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メッセージ  作者: 幸森丈二
第五章
27/47

市川克也

 市川克也は二十畳近くあるマンションのリビングでノ-トパソコンを前に原稿を打ち込んでいた。

 大きな窓の外には都心の超高層ビル群が遠くに見える。空はまだ明るいが、カラスの鳴き声が夕暮れに近い時間を感じさせていた。

 元々はお笑いタレントとしてデビュ-をしたが、世間と政治を毒舌で語ったラジオのコ-ナ-が評判となって、雑誌や新聞からの論説、時にはテレビの討論番組からオファ-を受けるようになった。今執筆を依頼されているのは、先日自らが出演した心霊現象番組で自分が感じたエセ心霊家たちの評論だった。

 目で追いかけるよりも早いブラインドタッチで、両手の指は画面に文字を連ねていく。しかしその内容は、市川がその時々頭に浮かぶ(いいフレ-ズ)の羅列でしかなかった。

[・・・繰り返して私が伝えたいのは、日本が本当に日本となったのは、無血革命と言われる明治維新の大掛かりな外科出術の賜物であるのだ。しかし、あの時薦められていた英語の母国化がなされていたら、日本人はもっと合理的な生き方をしていたであろう。神仏を仰ぎながらクリスマスやハロウィンにうつつを抜かす日本人など、今の世にはいなかったに違いない。

 では、霊界とは何処にあるのか?確かにホ-キング博士はマルチバ-スという発想をしていたが、次元間の交流は不可能だと、言いきっている。それでは宇宙の果てにでもあるのか?いや、たかだか身近な太陽系でさえ、太陽の光を我々が見るのに7分30秒もかかる。光の速度で7分30秒。月の光に至っては太陽から届いた光が反射して8分必要だ。宇宙の果てなんていったい何光年の時差が必要になるのだ。

 5年前に亡くなった幽霊が出て来たとしよう。往復で5年。すると霊界は少なくとも2.5光年以内になければならない。するとその幽霊の記憶は5年前のものではなく・・・]

 メ-セ-ジ音がした。

 市川はキ-ボ-ドの横にちらりと目を向け、そのメ-セ-ジが編集者から来たものだと確認して椅子を立った。北欧風にあしらえたキッチンカウンタ-でティ-サ-バ-から紅茶を注いだ。

 窓の外には、羽田空港に向かう飛行機が高層ビル群のさらに向こう側を飛んでいた。

 市川は席に戻り続きを書き出した。

[・・・木村という霊能者、いや、私としたら、自称霊能者であって欲しいが、・・・例の番組内で若い女を見たと言った。私はその言葉を聞いた瞬間、この男が嘘を付いていると確信した。その後視聴者からその霊は男性老人ではなかったかと言う問い合わせが相次ぎ、木村氏は前言を訂正する事無く、むしろ開き直って老人を見たと言い放った。私はこう思う・・・]

 市川の真後ろで中年の女性が立ち尽つくし、寂しい表情で原稿を打ち続ける市川の後ろ姿を寂しい表情で見ていた。

「克也ちゃん。その辺にしときなさい」女性は声を掛けた。

 市川は、はっとして振り向いた。そして目の前の亡き母親の姿を見て固まった。

「克也ちゃん。元気にしているようね」母親は市川の両肩をさすって手を置いた。

 市川は椅子をゆっくりと回して正面から母親を見つめた。

「お母ちゃん」

 母親は腰を落として膝立ちになり、市川の手を両手で包むように握って言った。

「克也ちゃん。そういう風に人様を非難するのは止めなさい」

「お母ちゃん。いつ来たの?いつからいたの?」

 母親はふっとため息を吐いて、優しい口調で繰り返した。

「もう、止めなさい、人を非難するのは・・・克也ちゃんは、とっても優しい子なんだから」

「・・・止めろって言われても、僕の仕事だもん」

「駄目っ、だったらそんなお仕事お辞めなさい」

「だって・・・そんな事・・・僕のキャラだもん」

 母親は首を横に振りながら言った。

「克也ちゃん。キャラとか何とか、お母ちゃんには分からないけれど、そんな事していたら、克也ちゃん、立派な大人になれないのよ」

「もう、僕は四十五だよ。立派な大人だよ」

「もう四十五になるのね・・・お母ちゃんが死んだ歳だわ・・・でも、あなたはまだお母ちゃんの前では子供よ。あの時のまま。折角素直で純粋だった克也ちゃんの気持ちが、こんな事繰り返していたら、汚れてしまうのよ」

「そんな事ないよ」

「そうなの。だから金輪際お止めなさい。そしてみんなに好かれるような人間になって欲しいの」

「・・・・・・」

「克也ちゃん・・・あなた私たちの事が見えるんでしょ」

 市川は嗚咽し始めた。

「見えるんでしょ、正直に言いなさい」

「見えるよ。お母ちゃん見えるよ」

「だったら、尚更そんな文章書くのは止めなさい」

 市川は自分の嗚咽を止める事が出来なくなっていた。

「お母ちゃんとのお約束。もう、金輪際、人様を非難するような事は言わない、書かない、もうしません。はいっ」

「・・・言わない・・・書かない・・・でも駄目だよ、僕、そういうキャラだから仕事が来るんだ」

「聞き分けの無い子だね・・・お母ちゃん怒るよ」

「やだぁ~お母ちゃんやだぁ~」

 母親は市川に手を差し伸べ、体を抱えて後ろ手に頭を優しく撫でた。

 市川も首を囲むように女性を抱いた。

「克也ちゃんはお母ちゃんの子。いつまでもお母ちゃんの子だよ」

「お母ちゃん」

「いい子。いい子。克也ちゃんは本当にいい子」

「お母ちゃん」

「だから、もう止めなさいね。そういう事は」

「うん。分かったよ。僕、お母ちゃんの言う事を聞く。だからずっと一緒にいてくれよ」

「そうはいかないのよ、克也ちゃん。でもね、出来るだけ克也ちゃんの傍に来るから、ね・・・だから約束してね」

「お母ちゃん」

 市川の咽ぶ泣く声は大きくなり、市川は力強く母親を抱きしめた。

 窓の外の景色の中に数機の飛行機が行き来していた。そのうちの一機が空港への着陸態勢を取っていた



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