小さな教会の聖護師③
セシアが用意してくれた夕食を済ませたエスカは、教会の床に寝転がっていた。
人工的な灯りの無い世界の夜は、思っていた以上に暗かった。
教会には椅子や祭壇が無く、奥の壁に十字架が掛けられているだけだった。
聖護師達が修行のために祈りを捧げる以外に、使われることがないからなのだろう。
食事をした部屋の隣は寝室になっていて、ベッドが数人分あったのだが、エスカはそこで眠ることを拒んだ。
今日初めて出会った女性と同じ部屋で眠ることに、抵抗を感じたからだ。
セシアを襲う気など全くなかったが、自信がある訳でも無かった。
教会の天井を見ながら、ふとエスカはゲーム仲間のことを考えた。
自分と同じようにこの世界に来ているのだろうか?
何の挨拶も会話も出来ないまま、一人だけになってしまったことが何より心細かった。
自分でも不思議に思うくらい、セシアに装備やスキルを与えてしまったのは、寂しいと感じた心の隙間を埋めたかったからなのかもしれない。
先ずはこの世界の情報を集めることに専念し、それから元の世界に戻る方法を考えた方が良いだろう。
目を閉じるとすぐに睡魔が訪れ、それからどれほどの間眠ったのだろうか。
ふと体の右側に違和感を感じたエスカは、そちらに目を向けた。
そこにはエスカの右腕にしがみつくようにして寝息を立てているセシアがいた。
――――教会で寝た意味無いじゃん。
このような状況をエスカは経験したことがなかったので、なるべく彼女を起こさないように体を動かさないでおく以外の方法を思いつかなかった。
――――長い夜になりそうだな。
セシアは時折苦しそうに顔を歪めたり、寝言を言っていた。
無理もないことだ。
こんな森の近くに一人で住むということは、どれほど心に負担をかけているのだろうか。
聖護師とは仲間の命を救う事を使命としているだけに、人一倍精神が強くなければならないということは理解できる。
しかしいつ何時、森の魔物がここを襲いに来るかもしれないのだ。
そんな恐怖とも戦い続けなければいけない。
過酷な生活を経験して、そこで生き残った者だけが一人前の聖護師になれるのだろう。
よく考えればかなりブラックな職業だ。
今日一日セシアと二人きりでいたわけだが、その間に彼女はエスカの素性を探ろうとはしてこなかった。
その理由として考えられるのは、聖職者であるために、安易に人を疑うことがないからなのだろうか?それとも彼女自身、明かしたくない過去があるからなのだろうか?
いずれにしろエスカは自分の素性を今は誰にも明かしたくはなかった。
明かしたところで信じてもらえないだろうし、妙な嫌疑をかけられたくも無い。
とにかく夜が明けたら、セシアを出来るだけ強くすることだ。
異世界に来て一日が過ぎたが、この先の見通しがそう簡単につくわけでは無い。
彼女を鍛えながら、どうするかを考える。
念を押すようにエスカはそう心に刻んだ。
♢♢♢
翌日、エスカはセシアを連れて森の中に入った。
セシアの訓練と食料の確保のためである。
レベル解析スキルが通用したので、高レベルで攻撃的な魔物を訓練の対象にした。
ゲームとは違い時間が経てばリポップするわけでもないし、同じ魔物ばかりを倒していては森の生態系に悪影響が出ないとも限らない。
セシアに技を磨かせるよりも、経験値を積ませたほうが得策だと考えたエスカは、魔物の生命力をギリギリまで削り、止めだけはセシアに任せていた。
ゲームで言うところのラストアタックボーナス狙いなのだが、この方法はこの世界でも効果があるらしく、17だったセシアのレベルはたった一日で40を越えることになる。
訓練の合間にエスカはセシアから植物や魔物の知識を教わっていた。
「これはバジル、こっちがオレガノにタイムですね。薬草になるセンブリはこれです」
驚いたことに食用や薬用となる植物の名前と効用は、すべてエスカのいた現実世界と同じものだった。
とは言っても元からハーブなどの植物に興味の無かった彼にしてみれば、教えられてもそのすべてを覚えるにはかなりの時間が必要に思えた。
「魔物って倒すと全部魔結晶になってしまうんだけど、食べることは出来ないの?」
相手にしたすべての魔物は、事切れると結晶化したのちに霧散してしまい、残るのは素材や魔結晶のみだった。
「食用にする場合は、結界牧場で育てなくてはいけないんです」
「結界牧場?」
「はい、二十年ほど前までは、食用に出来る動物がいたんですが、大きな戦乱の後、世界中の動物達はすべて魔物化してしまったんです。それから魔物を食用とする場合は、結界牧場の中で数か月ほど浄化する必要があるんです。……大きな戦争を引き起こした魔王の影響だと信じられているんです」
「魔王……ね」
エスカには、これからの目的が一つ見えたような気がした。
「明日町まで案内して欲しいんだけど、ダメかな?ギルドに寄って魔結晶を引き取ってもらいたいし、買い物もしてみたいんだけど」
セシアに聞いたところ、魔結晶はギルドで現金と交換することが出来るのだという。
元からある金はなるべく手を付けずにしておきたいし、町の武器屋や防具屋など訪れてみたい場所が数多くあった。
それにせっかく別世界に来たのだ。異国情緒みたいなものを感じてみたいとも思っていた。
「町ですか……、分かりました」
「今日一日で、君はずいぶん強くなったはずだよ。それを確かめたいし、僕も冒険者登録をしてみたいんだけど」
察するにセシアはギルドにあまり良い印象を持っていないようだった。
無理もない、ギルドではセシアの仲間だった聖護師達に会うかもしれないからだろう。
「今まで君は一人だったのかも知れないけど、今は僕がいるし何かあったら責任は僕が取るよ」
そう言ってエスカは、しまったと思った。
説得のつもりが、誤解を招くような発言になっていたからだ。
案の定セシアは顔を紅くすると、嬉しそうな笑顔を見せた。
「き、君はその……僕の仲間なんだから、ね」
「エスカと呼ばせていただいてもいいですか?」
「もちろんさ、仲間同士なんだから様なんてつける必要も無いし、敬語もいらないさ」
「わかったわ、エスカ」
そう言うなりセシアはエスカの右腕に飛びついてきた。
「きょ、今日はだいぶ頑張ったし、か、帰っちゃおうか」
「うん」
仲間以上に二人の距離は縮まっていた。