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リアルのアオシくん

「わあ美味しそうだね、紫乃ちゃん! お店もオシャレだし……ふふっ!」

「……桃ちゃん、いつまで思い出し笑いしているの」

「ごめんごめん。まさか紫乃ちゃんがへにゃへにゃって腰を抜かしちゃうと思わなかったの……すごくかわいかったから、ニヤニヤが止まらなくて」


 桃歌ちゃんが頬を両手で押さえてすまなそうに眉を垂れた。

 彼女の今日の服装は、ふわふわした半袖の白いブラウスと、エキゾチックなボタニカル柄のモスグリーンのロングスカートに黒のスニーカー、そして黒のライダースジャケットを肩にかけている。背中の中程まである黒髪を耳下で緩くまとめて赤いリップを差した彼女は、とてもかわいらしい。


「あんなみっともない姿がかわいいわけないし……桃歌ちゃんみたいな美少女に言われても……」

「わかってないなー! 紫乃ちゃんみたいに、いつも落ち着いててしっかりした大人の女性が弱った姿はギャップ萌えなんだよ!」

「わかりません……」


 熱弁を奮う桃歌ちゃんをよそに、私はのろのろとサーモンのカクテルサラダを口に運んだ。アラサーが一回り下の女子高生にからかわれるって何なのさ……。


 私たちは今、横浜駅から徒歩7分程度の場所にある、ガラス張りのハワイアンレストランにいる。人気ドラマのロケにも使われたことがある明るい店内は、2階分の吹き抜けが広々として解放感が気持ち良い。

 今日は桃歌ちゃんの高校進学祝いで、ランチコースを事前に予約していた……のだけど。


「桃、落ち着きなよ。それに、紫乃さんは元々きれいでかわいいから、最初からギャップ萌えだから」

「そっかぁ! たしかにね!」


 私の向かい側に座る桃歌ちゃんと、その隣の人物が盛り上がっていた。いやいや。この二人にきれいだかわいいだなんて言われて、誰が素直に信じるのさ。

 私は相手を見ないように、ややうつ向いて呟く。


「……その顔で、そういうこと言わないで……」

「僕、紫乃さんのかわいい顔が、見たいんだけどな」


 よりによって、アオシくん・・・・と同じ顔で同じセリフを……!


青司くん・・・・……!」


 私は思わず顔を上げてアオシくん、もとい、桃歌ちゃんの兄、多田青司あおしくんを恨めしげに睨んだ。


 絶賛はまっているスマホ管理アプリのナビゲーションキャラであるアオシくんそっくりの彼が突然玄関に現れたのは、およそ2時間前。


 ひとしきり夢か幻かと疑った私は、思考が完全に停止し、その場に崩れ落ちた。まるで豆腐を床に落としたかのように。グシャッと。

 動揺していたにもほどがあるが、後ろから桃歌ちゃんが顔を出して、自分の兄だと説明してくれなかったら、本気でスマホから三次元のアオシくんが出てきたかと信じこむところだった。痛すぎて目も当てられない。


「お待たせしました、前菜の盛り合わせです」

「わあ!」


 続いて私たちの前に運ばれてきたのは四角いプレート。桃歌ちゃんが歓声を上げるのもわかる。海老のフリット、生春巻き、パプリカのサラダなど、どれも彩り豊かで食欲をそそる。その中のバルサミコ酢のソースがかかった鴨をフォークに差しながら、少し気を持ち直した私は聞きたかったことを口にした。


「それで、どうしてここに青司くんがいるの? 予約は2人分だったはずだけど……」

「うふふ、紫乃ちゃんとランチに行く話をお兄ちゃんにしたら、一緒に行きたいって言うから、昨日お店に予約の変更をしておいたの! 黙っててごめんね。お兄ちゃんと紫乃ちゃん、久しぶりに会うでしょ? だからサプライズで驚かせようと思って」

「たしかに驚いたわよ。桃歌ちゃんとはよく遊んでいるけど、青司くんとは4年前の黄治朗おうじろうさんのお葬式以来だもの。メールは、たまにしてたけど」


黄治朗さんは、私がマンションに入居した当時のマンションオーナーで、青司くんと桃歌ちゃんの祖父だ。大らかで懐が深く、感情表現豊かで、私を家族の一員のように良くしてくれた。現在のオーナーは黄治朗さんの奥様のみどりさん。穏やかで上品なおばあちゃまである彼女にも、とてもかわいがってもらっている。


「あの頃は高校に入ったばかりで、勉強とアルバイトで結構忙しかったんだ。その後も生徒会に入ったり、イギリス留学したり、色々やってて」

「あの有名進学校に首席入学して、今は名門大二年生か。青司くんは本当にすごいわね。さすが桃歌ちゃん自慢のお兄さん」

「へへー!」


 桃歌ちゃんは自分が褒められたのと同じくらい嬉しそうだ。青司くんは苦笑しながらも、そんな妹の頭をポンポンと優しく撫でる。一人っ子の私からすると、そんな兄妹の仲の良さはとても羨ましい。


「でも、紫乃さんから毎年お年玉とかクリスマスプレゼントとかもらっていたから、そのお礼で連絡はしてたし、桃から近況報告とかよく聞いてたから、久しぶりって感じは、僕はあんまりないかな。紫乃さんだってアプリを半年利用しているんだから、僕をモデルにしたアオシの顔を毎日見てるでしょ? だから……」

「その話が聞きたいのよ! あのアプリはいったい何なの? 僕をモデルにしたって……」

「あ、メインが来た。それは後で話すよ」


 青司くんの視線の先には、おしゃれな皿を運ぶ店員が見えた。笑顔でそれを受け取る青司くんの容姿は、アプリの画像よりも数段整っている。服装も、モノトーンのチェックのシャツに少し大きめのグレーのカーディガンを羽織り、黒のストレートパンツに黒のスニーカーと、雑誌のモデルたちと遜色ないほどオシャレに着こなしていた。

 それに、160センチの私より頭一つ分背が高く、落ち着いた雰囲気も相まって、年齢よりも上に見える。それでも私よりは全然若いんだけど


 デミグラスソースがたっぷりかかったハンバーグと目玉焼きとごはんのくみあわせに舌鼓を打った私たちの元に、最後のデザートが運ばれた。


「失礼致します。チーズケーキとコーヒーと紅茶でございます」

「僕とそちらの彼女がコーヒーで、この子は紅茶です」

「はい、かしこまりました」


 青司くんから声をかけられた若い女性店員が頬を紅潮させた。彼女は持ってきたものを置き終わると、私たち全員に対し「ごゆっくりお過ごしくださいね」と笑いかけ、席を離れた。

 桃歌ちゃんが後ろ姿を見送りながら呟く。


「ここはちゃんとしたお店ね」

「え?」

「この前、お兄ちゃんと二人で渋谷の有名なカフェでお茶したの。そしたら、大学生くらいの女の店員がたいした用もないのにお兄ちゃんに話しかけてきて。しかも入れ替わり立ち替わり何人も。私のことを見ながら『妹さんかわいいですね』なんておべっかまで言って。思わず『呼んでいませんけど?』って言ってやったわ」


 そのときのことを思い出したのか、桃歌ちゃんが大きな瞳を見開いてチーズケーキをパクリと頬場った。

 普段はお父さんの色斗しきとさんに似た優しい雰囲気のかわいらしい顔立ちの彼女だが、兄である青司くん目当ての女の子の前だと、お母さんの彩葉いろはさんのような目力が強い迫力ある美人に様変わりするのだ。

 私は思わず苦笑する。


「まあまあ。青司くんイケメンだから、大抵の女の子は彼女いないかなとか、彼女になりたいなとかさ、気にしちゃうのよ」

「紫乃さんも?」

「え?」


 突然当の本人から質問を振られた私は、どういう意味かわかりかねた。青司くんは口元は綻ばせているものの、目が真剣だった。


「紫乃さんも、その店員みたいに、僕の彼女になりたいって、思う?」


 え、そこに食い付くの? アラサーの意見を聞いて何になるの?

 疑問は尽きないが、それにしても私はこの顔に弱い。直球ドストライクで好みのタイプが、私を見つめているこの状況。恋愛ほぼ未経験の心臓には刺激が強すぎる。

 年甲斐もなく胸がトキめくのを必死に抑えていると、どこからか着信音が響いた。桃歌ちゃんがスマホを耳に当てる。


「もしもし、どうしたの? えっ、うん、わかった。ちょうど横浜にいるから、今から向かう。うん、うん、じゃあまたね」

「何かあった?」


 少しの緊張感が会話から聞き取れ、私は話終わった桃歌ちゃんにそっと問いかけた。


「うん、高校の友達からでね、今横浜駅にいるらしいんだけど、乗り換え中に気分が悪くなっちゃって、今、西口のベンチに座り込んでるんだって」

「それは大変だわ。お会計して、一緒に向かいましょう」

「ううん、私一人で大丈夫。声の感じだとそこまで悪くないし、私が今日横浜にいるって知ってたからちょっと連絡したみたい。それにすごく気を使う子だから、みんなで押し掛けたら申し訳なくなると思うし」

「そう……」

「桃。もし本当に具合が良くなかったり何かあったら、すぐ知らせるんだよ」


 桃歌ちゃんのお友達がそういう性格なら、あまり強く出ても気を使わせてしまうだろう。青司くんの言うとおり、連絡を待った方が良さそうだ。


「うん、わかった。紫乃ちゃん、今日はありがとう。様子がわかったらまた連絡するね」


 桃歌ちゃんが手を振って慌ただしく店を後にした。

 スマホをマメに確認しなきゃと考えていた私に、青司くんがカップに残っていたコーヒーを飲み干して尋ねた。


「桃の友達は心配だけど、この後の予定は決まっていたの?」

「うーん、赤レンガ倉庫やワールドポーターズに移動して買い物でもと思っていたけど、こうなると横浜駅から離れるのもねぇ」

「じゃあこの近辺を散策して、桃から連絡が来て大丈夫そうだったらみなとみらいに行こうよ」

「そう、ね……」

「紫乃さん、どうかした? ……僕とデートするの、嫌?」


 桃歌ちゃんが来るまで青司くんと何を話せばいいんだろう、あっアプリのこと聞かなきゃ!

 と考えていたら、雨に濡れた子犬のような、とても悲しげな顔で青司くんがこてんと小首を傾げた。かわいい。そうじゃなくてっ! な、え、デート?!


「い、嫌なわけないじゃない。嫌じゃなくて、ええと、嬉しい、デス?」

「片言と疑問型が気になるけど、それなら良かった。じゃあそろそろ行こうか」


 青司くんのはじけるような明るい笑顔に当てられた私は、とにかくコクコクと頷くので精一杯だった。

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