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アラサーOL、酔って運命の相手を拾う

作者: 及川ユギ


仕事帰りに缶チューハイを飲みながら歩くと楽しい。

これは確実にアル中、いや違うわ、電車の中でまだ飲んでないもの。

チャコールグレイ位な職場での疲れを酒に求めながら、私は家路を歩いていた。

スーパーで買うからまだ理性があるのよ、コンビニだと理性が無いのよ、値段的に。

こう云い聞かせてる時点で既にアウトだ。

家に帰って化粧落としてさっさと寝よう。

どうせ明日も忙しいのだ。

あ、電柱の陰にネコチャンがいる。

ネコチャンモフモフーモフモフー。

黒くてかわいいねえ、かわいいねえ、あーかわいい。

ウチくるー?じゃあ一緒におうち帰ろうねえ、ふふふうふうふふふうふうふふーーー。


朝起きたら昨日の記憶がすっ飛んでいた。

ストロング系ロング缶を歩きながら2本飲んだのは流石にやばかったか。

糞上司が押し付けてきた仕事でサービス残業させられた憂さ晴らしに300円で手軽に酔うのも考え物だ。

ここは私の狭い築18年の1DK、衣服はベッドの下に散らばっているが躰に変な痕なし、吐いた跡もなし。

下着も最後の一枚は履いている、ストロング系ロング缶が複数本あるのは見なかったことにする。

そして隣りに転がっているのは――タキシード姿のイケメン。


本当にイケメンだ。

絹のようにまっすぐで滑らかな黒髪には天使の輪が光っている。

きらきら輝いて見えるのは、決してこの部屋の埃が朝の光でどうこうとか言うのではない。

睫毛が長い、唇も赤い、色も白い。

今流行りの塩顔を少しクラシックにした感じで、モデルか俳優と言われても信じられる位だ。

タキシード姿はきっとコスプレ何だろう、よく分からないけど。

何でうちでこれが寝ているのか。

昨夜何があってお持ち帰りしたんだ、下手したら私が通報されるんじゃないか、分かんないけど。

そんな方にまで思考が進んだとき、イケメンが、ゆっくり目を開いた。


綺麗な黒い瞳だ。

ゆっくり瞬きして、そして、こちらを見る――。


「……腹が、減った」

え?

ぐぅううううううう。

その美貌に似つかわしくない、盛大な腹の音が鳴り響く。

柔らかく耳に心地よいテノールの求め以上に、分かり易く。

そう言えば私もお腹が空いた、昨夜職場でカップラーメン食べたきりだ。

何かすぐに食べられるものあったかな……取り敢えず落ちているシャツを被ってキッチンに向かう。


冷凍庫に冷凍しておいた食パンとトマトパスタがあった、後賞味期限が多分切れてる卵にトマトジュース。

トマトばっかりだな、一応野菜摂らなきゃと意識して買ったからだけど。

レンジであっためて、前にコンビニで貰ったフォークを探し出す。

うん、袋は破れてないから綺麗なはず。

一応コップ位は用意しよう、洗って、拭いてっと。


「……お待たせー」

「うむ」

戻ったらイケメンは床の上に正座して待っていた。

テーブルの上にパスタとトマトジュースを置く。

あとレンチン食パンとレンジでチンするだけで目玉焼きが作れる容器ごと卵も置いた。

「こんなものしかないけど、良い?」

「構わん。トマトは好んでいる」

いただきます、と手を合わせて、イケメンは食べ始める。

良かった、口に合って――じゃない。

起きてからずっと吹っ飛んでいた理性と言うか判断力がやっと戻ってきた。


「あの、わたし、昨夜のこと覚えてないんだけど……何がありました?」

恐る恐る尋ねてみると、イケメンはフォークを動かす手を止めた。

「お前は非常に大胆で情熱的だった。無理矢理に私の全身を愛撫し、そのままこの部屋に引きずり込んだ」

ひえええええ。

自分の躰に痕跡がないってことは、一方的かよ。

何をやってるんだ昨夜の私。

蹲っていると、イケメンは更に言葉を続けた。

「"カワイイネコチャン"連発したのも、覚えていないのだな」

何だか通報されても仕方ない気がしてきました。

「ごめんなさい、警察だけは勘弁してください」

土下座位する、実家の両親を泣かせたくないんです、流石にまだ20代の娘がそんなことで捕まったとかで。

「何を言う?」

イケメンがきょとんとした顔でこちらを見る。

良かった、通報する気はないんですね!

「お前は、我のものだろう?」


本当に何があったんだ昨夜。

トマトジュースを思わず噴き掛けて、堪えたので盛大にむせた。

「大丈夫か、安河内愛梨」

「……あ、ひゃ、ひゃい、あ、」

ティッシュで何とか口と鼻を押さえる。

どうしろって言うんですか、イケメン慣れしてないんで、こちら色々辛いんですよ。

あ、フルネームで呼ばれた、一応名乗っていたのだな、私。

「……すみまひぇん、お名前は、」

「ヴァルター・シュテファン・フォン・グーテンベルグだ、ヴァルターと呼べ」

ど、ドイツ名?

明らかに顔は私と同じ平たい顔族なんだけど……コスネームかな。

「ヴァルターさん」

「ヴァルターだけでいい」

「あ、はい、ヴァルター。……あのう、昨夜、一体何が」

そう聞いた途端、彼は、にんまり、としか言いようのない笑みを浮かべた。


「……覚えていないのなら、もう一度見せよう。よおく見ていろ、安河内愛梨」

ぼむ。

そんな風に聞こえる音とともに、彼の姿が一瞬掻き消える。

そして現れたのは、蝙蝠の羽根が付いた黒猫だった。


かわいい。

ものすごおおくかわいい。

モフモフでフワフワで空を飛ぶのだ、バットキャットとか言えばいいのか、超かわいい。

言語中枢が退化してしまうくらい可愛い。

余りの可愛さに私が無言になっていると、その猫が喋り出した。

「……全く同じ反応を見せるな。何度見ても面白いが」

同じ声だ、当たり前だが。

「昨夜も私、こうしたんですか?!」

「ああ。羽根かわいい!可愛い×可愛い!!と楽しそうだった」

「……すみません、猫好きなので」

謝ったら、猫なのにふふん、と不敵に笑って見せてくれた、これも可愛い。


「我は猫ではない。我は夜の貴種――吸血鬼なのだからな」

ヴァ、ンパイア。

いや立ち飲み屋じゃない、流石にそれは分かる。

「……ど、ドラキュラなの?!」

「ドラキュラは固有名詞だ、我はヴァンパイア、古より生きて流離うものだ」

それは違うとしっかり突っ込まれる。

正直どう違うのかよく分からないけど、違うのだろう本人が言ってるんだし。

「はあ。その、ヴァンパイアがどうして、日本に」

しかもどう見ても日本人の今流行りのイケメン顔だ。

「伴侶の転生した魂を探していた」

伴侶。

転生。

普通に生きているとあまり聞かない単語が次々と出て来る。

ヴァンパイアの伴侶とか一体どんな存在なのだろう、なんかすごい耽美な気がする。

「そして見つかった」

急転直下だ。

「お前だ、安河内愛梨」


1812年からずっと探していた、やっと見つけた、イレーネの魂よ。

お前は我のもの、我はお前のものだ。

愛している、永劫に。


何を言っているのか正直分からなかった。

私は平凡なアラサーOLで、猫と酒が好きで、休日は昼まで寝ていたい。

彼氏はこの数年いなくて、そろそろ婚活しなければと思っていて――。


「……ごめんなさい、うち、ペット不可なんで。上の階の人ヒモ飼っててうるさいけどあれは一応人間だし」

「我はペットではない!」


気付けばえらいことを口から吐き出していた。

幾ら今可愛いモフモフの姿とはいえ、失礼だろう、可愛いけど、モフモフで。


ぼふん、と音を立てて、ヴァルターが人の姿に戻る。

その目がじっとこちらを見据えている。

「人の姿なら、いいのであろう?ヒモならば、飼えるということだし」

「そ、そっれは、ご、め」

それ以上の言葉は、唇でうばわれる。

キスは勿論トマトの味がした。

会社に休むって連絡入れないと……とか脳の片隅で思うも、これはもう、無理そうだ。


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[良い点] 文章がとっても読みやすいです。 [気になる点] マジシャン詐欺師に騙された社畜の話にも思えて怖い [一言] 続きが読みたいです
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