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メッセージ  作者: 幸森丈二
第二章
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ある夜の出来事

 テレビを付けると午後十一時前に始まるニュース番組のキャスターがヘッドラインを告知していた。

 コンビニで買った弁当とお茶をこたつに置いて、あらためて財布を確認すると、半月分の生活には余りにも頼りない数枚のお札が、寒々と身を寄せ合っていた。カレンダーを見ると収入になりそうな予定としたら、21日から23日にかけてのチラシ配布。拓也はコンビニで買った30円引きの鮭弁に目を落とし、ため息を吐いた。

 万年床の横には先輩芸人から貰った一人用こたつ、16インチのテレビと一年中出しっぱなしの扇風機。それにタンスの代わりに使っている段ボ-ル箱が四つ。口が開いた白いごみ袋の中には、空になったカップ麺や弁当の残骸が押し込まれている。

 時折声が掛かるお笑いの舞台やキワもの番組のレポ-タ-だけでは、この極安のねぐら代も賄っていけない。拓也は収入の殆どをチラシ配りやイベントの手伝い、その他不定期で出来る様々なアルバイトでやりくりしていた。

 番組のレポ-タ-役などは顔を売るメリットがある反面、収入としてはたかが知れている。三か月前まで家賃の半分は同居していた相方のサトちゃん持ちだったが、サトちゃんは夢を諦め実家に戻ってしまった。一か月前、いい仕事に就いたと連絡があった。複雑な心境ではあったが、それはそれで嬉しかった。

 コンコン。

 扉をノックする音が聞こえた。

 ふと腕時計を見ると、十一時を過ぎている。

 コンコンコン。

(誰だ、こんな時間に)

 拓也はテレビのボリュ-ムを下げ、もう一回ノックしたら見に行こうと決めた瞬間、また音が聞こえた。

 コンコンコンコン。

 警戒して近くにある武器になりそうなものを探したが、何も見当たらない。仕方なく割りばしを握りしめて玄関に向かった。

 ドアスコ-プから覗くと着物姿の背の低い老人が立っていた。不審に感じたが拓也は直感的に怪しい存在ではないと思った。ドアを開けると、着物姿の老人が挨拶した。

「山口拓也殿かな」

 唐突に自分のフルネ-ムを言われて、拓也は背筋を伸ばして「はい」と答えた。

「じゃ、上がらせて貰うよ」そう老人は言うと、拓也の脇の下をくぐりぬけ、中へと入って行った。

「ちょっ、ちょっ、ちょっと・・・」

 拓也は慌てて老人を遮ろうとしたが、老人は既に玄関を抜けて六畳の部屋に座っていた。

「なんですか?」

「ほうっ、ここがお前様のお城か」と言って、老人はぐるりと部屋を見渡した。

 拓也は上擦る声で「何なんですか」と訊いた。

 老人は何か懐かしむような表情で部屋の中の一つ一つを眺めながら言った。

「お前の遠い先祖よ」

 拓也は敷居に立って繰り返した。

「何なんですか、あなたは」

「お前の先祖と言った」

「先祖?」

「遠い遠い先祖だ」

 背筋にゾクッと寒けを感じ拓也は肩を強張らせた。続く言葉が出てこない。

 周りを見渡していた老人は、凛とした姿勢で拓也の顔を真っ直ぐに見入った。

「ここに座りなさい」

「・・・はいっ・・・」拓也は心を奪われてしまった様に、老人の言葉に従った。

 拓也がかしこまって正座をすると老人は瞬時に態度を変え、絨毯に両手を添えて頭を擦り付けて言った。

「頼む。拓也殿。わしの頼みを聞いてくれんか」

 拓也は不審者のさらなる不審な行動と恐怖で、思考が止まっていた。

「頼む。この通りだ」

 土下座したまま動かない老人を拓也は凝視した。

 頭の後ろで白髪を束ねているが、日に焼けた頭頂はかなり薄い。元々何色かわからないような黒っぽい着物の襟からは、垢の溜まった首筋が見えた。

 老人はゆっくりと頭を上げて上目遣いに拓也の目を伺った。またゾッとした。

 皺だらけの顔から覗く鋭い眼光は、拓也の体をさらに硬直させた。

 拓也は唾を飲みこんで、上擦った声で老人に聞き直した。

「なんでしょうか?」

 老人は静かな口調で話し始めた。

「わしは山口作蔵と申す。お前の祖父の祖父のさらにずっと昔の先祖だ・・・信じられんかも知れんが、今から二百四、五十年程前、天明から寛政の時代に江戸で暮らしておった」

 拓也は口を半分開けて、瞬きを繰り返した。

「実は、子孫のお前に、如何にしても託したい願いがあって、ここに参上した次第じゃ」

 拓也はまた唾を飲んだ。

 老人は再び頭を下げた。

「・・・わしだけでは、どうする事も出来んのだ・・・だから、どうかお頼み申す・・・この通り、願いを聞いて頂きたい・・・」

 こたつの横で口を開けた拓也と土下座する老人。二人は数十秒の間、まるで人形のように動く事なく静止していたが、やがて拓也が気を取り戻して言葉を発した。

「・・・って事は、あなたはこの世の人じゃないんですか?・・・」

 老人はゆっくりと頭を上下に動かした。

 拓也は不思議な事に、この老人の雰囲気に怖さの中にも安心感を感じ始めた。

「・・・って事は、幽霊ですか?・・・」

 老人は眉間に皺を寄せ、首を振った。

「幽霊とは何ぞ、わしはここにおるぞ」

「・・・でも、二百四、五十年前にいた方なんですよね・・・」

 老人は頷いた。

 茫然としながらも、拓也は老人の言葉を脳裏に呼び戻した。

「・・・お願いって言ってましたけど・・・な、な、何の事でしょうか?・・・」

 老人は姿勢を上げ、正座をして拓也に面を向けた。

「・・・頼みと言うのは・・・よろしいか?」

 拓也は放心しながら頷いた。

 ごほんと咳払いをして老人は話し始めた。

「・・・わしたちは代々、こちらで亡くなった方々をあちらの世に送って差し上げるお役目をしておった・・・」

「・・・」

「・・・分かるか?」

 拓也は首を振った。

 老人はまた咳払いをして、落ち着いた声で言い直した。

「いいか、よく聞きなさい。お前様の先祖のわしたちは、この世で亡くなった方々を、あちらの世界にお送りする役目をしておった・・・」

 拓也はぼんやりとした頭で考え、当てはまる言葉を口にした。

「・・・死神ですか?・・・」

 老人は口元を和らげ、はっはっと小さく笑った。

「死神ではないわ。亡くなった方々を安らかに送り届けるお役目よぉ」

 老人は少し揚々に話を続けた。

「・・・お前の曽祖父にあたる良吉がそのお役目を断るまで、わしらは代々そういうお務めを行ってきた家系なんじゃ・・・」

「・・・はぁ・・・」

「お前にお頼み申したいのは、そのお役目を継げと言っておるのではない・・・たまたま十数体の魂がこちらの世に降り立った・・・」

「・・・はぁ・・・」

「・・・たまたまと申したが、皆、ある理由で降り立ったんじゃ・・・だが、魂たちのいくつかは己の意思で行きたい所に行ける訳ではない・・・」

「・・・はぁ・・・」

「・・・お前には代々培ってきた霊媒という力がある。そこで、その者たちをその者たちが行きたいと願う所まで送り届けて欲しいのだ」

「・・・はぁ・・・」

 拓也は老人の言った事を頭の中で繰り返した。そして暫くした後ようやくその意味を理解した。

「はぁ?」

「お願いしたい」

 老人は頭を深々と下げた。

「・・・やですよ。そんな怖い話・・・」

 老人は頭を上げて諭すように返した。

「怖くはないぞ・・・決して怖くはない」

 拓也は座ったまま後退りしながら応えた。

「怖いよ・・・なんか憑りつかれたりするんでしょ・・・体に幽霊が入ったりするって事でしょ」

 老人は笑いながら続けた。

「そんな事はない。妙な事は起きん」

「第一、俺バイトとか忙しいし、あっちこっちに行ってる暇なんかないし・・・」

「安心せぇ。時間は必要ない。お前が常日頃やっている事を続けるだけぞ」

 何かのお経を唱えればこの老人がいなくなるのかと一瞬思い、宙を見ながら拓也は言った。

「嫌です。南無阿弥・・・」

 しかし反面、先祖を追いやってしまうかも知れないと、そうしたらこの先もっと厄介で、もっと恐ろしい事に巻き込まれるかも知れないと考えながら唱えた。

「・・・南無・・・妙法蓮華・・・」

 そしてどうしたらいいのかの判断が出来ずに目を固く瞑って。

「南無・・・南無・・・嫌です・・・嫌です」

 その時、透き通るように純粋な声が拓也の心に響いた。

(お願い)

 拓也の不安は一瞬に静まった。

 老人は話を続けていた。

「大丈夫だ。決して悪い事は起きない・・・頼む・・・お頼み申す・・・」

 全てが整理されて無心になったような心境で拓也は老人の姿を見た。

「お前でなければ、頼めない。出来ないのだ」

(お願い)また響いた。

 拓也は目を開けた。

「頼む」

「・・・頼むって言われても、何か僕にいい事あるの?」

「・・・いい事があるかどうかは・・・と、言う話ではないが・・・」

 我に返った拓也は思った。今は夢を見ている。先祖であれ何であれ、今自分は夢を見ている。変な夢だ。けれど夢なら夢で先祖の言うなりになろう。どうせ朝が来たら日常に戻れる。そう考えたら面白い夢だ。この先がどうなるのか見てみたい。

「・・・いいけど、僕がじいさんの頼みを聞いてあげたら、何かいい事あるの?・・・」

「・・・この世の中では、特にないかも知れん・・・が、・・・きっと、いつかは、いい事もあるかも知れん・・・それにもう既に何体かは、お前の体を借りている」

「・・・借りているって?」

「まぁ、あまり気にする事はない。それに特にお前の生活に、何か変わった事など起きなかったろう」

「変わった事?・・・ん~・・・今日誰かに腕を掴まれた」

「そんなのは気のせいじゃ。それに腕掴まれたくらい、大した事じゃない。別に変な事された訳でもなかろう。だからお前は普段の生活をしていればいい」

「でも、怖いよ・・・」

「何も怖がる事はない。お前に危害を加えるとか、脅かすとか、そういった事は全く起きん。だから何とか頼まれてくれんか」

「・・・本当に何もないよね」

「本当に何もない」

 具体的な夢だ。面白い。ちょっと怖いけど、面白い。

「・・・わかった・・・でも本当に何もないよね」

 老人はポンと一つ手を叩いて「そうか。大丈夫だ」と言った。

「・・・で、結局、僕は何をすればいいの?・・・」

 拓也は不承不承に質問をした瞬間、老人の後ろと自分の周りに複数の人間がいる事に気付いた。

「えっ、えっ、いつから?えっ、えっ、いつからみんないたの?」

 老人が応えた。

「ずっといたさ」

「はぁっ、えっ、何で?みんな幽霊?」

 周りの人間たちはこぞって頷いた。

 そして「よろしくお願いしま~す」と一斉に頭を下げた。

「これは夢ではないぞ」と老人が言った瞬間、拓也は気を失った。


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