病室にて -妹、襲来- -3-
一点の曇りのない眼差し。
そんな表現がよく似合う本条の妹を前にして、僕は狼狽えていた。
僕と本条が付き合ってるのか? そう彼女は言った。しかも、冗談を言ったわけではなさそうだ。
「いや。いやいやいや!そんなわけないだろ。」
僕は両手を振って否定する。
彼女はグイッと上体を前に出して、僕に顔を近づける。
「いや、私嘘は嫌いです。絶対に正直に答えてください。」
それまでの彼女とは打って変わて強気な様子に僕はたじろいだ。
「いや、付き合ってる訳ないだろ。ぼ、僕らは男同士だぞ!」
彼女はじっと僕を見つめている。まるで真実は僕の目の奥に隠れているとでも言うようだ。
ここで引いてしまうと、大変なことになる予感をひしひしと感じた。
僕は恥ずかしいのを必死に我慢して、じっと彼女を見つめ返した。
そのうちに彼女がため息をついて、身を後ろに引いた。
彼女はパイプ椅子に腰を下ろす。
「どうやらホントみたいですね。残念です...」
心から残念そうに彼女は呟いた。
「いや、本条とは本当にただの友達だよ。譲っても親友だ。...親友ってのも少し恥ずかしいくらいだけど...」
僕がそう告げると、本条の妹はまた俯きがちにぼそぼそと呟くように喋り始めた。
「兄が毎日のようにこの病室に来て貴方と会っていると聞いて、初めは正直複雑でした。」
「家も大変な状況なのに、なんで兄は友達のことを優先するんだろうって」
本条の妹はスカートの裾を強く握った。
「それで、ある時私は兄に頼んだんです。"貴方のところへ行くのはもうやめて"..と」
チクリと胸が痛んだ。やっぱり僕は本条と妹に迷惑をかけていたらしかった。
「でも私がそう言うと、兄はこう言ったんです。」
「"うちの家には、しっかりもののお前が付いてるから安心や。でもあいつは一人ぼっちやから、俺が居てやらなあかんねん"...と。恥ずかしそうに告げました。」
...本条。
僕はここにいない友人の思いに胸を打たれた。
やっぱあいつはそんなことを考えてくれてたんだな。
「それで、私...思ったんです。」
本条の妹は顔を上げた。その眼はやはりキラキラと輝いていた。
「兄は貴方に恋をしている...って。」
「なんでやねん。」
僕は彼女のとぼけた発言に思わず素の自分が顔を出して、関西弁で突っ込んだ。
「だって!だって!あの馬鹿兄貴が、初めて真面目なことを言ったんですよ!」
「いや、君の兄貴が馬鹿なのは認めるけど、それは発想が飛びすぎやろ。」
「いえ!他にも理由があります!」
そう言うと彼女は鞄をごそごそと漁り始めた。
そして、一冊の本を取り出した。
表紙には、顔立ちの整った少女漫画風のタッチで描かれた男のキャラクターが二人写されている。
異様なのは、その二人は体を寄せ合いながら、全裸で微笑んでいることだった。
「えっ...BL本...?」
開いた口が塞がらない僕のことなどお構いなしに、本条の妹は適当なページを開くと僕に見せてきた。
「ほら見てください!この漫画!」
「えーやだよ。そんなの見たくないよ。」
僕は目を閉じ、片手で空を薙いで、拒否する。
「駄目です!ほら、見なさい!」
また強気な彼女が顔を出している。
僕は仕方なく薄目を開けてそれを見た。
そこには卑猥と思われる描写と、僕の顔があった。
写真を雑にくり抜いたであろう僕の笑った顔が、男のキャラクタの顔の部分に張り付けてある。
「ほら!これ!兄が貴方のことを好きな証拠です。こうやって、私のBL本を勝手に改良して貴方への愛を募らせていたのです!」
僕はあの男を少しでもいい奴だと思った自分を恥じた。
(次会ったら...殺す)
僕は決意を胸に宿した。
病室にて -妹、襲来3- 終