそのアニメですが、あのアニメはあのアニメで傑作だったんじゃない──と個人的には思いました。だいぶ救いのない終わり方だったけども、いつか封印した箱開けちゃいそうに見えたけれども!!(アニメ版は魔王の力に侵食されてしまった主人公を、ヒロインが箱に封印することで世界がつかの間の平和を得る終わりです)
以上、『勇者でしかなかった女は、孤独な魔王と結ばれない』の本文感想でした!




