第9話 等級
「あの、E級って言うのは何なんですか?」
あの戦闘の後。オレたちは10分程だけ休憩して直ぐに出発した。
装備が底を尽きかけているし、再度グールの群れに襲われたら危険だという判断からだ。
もちろんオレも賛成で、疲れた体に鞭を打って歩いていた。今は彼らのスピードに合わせてすでに1時間以上、行軍を進めていた。
オレはその道すがらいろいろとある疑問のひとつを口にした。
「あぁ、そっか。佐々木さんは知りませんよね。グールの等級のことですよ。」
オレの疑問にチバが答えてくれた。
「等級?」
「ええ、グールはもともとは人間がウイルスに感染、変異したものですが、通常は少々の肉体活性状態程度なんです」
「肉体活性というと、力が強くなったり、頑丈になったり、体力が強くなったり、ってことですよね」
「はい、そうです。ワクチンを摂取した佐々木さんを含め、この世界の住人は基本、肉体活性の恩恵を受けています。それはグールも例外じゃないんです」
「なるほど」
「ただ、グールは肉体自体があんな状態ですから、肉体活性で何とか動いているという側面もありますけどね」
「あー、腐ったてたり、肉が無くなってなりだからか」
「その通りです。そのグールたち、元を辿れば人間ですが。ウイルスを大量に貯めたり、使ったりすることができる個人差がかなりあるんです」
「ええと、つまりウイルスを多く取り込める才能の差みたいなことですか?」
「ええ、我々もその才能によって戦闘員、生産員、などの区別をしています」
「生産員というのは?」
「我々の拠点で食糧や武器弾薬、様々なものを生産する役割の人達です。彼らが居なくては私たちもこうやって任務に出ることもできません。ただ、彼らは戦闘任務にあたるほどのウイルス蓄積、ウイルス出力はありませんので基本拠点からは出ずに活動していますね」
チバがこの世界のことを何も知らないオレのために親切に細かく説明してくれた。
どうやらここにいるのはウイルスを体内に貯蔵する才能がある限られた人間ということだ。そういった人間が拠点の外でグールと戦うことが許されるのだろう。
ウイルスもたくさん取り込んだり、たくさん取り出したりすることができる人が力がより強かったり、より強い魔法を使えるということだろう。
「話しを戻しますね。グールの中でもウイルス蓄積量が多いものはある一定のラインで突然変異します。体が大きく、強くなるんです」
「ああ、それがE級?」
「はい、通常のグールはF級と呼ばれています」
(それって、もしかして……)
「A級とかもいるってことですか?」
「……ああ、はい、いますね」
(あれ?急に歯切れが悪くなったような……)
「佐々木くん」
菅原がこちらへ向き直り話しかけてきた。
「君の疑問も尽きないだろうが、今A級の話はやめて欲しい。いや、君が悪いんじゃない。みんなA級には嫌な思い出があるんだ」
「あ! そうなんですか! いや、ずかずか聞いてごめんなさい。チバさん」
「いえ、そんな……」
チバは前を向いて歩調を早めた。
話しはここまでということだろう。
(よっぽどいやなことがあったんだろうな。A級にこっぴどく負けたとか、かな……)
「そう言えば肉体活性の話で気付いたが、佐々木くんは感覚活性も発現してるな」
菅原班長が違う話を始める。
彼もややこの行軍に飽きて来ているようだ。世間話でも求めているように見える。
最初がかなり強硬な態度だった分、オレは少し意外に感じた。
「ええと、それはなんでしょう?」
「感覚の活性。五感の強化だよ。さっきのグールの群れ、最初に現れたやつは点滅タイプなんだが」
「すいません、点滅タイプってのも分かりません」
「ああ、そうだよな。要するに休眠と活動を繰り返すタイプのグールだ。休眠中は索敵にも引っ掛からない。スイッチを入り切りするイメージから点滅タイプと呼ばれている」
「へえ、そんなやつもいるのか……」
「そういえば、佐々木は暗がりの中で一番最初にE級を視認してたな。ということは視覚強化もあんだろ」
思い出したようにアオイが後ろから声を掛けてきた。
アオイには菅原が答えた。
「ああ、私もそれに気づいたから、ユウナとアオイにあの場を任せたんだ。佐々木くんもいよいよ追い込まれたら戦えるだろうと思ってね」
「ええ! そうなんですか!? でもオレが何もしなかったら……?」
「その場合は、仕方ない。君を置き去りにするしかなかっただろうな」
「そ、そんな……」
思ったより、不味い状況だったと今更ながらに驚く。
寝たり起きたりするゾンビとは厄介な存在だ。
そこでふと疑問が浮かんだ。
「……あれ、でも休眠状態のグールは動かないんですよね?さっきの奴らはどうやってオレたちに近づいたんですか?」
「うむ。それは私も疑問だった。最初は間違いなくあの場には点滅型はいなかった。……おそらく、上級のグールがあの場へ運んだんだろう、とわたしは予測している。方法は不明だが、投げてよこしたとかではないかな」
「え!? 投げた!?」
「ああ、でないと説明ができない。まあ苦しい予想だとは分かっているが……それに佐々木くんが聞いた変な音はグールが地面に落ちる音だろう。ただ、その音は極めて小さかった。わたしには何も聞こえなかった。つまり君は聴覚強化も発現しているんだろう」
菅原が言うには、オレは視覚強化、聴覚強化というものがあるらしい。だが、オレは自覚はない。
「佐々木さんはかなりのウイルス蓄積量、ウイルス出力量を持っているみたいですね。すごいです」
ここでユウナがオレを誉めに入ってくる。
安定の天使感だ。
(そ、そんなすごいのかな? 全然分からん)
「で、でもそれって、チバさんの索敵範囲外から投げたってことですよね? それは何百メートルですよね? それにしては着地というか墜落と言うかその音が小さかったような……」
「その疑問は確かにあるが……、現時点では私も分からん」
「そう、ですか」
「ねえ、佐々木さん」
話しが一段落すると、今度はユウダイがこちらに寄ってきた。
「佐々木さんは視覚、聴覚の強化持ちみたいだけど、他のはどう?」
「え?」
「ほら、他の感覚。嗅覚とか、触覚とかだよ」
「うーん」
鼻をクンクンさせてみる。
「そういえば、前より匂いを感じられるような…」
「それくらいってことは、嗅覚は特に変化ないみたいだね。触覚はどうかな?風の動きが分かったりはする?」
(風の動き?)
意識をあたりに集中する。
「!」
すると、大気の動きとでもいうものが確かに感じられた。
風がどこからどこへ向かい、これからどう変化するのかを直感的に理解できた。
「これは……!」
「オオー、佐々木さんは触覚強化持ちもある、と」
ユウダイの方を見ると、彼の息づかい、心拍音、筋肉の動き方まで分かる。うまく言えないが、彼の強さのようなものが感覚で理解できる感じだ。
「周りの空気の動きや、ユウダイくんがかなり疲れてることが分かる。それにこれは…みんなの強さ?なのか。そういう感覚も感じる。不思議だ……」
「スゴい! これは本物だね。それは強化感覚と感知能力でボクの魔素を感知しているんだと思うよ」
「そうなんですか……」
何となく実感はない。
だが、ゲームでいうスキルを手に入れた気分だ。
これなら……
「みんなの元へも早く帰れるかな……」
オレはこの世界で少し才能があるようだ。
これがいわゆるチート能力なのかは分からないが、苦労少なく現代へ帰還することに期待をした。
「見えましたよ」
先頭を歩くチバがみんなに言った。
「ボクたちの都市です」