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眠り姫

作者: 鏡夜 涼
掲載日:2020/05/02

いい夢も、悪い夢も、

夢の中のほうがずっと居心地がよかった。


現実で悩むより、

夢の中で不快感に苦しむほうがずっと楽。


現実で楽しかったことより、

夢の中で幸せになることのほうがずっと多い。


一生寝て過ごしたいな。

ずっとあの幸福の中に浸っていたい。


起きた時の身体の違和感。

あれに気づきたくない。




「おはよ、ほのか。今日はよく眠れたか?」

低くて優しい声が降ってくる。

「え、ええ。」あんまり眠れてないですけど、なんて本音は心にしまっておく。

だってそんなことを言うとこの人に叱られてしまうから。

「その返事の感じだと、あまり眠れてないな?」

しゅんは大きくため息をついた。気づかれていたようです。

この人は大柄なくせにいつもしゅんとしている。

あまりにも名前にピッタリではないでしょうか。

親は預言者だったのでしょうか。それともただ単にかっこいいと思って付けたのかしら?何か名前に込められた意味は、と何度も考えてしまう。

この人のことをもっと知りたいのだけど、私にはできません。

私があまりにも臆病なのはとっくの昔に分かっていることなのです。

「今からでも眠ってほしいんだが、・・・生活リズムが大幅に崩れてしまうとなると・・・うーん。」

私が大丈夫ですわ、と言っても聞こえてないみたいで少し悲しくなります。

やっぱり私は声が小さいのでしょうか。

「常に睡眠不足の状態もつらいだろうし、俺が一緒に寝てあげる。それだと寝れるか?」

・・・?この人は何を言ってるのでしょうか。一緒に寝る?なぜ。

「貴方に添い寝していただいてもきっと私は眠ることはできません。」

「そうか・・・。うーん。どうしたら寝れる?」

大きな体を縮こませ、一生懸命考える姿が、高い木の上のはちみつが取れなくて悩んでる熊の姿に重なり、少しの笑いを誘う。ああ、本物の熊は見たことはありませんわ。小さい頃に読んだ絵本の話に酷似していましたの。

「少し身体を動かしたら、寝つけるかもしれませんわ。疲れたら眠たくなるとよく言うでしょう?」

本ばっかり読んでいる私でも、外の世界を知っていますのよ。知識をひけらかすのはあまりよくないこととは知っていますけれど、なんだか子ども扱いされているようで悔しいんです。少しくらいはいいでしょう?

「えっ、と。身体を、動かしたいのか・・・?その・・・。い、医師にも安静にしてろと・・・。」

「なにか問題がおありで?」

「でも、」この人は私を上から下までじろじろと見る。ちょっと失礼じゃあありません?

「あ、いや。問題。うん。ない、です・・・。」私の怪訝な瞳を見てあたふたする姿がなんだか頼りない。

「ではあの庭まで連れて行ってくださる?」生まれてこの方、自分の屋敷の庭にも行ったことがないなんておかしすぎます。あの庭の白と赤の花をもっと近くで見てみたい。触れてみたい。香りがあるのなら、かいでみたい。

これほどまでに外に出たいといった願望を抱えたのはいつぶりでしょうか。

「連れて行くのはいいが・・・あれだ。お父さんに許可をもらわなくてもいいのか?」

ただ私が願っているだけのこと。なぜ許可をいただかなくてはなりませんの?

ふん、とそっぽを向く。

この人は大きく息を吐いた。「・・・ほのかが機嫌悪くなっても世界は変わらないぞ」

でましたわ。この人の口癖。ああ。そんなことわかっていますのに。

この人の息の一部が顔にかかる。あら、全然臭くない。口臭そうですのに。

失礼ですって?考えるのは自由ですもの。

「今俺に向かってすっごい失礼なこと考えてただろ」

なぜ気づかれたのでしょう?気づかず言葉にしていたのでしょうか。物語の中ではよくある現象です。

「なぜおバレになったのでしょう?なんて顔しなくてもわかるぞ。お前分かりやすいからな。」

「今私のまねをしました?」あまりにも似てなさ過ぎてびっくりです。声の高さをあげればいいと思っていますの?

その前になぜ私のことがすべてわかるのでしょうか。この人、まさか、超能力者?!だから私の考えが読めるのね?!もしかしてスパイなのかしら。一族もろとも滅ぼそうとしてるとか・・・。

「また馬鹿な事考えてただろ。顔に出やすいな、ほのかは」

全て顔に出てましたのね。私。前にも言われた気がしますわ。ああ、早くお父様に頼んだ本、ポーカーフェイス入門編、届かないかしら。

そんなことはどうでもいいですわ。

ちらりと窓の外を見遣ると、この人は真剣な表情になる。口角が下がって、怖いお顔ね。

「どうしても、外に出たいのか?」

「ええ。」あたりまえでしょう。

「寝付くため、だろ。別の方法のほうがいいんじゃないか」

「・・・どうして、そんなに止めますの?」涙があふれる。

その涙を、この人は優しくぬぐってくれた。

「だって、な。」この人は苦しそうな、泣きそうな顔になった。

どうして?

ぽんぽん、と頭をなでられた。

「そんなに止めるなら、一人で行きますわ。しゅんなんて知りません」

ふいっとそっぽ向けば、この人はとても慌てる。ちょっと面白いですわね。

「あのな、ほのか。」

この人は私の目をじっと見つめた。とても真剣な表情。

なんだか嫌な予感がしますわ。

知りたくない、聞きたくないと全細胞が騒いでるような、そんな感じがします。

それでもこの人の瞳から目が離せなかったの。

この人は息を整えるように大きく息を吐いた。

「どうやって一人で庭まで行くつもりだ?」

不思議な質問に私は小首をかしげる。

「どうって、この足でですわ」私は自身の足を大きく上へあげて見せた。

つもりでした。

私の下半分には何もなく、ただシーツがへたれてるだけ。

不意に思い出しました。私の足はなかったのです。最初から。生まれた時から、ずっと。

思い出したくなかった。

ほかの人と違う。

皆にはあるものが、私にはないのです。

とてもつらいことです。

皆と同じように走ってみたかった。

皆と同じように歩いて学校へ行ってみたかった。

素敵に着飾って、お屋敷内を悠々と歩いてみたい。

皆が普通にできるそのことが、私はとてもうらやましかった。

悪魔に魂を売ってでも、足が欲しかった。

でも悪魔はいなかったの。

私は発狂していた。

気づいたときにはしゅんの姿はなく、カーテンが引き裂かれぼろぼろに。カーテンレールは曲がり、今にも落ちてきそうになっていました。壁紙には酷い爪痕が走り、あまりにも無残な様子です。

部屋の隅で割れた鏡に映るのは髪を振り乱した一人の少女。足のない少女だけでした。

ああ、私はなんて不幸なんでしょう。

「ごめん。」この人が小さく呟いたように思えました。


これは夢、そう、夢ですわ。

私は何回この悪夢を見ていればいいのでしょう。

私はもう、このことを思い出したくありません。


できることなら、永遠の眠りへついていたかった。

もう二度と、思い出さないように。


夢の中で眠れば、きっと現実世界で起きられるでしょう。

起きればもう、夢なんてすぐ忘れてしまいますの。そういうものでしょう、夢って。

次に起きた時は部屋の中は綺麗で、これは夢だったんだって。

知ってますわ。だっていつの時もそうでしたもの。


姫は静かに眠りについた。


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