第1話 ゾンビサバイバル
「あっついなー」
オレは佐々木セイ、27歳のサラリーマンだ。
普段は建設会社の総務部の社員として働いている。実家暮らしだが両親は居ない。オレは4人兄弟の長男だ。
オレはサラリーマン生活の隙間を見つけてはゲームやネットに耽溺するオタクだ。
今は妹弟たちにせがまれて、仕事から帰って疲れた体に鞭打って、夜になってもほとんど変わらない蒸し暑さの中、アイスを買いにコンビニまで歩いていた。
今日は8月1日だ、もうしばらく仕事をがんばれば夏休みになる。そしたら妹達と弟に毎日ご飯を作ってやらないとな、なんてことを考えながらコンビニへの近道になる公園の中を通りすぎた。
「そういや小さい頃は良くここで遊んだなー」
今はもう、いなくなってしまった両親のことを思い出しながらつぶやいた。
「親父と母ちゃんが亡くなってもう5年か」
いなくなってしまった両親を思い出し、少し感傷的な気持ちを抱えてなんとなく歩みを止めた。
するとふと、公園のジャングルジムの方を見るとなにかがピカッと光が灯ったのが見えた。
「なんだ……? うわっ!」
小さい光が一気に車のハイビームのように明るくなった。
眩しくて思わず顔をそむけると、光はドンドンと強くなっていった。
「まっぶし!! なんなんだ!?」
突然の事態に困惑して目をつむっていると、今度は振動音のような激しい音も聞こえだした。
「え? 地震か!? あいつらのところに戻らないと! ……あれ?」
オレは災害か何かが突然起こったのかと推測して狼狽していると、急に意識が遠退いていくのを感じた。
「な……んだ、これ……」
妹や弟の心配をして、焦る気持ちが滲んでいく。オレは訳も分からないままに気を失ってしまった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「さむっ!」
オレはハッと気が付くと、夏にはあり得ない冷気に身を震わせた。
指先がかじかんでいるし、体が芯まで冷えきっていた。
「あれ、さっき公園で地震? ……にあって……」
頭がボーッとする。集中出来ないし、考えがまとまらない。
「外で寝ちゃったんだっけ?」
自分の体の状態を確認しながら何があったのかを思い出す。体を起こして立ち上がり、手を握ったり開いたりしてみる。凍える冷気を気にしなければ特にケガもないし、問題なく歩けるようだ。
「あ! あいつらのところへ戻らないと!」
オレは急に覚醒して、気を失う前の焦燥がぶり返してきた。兄妹たちを家に残したまま、外で気を失ったことを思い出したのだ。
「ん? でも夜だったし、外にいたはずなのに、ここはどこだ……、って、え!?」
オレは頭が回ってきて少し冷静になって辺りを見回すと、どこかの建物の大きな部屋の中に自分が居ることに気が付いた。
結構広い、小さめの体育館ぐらいの広さはある。
もう使われていない施設のようで天井や壁の剥き出しのコンクリートがかなり汚れている。
壁の一つの面は割れたガラスの窓サッシがいくつかあり、そこからは昼間の太陽の日差しが差し込んでいた。
反対側の面にはかつて扉がついていたであろう開口があり、そこから少し離れたところに人が二人倒れていることに気が付いた。
「だ、誰だ? 寒いし、意味がわからん……」
オレは急に夏の夜から冬の昼間にワープしたように感じた。
(もしかして、流行りの転移モノとかか? でも、オレがか??)
とりあえず倒れている人を放っておくわけにもいかないと思い、近づいてみた。
「うわー、かわいい娘だな。」
倒れていたのは2人とも女の子だった。ひとりは背中くらいまではあるきれいな長い黒髪をしており、もうひとりは肩くらいまでの長さのボブカットで真っ赤な髪の色をしていた。2人とも年齢は二十歳くらいに見えた。
どちらも髪が顔に掛かって良くは見えないが、かなりの美人さんのようだ。
「え、生きてるよな」
髪の長い女の子はゆっくりと呼吸はしているようで、気を失っているようだ。もう一人も同じだった。
「でも……なんでこんなカッコしてるんだ?」
オレが気になったのは二人の着ている服で、真っ黒な軍服とでも言うべき服装だった。
ゆとりがあり動きやすいようになっているが、狭いところでも邪魔にはならない程度のサイズ感で、丈夫そうな生地でできているように見える。
肩や腰、太腿にベルトが装着されていて、いろいろな小物が収納されているようだった。靴もゴツメのブーツを履いている。
黒髪の娘はパンツジャケットスタイルだが、赤髪の娘の方は長いナマ足を出してしまっている。細身のパンツを切って、ホットパンツにしているようだ。
膝にはサポーターらしきものを装着している。
「なんだろ? サバゲー女子ってやつかな? でもこれは……」
さらにふたりのそばには不思議なものが落ちていた。
「剣と……杖?」
それはゲームなどで見るような物でいわゆる剣と、魔法使いが持っているような先が丸まった木製の杖だった。
「良くできてるな、これ。この子たちの持ち物かな、まあ聞いてみるしかないな……」
こんなところに倒れているのだから、オレと同じく何か事情があるのだろう。少し迷ったが、ケガも見当たらないし、起こしてみることにした。
「もしもーし、すいませーん」
しかし、ふたりが目を覚ます気配はまるで感じられなかった。
「うーん。起きないなあ。もう、いろいろ触ってゆすっちゃうか?」
オレの心にやらしい気持ちが生まれそうになった時、後ろの窓の外から何か獣の唸り声のようなものが聞こえた気がした。
「なんだ?」
窓の方に近づき、割れたガラスから外を見た。
「ここは3階? なのか。全くもって意味がわからないな」
下の方を見ると長い間放置されていただろうアスファルトが見えていて、割れた隙間からは草や樹木が生い茂っていた。
周りにはオレがいる建物とは別に味気ない建物がいくつか見えた。
もう何十年も放置された場所の様でどこもかなり薄汚れている。
「ここは使われなくなった工場みたいな施設なのかな? ホントなんでこんな所にいるんだ? 早くみんなの所へ戻らないと……」
外から見える景色から現在地が分からないかなと思案していると、木々の間に動く人影に気付いた。
「……は?」
オレは思わず絶句した。
人影は一人だけではなく、10~20人はいそうだ。
そしてみなボロボロの格好をしており、体が腐ったようにただれていて、さらには手や足が無い者もいた。
「……ゾンビって……やつじゃないの、これ? ほ、本物か?」
オレは理解不能な状況に困惑していると、いきなりゴウッと音を立てて火の玉がゾンビにぶつかった。
「いやいや! 今度はなんなんだ!!」
火の玉を受けてゾンビの群れの先頭にいた数体が激しく燃えている。ゾンビ達は苦しんでいるようでハッキリ言ってグロい。
火の玉が飛んで来た方をみると、さっきの女の子たちと同じような黒い服装の男たちがいた。
「いや……どう見ても、杖から火を出してる……まるで魔法だ……」
黒い軍服の男は杖を前に構え、さらにその杖を振るうと、火の玉が現れ、さらに数体のゾンビを燃やし、吹き飛ばした。
さらに別の黒軍服が槍を構え、ゾンビの群れに飛び込んだ。槍使いの人もゾンビ切りつけ、倒して行く。
みんな動きがメチャクチャ早い。
(……)
思考が現実を受け入れてない。
さっきから続いている意味不明な事態の連続で、オレは逆に冷静になってしまっていた。
だが、目の前の状況を考えると。
「これは……もしかして……」
ゾンビの群れと戦う集団を見ながら気が付いた。
剣と魔法と、ゾンビと転移。
「……転生ゾンビサバイバルか?」