40 目指す未来へ 京都編 その12
現時刻 1:30。うん、今日の朝練は無理だな!!!……そう思いたい時間だ。多分颯人に起こされるけど。1日でも欠かすと遅れを取り戻すのに時間がかかるからな、しゃーなし。
あの後伏見家の地下室で眷属のみんなに一通り話して、散々議論して疲れ果てて全員寝てる。
酔っ払いを一瞬で覚ませる術があるのは便利だなぁ。伏見さんも知らなかった、神様の恐ろしい特技だ。
ところで誰だ!ここに改めて酒を持ち込んだのは!何で伏見さんは飲んだんだ!?
「もうちょっとだけお話ししましょうよ」と言われてなぜ俺は残ってしまったんだ!くっそう……伏見家のふかふかお布団が恋しい。
酔っ払った伏見さんが俺の右腕に抱きついて、颯人は不満げな顔をして左側に巻き付いて寝てるし。
背中で暉人が俺を抱え、足元にヤトが丸まってる。神様布団なんて贅沢すぎんか?許されるのかなこれ。
「伏見さん、ここで寝たら体が痛くなるぞ。颯人起こして転移する?」
「颯人様は、寝ましたか」
「寝てるな。こいつ早寝早起きだから」
「すみません、僕がここで話したいなんて言ったばかりに」
「別にいいけどさ。腰痛くない?」
「僕はまだ四捨五入してもピッチピチの二十代ですから。一晩くらいどうって事ありません」
「くっ、アラサーおじさんに向かってなんて鋭い刃をお持ちなんだ」
「んふふ、んふふふ……」
伏見さんは泣き上戸、笑い上戸に絡み酒。……もうお酒を飲まさない方がいい気がする。
ニコニコの笑顔がやがて突然スンッと真顔になって、伏見さんは何かを言い淀んでいる。
酔ってても気遣いは変わらないんだよな、筋が通ってる人だ。
「どしたの?」
「あなたに聞いてもいい事なのか、迷っています」
「いいよ、酔ってるんだから勢いに任せて聞いちゃえばいいのに」
「…………鈴村の告白は、断ったんですね」
「うん。俺は恋愛も結婚もしないよ、子供も作れないしね」
「作れない……なるほど。結婚や子供はいいとして、パートナーもだめですか」
「俺にはバディがいるだろ?」
「颯人様の話じゃないです」
伏見さんはほっぺが赤くなって、ふらふらしてる。その頭を引き寄せて自分の胸の上に乗せ、幸せな気持ちが溢れてため息になる。
こんな風になんでも話せる兄……いや、年歳的には弟か?伏見さんみたいな人が家族だったら、きっと何があってもへこたれなかっただろう。
でも、そうだな。伏見一家は俺を家族として扱ってくれた。俺の忌まわしい過去にも真正面から向き合ってくれるだろうけど、自分自身で整理がついていない事は口に出せない。
頑固だからさ、俺は。
「そのうち全部わかるよ。颯人と離れる時にでも聞くことになるかもな。軽々しく口に出せることじゃないんだ。俺の古傷と関係がある」
「そう言う、事か……僕を信用してるのに、教えてくれないんですか?」
「昨日は待つって言ってただろ?
伏見さんになら知られてもいいし、是清さんはもう知ってる。それでもまだ言いたくない。心から信用してて、大切な人だから」
「ふん、わかりました。まだまだ時を置けということですね。僕は……僕は信頼されてるんだから、我慢します。ちゃんと……できる」
胸元で伏見さんがぐりぐり顔を押し付けながらうめく。大丈夫かなこれ。相当酔ってるぞ。
「なにも聞かない代わりに、僕の話を聞いて下さい」
「ん?俺でいいなら聞くよ」
「芦屋さんが、いいです」
顔を伏せたままで小さく呟く声。なんとなく、甘えているような感じ。
居残りのお願いなんて珍しいし、話したいことがあったみたいだ。
「僕は、陰陽師になってから馬車馬のように働いてきました」
「うん」
「完全に力不足だった。最初は父が招かれましたが歳も歳ですし、姉も跡を継ぐなんてあの時はあり得なかった。だから東京へは僕が行ったんです。この歳で相伝を継ぐ予定ではありませんでした」
「そう言えばそうか。相伝って言うからには親御さんが歳を取ってから継ぐのが普通みたいだし。伏見さんが早めに継いだってわけね」
「はい。そうならざるを得ませんでした。
出立前に不足していた知識を叩き込んでもらい、急拵えで行った先は『伏見』の名を見て僕のことなんか見る人はいなかった。
実働できる陰陽師が少なくて、忙しかったんです。現在のあずかりの同期達は皆、それぞれ限界を超えて働いていました」
「なら、俺と同じなんじゃないか?実戦で強くなってったのかな」
「そうですね。仮にもウカノミタマノオオカミの依代ですから、僕は最初から責任者だった。若輩者で、社会に碌に出ていなかったからそりゃ苦労しましたよ」
「効率重視なのはそのせいか。俺たちみたいにバディ二人で頑張ったんだな」
「はい。ウカノミタマノオオカミは……今思えばいつも助けてくれて、支えてくれていた。あとで、ちゃんと、話します」
「是非そうしてください」
「はい。颯人様とも緊張せずお話しできるようになりましたし、大丈夫でしょう。彼女が何をできて、何ができないのかすら実はよく知りません。僕は転移術を使えませんでしたし」
「ほー。伏見さんが電車に詳しいのはそれでなの?」
「そうです。いつも電車で移動して、始発から終電まで稼働して居ました。
移動のわずかな時間で寝て、いつもへとへとだった。
時には自分の力不足が理由で神を、土地を殺した。芦屋さんのようにできなかった」
「そっか……」
「力が及ばなかったんです。一生懸命やってるのにうまく行かなくて。僕はそれでも死ぬわけにはいかなかった。家族のためにもそうしたくなかったんです。勝手ですよね……」
伏見さんが顔を隠した目元からじわりと暖かい水分が染みてくる。なんだよ、男同士なんだから派手に泣いてもいいのに。
伏見さんの頭を撫でていると、髪を解いてガッチリくっついて来た。ふわふわ漂う香りは、伏見家のお線香の匂い。
これは大社の各所で焚かれている物の匂いだったんだなぁ。優しい香りだ。
「あなたは救世主なんだ。神も、人も……僕も救い上げてくれた。僕がやりたかったことを、出来なかったことを一生懸命やってくれる。何も伝えられない力不足の僕を信じてくれた。
他のやり方を知らなくて、苦労させていたのに全部ちゃんとわかってくれた。僕はあなたの事が大好きなんです」
「おう、そう言うのはちょっと勘弁して下さい」
「僕は、恋だの何だのそういうものではないですよ。尊敬とか、友情とかですから。あなたを組み敷いてアレコレしたい欲望なんか、ありません。あったとしても隠します」
「危ない言葉が出てきた気がするんだが。……でも、伏見さんがそう言ってくれるのは嬉しいよ」
「ふん、ふん……そうですか。芦屋さんは僕が必要ですよね」
「あぁ、必要だ。うんと長生きして、俺に子供と孫、ひ孫、玄孫やらに貢がせてくれ」
「ふっふ……それはいい。芦屋さんは偉くなって、高給取りになりますから。今よりずっと、ずっと高いところから僕たちを守ってくれるんだ」
「それはやだなぁ。こうしてそばにいて、触れ合って共に生きていきたいよ。俺はもう一人で居られないくらい寂びしんぼになっちゃったからさ。伏見さんの顔が見える位置に居させてくれ」
「……はい……」
すっかり涙の滲みをひろげた伏見さんは潤んだ真っ赤な瞳で見上げてくる。
そんなゴシゴシしたら腫れちゃうぞ。
指先でそっと雫を掬うと、キリッと眉毛が持ち上がる。
「僕は芦屋さんを絶対裏切らない。ククノチノカミが言ったように、あなたが生きるのを諦めない。あなたをなくしたりしない。信じてくれますか」
「信じてるよ、ずっと。でもちゃんと自分も守ってくれ。俺も伏見さんのことが大好きだから……ごふっ!?」
頭をゴスッとやるの、本気でやめて!痛いんですマジで。
「くそっ……攻撃力が高い!!」
「何なんだよそれぇ」
叫んだ伏見さんは、突然すやすや寝息を立て出した。……寝るの早。待てよ、まさかこのまま朝まで寝るの?マジで?
「起きてるのはヤトだけか」
「クゥン……テンイハデキナイ」
「そうだよな、うん。諦めて寝よう」
ヤトがモゾモゾ動いて腰の下を支えてくれる。
あったかい!!腰が癒される!!
やはりもふもふは正義だな。
「こうなったらもう寝るしかないか」
俺は伏見さんの髪を撫でながら、全てを諦めて目を閉じた。
━━━━━━
「朝ぼらけ〜腰が痛いよ、まだ寝たい〜」
「俳句のセンスが皆無ですね」
「何で突然俳句なん?確かにセンスは皆無やな……あかんレベルやそれは」
「くっ!」
現時刻 4:30。僅かな睡眠を取って、すっきり起きた颯人に叩き起こされ、結局稲荷山山頂まで上がって来た。朝日が目に染みる。
祝詞は今日も一発合格、そしていつも通りに颯人に抱えられ、伏見さんと妃菜と共に日向ぼっこしてる。
俺の霊力が尽きてぶっ倒れるのは、まだまだどうにもならなそうだ。
稲荷山の景色もしばらく見納めかな。
そう思うと少し切ない気持ちになる。
暁から東雲、曙となる空の色が一日の始まりを告げてくる。
天変地異があっても、どんな事件が起きても日の巡りだけは変わらない。朝は自分達が小さな世界に生きているものだと感慨深くなる時間だ。
「真幸の祝詞は香りまで甦らすんやね。秋の匂いがする。乾いた風と枯れた葉の匂い……夏はどこ行ったんやろな」
渡りくる秋風の香り。昨日と同じそれは今日に限って冷たい温度だ。
妃菜と伏見さんが腫らした赤い目元を癒してくれるように、と願いを込めたら神様がそうしてくれたような気がする。
「なんや、ぼかしにぼかして色々伝えられてんけど。要するに真幸とマンセル組んで働けばええんよね」
「そうです。鬼一も組み込みますよ。
そして、星野も次の任務で試して問題なければ引き入れます」
「星野さんは大丈夫な気がしてるけど。しばらく会ってないなぁ」
飲み会の後、全然組めずに居る星野さん。次の任務はご一緒するわけね。
会いたいと思ってたから、嬉しいな。こう言うフラグなら大歓迎だ。
「鈴村には頼みたいことがあります」
伏見さんが突然、超絶真面目な顔で妃菜の肩を叩く。振り返った妃菜の顔には『胡散臭い』と顔に描かれてる。……気持ちはわかるぞ。
「あなたは何があっても芦屋さんを守ってください。仲間内の誰よりも最優先でお願いします」
「は?ちょ、伏見さん?」
「はん。言われんでもそうします。命に代えても守ってみせるわ」
「ええぇ……??二つ返事ぃ……」
なぁんで俺が守られる話なのさ。
俺が守るんじゃないのかっ。
ふ、と微笑んだ妃菜が俺の手を握る。
手のひらを開いて、小さい指が火傷の痕をなぞった。
と、突然どしたんだ……ドキドキしてしまうんですけど。
「綺麗やな。お花みたい」
「そんな事言われたのは初めてだな」
「花、戦、勝利……」
妃菜がなんか呟き出した。
陽の光を弾いた瞳が、じっと俺を見つめてくる。なんか見たことある目の色だ。人じゃなくて、神様がこんな目をしてた。
「勝利の女神、知っとる?日本の神様やないねんけど。聖樹はアカシアで、聖花はギンバイカ。真幸の手の痕はどちらにも見える……まるで、聖痕みたいや」
「ほ?え?なに??」
「なんや、急に頭の中に浮かんできたわ。イシュタルって神さんがおんねん。
陰陽師にもなんやかんや縁がある。
シュメール神話に出てくる神さんで、愛と美、豊穣の女神、勝利の女神、王権、金星の属性があってな。明けの明星としては男神、宵の明星としては女神なんよ。最後は女神になってるけど」
「……へぇ」
妃菜が握った俺の手に汗がじわりと滲み出す。
どこまで飛鳥大神に聞いた?どこまで知ってる?冷や汗がこめかみを伝うのを感じた。
この目、颯人の神器達と同じ色だ。何かを探って、奥の底まで視抜こうという意思で見つめられたあの時を思い出す。
逸らそうとしても逸せない、瞬きすらも許されないような、何もかもを見通してしまうような色だ。
やがて、視線の色が薄まって妃菜がふんわりと笑みを浮かべる。責められているわけじゃないのに、体が緊張していたらしい。力が抜けて、ほっとした。
「そんな顔せんでええんやで、私はまだこの火傷の話しか知らんし。でも、そやな。あんまり視るとあかんな。やめとこ」
パッと手を離した妃菜はなんとも言えない顔で目を逸らす。
うーむ……真実を見定める飛鳥大神のぱわーだなこれは。しっかり会得したって事か。
「なんなんですか今の」
「伏見さんには教えんで」
「は?!何故ですか!?鈴村!」
「ふん。担当の『あずかり』やないんやから、知りません」
「くっ。駅弁の件を根に持ってますね。
残念ですが鈴村、鬼一は本日から僕の担当になりますよ」
「「えっ!?」」
得意げな顔をした伏見さんがふん、と鼻息を吐く。伏見さんは僕ってのをスタンダードにするのか。自分を曝け出すってことかな?なんだかニヤけてしまう。
「僕は仕事が早いんです。既に芦屋さんと組ませて裏公務員エリートチームを立ち上げました。あなた達は当分マンセルを組んで仕事をこなし、バリバリ強くなってもらいます。芦屋さんには研修会もしてもらいますからね」
「えぇ…?いや、まぁ教育はいいけど」
「嘘っ!?私エリートなん?出世!?」
「エリート候補生ですが、まだ芦屋さんの足元にも及びません。せいぜい精進してください」
「ちょ、なんなんその言い草!?あっ!給料上がるんか!?」
「どうでしょうかねぇ?」
「そこハッキリせなあかんやろ!真幸も仕事増えるんやで!?文句言わな!」
「あ、その、俺はあの……」
「芦屋さんは既に昇給してます。経費も全て申請が通りましたから、生活にかかるものはお渡ししたカードで決済してくださいね」
「えっ……えっ??いいの?」
「はい。食費も光熱費も交通費もOKです。カフェや外食などにも使用してください」
「うわ……はい。ありがとうございます」
また謎の高待遇なんだが。勾玉や大社を差し出されるよりはいいか。
「はぁ??おかしいやろ!?遊園地行くのも経費なんか!?焼肉もなんか!?」
「芦屋さんはそんな無駄遣いしません」
「そりゃそうやけど……ってそうじゃないやろ!!伏見さん!」
ワーワーいい合いしてる二人は前と比べて仲良しになったな。距離が近いし、お互い笑ってるし。
妃菜は……無理してるのかもしれんけど、見た感じは大丈夫そうかな。不用意に手出ししないように気をつけないといけない。
期待させてしまうのは、失礼だから。
胸の中でつぶやいた声に颯人が気づき、満面の笑みが浮かんだ。
「真幸、その心がけは大変よい」
「そうじゃのー。ハラハラせんで済むし、妬かずに済むと言うもんじゃ」
「えっ、魚彦も妬いてたのか?」
「そりゃそうじゃ。儂らは真幸がべすとおぶべすと、おんりーわんじゃからな」
「むむ。そうまで言われると照れるな」
「小娘は思いの外根性がある。そこだけは認めてやろう。仕事の上では頼りになるだろう。あとは鬼一と星野だな」
「鬼一さんは大丈夫だろ?」
「あれに降りた神をどうするかだ。鬼一が成長しているなら、ヤトノカミの末端では不足がある」
「……ヤトはあげないよ」
「もう下せぬ。魂が結びついたのだから離れられはせぬのだ。また新たに降ろすしかあるまい、飛鳥のように」
呟いた颯人の横顔に、黒く艶やかな長い髪が舞い踊る。
またもや嫌な予感がしなくもない。
でも……鬼一さんの新しい神様か、楽しみだな。
ふわふわそよぐ風に目を細め、遠い国の女神を思う。
イシュタルっていう神様は、俺も知ってる。確かに似てるな、俺たちは。
勝利の女神に縁があるなら、ちょこっとあやかりたいもんだ。
いつか、会えるなら色んな事を話して見たい。俺が生まれた時に負った全てを。
言葉にできない色んな気持ちを心の中に深く沈める。今はまだ何も語れはしない。これからもっと忙しくなるから、考える暇もないだろう。……その方がいい。
うん、と一人で頷き、京都の街並みを目に焼き付けて、稲穂の匂いに目を閉じた。
2024.04.12改稿
2024.08.08改稿




