第5話 脱出
「ユウナさん、あの子は……?」
「彼女は安城アオイといいます。わたしの幼馴染なの」
ユウナが横に来て話しをさてくれた。
「そうですか……」
「根は思いやりがある娘です。悪く思わないで下さい」
「ちょっと納得できないけど、ユウナさんが言うなら……」
(でも……さっきのは、もしかしてオレのことを励ましてくれたのか?)
「ありがとうございます」
笑顔を浮かべ、お辞儀をした。頭を下げ、髪の毛が流れた。
(いい匂いが! それにこの体勢は素晴らしい景色だな! ……ってオレはこんな時に、ただのスケベ人間か……)
オレはちょっとした自己嫌悪に陥った。
「班長! 敵性反応まで距離200!」
チバが報告の声をあげる。
いよいよという感じだ。
「よし、準備はいいか」
「「はい!」」
隊員たちが答えた。
皆、窓に寄り付いて、外へ杖や銃を構えていた。
「よし、設置型魔術、発動!」
ドドドォーン!!
離れた場所から轟音が響いた。
「迎撃開始! 撃て!」
ドン!ドン!
窓からはユウナ、菅原が離れた場所にいるゾンビを攻撃している。
(……戦争っていうのはこんな感じなんだろうな。しかし、銃もゾンビも魔法もタイムスリップもありか。わけわかんないな)
「敵性反応との距離100!」
「よし、設置型魔術、第二陣、発動!」
チバの報告に菅原がさらなる攻撃指示を出す。
轟音が近くなってる。自然と息が荒く、汗が出てくる。
(寒いはずだけど……)
攻撃は激しさを増していく。
「班長、距離50を切りました!」
「了解、デコイを射出。ここから離脱するぞ! ついてこい!」
「「了解!」」
みんなが移動を開始したのでオレも慌ててついていく。
菅原に渡された鉄の棒が手汗で滑った。
廊下に出て階段を駆け下りた。寒さはもう少しも感じない。
すぐに建物から外に出たが、見える範囲にはゾンビはいない。地面はひび割れたアスファルトだが、あたりはちょっとした林という風景だ。
「よし! デコイが役にたった! これならなんとかなるな!」
菅原が明るい声を出した。
みんなに置いて行かれないようにオレは必死だ。そこからオレたちは延々と走り続けた。
どれくらい経ったか。しばらく走り続けると木々が途切れた。
Tシャツは汗でびしょびしょだ、視界もばちばちする。
「チバ、敵性反応はあるか?」
「いえ、反応なしです」
「……よし、ここからは徒歩で進むぞ」
「了解」
みんながこちらを見ているのを感じる。
「やっぱ、足手まといだな」
アオイがオレに言うが、睨むのが精一杯だった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
そのまま、歩き続けること、5時間。
腕時計で確認したので間違い。
(マジか! いつまで歩くんだ!)
「班長、佐々木さんが……」
ユウナがこちらを心配そうに見ながら言う。
「ふぅ……、歩調は落としてるんだが、仕方ないな。ここで休もう。30分だ」
(助かった!)
バタッと地面に尻をついた。足がジンジンと痛む。
このあたりはもともとマンションや雑居ビルが多く立っていたのだろう。廃墟が林立している。オレたちはその建物のひとつ、崩れた壁を背にして休むことにした。
「佐々木さん、これをどうぞ」
ユウナがオレに水筒を寄越してくれた。
(まじでユウナちゃんは天使だな!)
「あ、ありがとうございます。いただきます。」
そのままもらった水を一気に飲み干した。
アオイがオレを冷ややかな目で見ている。
「それで? 君のことを聞かせてくれないか」
ユウダイと呼ばれていた金髪の隊員が話しかけてきた。
「え? オ、オレですか? いや、何を話せばいいか……」
「何でもいいさ。前の世界では何をしていて、どんなところに住んでいたのかとかだよ」
「ええっと、前というか、オレは会社員です。建設会社勤めでした。家は住宅街の一軒家で、4人兄弟で住んでました。オレが長男です」
「そう。それで?」
「そう……ですね。5年前に両親が事故で亡くなってまして、オレの少ない稼ぎで暮らしてました。下の子たちはまだ全員学生でして」
「学生? けっこう大変だったんだね」
「いや、そんなことは。まあ……少しはありましたけど、みんなで騒がしくしてたのでそんなことは感じる暇も無かったという感じですかね」
「……」
「夜が明けてるということは、今日は土曜日です。あいつらはどうしてるかな……」
「……佐々木さん」
不意にユウダイがこちらへ声を掛けてきた。
「はい?」
「あなたの事情はだいたい分かりました。ですが、ここは2125年。あなたのご妹弟はここには居ません」
「……」
「あなたのご妹弟のいる家は2025年にあります。あなたの願いはその家に帰りたい。それは合っていますか?」
(何を言いたいんだ?)
「はい、それはもちろん家に帰りたいです。とても」
ユウダイは大きく頷いた。
「わたしたちの技術については何か知っていますか? 攻撃魔法とか、剣とか槍の近接戦闘とか」
「いや、全く知りません。なんで魔法?があって剣で戦ったりしてるんですか? そもそもゾンビがいるのも意味がわかりません」
「……チバ、説明をお願いできるか」
「えっ? オレですか?」
チバが少し嫌がりながらもこちらへ向かい座り直す。
「ええと、どこから言うべきか……」
「まずは100年前にグールウイルスが発生し、世界中でパンデミックが起こりました」
「……」
オレは黙って話しを聞いた。
「世界中の国家は瞬く間に壊滅的な被害を受けたそうです。ただ生き残りの人間も世界中にいて、その中のウイルス研究者がワクチン開発に成功しました」
「そうなんですか……」
「そのワクチンはバイオナノワクチンと呼ばれ、何というか、サイボーグのワクチンなんです」
「サイボーグ?」
「いわゆる生命体と機械の融合体ですよ、ただ言葉の通り、ナノサイズです。それが体内のウイルスと戦っていたくれました」
「はぁ……なるほど」
「ここからが不思議なところですが、ワクチンに負けてこのまま封じ込めに成功するかと思われたウイルスですが、こいつが進化したんです」
「進化……」
「はい、当時最先端のスーパーコンピューターというものに取りついて、ウイルスもサイボーグ化したんです」
(何というか、スゴい話だな、設定モリモリだ)
「そのコンピューターはあるゲームのサーバーをしていました。そしてそのベースがウイルスに盛り込まれ、それに対応したワクチンにも同様のベースが取り込まれたと言われてます」
「?」
「ゲーム会社のコンピューターと、グールウイルスが融合したんだそうです。そして、ゲームの設定をウイルスが引き継いでいるそうなんです」
チバは一息入れ、説明を続けた。
「グールウイルス保菌者がバイオナノワクチンを摂取すると、体内に無毒化されたサイボーグウイルスが溜まります。そしてその無毒ウイルスが人体に多大な影響を与えています」
「例えば、肉体が活性化して力が強くなったり、脚が早くなったり、高くジャンプができたりもします」
オレは3階の窓に飛び込んだ菅原班長を思い出した。
「今はそれを魔素と言いますが、その無毒ウイルスをうまく調整、出力することで火や風などを発生させることもできます」
「それが魔術……」
「はい、魔素の使用法は色々です。銃に込めて魔弾にしたり、罠みたいに使ったり、剣に纏わせて強化したり、服の生地に練り込んだりとかです」
「完全にゲームの世界だ……」
「そう感じるかもしれませんね。その後は魔素、無毒化したウイルスの恩恵を活用して、グールとずっと戦争状態です」
「そうですか……」
(どうすればいいのか皆目検討もつかないな……)
「それでです。佐々木さん」
今度はユウダイが話し出した。
「突然ですが、これを飲んでください」
そう言ってカプセルが入った透明な包みを出した。
「これが、バイオナノワクチンです」