第22話 大規模群体
夜が明けた。
オレはあまり眠ることは出来なかったが、昨日の疲れくらいは取れたと思う。そもそも肉体活性のお掛けであまり疲れは感じなくなたいた。
外出用に用意をして、作戦室へ行ってみた。
「佐々木、おはよう」
そこには菅原班のメンバー、その他の隊員も大勢が詰めており、来るべき戦いに向けて英気を養っているようだった。やはりすぐそこに近付く戦争にそうゆっくりと寝ていられる人間は少ないようだ。
「おはようございます、みなさん」
菅原の隣には山崎班の面々もいた。
「セイ、寝過ぎだ。もう9:00だぞ」
「あ、セイヤさん。おはようございます」
オレはセイヤや鈴子、南、高野にも挨拶を交わす。
皆一様に硬い表情をしている。
これから命を落とすかも知れない戦いがあるのだ。当然と言えば当然だ。
「佐々木くん、敵がいよいよ動き出したよ」
チバが緊張気味に言った。
「あと1時間足らずで都市の攻撃範囲に入る。そうしたらいよいよ戦争開始です」
「そ、そんなすぐに始まるんだ。みんなはけっこう慣れてるのかな。そこまで慌てたりはしてないみたいだけど」
オレは質問でもして何か話しを続けようと考えた。無言でみんなが固まっているのが息苦しい。正直、みんなが戦争に慣れているようには見えなかった。
ただオレはチバにこういうことが良くあるのかと聞いてみた。
「佐々木さん、戦争、いいえ、グールの侵攻に慣れてる人なんてここには居ませんよ」
オレの質問はユウナがいつになく厳しい顔で答えた。
「でも、前にも同じようなことがあったって……」
「9年前だ」
突然、菅原が難しい顔をして口を開いた。
「9年前にも同じような大規模群体に囲まれて、戦争があったよ」
菅原の声も重く固い。
「そ、その時は勝ったんですよね?」
「ああ、勝った。都市へ侵攻してきたおよそ15000体のグールは都市討伐軍によって殲滅、新ツクバ都市は守られた」
「15000……! そ、そうですか……」
「だが、犠牲者は大勢出た。グールに都市内部深くまで侵攻されてしまったからな」
「え?」
「私の家族もその時殺された」
「……え」
「ユウナ、アオイもその時に家族を失った。私はユウナのお父さんには前から世話になっていたからね。それからは、兵舎で2人を預かり、ふたりは自然と戦闘員になった。まだ去年の話だよ。そして私の班に加えた」
「そ、そんなことが……」
オレは突然の話に困惑してしまう。
ついユウナとアオイの顔を見る。
2人は固い顔はしているが、家族を失った話しが出ても悲壮感などは感じさせなかった。
「同情してんのか? 佐々木。そんなのはいらねーよ。また一緒にグールをぶっ倒そうぜ」
「そうですよ。佐々木さん。確かに私たちは家族を失いましたが、回りに誰も居なくなったわけじゃありません。それにこんなことはこの都市中で、いえ世界中でありふれた話です」
「……」
根本的に違うんだと、そう強く悟った。
この世界の人間は生まれたときからグールという怪物に怯えながら育って来た。
そして実際に大切に想う人も奪われて来たんだろう。
それが当たり前の事だし、受け入れなければいけない現実なんだろう。
その苦しみは想像もつかない。
オレは2015年では受験がどうだとか、友達がどうだとか、そんな事に苦しんだ思いはある。
5年ほど前に両親が亡くなった時は目が真っ赤に腫れても泣いていた記憶もある。
オレは平和な現代でアイスを買いに出掛けていただけ。
そりゃ、根本が違う。
だけど。
「そうか。じゃあ今回はそんな人は出さない様に頑張らないとな!」
「……はい」
ユウナがなにか眩しいものを見る様な顔をして返事をした。
確かにオレは戦争なんて欠片も知らない平和な時代で生まれ育った。生まれてから常に戦争状態のようなこの時代の人間とは感覚も考え方も違うだろう。
だけど、今のオレはみんなと戦うことは出来る。
だけど、オレはここにいるみんなと同じ都市隊員の一員だ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
大河内が市長室に座っている。
横には護衛役の譲原もいる。
市長室には本営の指令部としての通信設備が備わっており、都市の各所にここから指示を出すこともできる。
「敵の数は、現在およそ12000です、A級グールも多数確認!」
「大規模群体までの距離1100、間もなく、都市防衛システムの射程距離です!」
「設置型魔術の進捗は?」
「都市周囲に3000箇所、設置完了しました!」
「了解だ。防衛隊員は急いで防壁まで後退しろ」
そもそも都市防衛隊員と呼ばれる隊員と菅原や山崎たち討伐隊員は別の部隊だ。
この新ツクバ都市には、約5000人の防衛隊員と約10000人の討伐隊員がいる。
簡単に部隊の相違を説明すると、防衛隊員は都市に在留して近付くグールと戦う。そして討伐隊員は防壁の外へ出て、都市の外にいるグールと戦う。
討伐隊員が壁外に出ていく理由は様々だが、一番の理由は人類の発展の為だ。壁に籠ったままでは資源や土地、建物などは限界があるし、蔓延るグールの数も減らない。
都市の周囲1000メートルから防壁までの範囲は壁外ではあるが、防衛隊員の受け持ちとなる。
「敵との距離、間もなく1000!」
大河内が大きく息を吐いた。
「都市のみんな、聞こえるか。市長の大河内だ」
大河内が拡声装置、通信装置を使い、この都市の全員に声を掛けた。
「9年前、今回と同じ様にグールの大規模群体にこの都市は襲われ、戦争が起こった。その時の死者はおよそ5000人だった。そしてその時の敵の総数は約15000体だった」
「……」
この都市の誰もが黙って市長の言葉を聞いていた。
「そして、今回の敵の規模は前回を上回ることが予想される」
「ええ!?」
都市に住む住人の一部が不安の声を漏らす。
「私が予想するに、敵の総数は20000を越えるだろう」
「!? いや! さすがに、そこまではないのでは?」
防衛隊員の一人が言った。
「だがな、9年前と違うのは敵の数だけではない」
「都市防衛システムの増強、新技術の開発、軍の質、量の強化。すべてにおいてこの都市は9年前よりもはるかに強くなっている」
都市のざわつきが少しおさまった。
「皆も知っていると思うが、私は9年前の戦争で家族を失った。そして、こんな思いはもう誰にもさせたくないと、そう決意した」
「!!」
オレは言葉を失った。
皆、真剣に大河内の言葉を聞いている。
(市長も……家族を奪われていたのか……)
「こういったグールとの争いは今も世界中で起こっている。だが、そんなことは遠い場所、自分たちとは無関係だと思い込んでしまっていた。そして実際にグールに攻められても撃退できるだろうと甘く考えていた。だが、その慢心で私は家族を失ったのだ。あの時の後悔の念は、今でも強く私の中に残っているよ。そして、それからはずっと備えてきた。来るべき日のために、戦力を整え、また同じ後悔をしないために。させないために」
「……」
「9年前に、私と同じ思いをしたものも大勢いるだろう、私と同じ様にもっと力があればと後悔したものもいるだろう」
オレはユウナとアオイに目をやった。2人とも強い意志を感じる、輝く瞳をしていた。
「だが、私たちは強くなった」
市長が言葉を切った。
「つまり私が何が言いたいかと言うと、今の私達にとって20000体のグールなんて大したことはない。直ぐに終わらせてまた日常を取り戻す! いいな!!」
キィンと大河内の大声が響いた。
「誰にも後悔はさせない!!」
「オオオオオ!!!」
各地から気合いの入った声が聞こえる。
「始めるぞ!!!」
「ウオオオオオオ!!!!」
都市が市長の言葉に答える。
新ツクバ都市と20000体のグールの戦争が始まる。
この戦争の結末はどうなるのか、オレには見当もつかない。