36笑顔の中の強さ 京都編 その8
「みなさん、集まってくださってありがとうございます。今日はお話ししたい事と、お願いしたい事があります」
背筋をピンと伸ばし、私は時間通りに社に集まってくれた村のみんなを見渡す。不安そうな顔の人、不満そうな顔の人、怒ってる顔の人、苦笑いの人。みんな一様に良くない感情が浮かんでいた。
『今まで顔を出さなかったのに今更何を』と言う声も聞こえる。
胸の中がちくりと痛む。久々に宮司の着物を着たお父ちゃんと、巫女服を着たお母ちゃん、神社庁から手伝いに来てくれた神職さん達もみんな不安そうな顔してる。
……あかんな、私も怖いわ。お父ちゃんに浴びせられた過去の言葉たちが蘇って来る。
唇を噛んで身体の震えを抑えると、飛鳥が大きな手を肩に置いてくれた。
「妃菜、不安な時こそ笑いなさい。あなたはここで引くわけには行かないの。負けられない時ほど、追い詰められた時ほど笑顔を作るのよ。
笑顔の中には未来が宿る。悲しい顔には幸せを手繰り寄せる力はないわ」
「はい」
「妃菜ならできる。私がついてるから」
「飛鳥……ありがとうさん」
お互い笑顔を浮かべて視線を交わし、大きく深呼吸して飛鳥のあったかい手のひらを感じる。
よし!やるで。私ができる事をきっちりやって、神様を元気にするんや。
「昨日の晩、うちの神さんを返していただきました。神さんは先日の連続災害からこの村を守ってくれた影響で神力を使い果たし、遷座された先で荒神になった。
私が勤める先の同僚がそれを鎮め、今は眠った状態です」
ざわめきが広がり、村長さんが立ち上がる。私を睨め付け、肩を震わせて顔を真っ赤にして。
「あんた、今更何なんや!昨日の晩に資料や言うて、こんな紙束よこして!それで納得せいっちゅうんか!」
「資料見てくれたん?ありがとう。夜遅くやったんにすみません。
せやけど、神さんが守ってくれたんは事実です。書いてある通りの奇跡がこの村には起きてます。
納得しろとは言いませんよ、それはご自身でなされる事ですから。認める認めないは事実に関係ありません」
「…………」
飛鳥が資料を胸元から取り出して、ページをめくる。真幸と伏見さんが集めてくれた災害比較資料は、こう言うものを見たことがない人にもわかりやすくまとめられている。
簡単な言葉と見やすい表、土地の人に対しての気遣いがたくさん詰まった冊子。
真幸が一緒に考えてくれたプレゼンテーションの仕方はいくつかあって、今日はパターンC。最後の手段というやつや。
『お勧めしたくはない』って言っていた通り反発が強い。集まった人の中に笑顔がないのはその証拠だ。
事実を告げてそれに反対意見が出る場合『伝え方が悪い』て言うてたな。
本当はこの資料を見せながらちゃんと神様が守ってくれた事一つ一つ説明しながら、時間をかけて質疑応答を重ねて納得してもらうはずやった。
でも、神様が眠ってしまった今は説明がちゃんとできない。
事実を突きつけて……後はその人に任せる。投げっぱなしにはしないようにアフターフォローはするけど、考え方を導かない少し乱暴なやり方や。
「だいたい、神が眠ってしまっていると言うなら社に戻さない方がいいんじゃないのか!?誰が面倒見るねん!」
「うちの神さんは土地神です。この村で生まれた全てを守る神さんです。だから、回復するにも生まれた土地が一番いい。
私はお仕事で東京に戻りますが、神社庁の助力のもと、父と母が元の通りにお勤めを果たします」
「アンタ、うちらに合わす顔がようありますな。守ってくれたて言わはるけど、うちは全部なくなってもうた。あんたらが怠慢やったからちゃうんか?」
「当社は怠慢なお勤めをした事は一度もありません。それから、災害後に村への助成金を申請したのは私です。
皆さんご存知でしょう?通知書に私の名前があった筈ですから。神さんも、私も最善を尽くしています」
過去に何度も聞いた、神様を、お父ちゃんを責める言葉達。でも、何だか前よりも棘が感じられない。
村長さんも立ち上がった時は真っ赤だったのに、もうその色は無くなった。すでに怒りの頂点は超えたように見える。資料を見た効果があったのか、それとも感じ入る何かがあったのか。
――よし、そろそろ本気で腹割って話そうやないの。
「何もかんもなくなったのは天変地異のせいやんか。神さんやうちの父のせいやない。
前を向いていかな、幸せになれへん。そのために眠ってしまった神さんを起こすんよ。
これは神起こしいいます。私が今やってるお仕事の一つで、ゆくゆくは日本全国の災害の被害をなくす大切な仕事です」
「あんたの仕事を手伝えってんか?」
「ちゃいます。これはお給料頂いてないので、自分の地元に対するご奉仕です」
「お金の云々が左右するんか」
「しますよ。これは私の意思でやってる事で、国のお仕事ちゃう。西の人間なら当たり前の観念でしょう」
「…………」
「私の生まれた土地の、ずっと見守ってくれてた神さんが困っとる。でも、私の力だけでは足りひんの。せやからみんなの力を借してください!」
頭をしっかり下げて、起き上がり……もう一度背筋を伸ばす。
口を閉じて、村長さんの目を見つめた。彼は静かに正座して、私を見つめ返してくる。
村長さん……ここに戻って来て、わかったんやろ?改めて村の惨状を見て、その中でも誰一人亡くならなかった奇跡を。
みんなが村に残ったのは、愛着があるから。そして、守ってくれた神さんがいたと知ったから。
私が実家に帰って来た時、慌てて社から走り去った男の人がいた。手に箒持って、ゴミ袋持って走ってるのは笑ってしもたで。
お母ちゃんもお父ちゃんも社の管理をする余裕はなかったし、さぞ荒れているだろうと覚悟してたのに。境内は掃き清められ、落ち葉の一つも落ちてない。雑草の一本も生えてない。
そんな事、あるわけないやん。地域の人たちがかわりばんこでお掃除してくれたんやろ?でも素直になれなくて、悪態ついてまうんやろ?
謝りたいけど……どうやっていいかわからんのよね。
すごく、わかる。私もずっとそうやったから。心と裏腹な言葉を吐いてしまう自分が憎くて、情けなくて、苦しくて仕方なかった。
ほんなら、私が楽にしてあげる。
真幸が、私にそうしてくれたように。
「みんな退席されない言う事は、協力してくれると言う事でええんよね?
手を合わせてお祈りするだけで大丈夫やから、気負わんでええよ。最中は口を閉じててください。……やるで、飛鳥」
「――応」
飛鳥と手を繋ぎ、目を瞑る。飛鳥の手に力が込められて気持ちが伝わってくる。私を励まして、見守ってくれるって言うてんの。
大丈夫。気持ちで負けてたら自分に勝てない。私がこれから戦うんは、弱い私自身や。
長年付き合って来たけど、かなりの強敵やんな。
本殿内の帷をあげてもらい……久しぶりに祭壇と向き合う。一般的な神社と同じく鏡を掲げ、その前に鳩と鷹の像が並んでいる。
神様の系譜で言うと、鳥の神様は八咫烏が有名や。ウチの鳩・鷹は八幡さま……八幡神の御遣いとされる。
ヤハタノカミは応神天皇とも同一視される軍神だ。私が魚彦にもらった神器は生まれの由来が絡んでいたんや。
今はまだ、魚彦を失った余波で私の武器は神事には使えないけど……いつか、飛鳥が力を込めて『可愛い色にしてあげる』と言ってくれた。楽しみやな。
御神体の傍に安置場所として用意したのは、青々とした葦で編んだ鳥の巣みたいな置物。真幸にあやかりたくて、河原で刈り取って来たんよ。
葦は聖なる植物とされていて、穢れを祓い洗い流してくれるんやで。頑丈で生命力があって、逞しい。わたしが大好きな人にそっくりやな。
思わず浮かぶ笑みを噛み締めながら、お父ちゃんが御神体を置くのを見守った。
神職さん、お父ちゃんと飛鳥で神前の四方を囲み、みんなが柏手を打つ。ピンとした空気が張り詰め、結界が張られた。
お母ちゃんが三宝に置いた檜扇を持って来てくれる。これも真幸の真似っこやねん。私の手が小さいから、重たくて大きい檜扇は正直得意ではなかった。
でも、伏見さんに「芦屋さんに教えるんですから、完璧にしておいてください」って言われて練習したし、大丈夫や。
――もしかして、これも伏見さんの計画通り……?いや、まさかな。
「妃菜、しっかりね」
「うん。ありがとうさん」
檜扇を両手に持って目前に掲げ、膝をついて拝する。
お帰りなさい、雛鳥村神さま。今まで受けてきた恩には足らないかもしれませんが、私の舞があなたを起こす助けになれば嬉しいです。
今日はまだ顕現されるのは難しいやろけど、村のみんなもきっとあなたの復活を願って毎日参拝してくれる筈や。
私が結婚して、子供ができて、定年になったら裏公務員を引退してここに戻ってきます。そしたら……またぜーんぶ報告するから、お話聞いて、頭撫でてくださいね。
拝し終えた私は飛鳥に目線を送る。飛鳥が神楽鈴を持ち、私の動きに合わせて打ち鳴らした。
檜扇の先端についた鈴緒を持ち、扇を広げると……焚きしめた白檀の匂いがする。
颯人様の匂いって知ってるけど、真幸もおんなじ匂いするからな。私にとっては真幸の匂いや。
打ち鳴らされる鈴の音を聞きながら、慣れ親しんだ巫女舞の始まりを告げた。
くるりと回って扇を舞わせ、ひふみ祝詞を謳い紡ぐ。
巫女舞の場合のひふみ祝詞は、神様への感謝や豊穣を願う事が多い。鎮魂の場合もあるけど、今回は神起こし。
村が受けた奇跡を、神様への感謝として奉納して目を覚ましてもらうんや。
足を捌き、袴の裾を翻した所で……早速目眩がやってくる。飛鳥が容赦なく私の霊力を神様の眠った卵に注いでるから早々に空になりそうだ。
足の裏に力を入れて踏ん張り、震える手を掲げて舞い続ける。
(妃菜、もう直ぐ霊力が尽きるわ。神職達が力を注いでくるわよ。ショックに気をつけて)
(はい)
神社庁から来てくれた神職さん達がもう一度柏手を打ち、その身に宿る霊力を私に注いでくる。
人から霊力を補充してもらうなんて、飛鳥がいなければ出来ない。命の流れを変えて操作するのは、本人と神様にしか許されていないから。
背中からドカン、と大きな衝撃が来る。圧力を受け止めきれずタタラを踏み、歯を食いしばり、目を瞑ってそれを受け止めた。
(鬼一さん、お願いします)
(おう!踏ん張れよ!!)
念通話で繋がった鬼一さんが返事をくれて、役所から裏公務員達が霊力を送ってくれる。
飛鳥は……私がやりたい事を伝えた時、『この方法しかない』と真実の眼で見定めていた。私の覚悟が足らなければいい結果が成し得ない事も。
扇を閉じて舞いを終え、膝をついて平伏し、一の舞を終える。
わずかな時差の後、次々といろんな人の霊力が届く。
身のうちにじわじわと侵食してみんなの霊力が心臓に届き、冷や汗が吹き出た。
(妃菜、今日はあなたが斎主なの。貰った霊力を御し、あなた自身の力に変換しなければ神には届かない。気合を入れて!)
(……はい!)
膝が震えて、立ち上がれない。もう一度同じ舞を舞わなければならないのに、身体中が悲鳴をあげてる。
皮膚を切り裂くような痛みや目眩、恐怖、怖気が一気に立ち上って涙が溢れ、口から血が滴る。
床に赤と透明な雫が落ちて、背後から小さな悲鳴が上がった。
「まだ儀式は終わっていない。動くな」
飛鳥が厳しい口調で立ちあがろうとした村人を抑え、私をじっと見つめる。
眉を下げ、唇がくちゃくちゃに閉じられて……なんちゅう顔してんの。
ようやく全てを受け取って、心の内が整った。畳の上に立ち上がるとギシッ、と音がして畳が私の足形にへこむ。
あぁ、そやな。人様の命の力を分けてもろたんやから、そりゃ重たいわ。
フラフラする体をもう一度立て直し、腰に重心を置いた。袴の帯にそれを伝わせて身体の軸を安定させる。
重たい霊力を必死で練り上げて体の中に収め、私の色に変えていく。
それをもう一度鈴緒に触れて流し、舞の始まりの形を取る。
飛鳥が再び神楽鈴を打ち鳴らし、私はひふみ祝詞を紡ぎ出す。
カスカスに枯れて、ひょろひょろした酷い声や。自分の中に馴染まない人の霊力が揺蕩い、異分子を一気に吐き出そうとして……腕が、足が、お腹が、頭が破裂しそうな痛みを伝えてくる。
真幸もこんなに辛かったんか。これから先もきっと、こんな風に大変な思いを何度も経験するんやろな。
真幸は、強くて優しい人やと思う。でも……彼が持つ強さも優しさも本物ならば、弱い自分に絶望した事があるからこそ持ち得たものだ。
私も、強くなりたい。優しくなりたい。
伏見さんや、鬼一さんみたいに真幸のお手伝いをしたい。
私一人でこなせる仕事を増やして、真幸と一緒にいられるように……バリバリ働くんやからな!
扇を広げると、一気に体が軽くなる。鈴緒の先についた鈴が光を放ち、私の舞に沿って広がっていく。
……あかん、笑ってまう。飛鳥の神力がピンクやから、私のもピンクになるんか。派手なピンク色を振りまきながら笑いを噛み殺し、飲み込む。
クルクルと回り始めると、突然目に映る全てが明るい色彩を持ち始めた。
あっ、これ……真実の眼が発動したんちゃうか?飛鳥に使い方を教わってもなかなか出来なかったのに。なんか出来てしもた。
鮮やかな色達が浮き上がり、その色から声が聞こえてくる。
(なんでこないにムーディーな色なんや??すごいドピンクなんやけど)
(妃菜ちゃん、綺麗やな、かっこええな)
(どうしてワシはちゃんと謝れんかったんや、あんな小さい子ぉが頑張っとるのに……)
(妃菜は、大丈夫なんか?汗ビッチョリやないの)
(血、血が出てるよ?!)
(妃菜ちゃん、がんばれ……)
みんなの心の中が一気に喋り出して、今度は耳が痛い。飛鳥が気をつけろって言ってたんはこれか。
聞きたくなくても、聞こえてしまう。見たくなくても、見えてしまう……真実を見定める眼の力。
飛鳥はあんまりこの力が好きじゃないみたい。
でも、私は好きやで。バディの飛鳥とおんなじになれるんやろ?
嬉しいやんか、一番傍で一緒に戦う飛鳥の気持ちがわかるなんて。
全てを放出し切った私はそのまま膝を折り、かろうじて礼をとる。
頭を下げるわずか一瞬前に見えた……桃色に染まった卵。よかった、神さんに届いたんやな。
「妃菜!」
「……は、……はっ……」
ほっとした瞬間滝のような汗が噴き出る。体が固まってしまって、うまく息ができない。
飛鳥に抱え起こされ、そのまま横抱きにされた。
「妃菜、しっかりしなさい。神力を注ぐわよ」
「……、やさしく……してや」
「できる事ならそうしてあげたいけど……ごめんなさい」
飛鳥の顔がぼやけて見える。自分の手をかざしてみても、真幸みたいにサーモグラフィーにはならんな。やっぱりあれは、真幸にしか起こらないのだろう。
何が一般家庭の一般人やねん。こちとら神職家庭に生まれた、生粋の後継なんやで?まったく。
口の中に、ポタポタ垂れてくる甘ーい何か。あー、これかぁ……神様の血ぃ言うんは。
「飲み込みなさい」
「ん、ぐ……」
甘ったるいそれを飲み込むと、喉を通ってそれが段々と熱を放つ。……あっつ!お腹焼けてまうやんか!
「焼けないわよ。もう少ししたら楽になるから」
「ん……飛鳥の血は甘ーいんやな」
「そ、そうね」
「中毒に……せんといてや?」
「その保証はできないわ。解毒の仕方は真幸が知ってるから大丈夫よ」
「ほなら、中毒になっても……ええわ」
「困った子ねぇ……」
小さく呟いた飛鳥に微笑みを返し、私は瞼を閉じる。
頭の上に、懐かしい匂いのゴツゴツした手を感じながら。
━━━━━━
「妃菜ちゃん、これおにぎり」
「うちは唐揚げ揚げよ」
「おにぎりとダブるけど、お稲荷さん持ってってや」
目を覚まして30分経過、時刻は10:30。あかん、急がんと集合時間に間に合わん。
私は巫女服からスーツに着替えて、村のみんなが持ってきてくれた食べ物を大量に受け取り、カバンに詰め込む。
「みんな、わざわざありがとうさん!飛鳥!タクシー来た!?」
「まーだよー。もうちょっとで来るハズだけどー」
「くっ、このままやとギリギリやんか!お母ちゃん!お母ちゃん!」
「はーいはい、お洋服送ればええんやな?荷物の送り状だけ書いてや。
あんたんとこ住所も秘密なんやもん。どこ送ったらええかわからんで困っとったんや」
「そんなん集積所に送ってくれたらええねん。私のとっておきのワンピ、絶対入れといて!」
「わかったわよ。なーに?飛鳥さんとデート?」
社の外でタクシーが来るのを待つ飛鳥を眺め、お母ちゃんに向かって首を振る。
「お母ちゃん、あの神さんはな、女やねん」
「……なるほど」
「何がなるほどなんだい?さっぱりわからないよ」
瞬時に理解してくれたお母ちゃんと、困惑した顔のお父ちゃん。
二人とハグを交わして飛鳥の「来たわよー!」の声で駆け出す。
あれ?後から村長さんがついて来た。
「なんかご用ですか、村長さん」
「……ありがとうさん。お前さんが来てくれな、大変な事になっとったな」
「うーん……本当はな、もっと優秀な人がおるんよ。ごめんなさい、力不足で時間かかってしもて。びっくりしたやろ?」
「いや……そんなんは、ええんや」
歯切れの悪い村長さんを横目にタクシーのトランクに荷物を詰めて、食べ物の入ったビニール袋を掴んで車内に乗り込む。
窓を開けて、みんなに手を振ろうとしたらその手をガシッと掴まれた。
「わっ!?どしたん、村長さん」
「…………」
「忙しのうてごめんやけど、もう行かなあかんねん。次の仕事に遅れそうなんよ。またちゃんと連絡入れますし……」
「妃菜ちゃん。あんた、ここに戻ってくるんか?」
思い詰めた顔で問いかけられて、はてなマークが浮かぶ。
「また来ますよ。紹介したい人もおるし、お母ちゃんのうどん食べてないし」
「そんなんやのうて、あの……」
「あぁ、将来って事ですか?」
「そ、そうや。あんたは地元に戻ってくるつもりがあるんか?」
わずかに逡巡して、こくりと頷く。
「私が殉職しなければ、帰ります。お父ちゃんの跡目を継がなあかんし。もし死んでも、他の神職をちゃーんと回しますからご心配なく」
「じ………殉職……」
「生き残って戻ってきても、おばあちゃんやけどな。定年まではきっちり公僕としてお務め致しますので」
「そうか……死ぬこともあるんやな」
「そらそやで。なにしろ戦闘員やから。大丈夫やよ、ここはちゃーんとやって行けるようにしたる。遺書も書き直しせなあかんな。村長さんにも書いとくね」
「あ、あかん!あんたが帰ってきて、あんたが神社を継ぐんや。他の奴なんか認めんからな!!」
「村長さん……」
またもや真っ赤に染まった顔で、今度は泣きべそをかきながら私の手をぎゅうぎゅう握りしめて、彼は叫ぶ。
「あんたが生きて帰りなや。ワシも、ずっと待ったるから。ええな、わかったな?」
「……わかりました。また、お話ししましょうね」
「あぁ。気ぃつけてな……」
私の掌に涙を残し、村長さんが車から離れてみんなが立ち並んだ列に戻っていく。
「あの!車、出しますね!」
「あ、はい。お願いします」
やたら張り切った運転手のおっちゃんに返事をして、みんなに手を振りながら見えなくなるまで見送ってもらう。
うん、これで大丈夫。神さんが復活するのもきっと時間かからんで済む筈や。
ふと、隣に座った飛鳥が眉を顰めて私の手を取り、ハンカチでゴシゴシ拭いてる。……どしたん?
「申し訳ないけど、おじいちゃんだって男の人なのよ。私の大切なバディは女の子なんだから、気持ちのこもった涙を残すわけには行かないわ」
「なんなん、それ。颯人様みたいなこと言うて。やー、しかしうまくいってよかったなぁ。あれなら神さんもすぐ元に戻るやろ!飛鳥のおかげやな、本当にありがとう」
「……うん」
「伏見さんとこ行く道すがら、ご飯食べよ。何がええ?お稲荷さんに、ポテサラに、おにぎりに、唐揚げもあるで」
「妃菜……もう、いいのよ」
「…………」
私が持った食べ物の袋を取り上げ、飛鳥が抱きしめてくれる。
運転手のおっちゃんから「ひゃっ」と叫び声が聞こえたけど、そんなの気にしていられない。抑え込んでいたモノが喉から飛び出そうになる。
「怖かったでしょう。痛みもあったはずだし、他人の霊力に侵されるのなんか初めてだったのよ。ごめんなさい、辛い思いさせて」
「平気……やもん」
「ばか。バディなんだから、私の前でくらい素直になさい。私がそんな狭量だと思ってるの?」
「う、う……うーー……」
背中をトントン叩かれて、ボロボロ涙がこぼれてくる。
すごく、すごく怖かった。今までやってきた裏公務員の任務だって、あそこまでの恐怖を感じた事はなかった。
霊力が空っぽになりかけたあの時、足の裏から全身を這い上がってきた真実の死の恐怖。
霊力が命の根源だと言うことも、理解できた。鬼一さん達や神職さんがくれた霊力は命そのままの感触で、私の中に入ってきた時に得体の知れない嫌悪感でいっぱいになった。
命を預けられた事への重責、みんなの命を自分のものへ変換すると言う恐ろしい行為に対する背徳感で押しつぶされるかと思った。
……できる事なら、二度とやりたくはない。
「よしよし……よく頑張ったわね。本当に立派だったわ」
「ほんま?わたし、ちゃんと出来てた?2回目の時なんか、わけわからんくて、自信ない」
「とっても上手にできてたし、とっても綺麗だったわ。まるで夢の中にいるみたいだった。あなたはもう立派にたまごの殻をやぶって生まれ落ちている」
「ほいたら、雛やんかぁ」
「そうよ。妃菜は、雛なの。まだまだだけど……根性があって最高にかっこいい女の子だった」
「ぐすっ……そんなら、ええか。私は真幸と同じもんが知れたんやな。怖いけど、嬉しい。真幸にまたこんなんなったら気持ちがわかってあげられるやん。ほんまに嬉しい、よかった」
飛鳥の着物に涙を染み込ませながら、体温の暖かさに包まれて。私は鳥の雛のように眠たくなってしまう。
駅まで結構時間かかるし、ええよね、大丈夫よね。
「寝ていいわよ。起こしてあげる。あとでご飯食べましょうね」
「うん……」
飛鳥に全部を預けて、うつらうつらしながら半分下がった目蓋の間から綺麗な顔を眺める。
飛鳥は女の子になりたいんやよね。だから言わんけど……飛鳥もかっこいいんよ。颯人様とも、真幸とも違うかっこよさがある。
「なーに笑ってるの」
「んふ……」
耳元に響く低い声を聞きながら、意識を手放そうとした瞬間……遠い場所から囁きが聞こえた。
甘くて優しい言霊が。
「あなたを殉職なんてさせないから。……絶対に、私が守ってみせる」
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