第1章
「……以上が、この事件の真相だ」
ハイドの声が場を支配する。
洋館を舞台にした連続殺人事件。
大広間に集められた関係者を前に、ハイドは探偵として推理を語っていた。
「つまり、犯人は貴方しかいない!」
探偵のハイドはそう断言すると、大仰な身振りで犯人を指し示した。
関係者たちの視線は探偵の指の先、一人の男に注がれた。
(決まった……!)
皆を集めての犯人の指摘、それは探偵として最も達成感を感じる瞬間である。
ちなみに、このときのために、ハイドは指差しのポーズを欠かさず練習している。
ハイドは内心の感動を表には出さず、あくまで自信に溢れた顔でポーズを決めていた。
指を突きつけられた男は、ひどく狼狽えだした。
「バ、バカな……。私の渾身のトリックが、そんなことで……」
犯人の男は魂を抜かれたように、その場に跪いた。
ハイドは項垂れる男にゆっくりと歩み寄る。
そして、肩に手を置くと、諭すような口調で彼に語りかけた。
「動機については、ボクはあえて語らない。あの被害者であれば、色々と恨みを買っていただろうからね……。ただ、同情はしても、罪は罪だ。殺人を隠匿することで、罰を逃れようとすることは、ボクには許せないな」
犯人の男は顔を手で覆い、それきり黙ってしまった。
手の隙間から嗚咽が漏れていたが、ハイドは顔を背けて、何も聞こえないふりをした。
いつの間にか取り囲んでいた憲兵たちが男を抱え起こす。
「よし、連れていくぞ。さぁ、立つんだ」
男は憲兵に両脇を支えられて、部屋から出ていった。
ハイドは男の退場を見届けると、ようやく緊張感から解放された。
「ふぅ」
思わずため息が出てしまう。
そして振り向くと、パーティの仲間たちは未だ呆気に取られた表情をしている。
彼らを現実に引き戻すため、ハイドはパンッと手を打ち鳴らした。
「さぁさぁ、皆。いつまで呆けているんだい。事件も解決したし、宿へ帰ろう。あぁ、ボクの推理が的中して見事に犯人を捕まえることが出来たことを祝して、酒場で慰労会というのもいいかも知れないね」
ハイドは大仕事の緊張感から解放されて多少ハイになっており、まくし立てるように喋っている。
一方、仲間たちはそんなふうに浮かれるハイドを冷ややかな眼で見つめていた。
「ど、どうしたんだい、君たち? 確かにこの事件、トリックは驚くべきものだった。けれど、決して凡人の君たちには思いつかない、というほどのものでも無かったじゃないか」
そうだろう、とハイドは声をかけながら、リーダーのクライクの肩に手を置いた。
しかし、クライクは肩に置かれた手を払いのけた。
邪険にされたようでハイドは眉根を寄せたが、大して気分を害していないかのように肩をすくめた。
「おやおや、少し機嫌が悪いようだね。ボクの推理の過程でトリックの実験台になったことが気に障ったのかな?」
なお、トリックの実験台でクライクは真っ昼間から数時間、逆さ吊りにされていた。
「いや、そうじゃない」
彼は否定したが、何か言いたそうな素振りだ。
クライクの隣にいた戦士のファルゴが一歩前に出てきて言った。
「おい、クライク。今日こそ、あのこと言うべきなんじゃねぇか?」
「あぁ、そうだな……。もう、こんなのは勘弁だ」
クライクはひと呼吸置くと、ハイドに向かって言い放った。
「ハイド、悪いが、この場で俺たちのパーティから外れてくれ」
クライクからのパーティー離脱の宣告。
それはハイドにとって、寝耳に水の衝撃的な内容だった。
「いきなり何を言っているんだい、クライク。ボクにこのパーティを抜けろだって? いったいどうしたんだ?」
ハイドは諭すように言ったが、クライクは態度を崩さない。
しかし、あえて明るい口調でクライクに語りかける。
「このパーティでボクの次に沈着冷静な君が、そんな世迷い事を口にするだなんて。ふむ、分かった、先ほどの実験台の件の意趣返しだね。うん、そうだな、あれは謝ろう」
ハイドは軽く頭を下げて、クライクの様子を窺う。
クライクは全く動じていなかった。
「いや、別にそれを謝ってもらったからって、このことは取り下げるつもりはない。はっきり言って、ハイド、お前は疫病神だ」
「ははは、何だい、それは。一応笑ってあげるが、冗談のセンスが無いね」
軽口で応酬するハイド。
「だから、冗談じゃないのはこっちの方だ。お前が加入してから、俺たちのパーティがいったい何度、事件に巻き込まれたと思っている? しかも、殺人だの犯罪だの、物騒なものばかりだ。それを、お前は推理して解決するからいいだろうが、俺たちはもううんざりなんだ」
「あぁ、まぁ、うん、そうだがね……」
ハイドは言葉を濁して頬をかく。
確かに、心当たりはある。
街に出れば、しょっちゅう殺人事件に遭遇し、クエストを請け負ったら十中八九は誰かの陰謀が絡んでくる。
今回も、貴族の館に招かれたはいいが、遺産絡みの連続殺人事件が発生した。
万事、事件に巻き込まれるのは探偵の性ということで、ハイド自身はそれを前向きに考えていた。
だが、周りの者が皆そのように受け止めてくれるわけではない。
魔法使いのメイカもハイドの前に出て訴えてきた。
「私たちも黙って耐えてたけど、もう限界だわ。事件のたびに容疑者扱いされるし、凄惨な現場で証拠探しのために死体漁りさせられるとか、もう嫌よ……。あなた、覚えてるの!? ファルゴなんて、こないだ逆上した犯人からあなたをかばってお腹刺されたんだから! 私が治療してなかったら、危ないところだったのよ!」
ファルゴが腹をさすりながら、うんうんと頷く。
「しかも、根本的なことだが……、よく考えたら、冒険者のパーティに『探偵』って要らないだろ。」
クライクが核心を突く。
ハイドの職業、それはまさに『探偵』だった。
剣士のクライク、戦士のファルゴ、魔法使いのメイカ、そして探偵のハイド。
この四人が今のパーティメンバーだった。
「待ちたまえ、それこそ愚問だ。いいかい、冒険において、探偵の役割というのはそれこそ何者にも代えがたい存在だよ? 魔物の癖を見抜いたり、古代迷宮の罠が作動する仕掛けの謎を解いたり。まさに、明晰な頭脳の成せる技だ」
「癖じゃなくて弱点を見抜いてくれ。それに、そんな古代迷宮、今まで行ったことないだろ」
クライクはあっさり否定した。
「それに、後方支援職で魔法とかも使えないだろ、お前。雑用とか荷物持ちでパーティに貢献でもしたらまだ許せるが、肉体労働はしたくない、って言うしな。それならお前、何が出来るんだよ!?」
ファルゴが容赦なく追い打ちをかける。
確かに、ハイドは日頃から、「ボクの頭脳をそんなことに浪費したくない」、と言って、魔物との戦闘にも積極的には参加せずにいた。
「仕方ないだろう、ボクは頭脳労働派だ」
開き直るハイド。
ファルゴはため息をついた。
「そういうところだぞ、ハイド」
クライクは味方の援護射撃を受けて、強く言い放った。
「つまり、パーティでお前の居場所はないんだ」
ハイドは返答に窮した。
「じゃあな、ハイド。ここでお別れだ」
クライクは手をひらひらと振り、ハイドの顔を見ることなく大広間から出ていった。
ファルゴもそれに続いて去っていく。
事件の関係者も皆出ていったが、ハイドだけは独り大広間に残っていた。
残りたくて残っていたわけではない。
もう、行く場所が無くなってしまったのだ。
「はぁ……」
今日何度目か知れないため息を吐く。
ハイドは足取り重く街を歩いていた。
クライク達と別れてから、ずっとこの調子である。
パーティという後ろ盾を無くしてしまっては、今後どうやって生活していくか。
そんな不安が一気に襲ってきた。
「仕方ない……、ギルドにでも顔を出そう……」
冒険者が困ったとき、まず最初に行くべきところはギルドである。
冒険者への依頼の斡旋や、パーティ結成の仲介、冒険者同士のトラブル仲裁など、こと冒険者相手なら幅広く対応してくれる互助組織である。
街の中央からやや外れたところにある煉瓦造りの古びた建物、ここがこの街のギルドであった。
「いらっしゃいませ~」
受付嬢が明るい声で出迎えてくれた。
屈託のない笑顔にハイドの心は癒されていく。
「あれ、ハイドさん、今日はお一人ですか?」
受付嬢の質問を「まぁ、その、なんだ」と曖昧な返答で誤魔化した。
「ところで、ボク一人でなにか出来る依頼とかあったりするかい?」
ハイドが尋ねると、受付嬢が怪訝な顔をした。
ハイドのような戦闘や冒険に向かない職業の場合、パーティを組んで依頼に当たるのが普通である。
しかし、先ほどのクライクの追放宣言を受けて、ハイドは少しむきになっていた。
(見ていろ! ボク一人でも十分に冒険者としてやっていけることを証明してやるさ)
受付嬢が依頼書の束に目を通していくが、すぐに眉をひそめた。
「ハイドさん……、ちなみにですけど、単独での依頼経験ってあります?」
「ないね!」
胸を張るハイド。
「……」
受付嬢は紙束の大半を脇に寄せた。
「更に聞きますけど、ハイドさんの職業って何でしたっけ?」
「探偵だ!」
「……」
受付嬢は紙束を机に置いて、真顔に戻った。
「ハイドさんに紹介できる依頼、これだけです」
積まれた紙束からわずかに抜き出された数枚の依頼書が目の前に出された。
「えっと、これだけ?」
ハイドの問い掛けに受付嬢は無言で頷く。
「ま、まぁ、ボクに相応しい依頼を厳選してくれたと思えば……」
言い訳じみた独り言を呟き、ハイドは依頼書に目を通していく。
だが、すぐに顔を上げると受付嬢に噛みついた。
「なんだい、この依頼は!? 犬猫の捜索や子守りばっかりじゃないか! このボクに相応しい、知的で大きな仕事はないのかい!?」
「本当にそれくらいしかないですよ」
現実を突きつけられ、うなだれるハイド。
「こんな依頼、請け負ってもただの笑いものじゃないか……」
何気なしに紙をめくる。
ふと一枚の依頼書に目が止まった。
「これは……、どれどれ……? 事件の再調査依頼、だって!? 報酬は……、ボクの数ヶ月分の生活費以上! すごい! 破格の条件じゃないか!」
受付嬢もつられて紙を覗き込む。
「あ~、それは……。本来は事件を調査した憲兵団とかに相談するような話で、こちらとしては対処に困ってた案件なんですけど……」
「いいや、これぞまさに探偵のボクにうってつけの内容だ! よし、決めた!」
依頼書の請負欄に筆を走らせて署名をするハイド。
「分かりました。まぁ、ハイドさんがそういうなら……」
曖昧な笑顔で受付嬢が書類を確認する。
「……はい、書類はこれで大丈夫です。それじゃあ受諾の手続き完了ですね。依頼主に連絡しておきますので、依頼の詳細は直接確認してください」
事務的な処理と連絡が手際よく進められている間、ハイドはようやく肩の力を抜くことができた。
これを上手く解決すれば、当面の生活費に困ることはない。
なぜギルドにこのような依頼を持ち込んだのか気になる点はあったが、多少のことには高額報酬で霞んでしまった。
手続きが終わりギルドを出たハイドは、足取りも軽く宿に戻っていった。
次の日、ギルドに赴くと、さっそく依頼主から折り返しの連絡があった。
なんでも、依頼の説明をしたいので、自分の住む館まで来てほしいということだ。
館は街外れに建っているという。
受付嬢に場所を確認して礼を言うと、ハイドは意気揚々とギルドを出た。
道すがら、ハイドは自分の今後に考えを巡らせていた。
この依頼をこなせば、数ヶ月は食いつなぐことが出来る。
だが、単発で終わらせる気はない。
恐らく、この依頼主は気前よく報酬を出せる点から貴族か名家かの主人に違いない。
ならば、これを機会に依頼主と懇意になって、自分を上流階級に繋いでもらう。
そうすれば、しばらくは安泰に過ごせる。
いや、むしろお抱えの探偵として売り込んでみるのもひとつの手か。
依頼を聞かないうちから、ハイドは狸の皮算用を始めていた。
もうすぐ教えてもらった場所である。
辺りは民家も少なく、進むにつれ寂れた雰囲気になってきた。
「ここか……」
そこには古色蒼然とした館がそびえ建っていた。
歴史を感じさせる佇まいに圧倒されそうになる。
依頼のためでなければ、敷地に入るのも躊躇う。
それほど見事な館だった。
周囲には他の建物もなく、ただその館だけが野原にそびえている。
もっとも、周りに建物があったとしたら、この館の存在感でひどく不釣り合いに見えるに違いない。
まず、館を囲む高い外壁には緑の蔦がびっしりと這っている。
石壁の暗い灰色と蔦の緑は調和していると言えなくもない。
そして、来訪者を拒むかのような鉄製の重い門扉。
門を押し開けて、敷地内を進む。
門から真っすぐ石畳が敷かれ、左右には中庭が広がっていた。
目を見張るような花木はないものの、樹々の形は良く、手入れされているのが窺える。
周囲を観察しながら館の正面玄関と思われる扉まで辿り着いた。
分厚い木の扉に備え付けられた、真鍮製の鈍く光るドアノッカーを鳴らす。
ドンドンと響くような音。
少し間を空けて、扉がゆっくりと開く。
中から顔を覗かせたのは、ほっそりとした顔の老人だった。
顔に皺が刻まれているが、細く射貫くような眼光は老いを感じさせない。
きりっと結んだ口許に尖った鼻の顔立ちは、厳格な性格を伺わせた。
「どちら様でしょうか?」
こちらへ問い掛ける声も鋭く、端的だ。
ハイドはやや気後れしたものの、胸を張って答えた。
「ボクはハイドという者だ。ギルドで依頼を請け負って、こちらに伺ったんだ。依頼主はどちらかな?」
老人の視線がハイドに突き刺さる。
「少々、お待ちを」
老人がそう告げると、するりと中に戻っていった。
ややあって、再び老人が顔を出した。
「確認して参りました。ハイド様でございますね。ご主人様の方よりお話があるとのことでお越し頂いたということで、お間違いないでしょうか?」
「そうだ。すると依頼主はこちらの主人ということだね?」
「そうでございます。それでは、どうぞ中にお入りください」
老人はここでようやく扉を開いた。
ハイドを歓迎することにしたようだ。
「申し遅れました。わたくし執事のロドスと申します」
老人は腰を折り、見事な一礼をした。
実に折り目正しい所作である。
ロドスは、それではこちらへ、と館の中を先導した。
館の内装は、重苦しかった外観とは異なり、温かい雰囲気で手入れの行き届いたものだった。
ハイドは詳しく分からないが、飾られている調度品も高価に見える。
やがて、ある部屋の前まで来たロドスがドアを開けて、中に入るよう促した。
案内された部屋はどうやら応接室のようだ。
ゆったりと腰掛けられるソファに、細かな意匠が施されたローテーブルが中央に鎮座している。
「こちらでお掛けになって、お待ちくださいませ」
ロドスが頭を下げた後、退室した。
ハイドはソファに身を預けると、深いため息を吐いた。
館に入ってから、途切れることなく緊張していたせいだ。
腰を下ろして、ようやく一息つける気分になった。
「しかし、想定以上に立派な人物のようだな……」
ハイドは思わず独りごちた。
頭の中に想定していた依頼主の身分を一つ二つ上げる。
「おっと、そうだ! 今のうちに!」
ハイドは第一印象を良くしようと、道中で乱れた身だしなみを急いで整えた。
チェック柄の角袖コートの土埃を落とし、肩につかない程度まで伸びた金髪を手櫛で梳く。
そして、コートと同じ柄の狩猟帽を被り直す。
この恰好がハイドの基本スタイルであり、またハイドが信じる伝統的な探偵の服装であった。
「服装、ヨシ。……うん、たぶん大丈夫だろう」
自分の見た目をあまり客観的に評価したことはないが、人並みの容姿だという自覚はある。
やがて、応接室の扉がノックされた。
いよいよ依頼主との対面である。
ハイドはゴクリと唾を飲んだ。
そして、扉を開けて入ってきた人物を見て、ハイドはさらに息を飲んだ。
腰まで伸びた髪は、艶やかで流れるような白銀。
煌く瞳は、星が瞬く夜空の如き深い紫色。
小ぶりで形の良い鼻に、微笑みをたたえた唇。
凛としながらも、幼さを残した顔立ち。
現れたのは、平均より小柄なハイドよりなお頭一つ小さい、まさに少女だった。
「あなたがハイドさんですか? あたしが依頼主のアリス・ワグアリスです。どうぞ、よろしくお願いします」
ちょこんと頭を下げる少女。
「ちょ、ちょっと待ってくれたまえ!? 君が依頼主? まだ子供じゃないか!?」
ハイドは思わず声を上げた。
破格の報酬が設定されていたので、ハイドは勝手に歳のいった大地主のような資産家を想定していた。
しかし、蓋を開けてみれば、どう見ても十代前半から半ばの、年端もいかない少女である。
容姿は可憐だが、どこかの貴族の箱入り娘といった感が否めない。
世間知らずのお嬢様が戯れでギルドに依頼を投げたのでは、と疑いたくなった。
「失礼ですね、子供じゃありませんよ。あたし、ついこの間ですが、魔法学校は卒業しましたから」
アリスが頬をふくらませる。
子供扱いに拗ねた仕草を見ても、やっぱり子供だ。
魔法学校とはおそらく十二歳で卒業する魔法初級学院のことであろう。
「本当に、子供だな……」
ハイドは大きく肩を落とした。
これでは肝心の依頼も子供の遊びのような内容に違いない。
なるほど、今ならギルドの受付嬢の態度も理解できる。
このような子供が窓口で依頼を頼んでも、普通はまともに取り合ったりしない。
探偵に相応しい仕事だと意気込んできた分、ハイドの落胆は大きかった。
しかし、いつまでも落ち込んではいられない。
ハイドは頭を切り替えた。
さっさと依頼を片付ければ、約束通りの報酬を貰えばよい。
依頼が簡単であれば簡単なほど、割の良い仕事なのだ。
「あーはいはい、それじゃあ、お嬢ちゃん。なにかな、大人に相談したいことがあるのかな? 探偵さんに話してみてごらん?」
「……露骨に態度を変えてきましたね。あなたも子供のお巫山戯けと思ってるんですか?」
眉間に皺を寄せ、不快感を表すアリス。
「いや、だって、ねぇ……?」
ハイドは言葉を濁すが、態度に出てしまったようだ。
アリスは立ち上がると、語気を強めた。
「ちゃんと聞いてください! あたし、本気です!」
「お、落ち着いて、分かった、分かったよ。ボクが悪かったから」
なんとか宥めようと慌てるハイド。
「う~、本当に分かってくれたんですか? ……まぁ、いいです」
アリスは矛を収めたが、また頬を膨らませて不満げである。
「済まなかったね。それじゃあ、その、本気で頼みたいことって、一体何なんだい?」
色々とあったが、ようやく本題に入ることになった。
アリスは顔を伏せると、一度深呼吸をした。
「……依頼というのは、あたしの養父、ウェルガルド・ワグアリスの死の真相について、調べて欲しいんです」
「……詳しく聞かせてもらえるかな?」
ハイドの顔つきがにわかに真剣なものとなる。
「はい……、あれは先月のことです」
少女は窓の外に目を向けた。
つられてハイドも見ると、塔のような建物がある。
「探偵さんも見えますか? あの塔……。あの屋上からお養父さまが落ちて亡くなりました」
塔の高さは四、五階はありそうだ。
「あの高さから落ちたのか……」
確かに、まず助からないだろう。
「憲兵団の方たちが来て、調査してくれましたが……、結果は不注意による転落死、だそうです」
「でも、キミはそれを信じていないんだね?」
「はい……。だって、お養父さまがあの塔の屋上に行った理由も、落ちた理由も、あたしには全然分かりません!」
「フム……。例えば……、キミのお養父さまとやらは、お酒などを嗜まれたりは?」
「酔っぱらって落ちたとでも言うんですか? そんなことありません! お養父さまは普段お酒なんて飲みませんし、あの日だって一滴も口にしていませんでした」
噛みつかんばかりの勢いでアリスは否定した。
「あくまで可能性のひとつを言ったまでだよ。それに、そんなことなら憲兵団の調査で明らかになるだろうしね」
ハイドがふとアリスを見ると、目に涙を浮かべている。
ハイドはここで、この少女の置かれている境遇に思い至った。
養父を亡くし、憲兵団の調査もおざなりにされ、縋る思いでギルドに依頼を出してみたのだろう。
そして、ようやく話を聞いてくれそうな人物がやってきたのだ。
果たして、少女の心境はどのようなものだろうか。
ハイドはそう考えると、いたたまれなくなった。
「……よし、分かった。この依頼、ボクが解決してあげよう!」
「本当ですか!?」
アリスが飛び上がらんばかりに驚く。
「あぁ、探偵としてきっと真実を明らかにして見せる!」
ハイドは力強く約束した。
「あ、ありがとうございます!」
ハイドの答えに、アリスは滲んだ涙を拭いながら言った。