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191 亡命


真幸side


「ん……颯人?おかえりなさい」

「あぁ、相棒が戻ったぞ。其方の熱は下がっておらぬ。力を抜くがよい」 

 

「うん……汗かいてちょっとスッキリしたよ。まだ頭はポヤポヤしてるけど」

「魚彦が針で薬を入れた故、じっとしているのだ。しばらく動いてはならぬと言われた。月光を浴びて潔めておこう」

 

「うん、ありがとう」


 

 現時刻……壁の時計は2:30を示していた。窓から見える月が柔らかい灯りを窓辺に広げ、俺達はその光の中にいる。

 カーテンを開けて月光浴をさせてくれていたみたいで、颯人にお姫様抱っこされてふかふかソファーの上だ。


 頭のてっぺんで「チュッ」と音がして、颯人がキスしたのがわかる。熱のせいだけでなく胸がドキドキして、鼓動が早くなった。

 寝ぼけていたのに突然覚醒してしまった。熱が上がっててよかったとさえ思える。でなければそのせいできっと顔が真っ赤になっていただろう。

……油断してると、最近すぐそうなるからな。




「えっと……天照と陽向はもう帰ったの?」

「うむ、朝には見舞いに来る。其方の好きな菓子を作ると意気込んでいたな。

 まさか陽の兄まで料理をするようになるとは思わなんだ。驚いたが、陽向が教えたらしい」

「陽向はお料理上手だからね。天照はちゃんと女の子やってた?」

 

「ふっ……陽の兄、いや、既に姉か。あれの女子(おなご)仕様は板に付いているだろう、その昔は女神としての姿が常だったのだから。

 男神の生まれで長年保つのは難しかろうが、陽向のためにそうしたいらしい」

 

「陽向ならどっちでも良いって言うよ。多分、自分が男としてってのは変えないだろうけど……俺に似て頑固だから」


 


 こくりと頷いた颯人は、俺の髪を耳にかけて両手で頬を包み込んでくる。

月明かりに照らされて白く光る相棒は、ことのほか美しく感じた。あんまりにも綺麗だから目が逸らせなくなる。


 颯人への気持ちがどう言うものなのか、ハッキリ自覚してから余計にカッコよく見えるのはなんなんだろう。神格の階位云々で顔の作りが決まるなら、天照だって月読だってものすごい美形のはずなのに。実際いつも恋文もらってるしさ。

 でも……俺は、この人の優しい眼差しがこの世で一番綺麗だと思う。



 

「綺麗だな……」

「ん?……あぁ、我の事だな?」

 

「くっ……こ、この口は!!抑えておかないとちっとも言うこと聞かないんだ。忘れて下さい」

「それはできぬ相談だ。褒められたのに覚えぬわけがないだろう。深く心に刻む」


「そんなの件に声を借りてからずっと言ってたでしょ。自分でも流石に恥ずかしかった」

「ふ、あれは大変良い。我と目が合うたびに愛を囁かれているような気がして、大変素晴らしいひと時だった。

 其方が心の底からそう言えるまで……我が待つための糧になる」

 

「颯人、辛かったよね……」





 月明かりに目を細めていた颯人が俺の顔を覗き込み、幸せそうに微笑む。まるで、何も悩みなどないかのように。

 

「つらくはない。今はただ、離れ離れにならぬよう必死なだけだ。真幸はいつも未知の未来を持ってくる。

 いかに長生きし、力が強くなろうと手も足も出せぬ物を」

「好きでやってんじゃないんですけど」


「くっくっ、そうだな。だが、我のように長寿な者が初体験を繰り返すなど、本当に長きにわたってあり得なかった事だ。

 一つ山を越えるたび素晴らしい景色が手に入る。それは今まで知っていたものよりもずっと尊く、美しいものだ。積み上げて来たくだらぬ物を突き崩してくれる程には」

 

「…………ふぅん」

 

「我らの絆は固く結ばれている。二度と解けることのない赤い糸は魂をも結びつけ、其方が作る世界を知った我はもう……他のものは目に入らぬ」


「…………ふーーん」

 

「――はっ、待て。先ほど何と言った?」

「ふん。いつの話?」

()()()()か?と其方は聞いた。どう言う意味だ」


「あの、その……ええと……」

「真幸?」




 指輪から伝わってくる鼓動が早くなる。妃菜が言うほど俺の気持ちはダダ漏れになっていたんだから、流石に颯人もわかってるとは思う。みんなの前でくっついても嫌がらないし、見つめられればまともに視線を返せず照れてた記憶はある。


 でも、なんて言えばいいんだろう。〝好き〟とか〝愛してる〟とかじゃ足りない気がして、俺は颯人にきちんと伝えられずにいる。

 特別な言葉なんて欲しがってないってわかってるけど、こんなにも待たせてしまったのに普通に伝えるだけじゃ納得できない。


 何故か件がくれた声は、颯人に関してだけ勝手に喋ってくれない。口篭っている俺を見て、颯人は目をキラキラさせている。


「えぇと、あの、颯人に言いたいことがあるんだ」

「あぁ」

「は……颯人の事が……」

「……」

「す、す……すすす」



「おほん!すみませんが、緊急事態です」

「「ビクッ!?」」




 ドアの向こうから聞こえた声は、伏見さんだ。申し訳なさそうな声からして、今のやりとりは聞こえてただろう。

 本気で焦っている声に、颯人がドアの鍵を開けた。間髪おかず、伏見さんが顔を覗かせる。



「先ほど少昊(しょうよう)殿が高天原を訪ねて来ました。……大怪我をなさっています」

「どう言う事だ?鬼一は?」

 

「次の事件に関して鬼一の反応はないですが、どうもきな臭い様子です。連れていた饕餮(とうてつ)も瀕死の状態でした」


「すぐにゆこう」

「うん。白石に留守番を……」

 

「もう頼みました。厄介な呪いがかけられているらしく、早々に解呪をしなければお二方とも危ういとの事です」


「わかった。魚彦」

「応」



 俺たちは熱の残滓を体に孕んだまま転移術をかける。瞼を閉じる一瞬前に慌ててやって来た鬼一さんが術に滑り込み、高天原へと移動した。


 ━━━━━━



「んもぉ、滑り込み乗車は危ないでしょ。鬼一さんだって転移術できるんだから、自分で来ればよかったのに」

「すまん。だが、なぜか術が効かねぇんだ……他の奴らも同じだぜ。だから伏見がお前のところに行ったんだよ」

 

「え……何それ?ちょっとまずい気がするな、急ごう」



 高天原にいる陽向を転移先にしたはずが、外れにある原っぱに転移してしまった。俺たちは早足の術をかけて走り出す。

 ややあってから隣を走る伏見さんがふ、と笑いをこぼした。


「力が戻ってすぐに術が使えるんですね」

「え?うん。普通そうじゃないの?」

 

「ええ、封じられた力は体に巡り切るまで時間がかかるものです」


「しまった、颯人!」

「そうだった!真幸、抱えられてくれ」

「え??ひゃっ!?な、何でだよ!!」




 魚彦が叫んだと思ったら颯人が急に抱え上げて来て、思わず全力でしがみつく。がっしり抱きついてしまって、くっついた胸元からお互いの鼓動が伝わった。


「真幸に走らせるでないぞ!」

「わかっている、薬が回るまで其方は安静にせねばならぬ。治癒術は我が行う」

 

「ふぇ、はい」

 

「頼むからじっとしていてくれ。薬剤の中にある火の鳥の羽は、活動すると発火するのだ。火傷では済まぬ」

 

「えっ、こわ……」

「恐ろしい薬剤ですね。そう言う事でしたらじっとなさってください」

「ハイ」


 風の中をかけて、疾風に体が溶け始めた頃颯人が小さな声で囁く。

「後で話そう」と密やかな声は熱が下がり始めた体に、動いてなくても再び火を灯した。




「母上!こちらです!!」

「陽向?どうしてここに……あっ!」


 陽向の声がして、葦原の向こうにぴょこんと現れた。颯人が急ブレーキをかけ、弧を描いて走って行く。近づくに連れ、血の匂を濃く感じる。





「颯人、離して」

「ぬ……」

「颯人!こんなの同時に治癒しなきゃ治らないよ!二柱とも瀕死だ!!」

 

「颯人、ワシが(しゅ)になる故問題ない」

「仕方ない……」



 俺を支えていた腕の力が緩み、そこから飛び出して少昊さんの元へ降り立つ。 

簪を抜こうと手を伸ばすが、魚彦に抑えられた。

「ならぬ。其方は補助じゃ」 

「わかった」




 魚彦が血だるまの彼に触れると、ふわふわ漂い始めた青い光が胸元から溢れて来た。

『お手伝い』

「精霊さんか……ありがとう、頼む」

『はい』



 魚彦の小さな手の上から自分の手を重ね、全身をチェックすると……確かに呪いを受けている。血管がボロボロに朽ち果てて、深く刻まれれた皮膚の裂け目から血液が吹き出しているようだった。


 真っ白な顔についた血を拭うと、彼はわずかに瞼を上げる。


「人神様……」

「喋らないで。何があったかは後で聞く」

「饕餮……が、」

「颯人が看るから大丈夫。鬼一さんと伏見さんもいるからね。必ず治るよ」


「……ありがとう、ござい……ます」




 ほっとしたように目を瞑る彼は、いつもの様子ではなく完全に疲弊しきっている。天照に薬剤を煎じるよう伝えた魚彦は眉を顰めた。

 

「陽向よ、何があった?これはワシの知らぬ呪いじゃ」

「それが、訳がわからないのです。僕もさっき来たばかりで……外国の神は正門前に転移されるはずなのですが」

「もの凄い複雑な呪いだな、まるで俺が考えつくような代物だ」

「母上」


「そのくらい精緻な術式という事じゃ。颯人、読めるか」

「…………」

「無理みたいだな。魚彦、解呪は運動のうちに入る?」


「入るに決まっておろう、術を使うとして上限は1分までじゃ。それ以降は発火してしまうぞ」

「ん、わかった」




 癒術のサポートを陽向に変わり、立ち上がって柏手を打つ。親指の腹を齧って血に濡らし、地面に略式の陣を描いた。

 地面に指が擦れると種火が立ち、血を燃料として炎が上がる。それは葦原に移り、赤々と燃え上がった。



「暉人、ククノチさんは火を止めてくれ。ラキとヤトは高天原の神様達に知らせて水を運んで」

「「「「応!」」」」


 次々と神様を顕現するたびに体の熱が上がり、血管が膨張して冷や汗が吹き出す。誰も彼もがしかめ面で、駆け出して行く。



「ごめん、魚彦。面倒かけちゃうと思うんだ」

「…………はぁ……任せておけ」

「うん、頼むね」

「応」


 魚彦の低い声は少し震えていた。体の中が燃えるなら、覚悟しておかないとだな。

 かんざしを抜いて、力を解き放つと身体中から悲鳴が上がる。皮膚の中から水分が湯気になり、ほわりと漂う白い煙にに血を溶かして、陣を起動させた。


 少昊さんと饕餮から瘴気が溢れ、あたり一帯を黒く染めて行く。しかし、葦原の炎がその広がりを遮る。暉人たちはそれを眺めて、今以上燃え広がらないように蘆を刈り出した。

 そうだな、その方が良さそうだ。



  

 瘴気は炎の壁に押し寄せ、波のようにたぷんと音を立てて戻ってくる。白い波の花が生まれ、それを摘むと紫色の文字がにゅるんと姿を現した。

 

 文字同士は複雑に絡み合い、何が書いてあるのか全く判別できない。文字がわからなければ打ち消すことも解くこともできないが、知恵の輪のように絡んでしまっている。これをゆっくり解いていたら呪いを受けた二柱は手遅れになるだろう。


 親指の噛み跡へ刀でもう一度切り込みを入れて、血の量を増やす。ポタポタ垂れた紅色は呪いの文字を燃やして溶かして行く。




「……な、魚彦殿!母上が!」

「血はどうとでもなる。陽向は活動時間を見ておくれ」

「はい!……あと40秒です」


 陽向がカウントダウンを始めて、文字が溶けて行く様を眺める。どこかに呪いの核があるはずだ。これは何かを形代(みがわり)にした呪術じゃない。術者本人に返っていくタイプの直轄型なんだ。

 誰がこれを作ったのか……辿るものがどこかにあるはず。



「残り20秒」

 

 溶けていく文字がドロドロと溶けた蝋燭のように固まり始め、指先でそれを押し分けて中を探す。俺の皮膚に絡みつくのは人の体温だ。呪いを放った本人は今頃臓腑を引きちぎられているような感覚がしていることだろう。

 俺が探しているのは、敵の腹の中なんだ。


 紫の塊は触れるたびにねちょっとした感覚とぬるい体温を伝えて、動かすたびに糸を引いている。

 うぇー、気持ち悪い…。





「10秒……9.8.7、……」

 

 ひたすらかき分けて行った先に、温かいものがふれて、渇いたお日様の匂いが鼻先に香る。何もかもをあたたかく乾かして、清めてくれるはずのものなのに。

 頭の中に浮かんでくる少女の笑顔が……黒く塗りつぶされていく。


「3.2……母上!」

「もう少し……」

「真幸、ここだ」

「うん」


 背中から颯人が手を添えて、一緒に呪をかき分けて行く。体の中の熱によって生み出された耳鳴りと頭痛、そして呪いをまさぐるたびに懐かしい匂いが強くなって、泣きそうだ。

 

 ――もう間違いない。敵陣に咲陽(さや)がいる。黄泉の国で俺との再会を待ち望んでいてくれた、姫巫女の咲陽が……。



「これだ!暉人!!」

「応!」


 颯人が呪の中にあった鉱石を摘んで抜き取り、天に放る。(いかずち)がそれを貫き、呪核は粉々に砕け散った。

 俺はそのまま力が抜けて、大きな腕に抱きしめられる。そして、颯人の衣に火が灯った。 

 

「父上、火が!!」

「富士にゆく、あとは頼むぞ」

「……はい」


 


 颯人の跳躍と転移を感じて、目を瞑る。再び瞼を開けると暗闇に佇む勇壮な姿の富士山が見えた。俺たちは赤い炎を纏いながら夜空をかけて、富士山本宮浅間大社を目指している。

 そうだね、あそこの水ならきっと、この火を消してくれるだろう。

  

「―― はぁ……――あつい、ね」

「そうだろうとも。今少しだ……すまぬな」

「ん……」

 

「この熱が、其方の熱なら我は消さずにいただろう」

「…………うん」

 

 颯人の顔を見ようと顔を傾けると、目の前が真っ赤に染まる。皮膚が爛れて水疱ができて、血が滲むのを感じる。燃え移った颯人にも同じものが広がっているだろう。

 

「颯人……ごめんな」

「よい、こうなると思っていた」

「えへへ。結構痛いね」

「あぁ。全く、困ったものだ」


「――颯人!池に突っ込みなさい!!」

「おう」




 サクヤの声だ……。悲鳴のような叫びと共にザブン、と水に飛び込む音がする。ぷくぷく登って行く泡が見えて、視界が戻って来た。

 

「其方は炎に包まれていても美しい」

 

「水疱だらけだろ。あんま見ないで」

「そのようなもの、其方の眩さにはかき消えてしまう。……目を瞑れ、しばし霊水の中で休もう」

「うん」


 力いっぱい抱きしめられて、骨が軋む。肺が圧迫されて苦しいけど……その痛みだけが心を震わせた。


「この中では、二人きりだ」

「…………」

 

 颯人に思いっきり抱きしめられて……ジクジク広がる火傷の痛みが凪いで行く。颯人の甘い囁きに思考が溶けて、俺は幸せな気持ちで意識を手放した。




 ━━━━━━



「重症2名、いえ3名と軽傷一名ですね」

「ハイ」

 

「伏見、記録は良い。後で月の兄に申し伝える。治癒を手伝ってくれ」

「はぁ……もう少しやりようがあったはずですが、何も言えませんね。少昊殿、饕餮両名とも一命を取り留めました。意識が戻ったら話しましょう」


「ん、よかった。ごめんな、伏見さん」

 

「謝らないでください。僕は颯人様の後片付けで手一杯でしたから。役立たずだと自覚したくないので」

「俺もだ。痛そうだな……」


 伏見さんも鬼一さんも俺の治癒に回ってくれて、しょんぼりしてる。俺の眷属たちはみんな中に戻って、力を分けてくれてるみたい。瞬く間に傷が消えて行った。



 

「ねぇ、颯人は?火傷したでしょ?」

「大したことはない」

 

「ダメだよ、見せて。血が発火するなんて初めてなんだから」

「其方の治癒が終わってからで良い」

 

「何言ってんのさ、俺が同時にすれば……」


「母上、いい加減になさってください。僕がします」

「ハイ」

 

「父上も無駄口を叩かぬように。僕は今とても精神状態が良くありません」

「…………」



 怖い顔した陽向が颯人の背後からやって来て、乱暴に着物の袖をたくし上げる。べちっといい音がして、颯人が痛みで目を瞑った。


「まったく!いつもいつも懲りずに怪我して!!母上に寛容なのは良いですが、もう少しどうにかしてください。眷属に代わればよかったでしょう!解呪された瞬間に!!」

「「…………」」

 

「なんとか言ってください!」

「其方が口を開くなと言ったではないか」

「減らず口を叩くなという意味です。後は?どこですか?腹ですか?」

「握り拳はやめてくれ。流石に痛い」


「陽向、少しは加減なさい」

「ダメです。母上に怒りたいですが、この方は今重症なのですから」

「そうだとしても、颯人も怪我をしてるでしょう?」

「可愛い顔をしても誤魔化されませんよ」

「まぁ……うふふ」



 

「「…………」」

 

「二人ともどうしたの?私の言葉は何かおかしい?」

「違和感がないのが怖い」

「兄……いや、姉上になったことに慣れておらぬのです。ご容赦ください」

 

「ふふ……」


 コロコロと笑う天照は、どう見ても女の子だ。元々顔の作りはどっちでもおかしくなかったけど。ほっぺとかおっぱいがふくらんで全体的にふわふわした感じだな。


「かわいいな、天照……」

「あら、真幸はこちらの方が好みなの?」

「好みっていうか、ふわふわした女の子が身の回りにいなさすぎて新鮮なんだよ」

「否定できぬ」

 

「そうだろ?いや、本当にかわいいな……」


「母上といえども差し上げられませんよ」

「う、うん。そりゃそうだけどさ……こんなに変わるものなのか」




 伏見さんも鬼一さんも天照を見て呆然としてる。完璧すぎる女子の振る舞いだし、クシナダヒメみたいなふわふわの漢服を纏ってるから……現世でも良く書かれている天照大神の姿そのものだ。

 たおやかってこういう事だよね?


「芦屋さんの変化もこんな感じでしたね」

「そうだな、全体的にふっくらして繊細で、小さくなった感じだ」

「何を言う。真幸は姉上よりもさらに美しかろうが」

 

「父上、夫の僕の前でやめてもらえますか。まぁ……母上には敵いませんが」

「そうでしょう、そうでしょう」


「おい、やめろ。本人まで肯定しちゃダメだろ。体だけは元々女子だったんですけど」

「芦屋さん自体が体の変化を抑えていたのですよ。ですから、反動でそのように膨らんだのでしょう。とてもイイサイズです」


「伏見、少し話をしよう。二人きりで」

「お断りします」




 伏見さんは颯人から目を逸らし、そそくさとどこかへ行ってしまう。


「うむ、これで良いじゃろう。血の中の火の気配も無くなった」

「魚彦、ありがとう」

「ワシも肝が冷えたぞ、内臓は丸焦げじゃった。しばらく無理をするでない」

「うん」


「内蔵が丸焦げなら痛かっただろうな……」

「鬼一さん、どんなだったか聞きたい?お腹のなかからじゅうじゅう音がしてね、鼻と口から生焼けの匂いがして来て、皮膚が縮んで……」

「や、やめろ!想像しちまうだろ!?」


 鬼一さんは耳を塞いで目を閉じる。帰ったら、彼とも話をしなきゃならない。

 だから……。



「――命を救っていただき、感謝いたします」

「少昊さん……大丈夫か?」


 俺たちの前で深々と頭を下げ、正式な礼をくれた少昊さんは顔色が良くない。額を俺の足の甲に当てて、手のひらを掲げて来たから精霊の力を分けてあげる事にした。

 彼の震える手をそっと握り、口づける。無事でいてくれて、本当に良かった。

 


「――楽になりました。重ねて御礼を申し上げます」

「ん、饕餮は?」

「私の胸元に。……あなたとお揃いですよ」

「おぉ、黒い毛玉がいる」


 胸元の襟をはだけると、包帯でぐるぐる巻にされた姿が見えた。累みたいなくらい毛玉がそこにいる。




「さて、私は無事亡命を果たしました」

「えっ……ぼ、亡命????」

「ええ、この怪我は天帝から逃れた故です。我が一族は彼の方に操られています」

「うそぉ……マジか」

 

「マジですよ。本当にびっくりしました。あなたにお会いしたおかげで守りを得て、難を逃れたのです。私も、饕餮も。

ようやくお会いできましたがさっさとお話ししましょう。鬼一殿がソワソワし始めました」

 

「…………」



 傍に控えた鬼一さんは冷や汗を肥大に浮かべて静かに頷く。動き出す時はこういうものだってわかってるけどね。

 少昊さんの話を聞いて、しっかり準備したかったな。


「向かいながら話そう。現場には車で行くから」

「そうだな……伏見」

「はい」

 

「いつの間にかいるし」

「僕はそういうものでしょう。倉橋に車を寄越させます。少昊殿、颯人様、芦屋さん、僕と鬼一でまいりましょう。仲間たちには白石に車を任せます」


「うん、じゃあ行こうか」




 みんなで立ち上がり、少昊さんに手を差し伸べる。もう一度俺の手を握った彼は、覚悟を決めたかのように深く頷いた。

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