小さな教会の聖護師②
森から少し離れた場所には西洋風の木造の家屋が二つ建てられていて、片方の屋根の上には十字架が掲げられていた。
かなり古びていて、家と言うよりは小屋と言った方が相応しい。
建物の前にはなぜか案山子が立てられおり、魔除けにしてはかなり痛んでいた。
「どうぞ中へ」
セシアの声に招かれたエスカは、十字架の無い建物の中へ入った。
石造りの竈が二つに水が入っているだろう大きな木の樽が一つ、木製のテーブルが一つに横に長い椅子が二つ。右側の壁には隣室へつながる扉があった。
「何のお礼も出来ませんが」
と前置きをしながら、セシアはテーブルの上に白いスープのような液体が入った木碗と、黒っぽいパンみたいなものが入った籠を並べていた。
清貧という言葉が相応しすぎる品揃えだ。
「一人で住んでいるの?」
「はい、ここで聖護師の修行をしています」
「修行か……それはどんなことをするの?」
「神様に祈りを捧げたり、戦いの訓練をしたりとかです」
「戦い?」
「外にある案山子で打撃の訓練をしています」
「なるほど、あれはそのためのものか」
案山子が痛んでいたのは、魔除けではなくサンドバッグ代わりに使っていたためなのだろう。
「たまに森に入って弱い魔物を倒したり、薬草を集めて町まで売りに行ったりもしています」
自給自足の生活をしながら鍛錬を積む、それがセシアの日常と言う訳だ。
「聖護師を目指す者は、教会が営む学校で教育を受けた後、このような場所で修行をします。ある程度実力がついたら町に移り住んで、冒険者達に同行して技の研鑽に努めます。前はここにも仲間の聖護師達がいたんですが、今は私一人だけになりました」
彼女にかける言葉を見つけられなかったエスカは話題を変えた。
「町にはギルドみたいなものってあるの?」
「はい、冒険者ギルドがあります。残念ながら私は実力不足なので、登録すらさせてもらえませんが」
藪蛇だった。
次第に顔を曇らせていくセシアを見て、エスカは空気を変えようと考えを巡らせる。
「これって町で使えるのかな?」
アイテムリストからゲーム内で使用していた通貨を数枚取り出し、エスカはテーブルの上に置いた。
「金貨!初めて見ました!」
「使えるの?」
「はい、もちろんです」とセシアは瞳を輝かせていた。
他に銀貨と銅貨をセシアに見せたところ、いずれも使用が可能であることが分かり、エスカはほっと胸を撫でおろした。
使えなければ、当面は金策が最優先となるところだ。
「エスカ様は魔導士様なのですか?」
「うん、そうだけど」
何もないところからアイテムを取り出すことが、彼女には魔法の類に思えたのだろう。
「これは使える?」
続いてエスカは一本のメイスをテーブルの上に置いた。
銀製のそれは、彼がサブキャラクターで使うために用意していたものだ。
もはや今となっては無用の物になりつつあるものだ。
「キレイなメイスですね。町の武器屋でも見たことが無いです」
「君にあげるよ」
「えっ?こんな高価な物を頂くわけには……」
「その代わりと言えばなんだけど、しばらく僕をここに住まわせてくれないだろうか?」
町の宿に泊まればいいだけなのだが、見知らぬ世界なだけに当面は出費を抑えておきたかった。
それにこの世界の情報を得るために、しばらくは彼女といた方が都合が良い。
「無理にとは言わないけど」
「こちらこそ、居て頂けたら助かります」
会ったばかりの男と同居することになるのだが、その事をセシアは理解しているのだろうか?
おそらくは命の恩人に対して、厚い信頼を抱いたものと思われた。
「あの、メイスを使ってみてもいいですか?」
「それはもう君の物だから、ご自由に」
嬉々としてセシアは外に出て行った。案山子を相手に試してみたいのだろう。
その様子を見にエスカも外へ出る。
えいっ!と掛け声を出しながら、セシアは案山子を叩いていた。
メイスは初期段階で装備出来るものの中では、一番質の良いものだ。
夢中でセシアがメイスを振るう間に、エスカは彼女のステータスを解析スキルで確認していた。
セシアのレベルは17と表示され、数字の隣に“F”という表記が見えた。
ゲームではレベル表示のみなのだが、この世界には独自の判定基準があるということか。
「冒険者登録と言うのはどういうものなの?」
セシアが一息入れたタイミングでエスカは彼女に尋ねた。
「まずは実力を判定するために、ギルドにある水晶玉を触ることになります。触れると玉の色が変わるので、変わった色が実力の判断材料になるんです。ちなみに私が触れても無色のままですが……」
「レベルは評価されないの?」
「レベル?それはエスカ様の国の判定基準ですか?」
「まあそうなんだけど」
ゲームとは違う判断基準の存在が確認できたことになる。
いずれはギルドに足を運ぶことになるのだが、この先一人だけで生きていく自信がエスカにはなかった。
ゲーム世界では圧倒的な火力を持つ魔導士なのだが、それは仲間の助けがあってこそだ。
防御魔法を貫通するようなスキルがこの世界にもある可能性は否定できない。
そうなれば信頼のおける仲間は出来るだけ増やしておきたかった。
セシアは陽が落ちるまで、ひたすら案山子を叩いていた。
少しでも強くなりたいという彼女の思いの表れに見えた。
「このメイスは凄いですね。いつも使っている木のメイスは、すぐに折れてしまうんですよ」
「まあゲームじゃ武器はそうそう壊れないからね」
「げえむ?」
「ああっと、そのメイスを作った鍛冶職人の名前なんだけど」
「腕の良い職人さんなんですね。げえむさん……変わった名前ですね」
セシアのひたむきさに心を打たれたエスカは、サブ用に用意していた防具一式とアクセサリーを彼女に与えることにした。
いくら案山子を相手にしたところで成長など見込めるはずもない。
この世界に経験値と言う概念が存在するかどうかはさておき、実戦で経験を積んだ方が成長につながるとエスカは判断した。
「これは何の本ですか?」
「スキルブックと言うものなんだけど、見たことは無いのかな?」
「回復法術書であれば何冊か持っていますが、これは初めてです」
「本を開いてみて」
エスカの指示通りにセシアがスキルブックを開くと、ページ全体から黄金色の文字列の蛇が飛び出し、瞬く間にセシアの体に巻き付くと、光を放ちながら彼女の体に溶け込んでいった。
「何ですか今のは?」
「呪文の事だけ考えてみて」
言われるまま、念じるようにセシアは目を閉じた。
「知らない呪文の名前が、頭に浮かびました」
「唱えてみて」
「はい、ヒールライト」
セシアの体が光に包まれた。
「体の疲れが取れたように感じました」
「よし、じゃ次はこの本」
ブレイブスキルオンラインでレベル17までに回復職が習得出来るスキルブックを次々とセシアに渡したエスカは、本をすべて開かせて呪文を覚えさせた。
ゲームで使用出来るスキルは、この世界の住人でも習得が可能であることが確認できたことになる。
「明日、森に行ってみないか?」
「はい」
セシアに経験を積ませるためにエスカが出した提案を、彼女は特に尋ねることも無く受け入れていた。






