27 極相林の奥に 茨城編 その7
真幸side
「……ショボン」
「……シューン」
「あ、あのそれで……ヤトノカミは使役を下しているのが鬼一さんと言うことですね?」
「そう、神様として降りてる。そうだよね、鬼一さん」
「あぁ。姿形としては毛に包まれ、目玉がついて刀刃の角が二つある鬼神だ」
「おぉ、当時私が見た姿そのままですな」
「一族の聴覚共有術ってのがある。それで調べたところ、相手の一味にヤトノカミが居るなのは間違いない。妖怪一族のボスが神になり、俺に降りた神もその一味というわけだな」
「なんかややこしいな。結局ヤトノカミは沢山いて、その一族のボスが敵ってこと?」
「そうだ。四つ足の獣姿だから、群れで生息してるんだ。ボスを下せば俺と契約したヤトノカミが一族と合体して、パワーアップできるんじゃなかろうか。
颯人様とタケミカヅチ殿がやった決闘の様なものをすりゃ、いけると思うぜ」
「ふむ、じゃあ予定を組み直してみよっか。決闘に持ち込むには……どうするかな」
現時刻 8:30。朝ごはんを食べて、軽めの朝練を済ませて神宮に向かってる。
流石に昨日の今日で俺が戦闘するのは無理かなぁ?と思い、要石を先に修復することになった。
山彦は魚彦と手を繋いでてくてく歩き、俺の横には颯人と麻多智さん。鬼一さんと妃菜は後ろを歩いてる。
その遥か後ろでトボトボついてきてるタケミカヅチとなゐの神。
そーんなにしょぼくれなくたっていいんだが。麻多智さんがやりづらそうにしてるし。
ふと、タケミカヅチが駆け出した。その視線の先におばあちゃんが居る。
歩道橋に向かって歩いてるみたいで、荷物が重たそうだ。
「タケミカヅチ、ストップ」
「えっ!?な、何でだよ」
タケミカヅチの服をつかんで止め、おばあちゃんを見つめる。
目の端で魚彦と颯人が微笑むのが見えた。二柱は俺の意図を理解してくれたようだ。
「驚いた……真幸なら手助けに行くと思ったんやが」
遅れてやってきたなゐの神がつぶやく。
そうしてやりたいのは山々なんだが『手助けする方が』おばあちゃんのためにならない。ここは都会じゃないんだからさ。
てくてく歩いたおばあちゃんは歩道橋を渡って、階段を降りた。
「ん、よし。じゃ行こう」
「「応」」
麻多智さんも意図がわかったのか、優しい微笑みをくれる。
何も言わなくてもわかってくれる人がいるのは気分がいい。ふんふん♪
「なぁ、なんで手助けしない?颯人も魚彦も、麻多智までニヤニヤしやがって」
「タケミカヅチ、哀れみは優しさじゃないんだよ」
俺は背中から声をかけてきたタケミカヅチに振り向かず、伏見さんのメッセージを確認して神宮への道を歩く。
大地を踏み締め、足の筋肉を意識して動かしながら。
俺も、いつか歳をとる。あのおばあちゃんみたいに歩けるように、今からちゃんと筋肉鍛えとかないと。
ちょっと考え込んだ後、納得できなかったんだろうタケミカヅチは、眉を顰めて再び口を開いた。
「哀れみって……なんだよ」
「タケミカヅチの優しさは、結果として哀れみになってしまうんだ。
おばあちゃんは自分の足で歩いていただろ?あそこで階段の上り下りを手伝うのはいいとしてさ、自宅まで荷物を抱えてついて行くのか?一旦手出ししたなら最後まで面倒みるよな?」
「そ、そりゃ……」
「それで、次の日買い物にまた出たらおばあちゃんのために送迎できるのか?
その結果、おばあちゃんは使わなくなった足の筋肉が衰えて立てなくなって行くんだ。それは良くないだろ」
「確かに、そりゃ良くない……」
「おばあちゃんはウィンドブレーカーを着て、運動靴を履いてた。背負っていたのは登山用のリュックだし、杖もそうだっただろ?」
「そうだな、運動するやつの格好だった」
「うん。地方の公共交通網は発達してないのが普通だ。自分の足で歩かなきゃ生活を自力でできなくなってしまう。
俺たちが毎日助けてあげられないなら、簡単に手出しをしてはいけないんだ」
「ばあちゃんの生活のためには、見守るべきだったってことか。……浅慮だった。すまん」
おっ、素直に返事が来たな。うん、こう言うところは好きだ。振り向いて手を差し出すと、頭が下がってきた。
えーと、手を繋ごうと思ったんだがまぁいいか。
ふさふさの髪の毛を撫でるとタケミカヅチは目を閉じた。黄金色に輝くそれはツンツンして硬い。大男がしょんぼりしてるから、何だか可愛く見えてきたな。
「その優しさは尊いものだよ、謝る事はない。……タケミカヅチは颯人の実力をわかっていて止まれなかっただろ?そう言うトコあるよな」
「オレは決めたことを覆すのが苦手なんだ。カッとなると止まれなくなる」
「人を思いやるのははいいけど、先を考えないのは良くないよ。少なくとも颯人や魚彦はわかってたし、麻多智さんも察してくれた。ちゃんと周りを見てくれ」
「わかった。そうする……」
素直な答えが嬉しいな。彼は本当にまっすぐで実直な神様なんだ。何となくタケミカヅチの事がわかったような気がする。ワシワシ頭を撫で続けると、彼はニコニコし出した。
……なんかこう、そこはかとなくワンコを感じる。やはり可愛いぞ。つられてニヤけてたら、颯人が俺の手を取って引っ張られてしまった。
「なんだよぅ。どしたんだ颯人」
「我のばでぃが浮気していたからだ」
「だからその浮気ってのは、違うだろ。俺のバディは颯人だって言ってるし、差別じゃなくて区別はしてるんだぞ?」
拗ねた顔の颯人の手を握り、顔を覗く。
綺麗な顔にある眉毛がギュッと寄って不機嫌そうな顔。どんな顔しててもイケメンはイケメンだな……ズルくない?
「我が一番だと言うことか」
「颯人の神器たちにも聞かれたけど、好意は比較するものじゃない。颯人のことは大事だし他に代わりなんか居ないけど、順番はつけたくないの」
「むぅ、むぅう……」
「ほんに、颯人は面倒臭いのう。信じとるのに悋気を起こすし。ワシみたいに堂々としとればいいのにのう」
「そうだな、魚彦は俺の事わかってるもんな?」
「うむ、ワシの主は優秀じゃからな。何があってもこうして手を握れば応えてくれる。ワシは幸せじゃ」
反対側の手に絡みついてニコニコしてる魚彦。可愛い神様ばっかりだな、ほんとに。
「ふぅ……タケミカヅチ殿、真幸はこう言う人間なんですよ。力を抜いてあるがままにしていれば勝手に幸せにしてくれますから」
「鬼一に慰められるとは。そう思うしかねぇな」
「ええなぁ。ワイも手ぇ繋ぎたいわ」
「なゐの神は順番を待て。ワシの次じゃ」
「おっ!本当か?むふふ、ほなら待っとこ」
手に手を取りながらのどかな町を歩き、吹き渡る風の中に微笑みが落ちる。
ま、どうにかなる……いや、するしかないな。
そう独りごちて、歩を進めた。
━━━━━━
現時刻9:00ぴったし。
俺たちは境内案内役の方と連れ立って要石に向かうところだ。一通りヤトノカミの習性を説明してくれた麻多智さんは、守護する土地に戻って行った。
伏見さんと麻多智さんの情報によると、ヤトノカミは意外に気が弱いから押せばなんとかなるらしい。茨木童子は酒で勝負するしかないって……。
彼が酒呑童子に酒飲み勝負で負けて子分になったってホントかな。それを準えたとして、妖怪と飲み比べとか勝てるのか??て言うか、陰陽師関係あるのか?ないよな?
よくわからん展開に頭が痛くなってきた。とりあえず今日やると決めた仕事をこなして、それから考えよう。
鹿島神宮の奥参道を歩いて要石に向かう途中、あまりにも杜が神秘的で呆然としてしまう。
ここ、境内がめちゃくちゃ広い。木立の中を延々と参道が続き、迷い込みそうな程に巨樹の杜が深く広く広がっている。何て気持ちのいい場所なんだろう……。
頭の上に広がる木の葉たちが空を包み、優しく木漏れ日を注ぐ。
木のトンネルが続いてるみたいだ。鳥が囀り、風が枝葉を揺らして葉っぱが重なり合う音が優しく囁いてくる。
杉の木だけでなくシイ、タブ、モミが生い茂っていていろんな種類が生えてる。
参道にはふかふかの赤砂が敷き詰められていて、そこを歩いてると自重で足裏が沈み込むのが楽しい。
まるで、砂浜みたいに柔らかいんだ。木たちがさぞ根を張りやすいことだろう。
「森羅の杜ですねぇ。北方と南方の木が混じってるのが不思議だなぁ」
「おぉ、真幸殿はよくご存知ですな。この杜は南限と北限の種類が混じり、六百種類程の木々が茂っております。これ以上成長することがない極限に達した木々が立ち並び、極相林とも言われます」
「600?!すごっ!極相林って名前がかっこいい!」
「一乃鳥居が日本の東端にあり、一番最初に日の光が当たるので『全ての始まりの地』とも言われております」
「はー、なるほど。おっ!鹿だ!」
日本の国歌にもある細石の展示を通り過ぎると、鹿園が現れた。
鹿って、結構でかいんだな。クリクリした目でじぃっとこっちを見てくる。
その昔、神様は鹿の背に乗ってやってきたらしく、ここでは大切に飼育されているんだって。
確かに乗れそうだけど、あの細い足に耐え切れるのかな。
魚彦やなゐの神はいいけど、颯人とタケミカヅチはどう見ても鹿には重力オーバーだろ、足が折れちゃうよ。
俺の視線に気づいた二柱が頬を膨らませる。
「俺たちゃそんなに重たくねぇ。それに、昔のシシはもっとデカくて頑丈だったんだ」
「そうだな、今は愛玩対象なのだろう。シシは騎馬としても優秀だぞ。足のバネが良く崖から飛んでも問題ない」
「なーるほどねぇ」
「というか、昨日もここを通っただろ。真幸は鹿を見なかったのか?」
「いやーあん時はそんな余裕なかったよ。必死で六根清浄大祓覚えてたところだったし」
「なっ!?知らなかったのか??」
鬼一さんがびっくりしてる。
お忘れですかー。俺はまだ初めて一年経たない新人陰陽師なんだよー。
「昨日初めて知ったよ。ただあれは文字通りの意味だし、呼びかけのイメージも掴みやすい。ひふみ祝詞のように見たこともない十種神宝と繋がる必要もないからさ」
「たしかにそうだが、覚え立てであの練度か。むむ……」
「鬼一さん、真幸の場合は相性が良ければ経験は関係ないんやろ。本人の心持ちに近ければ近いほど効果を発揮するんや。
真幸のやり方は巫覡やんな。陰陽師寄りやない」
「確かにそうだ。呪力もないしな」
「せやなぁ……」
おん?何だそりゃ。
聞いたことのない単語が出てきたぞ。
「呪力は何となくわかるがふげきってなに?」
「呪力は文字の通り呪いの力。私らの場合は人のマイナス方面の感情を霊力に混ぜるんや。
術撃に使うんやけど、真幸には厳しいかもしれん。巫覡は巫女さんの男バージョンやな。巫女の巫に覡って言う文字使うんよ」
「ほぉん。そういや陰陽師なんだから、陰の力も陽の力も使うんだよな。その辺りはまだ手付かずだ」
マイナス感情かぁ。自己評価では立派に持ち得ている筈だが、最近薄暗い気持ちになる事は無いしなぁ。
マイナス方面に振れるとしたら怒りくらいかな?でもそっちはあんまり触りたく無い感情だ。暴力の衝動に触れることになってしまうだろうから。
「真幸は、後にそれを得ることになる」
颯人の一言で神様連中が暗い顔になる。そうかもなぁ。颯人の神器が言ってたし、神様はみんな未来が視えるのか。
「何かあるんやな。未来予知ですか、颯人様」
「言えぬ。何もかもを我等は口にできぬのだ」
「未来予知は口に出せないもんですからね。神様達が口に出さないなら、備えるしか無いぜ」
「鬼一さんがそう言うならそうなんだろうなぁ。颯人と離れるのはきついがどうやったら回避できんのかねぇ。痛い思いってどんくらい痛いのかな?」
鬼一さんと妃菜がギョッとして立ち止まる。え?何だ?
「真幸!それをどこで聞いた!?」
「えっ?武器のレベルアップの時に颯人の神器達から聞いたよ」
「レベルアップ!?あ、あんたそれ伏見さんには言うたんか!?」
「そう言えば言ってないな。忘れてた」
「神器の声を聞いたのか!?レベルアップなんぞ聞いたことがない。それに、未来を聞くなんて、託宣じゃないか!」
「あかん、頭痛くなってきたわ。真幸がレベチなのはそこまでやったんか」
「えー、そうなの?未来がどうなるかはわからんし、言っても仕方ないだろ?伏見さんに言ったら面倒だし、バレるまで黙ってたいな……その反応見ると」
「昨今の陰陽師はなっとらん」
「オレもそう思うぜ」
「神降ろしできてんのに、何で神器は変化しないんや?。依代の為に下した武器なら会話できて当たり前やろ。おかしいやんけ」
「そうさのう。託宣は別としても力不足は否定はできん。ワシと颯人もずっとそう言っておる。だが、伏見は改革が必要だと気づいておろう。じゃからこの二人が今回ついてきたんじゃよ」
「「大丈夫なのか、現世は」」
神様達に呆れられた鬼一さんと妃菜ががっかくりうなだれる。
この二人に教えれば徐々に広まるだろうし心配は要らないと思うけどな。
「大丈夫だよ。二人は色んな意味で優秀だから。変わろうと思っていれば人は死ぬまでそうできる。
陰陽師一年生の俺が言うんだから、間違いない」
そう言うと、二人がしゃがみ込んでますますしょんぼりしてしまった。
えっ、何で?ここはニコニコするシーンじゃないのか。
「半年しかやっておらぬ、元一般人の真幸に言われればこうなる。なかなかよい喝だったぞ」
「…………ごめんて」
俺はどうやら励ますのを失敗してしまったようだ。颯人だけが笑顔になって、何とも言えない雰囲気が漂った。
━━━━━━
「こちらが要石です」
「ほー」
苔むした鳥居、柵に囲まれた中に突然現れた要石。
昨日祝詞を捧げた池とは反対方向の森の中なんだが、ここはどうしちゃったんだって感じに荒れ果ててる。
地面が隆起して鳥居は傾き、柵も周りの木々もぜーんぶバッサバサに倒れきってる。天変地異は神宮内外になかったし、ここだけ被害に遭ったのか?
地震……なわけないよなぁ。要石は地震を抑えてくれてる筈なんだ。割れたから効果がないのか?
埋もれた要石を見るために枯れた葉っぱ達を避けると、ヒビの入った丸い石が現れた。
「おー、見事に割れてるねぇ」
「真幸は、近寄れるのか」
「あかん。気持ち悪い……吐きそう」
おん?しゃがみ込んだまま振り向くと、みんな苦い顔して立ち止まってる。
石まで来れてるのはタケミカヅチとなゐの神だけだ。
「ここは殆ど神域ですから、人間には近づけないようです。汚れた気配で神も近寄れぬのかもしれません」
「えっ!俺も人間だし!……何でだ?」
着物の袖で鼻を覆った案内役さんの顔が青い。うーん。困ったな。
「颯人、どうする?」
「我も鼻が曲がりそうだ。近寄れぬ」
「ワシもじゃー、すまん……」
颯人も魚彦もダメか。頭の中の山彦に呼びかけてみよう。
(……応えないな)
「んんー、この気配は捕えられた時に感じたものと似てんな?茨木童子の気配やないか?」
「そうだな。オレ達は茨木童子にふん捕まって耐性ができて、真幸はその依代だからじゃねぇか?」
「そうなると要石を壊したのは茨木童子?」
「そうやな。ただ、不思議ではある。神域ならば大妖怪とはいえ近づけんはずや。何で壊せたんやろか」
「ヤトノカミも無理だ。あいつは元々妖怪だしな。神の序列としちゃあこの感じに近づけるわけがねぇ」
「耐性のない人も神も近づけない……犯人は俺!?」
「真幸はアホだったのか」
「予想以上やった」
「くそぉ……」
アホですいませんねっ!!
でも、そうなると要石を壊したのは結局誰だ?穢れに強い神か、もしくは俺みたいに神域に耐性のある陰陽師か。
ふんわり思い浮かぶ像は、颯人と俺みたいなバディ。いや、考えすぎか。
「犯人探ししても仕方ないな。そんじゃあサクッと要石を治して……」
「――真幸!!」
魚彦の悲鳴の様な呼び声と共に、目の前に颯人が立ち塞がる。
パリン、と何かが割れる音。結界が割れた音じゃないのかこれは。
呆然としていると、肩を抑えて颯人が蹲った。
「颯人!?」
「くそッ!オレが追う!!」
タケミカヅチが柵を飛び越え、走り去っていく何かを追う。
「あれは、ヤトノカミだ……くっ」
「颯人!傷を見せろ。……っあ……」
膝から力が抜けて、颯人と同じ場所に激痛が走る。
「真幸?……其方も痛むのか?!魚彦!!」
「応!」
魚彦が顔を顰めながら走り寄ってくる。
鬼一さんと妃菜が手を打合せ、祝詞を唱え始めた。
ワイシャツのボタンを外した魚彦が颯人の肩を見て、目を見開く。
「な、何じゃこれは……呪い?いや、何かの無機物が打ち込まれておる」
「神力が吸い取られる故呪いも含まれているだろう。人が作ったものだ、これは……つっ、」
「颯人と同じタイミングで、俺にも痛みが来るみたいだ」
「あぁ、颯人の痛みが真幸に伝播しておる。なゐの神、真幸を抱えてやれ。とにかくここから離れよう」
「わ、わかったやで!真幸、ほれこっちこい」
「ん……」
体の力が抜けて膝が震えてる。
それを見たなゐの神がヒョイっと俵のように俺を抱え、魚彦も颯人を抱え上げた。
小さくても神様だなー。わー、すごーい。
大きな杉の木の根元に俺たちをおろし、なゐの神と魚彦が柏手を打つ。
魚彦が傷口に手を当てて、そこからホワホワした光が見えた。
「何やこれ?けったいな匂いがするで」
「ワシの回復が及ばぬ。なぜじゃ」
「見せてください」
鬼一さんがなゐの神と代わって颯人の肩をはだけさせ、片口から広がる紋様に目を剥いた。
「何の目的かはわからんが、強い呪いの一種だ。命に別状はないが……」
「私もこんなん見たことない。真幸は紋がでとるんか?」
なゐの神がジャケットを脱がせてワイシャツを切り裂き、肌を露出すると俺にも同じ紋様が肌に浮かび上がってるのが見えた。
うーん?何だこりゃ?雰囲気的には真さんの山寺にもあったような気もするな。
黒く広がる魔法陣みたいな感じで、なんか文字が書いてあるけど……。
力が吸い取られる感覚がだんだんと薄れて、同じくその黒文字達が消えていく。
「我の神力で解呪できそうだ」
お互い服をはだけたままで颯人が腕を伸ばしてくっついてくる。
ピッタリ体が密着すると、腹の中から熱が生まれて全身にそれが広がる。ポカポカ暖かくなってきた。
それに伴って痛みが遠くなっていく。ズキズキ、どくどく……心臓の音と共に痛みが消える。
「はぁ、はぁ……すまん。取り逃した。あれは間違いなくヤトノカミだった」
すごい速さで戻ってきたタケミカヅチは汗びっしょりで息も絶え絶えだ。むむーん。颯人もタケミカヅチもそう言うならヤトノカミが犯人確定って事かな。
「タケミカヅチ、ありがとな。こっちは大丈夫そうだ」
「解呪できたぞ」
颯人が体を離すと、流れた血が止まり傷口からぺっと何かが出てくる。
こりゃ鉄か?銀色で微妙にひしゃげたそれは丸かっただろう形を変えて、半分から先が歪に広がっている。
「鉛玉じゃねえか。猟師が使う弾だ。柔らかいから肉の奥に進むにつれて形が変わって傷を広げるんだぜ。嫌な代物だ」
「鉛玉……猟師ってことは猟銃?」
「人がヤトノカミを害したのだ。これを作ったものは我らではない陰陽師だな?」
俺を抱えたまま案内役の氏子さんを睨みつけ、やがて颯人はため息を落とした。
おじいちゃん……目が真っ白になってるんですけど。怖いぞ。
「これは傀儡の術に侵されている」
「傀儡って、操る系のやつだっけ?」
「そうだ。……真幸の問答には答えるだろう。こやつらは其方に心を開いている」
そう言うことなら、早速聞いてみよう。フラフラしながら立ち上がったおじいちゃんを抱え、タケミカヅチが頷いた。
「ヤトノカミと茨城童子に対して人の武器を使ったの?」
「……は、イ」
「なぜだ。あれは荒神ではなかった」
俺と颯人の言葉にゆらぎ、はくはくと口を開いては閉じる彼は……とてもじゃないがまともな状態には見えない。さっきまで普通に話していたのに、まずい事を聞かれるとこうして口を封じられるのか。
「荒神ではない神様に攻撃して、俺たちに助けを求めていたのは罠ってことか?
依頼は荒神を鎮めて欲しいってものだったはずだ。どう言うこと?おじいちゃん」
「そ、レ……は、そ……」
「――お前達人間はみいんな、騙されているんだァ」
ゾクゾクと背後に怖気を感じる。
俺の言葉に答えるように聞こえた声は……荒神でもない、ただの妖怪でもない、神様でももちろんない。
魚彦やなゐの神と同じくらいの背の高さの少年が一人、要石の上に佇んでいる。
パーカーを着てデニムのズボン、スニーカーを履きフードをかぶって顔を隠したままの人影。
見た目だけで言えばただの人間に見えるが、気配はそれではない。
「オイラは何もしてないぞォ。誰かがこれを置いたんだァ」
白い何かを拾い上げた彼は、笑みを浮かべてそれを投げてよこす。
受け取った俺の手のひらに転がる、少し黄ばんだ黄白色の硬い何か。もしかして、それって歯じゃないか?
「オイラの牙だよォ」
少年は自分の口に親指を突っ込んで、両側に広げてみせる。
八重歯のあたりにあるはずの鋭い犬歯が一本なくなっていた。
「要石も割れちゃいない。人が近寄れないのはオイラの歯があったからで、神域云々も嘘だよォ。ここいらの人間達を騙してヘンテコな結界を張った奴がいる。お前には何にも効かなかったなァ、真幸とやら」
「君は、誰だ?」
「茨木童子ってお前達は呼んでるなァ。詳しい話、してやるよ。ついてきなァ」
ヒュルンと旋風が吹き、彼の姿が消える。
「颯人」
「応」
颯人が俺に触れ、みんなが駆け寄り必死で繋がって一緒に転移術に包まれる。
呆然と佇む青い顔の氏子さんを眺めて、ため息ひとつ落とし、目を閉じた。
2024.04.08改稿
2024.08.02改稿




