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【完結】「神様のバディ、はじめました」━裏公務員の神様事件簿━  作者: 只深
裏公務員はじめました

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12名もなき山寺3


「――はっ!何の気配だ?今、何時?」

「動くな」

 

 ふと、何かの気配を感じて夢から覚めた。まだあたりは暗く、夜が明けていない。

 ただならぬ気配が周囲から漂って来ている。布団の中で体を隠すように俺を抱えて、颯人がドアの向こうを睨みつけていた。

 

「颯人……?起きてたのか?」

「いや、目が覚めた、何かの怨霊が彷徨っている。……探し物をしているようだ。かなりの怨恨を感じる」

「お、怨霊?探してるって、何を?」


「しっ、口を閉じよ。念通話もするな。正体がわかるまでは静かにしておれ」


「………………むぐ」




 布団の中でぎゅうぎゅうに抱きしめられて、二人して掛け布団に潜り込む。

俺の額に颯人の唇が触れて、結界が施された。


 廊下から……ひた、ひたと足音が聞こえる。人が歩いて足の裏が木の床に触れる音だ。

足音はどんどん近くなり、明らかにこの部屋に近づいてくる。……瘴気の匂いが鼻をつく。


 足音がぴたりと止まり〝トントン〟とドアが叩かれる。

……心臓が飛び出そうだったぞ。びっくりした。


 颯人に目で問うと、瞼を閉じて首を振られた。こ、怖いんですけどー?一体何が起きてるんだ。




「おとうさん、おふとんに入れて下さい」


 小さな子の声だ……今にも泣きそうな震えた声で、小さく囁いている。

 

――子供が一人で登山にも等しい道のりを超えて、山寺に来れるわけがない。真さんにもお子さんはいない。

首筋が悪寒で粟立つ。間違いなく怨霊がそこに居る。




「おとうさん、一人で寝られないんです」


「おとうさん。おねがい、起きて。頭をなでてください」


「おとうさん。あんよが冷たいの。お手手でさすってください」




(は、颯人)

(ならぬ。これは怨霊だ。寂しさを紛らわすために人に取り憑こうとしている)


(それなら抱きしめてあげたら満足できるんじゃないのか?あんな声、聞いてられないよ)


(しかし、其方は怪我を抱えている。怨霊を鎮めるにも、取り憑かれないよう抵抗するのにも霊力を使わねばならぬ)

(でも……)



「お、おとうさん、僕のことがおきらいになりましたか?ちゃんと、いいつけどおりに箱の中に入っていました……。

お水が入って、苦しかったけど、目をつぶっておむかえを待って……」


 あぁ……胸がズキズキする。か細い声は震えて、甘えたい気持ちが溢れている。

それに、言いつけを守ったってなんだ?箱……水?もしかして川に流された?

 口調からして口減(くちべら)しで殺されてしまった子だろうか。死んでからもずっと寂しさを抱えたままなのか?




「あぁ、ここにいたか。父はここにある」

「おとうさん!?」


 部屋の外から、優しい声が聞こえる。

……どう聞いても真さんの声じゃないのに、彼がそこにいると確信できた。

モワモワ漂う瘴気の匂いが消えて、清浄な空気に瞬時に戻る。

本堂にいた時に香った線香の匂いがじんわりと広がっていく。



「父を忘れたか?お前は約束を守り、男として耐えた。迎えに来たよ」


「おとうさん、おとうさん!!」


「あぁ、いい子だ。お前のおかげで母も、妹もみんなが生きられた。寂しい思いをさせてしまったな」



「僕はちゃんとりゅうじん様にお手紙をとどけられましたか?」

「あぁ。龍神様が願いを聞き、皆が飢えずに済んでいる。

腹が減っただろう?おにぎりをあげよう。白米だけのおにぎりだよ」


「ええっ!?すごい!いいの?」


「お味噌汁も漬物もある。そうだ、甘い卵焼きも作ろうか」

「卵!?わぁ!食べてみたいです!!」


「お勝手に行こう。お父さんと一緒に食べようか」

「はい!」




 二人分の足音が遠ざかるのを聞き届け、颯人と布団を抜け出して後を追う。

本堂の脇を通った真さんは、チラリと振り返って僅かに頷き、キッチンへ向かっていった。


「颯人!」

「あぁ、ゆこう」




 本堂の脇、仏壇の前を通り抜けてキッチンへ。

そこには蝋燭の灯りを灯し、作業台の上でお皿におにぎりを乗せている真さんがいた。


 ……もう一人、誰かががいるはずなのに、気配しかない。暗闇の中で吐息が二つ聞こえるのに、何も見えないんだ。


 真さんが視線をよこし、穏やかに微笑む。



「もう大丈夫ですよ。お客様をお父さんのお迎えだと勘違いして、箱から出て来てしまったんです。

ご飯を食べれば戻ってくれますから」


「お、俺……卵焼き、作ります」


「お願いしていいですか?うんと甘いやつをお願いします」

「はい!」


 キッチンに降りて、真さんから卵を受け取る。夕食前にしたように颯人がガス台に火をつけ、フライパンを温めはじめた。




「あのひと、だあれ?」

「父の友だ。とても尊いお方なのだよ」


「りゅうじん様よりも?」


「ああ、お前が頑張ったから、尊い神様が直接来てくださった。ご褒美に甘い卵焼きを作ってくれるそうだ」

「わ、ぁ……本当?あまい卵やき?そんなの食べたことありません」


「そうか」

「ご飯は、本当に白い米なのですね。僕は汁しか食べたことがなくて、こんな風におにぎりになるなんて……りょうしゅ様が食べていたのと同じですね!」


「そうだな……」




「いいよ、颯人」

「あぁ」


 颯人とバトンタッチして、温まったフライパンに卵液を流し込み、ガスの火を弱める。


 沢山お砂糖を入れたから焼き上がる匂いがケーキみたいに甘い。


 真さんの横に、子供がいる。姿形は見えないけれど……食べるのに困って、龍神に生贄としてその身を捧げただろう小さい子が。


幼くて高い声色が、切ない。




「支えよう」


「すまん……ありがとう」

「よい。焦がさぬようにゆっくりな」


「ん……」


 涙で視界が滲んで、手が震えてしまう。

颯人が背中から支えてくれて、動かしたい方向へ手を添えて助けてくれた。



「おとうさん、神様はなかよしなんですね」

「そうだな。今の世は神と人とがあのように手を取り合い、仲良う暮らして世を(たすけ)てくれるのだ」


「そうなの?じゃあ、ぼくみたいな事をしなくてもいいの?」

「……そうだな、きっとそんな世にして下さるだろう。もう二度と、誰もあんな思いをしなくていいんだよ」


「すごいねぇ、良かったねぇ。みんながごはんをたくさん食べて、おなかいっぱいで、ねられるんだねぇ」


「あぁ、そうだとも」



「……できた」

「うむ。美味そうだ」


 焼き色が少し濃いめについてしまったけど、砂糖たっぷりの卵焼きが出来上がった。お皿に盛って、それを作業台にそっと置く。


「すごい、こんなにいっぱい食べ物がある!いい匂い!」


「全部お前のだよ。おあがり」

「わあぁ……いただきます!」




 台所のテーブル横にある椅子がカタリ、と揺れて……塩握りとお味噌汁が、ちょこちょこ消えていく。

食べる口が小さいから、少しずつなくなっていくんだ。

菜箸を握りしめたままそれを眺めて、自分の胸がキュウキュウ締め付けられる音を聞いた。


 

「卵焼きも食べてごらん」

「あの、こんなにきれいなので、おとうさんがめし上がりませんか?」


「父は腹がいっぱいなのだ。お前のために作って頂いたのだから、遠慮しなくていいんだよ」

「そうなのですか?……ありがとうございます!」


 はくり、と小さな歯形がついて、卵焼きが少しずつ消えていく。

一口目を齧った次の二口目がさらに小さくなり、大切に大切に食べていくいじらしい様子に真さんも涙を溢した。





「浄真は、あのような怨念が込められた物を引き取って浄化しているのだ。

里から出て来た昔の呪いを引き受け、山奥で癒して天に送ってやるのだろう。……大切な、役割だ」


「うん、そうだな……」


「其方も同じ仕事をしている。よく見て、目に焼き付けておくのだぞ」

 

「はい」



 颯人が肩に手を置いて、ゆっくりさすってくれる。あたたかいその体温のせいで余計に泣けて仕方ない。


 卵焼きの最後の一口が消えて『はぁー』と大きなため息が聞こえた。



「大変、大変おいしかったです。ごちそうさまでした」


「あぁ、腹は膨れたか?」


「はい!あの、神様にお礼をもうし上げてもよろしいでしょうか」


「いいとも」


 真さんが虚を見つめて何かを目で追う。俺の目の前でその目線が、ぴたりと止まった。




「神様、大変おいしいご飯をありがとうございました」


「……えっ、お、俺か?」


「はい!あのう、手を、触ってもいいですか?」


「あぁ、いいよ」


 俺の足元から声がする。颯人じゃないのか……?思わずしゃがんで、じっと正面を見つめてみた。


 ぼんやりとホワホワの白い靄が漂っている。そこに恐る恐る手を差し出してみた。

すぐにむきゅっとわずかな圧力が加わった。小さな手だ……細い指の一本一本に力がゆっくりこもって、俺の手を握りしめてくる。




「神様は、とてもあたたかいのですね」


「君もあたたかいよ。小さい手だね……」


「ぼくは六歳ですから、小さいです。でも、おやくめをいただきましたので、もう大人です」


「……そっか」


 ホワホワの上部を撫でると、柔らかい髪の感触が伝わってくる。

――あぁ、見えなくても、ここにいる。小さな少年が。髪を撫でて、顔を触るとふっくらしたほっぺが柔らかい。

 

 手探りで頬を撫でると、わずかにそこが濡れていた。


「寂しくて泣いたの?」


「い、いいえ。さびしくなんかありません!ぼくはもう、大人です。おやくめをまっとうしたのですから!」


「そうだね……とっても偉かったよ。よく頑張ったね」

「はい!」


「さて、そろそろ日が上るよ。父と箱に戻ろう。おいで」

「……は、はい」


「どうした?」

「…………」




 少年のほっぺから手を離して、立ちあがろうとすると……足元から「お母さん」と小さな声が聞こえた。


 頭の後ろから殴られたような衝撃を受けて、体の力が抜ける。


 膝をつき、白いモヤ姿の彼をぎゅうっと抱きしめた。切なくて、苦しくて、胸が引き裂かれそうだ。


 大丈夫だなんて事、ある筈がないだろ。

こんな小さな子が突然親から引き離されて……寂しくないわけがない。


 

「ごめんなさい、あの、違うんです」

「……っ、うん」


「お、お母さん、母様と、神様のにおいがにていて」


「うん……俺がこうしたかったんだ。ごめんな。少しだけ、抱っこさせてくれるか」

「…………はい」

 


 胸元ににこてん、と頭が置かれる。

ためらいがちに俺の背中に手を回し、しがみついてくる痩せ細った体。

骨の浮いた背中を撫でてやると、彼の全身が微かに震えて……俺の頭の中に情景を浮かび上がらせた。




――大雨で川が溢れ、何もかもを流されてしまった村。悲壮感を漂わせた大人たちの顔がそれを眺めている。


 命が助かっても、この先を暮らしていけない現実が彼らを打ちのめしていた。

残ったわずかな米で粥をたき、水で薄め、家族で分け合って……雨漏りのするお寺のお堂で身を寄せ合う。


 雨に濡れた体が冷たいけれど、抱きしめてくれる母や、家族の熱が伝わってくる。そのままそっと目を閉じて眠りにつく。


 真夜中になり、怖い顔をした父が彼を引き連れ……村の男達が松明で足元を照らしながら未だ荒れ狂う川の淵へ向かう。

手紙を一通渡して、少年を行李の中に入れた。



「真っくらだよ、こわいよ、お父さん」


……と泣く少年に、父は告げる。


「お前は川を鎮めるため、龍神様にお手紙を届けねばならない。目を瞑って、百まで数えるのだ。

数を数えられる子供はお前だけ、お前にしかできぬ仕事だ。……父を、母を、妹を、この村を助けてくれ」



 

 そうして、少年が閉じ込められた行李が川に投げ込まれ、あっという間に濁流へと飲み込まれていく。

行李の中に水が入り込み、息ができなくなって苦しいけれど、父が言った通りにするしなければ。

 

 覚えたばかりの百までの数を……何度も間違えながら数えきり、少年は亡くなった――




 彼の体をもう一度抱きしめて、脈動しない心臓を恨めしく思う。仕方ないだなんて思いたくないよ。でも、この子は『お役目を全うした』ことを誇りに思っている。命を捧げて村を救った英雄なんだ。その思いを穢すことなんて、誰にも許されてはいけない。


  

「寂しかったな、苦しかったな。……君は本当によく頑張った」

「……はい」


「村のみんなは、俺や他の神様達がちゃんと守るからね。もう大丈夫だよ、何にも心配する事なんかない」


「は、はい、はい!!よろしくお願いします。とても嬉しいです!」


「……うん……」



 勝手口のドアについたガラスを通して、日が登ってくるのが見える。


 もう、朝が来てしまった。

怨霊は、朝日を浴びると浄められてしまい、思いを果たせぬまま消えてしまう。……そんな事、したくない。



「真さん、どうしたらいいですか?このままだと朝日に浄化されて……」


「大丈夫です。……本当にお迎えが来ました」

「えっ?お迎え?」




 びっくりして真さんと見つめ合っていると、キッチンのドアがきぃ、と小さな音を立てて開く。朝の清浄な空気が流れ込み、優しい声が聞こえる。


『……小太郎、お迎えに来たよ』

「あっ、おかあさん?お、おかあさん!!!」



 陽の光に照らされて、白いホワホワが人の形に変わる。

つぎはぎだらけの筒袖(つつそで)と括った袴を着た小太郎が、女性の元へ走っていった。


彼を抱き留め、微笑んだのは……お母さんなのだろう。小太郎は、彼女にしがみついて大きな声で泣き出した。


 泣きじゃくる彼を抱き上げ、女性が俺たちに背を向けて陽の光に向かって歩いていく。




「颯人、あれは本当にお母さんなのか?お迎えって、こんな風なの?」


「あぁ。小太郎が捧げられてから百の年を数え、時が満ちて親が迎えに来た。天上へ上がるのを許されたのだ」


「……そうかぁ。よかった、本当に良かったな……」


 颯人に抱え起こされて、緑の庭へ歩いていく二人の背中を眺める。

煤けて裾がちぎれ、ボロボロになった服のままで歩いていく母親の溢す雫が、風に流れて陽の光に煌めいた。



 誰が悪いとか、いいとか、そんなことでは割り切れない。

彼は百年の時を数え待ち、ようやく成仏できるのか……。



「あの子が家族みんなと会えて、今からでも幸せになれるといいな」


「其方がそう願えば叶う。言霊にしてやるが良い」

「そうなのか!?俺に……できるかな」


 颯人の手が、ポンと俺の肩を叩く。

頷きを返して柏手を打ち、朝日に向かって拝し、目を閉じた。




「小太郎くんが家族みんなと会えますように。寂しい気持ちも、悲しい気持ちも、辛かった事も全部忘れて幸せな時間を過ごせますように。

お母さんにうんと甘えて、お父さんに沢山褒めて貰えますように……」


 


 瞼を開き、姿を現した陽光を受けて眩しさに目を細める。

小さく聞こえた少年の笑い声が山々にこだまし、消えていく。


 ポカンとしたままの真さんがゆるゆると首を振った。



「信じられません……経も上げずに成仏させてしまいました」


「あっ!お経あげないといけなかったんですか?」

「……あの子は怨念が強くて、飯など食べたことがなかったのです。百年も残る怨恨を抱えていたのですよ!?時が来たとはいえ、あんなあっさり成仏する訳ありません!!」


「えっ?だってさっき、ご飯食べたら大丈夫って……」



「嘘に決まってるでしょう!!封印箱から飛び出してしまうくらいの力だったんですよ!?本当に信じられない。こんなやり方があるだなんて……」


 えっ、どういう事?真さんは何を言ってるんだ?




「我の神力によって引き寄せられ、真幸の甘美な気配に酔い、憎しみよりも寂しさが勝った。甘えたくなったのだろう。

 浄真と真幸の作った飯で浄化され、擬似的に母として抱きしめてやった事で怨恨が消えた。そこへちょうど百年目の迎えが来たというわけだ」


「なんだ、じゃあタイミング良かったって事か。

あんな小さい子が百年も我慢してただなんて思うとキツイけど……成仏できたなら良かったな」


「そうだな、そう言うことにしておこう」


 なんか引っかかる言い方だけど、まぁイイや。

落ち着いたことだし……もうちょっとだけ寝たい。なんだか、すんごく眠いんだ。



「ふぁ……颯人、二度寝したいんだけど……眠たい」


「そうしよう。天上送りをしたのだから今朝の修練は休みだ。下を脱いで布団に入るのだぞ」


「えっ……あー、そうか、膝ついちゃったもんな。パンイチならセーフ?」


「うむ。我が脱がしてやる」


「そういうのやめろ!一人で脱げるよ!あのー、真さん、1時間くらいならいいですか?眠くて眠くて……」




 呆然としたままの真さんに声をかけると、そのままこくりと頷かれる。


「好きなだけ寝てください……」


「えへ、やった!じゃあ二度寝だ!!颯人、布団に直行!」

「応」



 颯人と二人で来た道を戻り、ズボンだけ脱いで折りたたみいそいそとお布団に入る。

……そういえばお布団二つあるのに、なんで颯人は一緒に寝てたんだ?寝る時は別だったよな?



「今少し奥に詰めよ」


「ここに来てまで一緒に寝なくていいだろ?そっちの布団で寝てくれよ」


「魂を送って消耗したのだ。霊力を回復せねばなるまい」


 あ、そうか……起きたら真さんのお手伝いしたいし。そう言う事なら仕方ない。




 お布団に二人で寝っ転がってくっつき、目を瞑る。俺はあっという間に睡魔にやられて夢の中に連れていかれる。


 人の作り上げた怨念、怨恨を受け取って浄化するお仕事か……目が覚めたら、真さんをたくさん手伝ってお勉強させもらわなきゃならないな。




 頭を持ち上げられて、颯人に腕枕をされて。

温かい体温と、胸の鼓動を聞きながら俺は深い深い眠りについた。


追加新話です

2024.11.02改稿

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