第4話 フヌケ
「ユウナ。君の仮説は分かった。そう考えた理由は他にもあるか?」
菅原がユウナに聞いた。
「はい。さっきも言った通り、彼の服はもうどこでも作られていません。作ること自体は可能でしょうが、そんな機能性のない衣服は今は必要ありませんし」
「まあ、そうだな」
「それに、そんな服を作り、ここでタイムトラベラーを演じる理由はないと推測します。わたしたちに取り入りたいとか都市に侵入したいという理由だとすると、道に迷った生産員とか、他の都市からの流れ者だとかを演じた方が効率的です。」
「それも……その通りだな」
「なにより、わたしとアオイは光の中から現れた彼を目撃しています。つまり何らかの特殊能力などの影響で100年前の人間かもしくは同様の存在がここに現れたのではないかと考えました」
「同様の存在というのはどういうことだ?」
「本当にタイムスリップしたのかは分からないということです。100年前の人間の意識と肉体を具現化したのか、オリジナルで1から作られた存在なのか。もしかしたら、記憶を操作されているのか……ただ、彼の認識で言うとタイムスリップしてグールの蔓延る世界に投げ出された。それは同じだと思います」
「……」
菅原が考えている。
「班長。彼は謎が多いですが、この任務の収穫になる何かのきっかけにはなるんじゃないでしょうか」
「……そうか、そうだな。わかった。わたしも考えと態度を改めよう」
「だが、そんな前例は聞いたことがない。ユウナは? チバは何か知っていたりするか?」
ふたりは揃って首を横に振った。
「判断に悩むな……。だが、時間もない」
菅原班長がついに銃をおろした。
(や、やっと銃を下ろしてくれた!ユウナって子のお陰だ!)
「仕方あるまい、彼を保護。都市にて市長の指示を仰ぐ。」
(都市? 街みたいな場所があるのか? とにかくそこに連れていって貰えれば帰り方も分かるかも知れない。って、そういえば……)
「あ、ユウナ……さん」
「はい?」
「ありがとうございました。得体の知れないオレなんかのために。おかけで助かりました。」
ユウナがニッコリと微笑む。
「いいえ」
(マジで! かわいいな!)
「ですが、まだ助かったわけではないですよ」
ユウナが言った。
「あ、そ、そうですよね」
その時、窓の方にいたチバがこちらへ走ってきた。
「班長! 敵性反応との距離250です!」
「……了解した、ユウダイ! アオイ! 聞こえたな! すぐにここへ戻ってこい!」
再度、場の緊張感が高まってくる。
みんな、なにやら声を上げ忙しそうに器具を設置したりしている。
「なんだと!」
菅原がひとりで大声を出したりもしている。
(ああ、無線みたいなのを装備してるのか。というか、これからまたあのゾンビの群れと闘うのか……スゲーな。オレにはとてもムリだな)
「佐々木くん」
菅原がオレに近寄り、声をかけてきた。くん付けになってる。
「これからグール達との戦闘になる」
「は、はい。あのゾンビですよね。頑張って下さい」
「……おそらくある程度戦闘行為を行ったあとで都市へ向けての脱出作戦となる」
(えーと? 殲滅まではしないで逃げるってことだよな。大丈夫なのかな?)
「脱出作戦中は君を守ることは出来なそうだ。自分の身は自分で守ってくれ」
「は、はい。寒さは我慢しますし、みなさんの足を引っ張らないように一生懸命ついていきます」
菅原班長は難しい顔をしている。
「?」
オレはまた何か間違ったのかなと思う。
「佐々木くん、敵の勢力が想定よりかなり多いようだ。脱出中、もしかしたらグールに襲われるかもしれない」
「は?」
(え? でもオレは守って貰えるんだよな?)
「オ、オレはどうすれば……?」
「もしもの時は自分の身は自分で守ってくれ」
そういって鉄の棒をオレに差し出した。
(はぁぁ!?)
「そ! そんな! ムリです! 死んでしまいます! オレにあのゾンビと戦えっていうんですか!? オレは一般人ですよ! みなさんは警察とか自衛隊の部隊か何かじゃないんですか? 一般人を守る義務みたいなのがあるんじゃないんですか!?」
菅原、ユウナ、チバがこちらを見ている。その表情はそれぞれ気の毒に、とか弱音を吐くなうっとうしい、といった顔をしていた。
「佐々木くん、我々は警察とか自衛隊といったものではない」
「で、でも! 国家とか、政府の特殊部隊とかじゃないんですか!?」
「……国家とか、政府というものはもう存在しない」
「!!」
(それって……?)
「え?に、日本はもう滅亡してるってことですか……?」
(国家も都市ももう存在しない!? それじゃ、ゾンビパニックで日本は壊滅したって言うことか? そ、そんな映画じゃあるまいし……)
オレの絞り出した推測にユウナが答えてくれた。
「佐々木さん、日本だけでなく、世界中の国がもう100年前に崩壊しています。私たちは生き残りの人間たちの子孫です」
(世界中!? そ、そんな……じゃあ……)
「ここが100年後の未来だとして、世界中の国が無くなってるとして、じゃあ、オレの家族は? オレの妹たちと弟はどうなったんですか!?」
「知るかよ。フヌケ」
急に後ろから冷たい声がかけられた。さっきのモデルみたいな赤髪の娘だ。
「班長、今戻りました」
槍使いの男が報告した。
「ご苦労、アオイ、ユウダイ」
「班長。こんなの置いて行こうよ、足手まといだし」
赤髪の娘が帰還報告もせずにオレを突っぱねた。
「はあ!? きみは何なんだ! 何でそんなことをい言われ無きゃならないんだ!!」
オレは興奮して思わず赤髪の子に歩み寄ってしまう。
パン!
オレはその娘にいきなり平手打ちをされていた。
「……は?」
「うるせー! 甘えたことばかり言ってんじゃねぇ!!」
「アオイ!」
ユウナがアオイを制止した。だが、アオイの罵りは止むことはなかった。
「さっきから聞いてりゃ守ってくれだの、家族はどうなっただの!」
「か、家族の心配をしてなにが悪いんだ!」
「何でもかんでも人任せか、てめーは! 家族が大切なら自分の手で守って見せろ、ボケ!!」
「オ、オレはお前らみたいな装備は無いんだ! 頼ってなにが悪いんだ! それに、家族がどこにいるか、ここがどこなのかもわからねーんだぞ!」
「お前は装備が無かったら、目の前で家族がグールに襲われても何もしねーのか? 黙って見殺しにすんのか!?」
「そ、そういう話じゃないだろう!」
「いや、そういう話だ! 状況が分からねー、装備がねー、それで何もしないでいたら、すぐに家族を失うぞ!」
ユウナがアオイの前に割り込んできた。
「アオイ!そこまでにして!」
ユウナがアオイを宥め、そしてオレへ向き直った。
「佐々木さんも今は混乱しかないでしょうが、アオイも私も、ここにいる人は皆、グールに大切な人を奪われています」
(え? 奪われた? みんなって……)
オレはアオイを見るが、怒りと侮蔑の視線を返されるだけだった。
「なんて言うべきか……私達も平和な時代のことは知っています。ただここは、この時代は佐々木さんと時代とはまるで違うということです」
菅原班長、ユウナ、チバ、ユウダイを順番にみると、みな辛そうな表情でこちらを見ていた。
(みんな……、この世界で苦しんでるのか? この世界って何なんだ?)
「てめーはまだ間に合うなら、覚悟を決めとけ!」
アオイがオレにそう言い捨てて窓の方に向かった行った。
オレはどうやらタイムスリップをして、文明が滅亡した世界でゾンビから生き延びなければいけなくなった。
その有り得ない現実を頬の痛みと共に少しずつ実感し始めていた。